3.翼の檻
ラジオナ人側に属する機神で、唯一今回の強襲に加わる“シラサギ”。
率いる機械人は、18体のポーンに、同数のジャベリナ、ハントレスが10体。
武器の類は、機械人が引っ張り、ラジオナ人の砲手が操る移動式の砲台が7門。さらに村にもあった連発式の砲塔が12門。ここに、機械人用の武器と、食料なんかの物資が満載されたコンテナも加わる。
機械人のパイロットになれる衛視隊は、正規、補充人員を合わせて50名。
砲手や補助として、各地から30名。
キカイとの戦いが続く中、他の村や町が、よくこれだけの戦力を出してくれた。こっちに戦力を回している間に、ライゴウの様な奴が隙を突く可能性だってあるのに。
作戦の立案や村の再整備、そして侵攻部隊の編制。
僕も及ばずながら、パーツや弾丸にするためのキカイの加工を手伝いまくった。
ほぼ不眠不休の5日間で、必要と思われる砲弾や弾丸、パーツの製作が終わり。
くたびれ果てて、カグヅチの前でたたずむ僕。
もうこの村は、村と呼べない。
畑や敷地は、丈夫な防御柵に囲まれた。建物も強化され、貧弱な石積みや土から、キカイを加工した金属製の壁や屋根になった。柵の内外には、持って来た砲台の一部を使ってトーチカが10基も増やされている。
小さな漁船しかなかった港も、急ごしらえながら、機械人を運搬する大型の船用に増強されて、ラジオナの基準なら立派な軍港となった。
極めつけは、村の前に整列してたたずむ機械人と、隣に立った衛視隊の堂々たる威容。
20メートル堂々たる体格を誇る機械人が、合計46体も並ぶ様は、小さなビル街でも出現したかのように壮観だ。
「すごいなー。私、おっきくなったら衛視になろっかな。機械人にのってみたい」
柵から出した足をぶらぶらやりながら、隣に座っているイズミ。
これから戦いが終わるまで、マナとは会えない
もしも、マナが戦死したら――そんな考えを吹き飛ばす様に、機械人達の最奥で、機神が翼を大きく広げた。
マナの駆る機神、シラサギ。
出撃を前に、士気を高めるためだろう。まるで降臨する天使の様に、液体金属の翼を広げた中心。コクピットからマナの声がする。
『私は、坂下愛実。若輩で不肖の身だが、シラサギと共に、この作戦の指揮を取らせていただく。マナと呼びたければ、そう呼んでも構わない』
衛視たちが歓声を上げ、拳を突き上げた。村やトーチカに居る、砲手たちも一緒だ。マナ自身にその気はなくとも、戦歴とその功績は、ラジオナ中に轟いている。
『皆にまず、感謝を伝えておこう。各地の戦闘も終わらぬ中、キカイの母の攻撃作戦にこれだけの戦力が集まったこと。頭が下がる思いだ。作戦は絶対に成功させねばならない』
僕がマナから聞いただけでも数十の村や町で、キカイと人間は戦闘状態にある。キカイの母をとれば、全てが終わるとはいえ、生半可な事じゃこっちに戦力を回すのは難しいはずだ。
『7年前、忌まわしいライゴウの裏切りで母への到達を阻まれてしまったが。そのライゴウは先日、私がこの手で討ち取った。ベースも潰して戦力は削いだ、きっと成功させる。この大地を、ラジオナを、キカイの手から再び取り戻すのだ!』
シラサギが背を向ける。翼が、強く羽ばたいた。
『共に行こう! おごれる母に、我々の剣を知らしめてやる! 出撃だ!』
マナの号令で衛視たちが乗り込むと、機械人が次々と目を輝かせた。
ポーンにジャベリナ、ハントレスがそれぞれの獲物を手に、キカイの地面へと踏み出していく。
それに続くのは、丸盾と剣を背負い、大砲や砲塔、物資を乗せたそりを引くポーンたちだ。
