第4話

 西山は言った、この現象の原因は僕自身にあるのだと。ならばそれは確かめなければならない。僕は西山から受け取った眼鏡をかけ、異空間と化した自室にできたヒビの一つに触れた。その瞬間、目眩のように視界がぐるぐると回りだした。立っていられなくなってとうとう倒れるとなった時に景色が一変した。キョロキョロとあたりと見渡すと、そこはかつて通っていた高校だった。

「な、なんでここに……あれ、西山は」

気が付けば一人だった。懐かしき高校が目の前にあった。時間は部屋にいた時と同じ、だというのに人ひとりいなかった。思い切って正門をくぐる。玄関へ向かっていくと、見覚えのある銅像が立っていた。この高校のシンボルだった。それを通り過ぎ、玄関へと入る。当時の習慣が残っていたのか無意識に自分の下駄箱だった場所に足が向かった。すると半開きの状態で、何かが中から覗いていた。全開するとそれが足元に落ちた。しゃがみこんでよく見てみると、それは一枚の紙だった。

 拾い上げて読んでみる。

『悔いは三つ。一つは渡せなかったお礼』

「なんだこれ、渡せなかったお礼って……ん? 」

下駄箱の中にまだ何か入っている。奥から取り出せたのは、プレゼント用にラッピングされた小箱だった。振ってみても音はならなかったが、何かが入っている重さは感じた。よくよく見てみると、それには見覚えがあった。渡せなかったお礼……このプレゼント……!! そうだ、思い出した。

「これって、あの時の……」



 高校一年の時だった。教室に弁当箱を忘れたことがあった。それに気が付いたのは帰宅してからで、親にガミガミ言われながらも明日はパンでも買っていこうなんて適当に考えてその日は寝た。次の日、パンをコンビニで買ってから教室に入った。割と早く登校するタイプだったので教室の中には誰もいなかったが、自分の机の周りにはなぜだか昨日忘れたはずの弁当箱が無かった。おかしい、確かに忘れたはずなのに。……こんなにかっこ悪いセリフがあるのか。いや、それよりも僕の弁当箱はどこに……。結局教室中を探しても見つからず、もやもやした気持ちのまま次々と登校してくるクラスメートを気にもせずに日本史の資料集を無心で読み続けていた。そんな僕に声をかけてきたのは、同じクラスのTさんだった。決して僕なんかと関わり合うことはないだろうと思っていたその彼女に、いきなり声をかけられたものだから、ここぞとばかりにコミュ障スキルを発揮して目を泳がせていると、僕の机に彼女が何かを置いた。

「はいこれ、お弁当箱。昨日忘れてたでしょ、お節介かなと思ったんだけど、洗ってきちゃった。ごめんね」

「え、あ、あの、ありがと……」

「じゃあね」

それから僕と彼女が会話したのは記憶にある限り最後だったのかもしれない。そんなことよりも、こんな僕の放置されていた弁当箱を洗ってきたくれたことに猛烈に感動し、友人に話せばたちまち広まってTさんの株は友人間で爆上がりしていた。

 僕はそれから、密かに彼女へのお礼にとハンカチを購入していた。店員に人に上げる旨を伝えると恥ずかしくなるくらいのラッピングを施され、渡すことに躊躇いを覚えながら僕はそれを自室の机の引き出しにそっとしまっておいた。それから、そのハンカチが彼女に渡されることはなかった。なぜか? 家族に勝手に開封されたからである。こうなると最早開封済みのハンカチをお礼だと言って渡す選択肢は無く、僕はとうとうお礼を言うことも無く高校三年間を終わらせたのだった。



 一通りの回想を終わらせ、改めて手に持ったその「ハンカチ」を見た。

「……悔いって、こういうことか」

全てを悟り、深く深くため息をついた。つまり僕は今から、自分自身の悔いを晴らすため、彼女にこれを手渡さなければならないということだ。向かうべき場所はきっと一年生当時のクラスである四組だ。階段を三段上ればそこに彼女がいるというのだろうか。分からない。けれど、これを成し遂げなければ僕の身に起きた時空異常はきっと直らない。ならば、行くしかない。

 僕は靴を脱いで上履きへと履き替え、ゆっくりと階段へ続く廊下を歩いて行った。

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