第2話
僕がその異変に気が付いたのは、翌日の夕方のことだった。
昨日のように寝ぼけた頭で午前中を過ごし、朝食兼昼食を食べ終わってそのまま寝てしまった僕はその異常さに気が付くきっかけを得られなかった。夕方、まるで昨日と同じ内容をテレビで放送していて、それが再放送ではないと気が付くまで。いくらニュース番組で世間で話題の事柄を連日連夜取り上げることがあるとはいえ、昨日と全く同じ文言を全く同じ口調で、同じ表情で、同じ間合いで話しているニュースキャスターにはおかしいと思ったし、編集もVTRも何の変化もないことには異変としか思いようがなかった。そこで初めて、僕はこの結論に辿りつくのだった。
——これは、時間が昨日に巻き戻っているのではないか?
小説や映画は割と好んで読んだり観たりする方だったし、時間移動に主人公が巻き込まれる物語など腐るほどあることも知っている。しかし、いざ自分がその可能性に思い当たると、とてもじゃないがそんなことを結論付けられない。「そうか、僕は今時間が巻き戻った状態にあるのか」などど呑気に考えられるわけがない。こういうことは大体、事情を知り尽くした第三者からその可能性を投げかけられるわけで、自分一人でこんな摩訶不思議な現象に気が付けるはずも、認められるはずもないのだ。しかし、今の僕はそれに気が付いたし、認めなければならないのだ。それが確信に変わったのは、昨日から全く部屋から出ておらず、ネットショッピングで取り寄せたわけでもない、昨日使い切ったはずのそうめんがそっくりそのまま残っていたことに気が付いたからだった。
さあ、こういうとき物語の主人公として自分は何をするべきだろう。無論、この状況を打破すべくひたすらに手がかりを求めて走り回るのだろうが、僕はそこまでアグレッシブに動けない。怠惰を極めた大学生に何を求めようというのか。部屋から出ない、それが休日の目標であり最大幸福なのだから。けれども、このままでいると僕はどうなるのだろうか。記憶が前日を保ったままということは既に分かっているが、果たして年を取るのだろうか。もし僕の体自体の時間の流れがこの状況よろしく毎日リセットされるのだとしたら、僕は一切年を取らないことになる。ある意味永遠の命。しかも、記憶を保ち続けたまま。これは最恐の生き地獄ではないか。やはり抗わなければいけないのだろう……しかしいかんせん、やる気が出ない。こんな時でも事の重大さよりめんどくささが勝ってしまう自分につくづく嫌気が差すし、やっぱり僕は僕なのだと納得する。
《ピンポーン》
突然、インターホンが鳴った。ここ数か月聞いていなかっただけに驚いてしまう。宅配が来る予定もなかったのだが……おや、これは。時間が巻き戻っているというよく考えれば絶望的な状況に取り残された僕に、この音が希望をくれた。これは昨日とは違う状況だ。僕は慌てて玄関へと向かった。のぞき穴を確認することなくドアを開けると、何故かはわからないけれど、同じ県の大学に進んだ友人がそこに立っていた。
「よっ、来たぜ」
高校からの友人、西山だった。場所は離れているけれど同じ県内で一人暮らしをしているので、たまにこうして部屋を訪ねてくることがあった。基本僕に対して無礼を極めているやつなので何も言わずに訪ねてきたことに驚きはなかった。ただ、今この時、異常現象の真っただ中にある僕にとっては予想だにしない来客だった。まさかこいつが僕を救い出してくれるとでも言うのだろうか。こんがらがった頭の中を整理しようと玄関で立ち尽くして考えている僕を不審げに見て、部屋へと上がりこんできた。
「何突っ立ってんだよ。お客様にお茶くらい出せよな」
西山の至極失礼な発言が気にならないくらいに、僕は今の状況に混乱していたのだ。
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