こんな数の機械人の軍勢は、一度だって見たことが無い。どこのベースだってここまでの戦力は用意していないだろう。ましてや先頭を行くのはマナのシラサギだ。
村を離れ、キカイの丘を進んでいく一団。先頭を行くのは、マナのシラサギ。液体金属の翼に導かれる様に、勇壮な軍隊は行進していく。
「お母さんたち、大丈夫だよね」
「うん。きっと、勝つよ。勝って帰ってくる」
イズミに答えたそのときだった。僕の目の前に、突然カグヅチのインターフェイス、少女の姿が浮かび上がった。
体を丸める様な姿勢で、浮かびながら見つめる先は、マナ達の軍勢だ。
『……だめよ、こんな、嘘だわ。かあさまは、知らせてなかった。こんなことができるなんて』
「どうしたんだよ、カグヅチ」
「おにーちゃん?」
『攻撃は失敗する。かあさまはもう、私達を見限った』
不気味なつぶやき。問いただそうとした瞬間、地面が大きく揺れた。
やぐらの右半分がねじ曲がり、見張り台が裂け始める。悲鳴を上げるイズミの手を取り、無事な左半分へしがみ付いて耐えた。
だが本当に恐ろしいのは、振動の方じゃなかった。
マナ達の進む先、丘を越えたはるか遠くに、何かが大きく盛り上がっていく。
キカイの丘が変形しているのだ。距離は数キロ先なのに、肉眼で確認できるこの大きさ、実際には雲を突く山の様な規模に違いない。
盛り上がったキカイの塊は、数百メートルか1キロくらいで動きを止め、形を変えていく。縦長の塊だったのが、次第に形が分かれていく、腕や脚、胴体、そして顔や髪の毛までが造形されていく。
できたのは、不気味な美しさをたたえた、薄い衣を着た女。
有名な自由の女神から、冠とたいまつを剥ぎ取った奴と言えばいいか。
酷薄な笑みを浮かべて、僕たちを、マナ達を、多分レジオナの何もかもを見下ろしている。
『かあさま、動けたなんて……』
「にーちゃん、あれ」
イズミにも、カグヅチにも、僕は答えられなかった。
あれは、危険だ。
異界人として、キカイの塊である機神と同調できる人間として、出て来たキカイがどれだけのものか、何となく分かるけれど。
あんなものは、見たことも無いし、何をやるのか予想もつかない。
穏やかな笑みを浮かべたまま、キカイの母が少しずつ口を開ける。とても小さな、耳鳴りの様な音が聞こえて来た。
「なに、これ、にーちゃん、この音……」
『私の後ろに! 早く!』
こんなに必死の形相のカグヅチは初めて見た。僕はイズミの手を引き、壊れかけのやぐらを回り込んで、どうにかカグヅチの本体の背中に隠れた。
音は少しずつ大きくなっている。モスキート音っていうんだろうか、高くて聞き取りにくい。10秒ほど後、それが突然、途切れた。
瞬間。1基のトーチカが、爆ぜた。
爆発っていうのは、火や熱を発生させる現象だ。だからあれは爆発じゃない。液体金属をまき散らして、ばらばらのパーツに戻ったのだ。
僕が固めた弾丸も、正体を失ったみたいに、キカイに戻って足元の金属と同化してしまった。
被害は1基だけじゃない。5日間かけて設営した防備、砲台、いくつもが一気に爆ぜ、パーツに戻っていく。
接着剤の溶けたプラモデルみたいに、なす術が無い。
それは機械人も同じだ。隊伍を組んで、堂々と行進していた巨体が、まるで見えない攻撃を食らったみたいに。膝を突き、あるいは突くいとますらなく、関節が溶けてパーツに崩れてしまう。
無残だった。ラジオナ中が、必死になってかき集めた戦力、砲台、機械人も、あの声が響いただけでおよそ半分が溶けて崩れた。
女神が、胸元を隠す様に抱きしめ、金属の目で僕たちを見下ろす。
