プロローグ(3)
俺は身の危険を感じて、みかん箱から離れた。爆弾の可能性が頭を過ぎったのだ。
『何、ビビってるのよ。あなたって本当に水虫ね! あなた如きを殺すのに爆弾なんて手間のかかるもの使う訳ないでしょ。どうせならもっと楽しめる安いナイフで殺すわよ! ジワジワと切り刻んでね。それより、さっさと荷物開けなさい、この足痒男!』
水葉はまるで俺の挙動を見ているかのように言い当てる。そういう所も水葉の恐ろしいところであった。
―― 安いナイフで切り刻むって……。
よりによって切れ味の悪い安いナイフを選ぶあたり、水葉のガチっぷりが伺える。思わず体に冷たい感触が走った。
これ以上不快感を味わいたくないので、言われた通りにみかん箱の小包を開けた。すると、中からいくつかの書類と、制服が出てきた。とりあえず命に関わる荷物ではなかった事に安堵した。
「なんすか、これ? なんで制服?」
『私立天照学院高校の制服よ。ブレザー、気に入った? あなたは明日からその学校に転校するの。向こうにはもう連絡済みだから大丈夫よ。二年生に転入されるわ、よろしくね。それと住む家だけど、高谷城家の近くがいいでしょ? だからすぐ近くのタイガーズマンションを借りておいたわ。そこの書類の中に鍵も同封しているから。水虫の留守中は、私達長老会が責任をもって、あなたの家の結界を守るから。いつまでもウジウジ、ジメジメ、カユイカユイしてないで、今すぐに行きなさい! この水虫! あ、ちなみに命令無視したら、私が喜んで芋虫にしてあげるから! 私には生殺与奪権があるのも忘れずにね。念のため。それじゃーねー!』
「あっ! 待って、待って! 水葉さん! 待って!」
<ツー、ツー、ツー>
電話は一方的に切られた。
俺は呆然と制服を眺める。
―― え? 俺、転校すんの?
突然の出来事に、俺の脳は理解しきれていない。
調査するだけなのに、転校する必要なんてあるんだろうか。
あれ?
もしかして、これも含めて全部水葉の嫌がらせ?
俺はようやく怒りがこみ上げてきた。
長老会の横暴は今に始まった事ではない。とはいえ、これは今までで一番無茶な命令だ。
いきなり電話をかけてきて『高谷城ミオ』という女子高生を調査しろ、と言う。それだけならまだいい。明日から、という唐突さである。しかも転校というサプライズ付きだ。明日からは住む家さえ違うのだ。更に転校先では一学年下の二年生になる。何が哀しくて留年しかきゃいかんのだ。まったくもって意味不明である。あまりにご都合主義で、身勝手な話だ。
「ええい! もう行かねー! 絶対行かねー! 行くもんか! 俺はテスト勉強を続けるんだ!」
どうせこれは水葉が考えた嫌がらせだろう。
そんなものに屈するものか。
俺は勉強をするんだ。
期末テストを受けるんだ。
俺はベッドに体を預けた。そして大きな声で自らの決意を吼えた。
「いかねーぞ! 俺は勉強するんだ! 行くなら期末テストが終わってからだ! それまでは絶対いかねーぞ!」
だが、そうは言いながらも水葉の言葉に脳が支配されてゆくのを抑えられない。
―― 芋虫にしてあげるから!
俺は水葉が言う『芋虫』が何を指すのかを知っている。
間違いなく江戸川乱歩の小説『芋虫』の事であろう。あの女の事だ。本気で俺の両手足をもぎ取るに違いない。あまりにリアリティに満ちていて恐ろしい。一度そう考えると、時間の経過と共に水葉に対する恐怖が重く圧し掛かってくる。そして俺の反発心をグイグイと押し返し、いつの間にか心の中は完全に制圧されてしまっていた。
「い、い、い、意外と、せ、せ、制服、似合うかもな……」
俺は顔を引きつらせながら、思わず制服を取り出して、試着してしまった。
「い、いかねーよ、いかねーけど、ちょっと制服着てみようっと……。あぁ、意外と似合うわ、俺……。ハハハ……」
それを皮切りに、俺はせっせと身支度を始めた。
最後の俺の小さな抵抗として一言だけ吼えた。
「水葉! 俺、水虫じゃねーからな!」
身支度を終えた俺は、荷物を背負うと、水葉が用意したタイガーズマンションへと向かって歩いた。
『高谷城ミオ』という女子高校生を調査し、報告するために。
―― あれ?
俺はふと疑問に思った。
―― あれ? 『封魔師』に欠員でも出たのかな?
調査する、という事は、新しい封魔師の候補としている、という事だ。つまり封魔師十六人衆に欠員が出たという事になる。
しかし、俺には何も情報が回ってこない。
一体どういう事だろう。
その点だけが妙に引っかかった。
だが、どうせ水葉に聞いたところで、ロクな情報をくれないのはわかりきっている。その点も自分で調べるしかないだろう。
―― ま、この程度の依頼、三日もあれば終わるでしょ。
なるべく早く済ませて、日常の生活に戻りたい。
俺はその一心だった。
この時、引越しも、調査も、水葉の嫌がらせだと信じていた。
そして水葉が怖い一心で調査へと向かったのであった。
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