プロローグ(2)

 電話口の向こうでニヤニヤ笑う水葉の顔が浮かんでいる。きっと水葉は俺が抵抗すればするほど、楽しいに違いない。俺史上、もっとも最悪な女だ。

 ちなみに、音梨水葉は俺の管理担当者である。年齢は二十四歳。グラマーかつ圧倒的な美貌でグラビア女優真っ青のプロポーションを持っている。セミロングの髪は遠めからも艶を帯び、二重で大きな瞳とスラッと伸びた鼻筋、膨らんだ唇がセクシーな、それでいて純粋さを感じさせる顔をしていた。少し困り顔をしているので、初めて会う人は水葉の事を虫も殺せない女性に見えたり、押しに弱そうな女性だと勘違いするらしい。

 だが、それは大きな間違いである。性格は残忍を極める。俺が今まで生きてきた中で最もクズで、鬼畜。彼女を一言で表現するなら、俺は迷わず『極悪』と答えるだろう。軽度のサイコパスではないかとも言われている。まだ数回しか会った事はないが、その都度、身の危険や命の危機にさらされている。正直、俺は彼女の声を聞くのも怖い。だから従うしかないのだ。とても常識では測れない、血も涙もない、絶対に逆らってはいけない女性、それが音梨水葉であった。

 だが、癪にさわる。

 このまま黙っていてもいいのか。

 水葉に対する反発心が芽生える。

 俺も男だ。

 長老会の命令は絶対。

 これは封魔師として当然、理解している。

 だが、水葉は嫌がらせのためだけに、俺を選んだ。

 男ならここで意地を見せるべきじゃないのか。

 普段なら絶対考えないような事が、頭に血の上った俺の脳裏に浮かんだ。

―― まだ、屈しちゃダメだ!

「水葉さん……。俺、自分が水虫だって認めます! 暫くの間、水葉さんの奴隷になったっていいっす! 実験台にもなります! だから……」

 俺の口から出た言葉は卑屈極まる、へりくだった決意であった。先ほどの勇ましさはどこへやら、俺は我が身を投げ出して、懇願していた。

 だが、そんな見苦しく哀願している俺の言葉を遮るように、玄関のチャイムが鳴り響く。

< 宅急便でーす! >

 ドアをノックする。

 玄関前で大声を出していたので居留守する訳にもいかない。それに配達員さんを待たせるのは悪い。

 かなり後味が悪かったものの、水葉には少し待ってもらう事にした。

「あっ、宅急便だ! ちょっと待ってください、水葉さん! 電話、切らないでくださいよ! 今、荷物受け取ってきますから!」

 そう言うと慌てて配達員から荷物を受け取った。荷物はみかん箱サイズの小包である。それを玄関先に置くと再び携帯を取った。

「すいません! んで、話の続きですけど……」

『さすがクロイヌ宅急便。時間通りね。さぁ、荷物、開けなさい』

「えっ?」

『みかん箱開けなさいって言ってるの、この水虫!』

 怪しい。

 なぜ水葉はクロイヌ宅急便だと知っていたんだ?

 それに、水葉の声はどこか嬉々としている。

 ヤバイ。

 これは水葉が仕組んだ罠だ。

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