『戻りなさい、私の元へ。新しい、母の下へ。あなた方の不完全なたんぱく質を、私で満たして溶け合うのです。永遠の命と、幸福を保障しますよ……』
甘い囁き、心地よい声は、あの巨大な物体、キカイの母から放たれている。
不気味な光沢の唇が動いた。口が再び開いていく、あの音が響き始める。
液体金属に呑まれ、パーツに潰された衛視を助けようとする動きも見えない。
誰も、みんな分かっている。
次は防げない。攻撃の正体すら、つかめない。
これがキカイの母。ラジオナを支配し、人間を追い詰めるキカイの親玉。
人間が、勝てる相手じゃ、ない。
『諦めるなッ!』
水面に滴る一滴の様に。
鋭い叫びが、僕たちの意識を揺り戻した。
マナだ。翼を広げたシラサギが、母に向かって突進していく。
近づけば近づくほど、その大きさの違いが分かる。シラサギが10メートルちょっとだというなら、母の前では、豆粒同然。唇と同じほどの大きさしかない。あれじゃ虫にだって等しい。
母の腕や脚から、砲塔が突き出す。音は聞こえないが、雨のごとく質量弾が吐き出されていく。
『うおおおおおおっ!』
ミラージュスライドを駆使し、翼で守りながら、シラサギが砲撃をかいくぐっていく。
音は大きくなっている、またあの破壊が来る。
そう思った瞬間、シラサギは砲弾の雨を抜け、母の眼前に到達した。
銀色の翼を大きく跳ね上げ、レイピアを抜くと、あらんかぎりの勢いを込め、美しい顔面を斬りつける。
母の右目から、口元まで、秀麗な顔が大きく切り裂かれた。
歌声は、のどに血を詰めた悲鳴に変わる。
同時に、村と軍勢の周囲に、真っ青な霧の様なものが浮かび上がった。
「何だ、これ」
『液体金属の粒子よ。不可視の状態でこれを放って、標的に付着させて、マーカーの代わりにするの。マーカーは、かあさまの音波に反応して、液体金属を溶解させる。母さまの大きさだから、広範囲にばら撒ける、逃れることはできない』
マナの一撃で、口を損傷して音波を出せなくなったってことか。
あれも、能力だっていうのか。機神には効かないのだろうけど、機械人やキカイの兵器じゃどうしようもない。ライゴウの稲妻なんかよりもよほど厄介だ。
霧は足元のキカイに吸い込まれて溶けていく。キカイの母、こいつは多分、機神なんかよりよほど広範囲のキカイを操ることができるのだろう。体そのものを、元々あった場所からここまで移動できるくらいだ。
悲鳴を上げて顔を伏せる母、シラサギは容赦なく飛び回り、覆った手や指を次々と斬り付ける。
『負傷者の救護を急げ! 態勢を立て直すんだ、最終目標が自分から現れたぞ!』
マナの叫びで、壊滅状態の部隊が再び息を吹き返す。解けかけのポーンや、ジャベリナが体を支え、液体金属を引きはがして巻き込まれた者や機械人の救出にかかった。
やっぱりすごい。これだけやられたのに、立て直した。
「僕も行かなきゃ」
『だめよ』
「カグヅチ、なんで!」
『かあさまが、怒ってるわ』
かすかに震えている。僕の思い通りすら、返すこともできないほど。
キカイの母が恐ろしいのか。
『痛かったわ、分かった、あなたはもう、私の子供じゃないのね……』
『何……!』
シラサギが動きを止めた。切られてこぼれた指や、髪をかたどった液体金属がしたたり落ち、ぐねぐねと形を変えていく。
さらに、キカイでできた丘のあちこちに、母が出て来たのと似た流動が起こっている。
『出ておいで、私の仔たち。獲物が来たわ、もう分かった、今度の機神も失敗よ』
『勝手なことを、ほざくなっ!』
再びの斬撃だが、母の手は弾き返した。
色が変わってきている。多分体の液体金属を操って、硬度をさらに上げているんだ。あんなことまでできるっていうのか。
