【四】関係
女子の更衣室は残念ながら一人しか入れない。つまりは、彼女が出てくるまで私は休憩している夏器と一緒にいなければいけないのだが、恋愛に癖のある香奈がそう早く出てくるとは思えなかった。
私はひたすら沈黙しようと思った。
異性にはどうにもなれなくて、それで入学式では絶望した。
まともに抵抗なく話せたのは彼の兄くらいで、それ以外の男子とは全くと言っていいほど話す、というより挨拶すらしていない。
兄弟であるというのに、夏器の雰囲気はまるで彼の兄とは違っていた。兄が純粋であるぶん、弟が策士のように見えるのかもしれない。
私はあのような振る舞いから夏器が苦手だった。出会ってまだ半日しか経過していない。けれども、彼は身勝手というか突拍子もないことをするトリッキーマンで、嫌いとは言えないがあまり近寄りたい存在ではなかった。
思えば、元道に似ていると気がついた。だとしたら、彼は私のことを元道と同じかは分からないが、似たような感情で思ってくれているのかもしれないと予想がついた。
私はこの時若かった。うぶであった。沈黙すると何も考えないのではなく、いろいろ考えて妄想になって勝手に赤面するのである。
私は思わず下を向いた。あの時の元道と同じで彼の顔を見れなくなった。
しかし夏器は、私の心中を察するなどできず卒然に、上条さんは好きな人いるんですか、と尋ねてきた。ここまでくるともしかして天然かと私は思えた。
それでも、熱い視線には変わりなく「言ってくれたら考える」と私は返した。その女々しさに私は少々死にたくなった。
ちなみに、この時点では恋愛的に好きな奴はいなかった。
夏器は迷わずあなたが好きですと告白してきた。予測していたし、少しずつだがこの性格にも慣れてきた私はたいして驚かなかった。
耳の良い私は、香奈がきゃあ~っと小声で叫んでいるのが聞こえた。少々イラっとして、早く出てこいよ……とか思ったが、口をなぜかへの字に曲げる夏器に怒りは消えた。
返事をすべきか、考える時間をくれというのが当たり前だが、その前に夏器が続けた。
兄さんもあなたが好きなんです。そして僕は、あなたよりも兄さんが大切なんです。だからもし候補に兄さんがいるのでしたら、せめて今の関係を保ってください。兄さんはうぶでとても暴走しやすいんです。
私は春平の性格を知った。恋にも生きる主人公のようだと思った。
高校に入学してから男に好まれてばかりだとため息をつきたくなった。義理堅く放って置けない性格の私は、彼らを見ていると辛くなる。異性に慣れていないとか言っている場合ではないと思った。
私が春平を突き放して他人にしたら、彼は暴走して死ぬだろう。
元道も、私があんな事を言っていなければ死んでいただろう。
そして彼は、大切な兄を思う心から欲求どうしで葛藤して最悪に転べばその覚悟を持ってしまうだろう。
とんでもないところに入学してしまった。私は泥沼になったと痛感し、頭を悩ませた。
帰ってすぐ、私は食事や風呂を終えるとベッドに飛び込んで小さい画面を走らせた。ほぼ日課であると言っていい中学時代の女友達との愚痴り合いである。
私は残念ながら友達が少ないほうで、その相手も数える程度に限定されている。
とりわけ、
京子は良き相談相手である。聞き上手で愚痴から深刻な相談まで聞いてくれて、案外適切な答えを述べてくれる。
だから、私の友達の中ではかなり信頼が厚く、私にとっては親友である。
その日も、私の発言に数分しては、なに、と返事をしてくれた。
私は三人のことと、自分の状況と悩みをとても簡潔に送ると、彼女からは嫌味かとw付きで返された。
考えても見れば、三人の男子が自分を好いているなどと書いてもただの自慢にしかならない。
ごめんごめんと、私は適当な調子で謝ると、京子は追求せずにまぁいいよと区切ってくれた。
私は彼女の答えをしばらく待った。
そして、全員と付き合ってハーレムして青春しまくっちゃえ! とやはり第一回答ふざけ案を送ってくる彼女に、余計に泥沼化するわと、ツッコミつつ受け流した。
だから、彼女は第二の真面目な回答を用意してくれた。
そんなに深く考えこまなくてもいいんじゃない。
彼女のお気楽な調子の回答に、それはどういう意味か私は尋ねた。
色々と彼らのことを考え込まなくてもいい。そんなことじゃ零無の方がパンクをしてしまって人を助けるなどと言っている場合じゃなくなる。彼女は言い回しは異なるが、そういった意味の回答をくれた。
けれども、私の性格上やはりあの三人をほうってはおけなかった。私はこの先どのように三人と付き合っていけば良いのかと詳しく回答を求めた。
彼女は簡潔的なものを好んだ。だから、零無が三人をどう思っているかはわからないけど、一線を、具体的に言えば恋人の関係にならなければ積極的に交流しても問題はないと思う、と個人ごとの長文というものをくれなかった。
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