封魔師ミオに関する報告書

@ramoramo

プロローグ(1)

 家に帰った途端、携帯が鳴った。本当に帰宅直後で靴すら脱いでいない。まるで見透かしたようなそのタイミングに、俺は不安を覚えた。

 携帯のディスプレイを見る。

―― やっぱり……。

 俺が最も恐れている名がそこに表示されていた。

『音梨水葉(オトナシミズハ)』

 見なかったことにしよう。

 出来ればそうしたかった。

 しかし、そんな考えすら見透かされている気がして、渋々通話ボタンを押す。

「はい。ホムラです」

『私よ。今から指令を伝えるわ』

 挨拶も何もない。

『私立天照学院高等学校に通う高校二年生、『高谷城(タカヤギ)ミオ』という女子高生を調査しなさい。彼女に封魔師としての適正があるか、どうか。それを調査して報告する事。以上!』

 電話を切ろうとする水葉を俺は慌てて静止した。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! な、なんで俺なんすか? こうみえても俺忙しいんすよ! 水葉さん!」

 沈黙。

 俺も沈黙。

 水葉が静かに口を開く。

『赤根焔(アカネホムラ)……』

 俺の名を呼ぶ。

「はい」

『それじゃ、頼んだわね』

 水葉はまたもや電話を切ろうとした。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいって! だから、なんで俺なんすかぁ! もー勘弁してくださいよ! 他にもいるじゃないすか! 蟹さんとか!」

 またもや沈黙。

 俺は懇願する。

「お願いしますよ、水葉さん! あと二週間で期末試験なんすから!」

 そう。

 俺は指令を受ける訳にはいかないのだ。だから電話も出たくはなかったのである。この指令を受けてしまうと、俺の高校生活は大きく歪む。俺には俺のプランがある。たとえそれが『長老会』の命令であっても。俺は断固として拒否し続けねばならない。

 そう自分に言い聞かせ、気持ちを奮い立たせる。そして再び電話の相手である音梨水葉へ拒絶の意思を伝えた。

「本当に困るんですって! 期末テストを受けた後なら何でも言う事聞きますよ! だから試験が終わるまで待ってください! 水葉さん、聞いてますか?」

 フフッ、という軽い、笑いをかみ殺したような声が耳元に届いた気がする。

―― ま、まさか……。楽しんでる?

 いや、何かの勘違いだろう。

 いくら極悪非道、サイコパスの疑いが強いと言われる水葉であっても、俺の高校生活を、テスト勉強をさせないという悪意に満ちた事をして楽しむほど暇でもないだろう。水葉も一応、『長老会』の一員である。そんな下らない理由で俺に指令を下したりする訳はない。

 そう考えていると、水葉が冷酷さに溢れた、それでいて女性の色気をたっぷりと含んだ艶やかな声で問いかけてくる。

『それじゃあなた、『長老会』の命令を無視するっていうの?』

 水葉の抑揚のない声に、俺は背筋が凍るほどの恐怖を覚えた。

『私の言うことが、聞けないって言うの? 水虫のくせに……』

 ヤバイ。

 水虫が出た。

 これが出るという事は、サイコな側面が顔をもたげてきた証拠だ。

 俺は恐怖に震えた。

 ここは弁明しなければならない。何としても水葉の狂気を抑え、怒りを誘発せずに、理解をしてもらうのだ。

「いや、違うんですよ。水葉さん。俺、忙しいんですよ。本当に。期末まであと二週間なんですよ。これからテスト勉強もしなきゃいけないし……。それに、『長老会』の命令は何とかって言う女子高校生を調査しろってんでしょ? それなら蟹蔵さんとか、他の封魔師に頼んだ方が……」

 返事がない。

 俺は言葉を続ける。

「それにほら、学生は勉強が本業っていうじゃないですか! 何も遊びや部活、バイトで忙しいって言ってる訳じゃないんですよ。ただ、期末テストが終わるまで待ってくださいってお願いしているんです! もし、待てないなら他の人にお願いしてくださいって、そう言ってるんですよ!」

 俺は必死だ。その後もなるべく言葉を尽くして拒絶する意思を伝えた。

 水葉は俺の泣き言を聞くだけ聞くと、ようやく口を開いた。

『ねぇ、水虫。一度だけ聞くわよ……』

 ゴクッ。俺の喉が意図せず鳴った。

『あなたの仕事は何? 足の裏を掻くこと?』

 きた。

 もう万事休すだ。

 俺はため息と共に答えを告げる。

「封魔師です……」

『そうよねぇ。なかなかわかっているじゃないの。水虫のクセに。あなたも封魔師なら、わかるわよねぇ? 長老会の命令の重み。それは何? 言ってご覧?』

「はい。長老会の命令は絶対無比です。我々に断る権利はありません」

 またフフッと水葉が笑った気がした。

『そうよ。ウフフ……。わかってるじゃない。いいわ。思いっきり足の裏を掻きなさい』

 このサイコ野郎……。

 それでも俺は、食い下がる。

「だけど、本当に勘弁してください! 水葉さん! それはわかってるんですけど、そこを踏まえてお願いしているんです! 青少年の青春は二度と戻らないんすよ! 俺の青い春を潰して何が楽しいんすか! 水葉さん! マジお願いしますよ!」

 今度は水葉のフフフッという笑い声が確実に鼓膜を捕らえた。

 俺は確信した。

 このサイコ野郎は笑っているのだ。

 楽しんでいるのだ。

 唖然とする俺に、水葉はゆっくりと本心を語り出した。

『何が楽しいかって? あら、わからない? 水虫が泣き叫ぶ様子が楽しいに決まっているじゃない。長老会でね、誰を派遣するかって話題になった時、私、わざわざ名乗り出たのよ。あなたへの嫌がらせのためだけにね、フフフッ。長老会の皆様の前で高らかに言ったわ。赤根焔が適任です。私が責任を持って監督します。ってね。フフフッ。さぁ、もっと泣き叫んでいいのよ。私は、あなたの青春を潰すためだけに名乗り出たんだから。もっと足掻きなさい。泣きなさい! 足の裏、痒くなってきた? フフフッ、でも掻いちゃダメ。掻いたら殺すわよ……』

「おま……正気かよ……」

 俺は絶句した。

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