母の右手が、ごろりと落ちた。形を変える髪や指の残骸と交じり、やがて固まっていく。
複雑な造形ができあがる、この気配、この感じ。
間違いない、機神だ。
キカイの母は、体を構成するキカイから、新しい機神を作った。
どこか不気味な雰囲気のある機神だった。体格は、マナのシラサギと同じ程度だが青白い機体を覆う装甲は、三角形をたくさん重ねた様に、とげとげしい。バイザーには羽飾りがついており、その目は禍々しい黒色。液体金属が背中に形成するのは、巨大化した1本だけの翼。
機神が、自分の体を確かめるように、手を握っては開き、足元を確かめる。
ふわふわと浮かびながら、黒い目を鈍く光らせ、シラサギの方を見つめた。
『私が戦うのは、幾年ぶりでしょう。機神、そうですね、ライゴウのパイロットの記憶に基づき、この機神には“ニケ”と名付けましょうか』
ニケ。確か、あっちの世界の、ギリシア神話で勝利の女神の事だ。
『悪趣味の極みだな。貴様らの勝利が、何をもたらす!』
突き出されたレイピアは、ニケの目の前で留められる。
羽、ニケの背中の肥大化した羽が、盾の様にシラサギのレイピアをおしとどめている。
『あなた方に分かる様に言うならば、平穏と幸福でしょう』
空いた両手を広げると、周囲のキカイが反応した。
うごめき、膨れ上がっていた場所から、餅の様な丸い塊が次々と分離していく。
それらは次々に形を変え、冷たい仔の形に固定した。
火吹きにリクガメ、そして、赤い金属粒子をまとわぬ、ライゴウの量産型の様な奴まで。合計、ざっと30体。大きめのベースを1年放置して、やっと発生するくらいの数だ。
村と部隊を包囲するように、配置されてしまった。
『あなた方、たんぱく質の愛というのは、誰かを守るとき効果を発揮するそうですね。必死で戦わなければ、私の仔たちが、全てを金属に換えますよ』
『ふざけるなっ!』
怒りと共に、シラサギのレイピアが一閃。受け止めていたニケの羽が切り裂かれ、宙を舞う。
『皆、村と非戦闘員の防御に集中しろ。補充人員は交代だ! 私がこいつを倒すまで耐えてくれ!』
ここまで響いてくる様な深く激しい金属音。マナの声を乗せたレイピアは、ニケの抜き放つ双剣と競り合っている。
『覚悟しろッ、貴様だけはこの手で貫く!』
マナが戦意の咆哮を上げる。シラサギはレイピアを両手持ちし、翼から銀色の粒子を放ち、加速して次々に斬りつける。
ほとんど見えない様なスピードの連撃。ライゴウと戦ったときですら、全力じゃなかったのか。金属のぶつかる音は響く。ニケもまた、驚異的な速度に対応し、双剣で次々と攻撃を受け続けている。
空気を穿つほどの鋭い突き。受け止めたニケの双剣、右の一本が貫かれ、左でようやく押しとどめた。
青と銀。小柄ながら威力に満ちた2機は、巨大な母の眼前でつばぜり合いに入った。
『素晴らしい。シラサギは、あなたに応えようとしています、愛が深いのですね。あの20人の、最後まで残るわけです』
『貴様が、私の仲間を語るな……!』
2機がにらみあい、拮抗する。マナがやられたらなんて、考えたくない。
一方、僕たちの側にも砲撃が開始された。現れた冷たい仔や、ライゴウの量産型が村を目指して襲ってくる。
ポーンやジャベリナが応戦を始め、そこら中で機械人や冷たい仔が激突する音が響いた。
リクガメの放つ質量弾が、村の建物に叩き付けられ、柵の一部を破壊していく。
他方、こっちのトーチカや主砲も、金属弾を吐き出して応戦している。
こうしている場合じゃない。
「カグヅチ、イズミを頼むよ」
『ヒロ、いけないわ。かあさまは』
