第6話

 「おいおい、なに外してるんだよ。さっさと残りの二つも直して来いって」

「は? おま、今終わったばっかだってのに……」

「そんなにダラダラとやっている時間はねぇんだよ。俺だって忙しいんだからさ。ほらほら、早く眼鏡かけて、行ってこい」

「なっ……」

休む間もなく、というか与えられず、僕は外したばかりの眼鏡を再びかけた。先ほど修復された壁は綺麗になっており、残り二つ、大きな亀裂と壁にぽっかりと開いた穴がある。

「……じゃあ、ヒビつながりで」

訳のわからない理屈で、僕は壁に走った亀裂の前に立ち、ふうっと一呼吸おいてからそっと亀裂に触れた。きた。またあの目眩のような感覚だ。視界はグラグラと歪み、そしてフェードアウトしていく。気持ち悪い。こればっかりは何度やっても慣れそうにない。そう思いながら、僕の視界は完全に真っ暗になった。



 目を開ける。すると、どういうわけかまたあの高校にいた。時間帯は夕方、空が綺麗なオレンジ色に染まっていた。どうしてまた高校なのか、先ほどの何か変わった点はないのか。少しでもヒントを掴もうと周りを見ていると、それは分かりやすすぎるほどにそこにあった。校舎の屋上から垂れ下がった、牛乳パックで作られた巨大なモザイクアートのモニュメント。これは僕の通っていた高校の学園祭の象徴ともいうべき作品だった。全校生徒が必死になって牛乳パックを集め、そしてそれを割り振られた列ごとに繋げていき、最後に一つの大きな絵を作り上げる、学園祭準備の中でも重要なプロジェクトの一つだ。毎年そのデザインは変わっているので、絵を見ればいつの学園祭の時のものかを判別できる。どうやら、僕が高校三年生のときのもののようだ。高校三年、最後の学園祭に置いてきた後悔……。

「まさか、あれとか……」

とにかく学校内を見て回ろうと玄関に向かって歩いていると、何か落ちているのを見つけた。学園祭の時に配られるパンフレットとようだった。拾って中を見てみると、僕の学園祭当時の記憶とは明らかに異なる文言がそこには記されていた。


『流した青春の汗。楽しかった準備期間の日々。達成感に満ち溢れた当日。けれど、何か忘れてしまった。ああ、そうだそうだ。あの子に気持ちを伝えていなかった。学園祭マジックはまだ間に合うぞ! 』


「な、なんだこれ、ふざけた文章だな」

一つ目の紙に書かれていたものとはだいぶ毛色の違う文章だった。けれど、これで僕の読みは的中した。

「あの子に気持ちを……やっぱり、告白のことか」

そうだ。僕は学園祭の準備期間中、友人にこんなことを言ってしまったのだ。僕は学園祭が終わったら気になっていた同じクラスの女子に告白をする、と。こんなにも言って後悔したことは後にも先にもこのことくらいだろう。もちろん友人がそれを忘れるはずもなく当日に僕に言ってきたのだ。さっさと告白してこい、と。それを僕はあの手この手を使って往生際悪く回避し続け、結局なにもないまま学園祭は終わったのだ。

「今更言ったところで……いや、これをやることに意味があるんだから仕方がない」

全く持って告白して思いをぶつけてやろうなんて思っていない僕は、どうせあそこにいるだろうと自分の三年生当時の教室へ向かった。

 案の定、彼女はいた。仮に、Kさんとしておこう。Kさんは夕焼け色に染まる教室の中で、なぜだかわからないけれど僕を待っていたかのように教室へ入っていった僕のもとへ歩み寄ってきた。そのことでペースを乱され、コミュニケーション能力の乏しさがエンジン全開になる寸前で、Kさんから話しかけてきた。

「ねえ、話って何」

「え……? 」

話、話とはもちろん告白のことだろうが、これはどうやら僕がKさんを呼び出したという設定らしい。ここまで舞台が整っているのであれば、流れに乗っていくしかない。

「あ、ああのさ、いきなりなんだけど……」

「……なに」

「えと……」

……な、なんでだ。さっさと好きですって言ってしまえばいいのに! いざ言おうとするとまるで口から言葉が出てこない。なんだこれ。言ってしまいたいのに、言えない。Kさんはそんな僕を少しイラついた様子で見ている。やばい、帰られてしまう。そうなれば、僕の時間ループは永遠に直らない。そんなの御免だぞ!

「用が無いなら帰るけど」

そう冷たく言い放って教室を出ようとするKさんを、僕はあろうことか両肩を掴んでドアに追いやる形で引き留めた。いわゆる、ドアドン?

「ちょっ……いたいって」

「好きです!!! 」

彼女が文句を言う前に、というかそれをかき消すように叫んだ。呆気に取られていたKさんだったが、すぐにハッとして、僕を突き飛ばすとこう言った。

「あたしは嫌い」

Kさんは去っていった。ああ、なんだこれ。僕の人生初の少女漫画的胸キュンシチュエーション下での告白は、こうも無残な結果になってしまった。残酷すぎる。報われないぞこんなの。

 あまりのショックで俯いたままの頭を元に戻せないでいると、ポケットに入っていたスマホに着信があった。急いで見てみると、メールのようだった。そこにはこう書かれていた。


『穴を埋めて、過去を殺せ』


それを読んだ瞬間、僕の視界は真っ暗になった。


 目を開けると自室に戻っていた。持っていたはずのスマホはなぜかガムテープへと形を変えていた。どうやらこれが亀裂を直すツールのようだった。

「おう、おかえりぃ」

西山は呑気に人の部屋の冷蔵庫からシーチキンの缶詰を引っ張り出し、むしゃむしゃと食い散らかしていた。それをとりあえず無視して、ガムテープを亀裂の長さまで切って、べたりと貼り付けた。さっきのヒビと同じようにそれは瞬く間に綺麗に修復された。

「残り一個か……」

「がんばれよ、ようやく終わりだぜ」

「人のシーチキン勝手に食ってんじゃねぇよ西カス」

「なんだよコミュ障デブ。さっさと行け」

ほんと、こいつの気遣いを知らない暴言には心底腹が立つ。が、今はそこに怒りを覚えている場合ではない。僕はさっさとこいつを帰らせるために、今度は眼鏡を外さず、すぐに穴に触れた。

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