「あいつがどうでも、今は見てる場合じゃないだろ! どうせ、僕にお前は動かせない。そうなんだろ」
『それは……』
うつむくカグヅチ。やっぱりだ。ここまで切羽詰まっても、僕にはとことん愛ってやつが無いらしい。我ながら自分を守るのがうますぎる。
「にーちゃん、あぶないよ」
イズミが服の裾を引っ張る。マナの心配はしないくせに。いや、この子なりの優しさ。笑顔を作って、頭をなでてやる。
『大丈夫さ。マナに勝てる奴なんて居ないんだ。みんな頑張る、僕も頑張らなきゃ。大人しくしてるんだよ』
「にーちゃん……分かった」
こくりとうなずいたイズミを残して、僕はやぐらの柱を伝った。
壊れかけてはいたが、どうにか地上に降り立つ。適当なトーチカの近くへ行かなきゃならない。
すでに戦線も何もない。こっちの部隊は半壊して、ひどい乱戦になってる。目の前にポーンが切り倒した火吹きが倒れて来たし、はねられたハントレスの首も転がって来た。
どうにかトーチカにたどり着くと、手近なキカイを弾丸に変えて補給する。
もう声をかけられることもない、ただただ戦う、それだけ。
でも、近い方が戦況は分かった。
全体的にこちらが不利だ。数が少ないうえに、ポーンやジャベリナの衛視たちも、予備兵が主で、それほど熟練していない。
どうにか応戦していても、数体に囲まれて右往左往してる間に仕留められたりしている。
とはいえ、そんな中でも気を吐いているのは、リズの乗るハントレス。
ライゴウにやられて吹っ飛ばされた手足を、そのライゴウの体を組み込んだ強化パーツで補い、剣と弓で激しく戦っている。
背丈を超える様な剛弓は、量産型のライゴウを貫くし、剣を抜けば火吹きなんて問題にならない、棍棒ごと断ち切ってしまう。
マナと同じく、戦鬼のごとく戦い続けている。
そんなリズとハントレスがいて、戦線はようやく膠着。崩れないのが精いっぱい。
マナはというと、激しく切り結ぶものの、ニケをなかなか倒せない。
母の体の周囲を飛び回りながら、羽と剣をぶつけあい、次々に攻撃を繰り出し合っているが、どうもニケはやられた部分を液体金属で補い続けているらしい。一度破壊した右の剣が再び形成されている。
『しつこいものですね、もう分かりました、あなたは私の求める愛を持ちえません』
『こちらのセリフだ。鉄の化け物め、とっとと大地を人間に明け渡せ!』
何度目になるだろう、翼と剣が衝突し、2機が激しくにらみ合う。
変化は、唐突に起こった。
『……もう、終わらせましょうか。坂下愛実、あなたほどの者ならと思ったのですが、また待ちましょう』
マナが応える暇も無かった。眼前で膠着したシラサギの背後から、金属の棘が両腕と足を貫いている。
母だった。巨大なキカイの母、顔を覆って攻撃を防いだまま動きを止めたはずの母が、先ほどと同じく動き出している。
『が、は……!』
僕には聞こえた。苦しそうな声、マナはシラサギの力を引き出させるため、神経がつながるほど、深く金属を操っていた。機体の損傷は、激痛になって返ってきている。
『歪みを使って呼び出した中では、あなたに一番素養があった。恋愛させたり、子供を産ませたり、色々試してみましたが、結局あなたの愛は違います。激しい、激しい、憎悪のみ。あなたも、私に愛を教える者ではない』
何を言ってるんだろう。愛を教える、キカイの母に。呼び出したって、あいつがなのか。キカイの母が、機神を操れる異界人を呼び出していたって。
シラサギの目から光が失われていく。レイピアを取り落とした。
スピードや攻撃力と引き換えに、装甲のもろいシラサギ。
分かってしまう、もう機能が停止しかけている。
『さようなら、7度目の英雄、坂下愛実。愛した者達と共に、眠りなさい』
母の本体が腕を下げた。出て来た顔、口が開いている。音波の発生装置が再生したのか。
また音が聞こえてくる。だめだ、これはだめだ。
僕はトーチカの壁に触れた。弾を作るときの要領だ。母の音が、液体金属を操り溶かすというのなら、これ1つくらい守って見せる。
際限なく高くなる音、途切れると同時に、母の能力が再び襲った。
今度は無差別だった。情け容赦なく、さきほど生まれたばかりの仔や、生き残っていた機械人もまとめて巻き込み、次々と金属が溶けていく。
トーチカが揺れ、砲身が熱したチョコレートみたいに曲がった。せめてここだけは守らなきゃ。腕を壁に触れたまま、必死に金属に願う。どうか形を保ってくれ、あんな声にやられないでくれ。
音の波が引いていく。だがもう、立っているのは敵味方併せても、わずか数機。機神のパーツを使っていたハントレスと、他の機械人や冷たい仔が盾になった砲台、そして。
『諦めなさい、聞こえませんか?』
両腕と翼を失い、レイピアを杖にひざまずくシラサギのみ。
『聞こえ、ない、な』
聞こえた。マナの声。血反吐の混じった、マナの声。
コックピットは、もうずたずただろう。文字通り、体が溶ける痛みだ。神経に返ってきたショックだけで、死んでいてもおかしくないだろうに。
『ここまで、我々を、苦しめて、勝手に暴れて、好き勝手に試して、それで、私に愛されると思うなら、貴様はやはり、ただのキカイ。だが、ひとつだけ、的を射ている』
シラサギの背中に、銀色の輝きが宿る。翼が、少しずつ生まれている。足元のキカイが減ってきている。母から、キカイの支配を奪っているのか。
『たんぱく、質。にん、げんは、他のもののために、愛を絞り出す……死にかけの、私でも、今、こうして最後の力を、振り絞れるッ!』
足元のキカイが、どんどん減っていく。貧弱な地面が露出した。反比例するように、シラサギの背中で翼がみるみる膨張する。ライゴウやほかの機械人の大きさを超え、さらには母をも覆いつくさんばかりに広がっていく。
『ひとりでもだ! 生き残ったもの、ヒロ、イズミ、貴様から守る。私の命などいらん、これが、私の愛だあああああああっ!』
叫び声と共に、銀色が際限なく広がる。膨らみ切った翼は、大きく羽ばたき、母を囲んで円範囲に閉じていく。
「マナ、だめだよマナ! 死ぬなんてだめだ!」
僕は叫んでいた。それでどうなるとも知らないけど、叫ばずにはいられなかった。
だけどどこかで、思っていた。マナは、イズミや、僕や、ラジオナの人間達のために、自分をささげるだろうって。
マナは、キカイには絶対に負けない。実際今までそうだったし、もし勝てない奴が居たらそのときは、自分の命を投げ出して、みんなを救うだろう。
自分より、他人。
それが、マナの愛なんだ。
抜ける様な青空が、広がっている。
呆然とする僕たちの前で、キカイの母は、ニケと共に、マナが作った翼の檻に覆われてしまった。
暗い灰色。美しかったシラサギの機体も翼も、何者の操作も受け付けない、冷たく暗い灰色に閉ざされてしまった。
マナの気配は、失われていた。
シラサギの機体ごと、液体金属に溶けて、強固な檻そのものになり、キカイの母を閉ざしているのだ。
イズミ、僕、ラジオナ人、この場に居る、自分以外の全ての人のために。
マナは液体金属に、文字通り全てを捧げた。
27年の命を、マナ自身の愛のために捧げたのだ。
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