それぞれの思い

「いよいよ最後の戦いなんですね……休んでいた分全力でやりますよ~」

「おぉ、惧瀞さんが燃えている」

 出発前の空き時間に湖岸を歩いていると空中に武器を舞わせている惧瀞さんに出くわして立ち話となった。

「はい! アイオーンの森での戦闘もこの一帯での戦闘にも参加出来ませんでしたから……私の能力は戦う事に特化してるのに、仲間を守れたかもしれないのに……状況を聞く度に悔しい思いをしました。だからもう、そんな思いをしない為にも全力で臨みます!」

 これが最後、きっちり終わらせて温かい故郷へ帰ろうと士気を高めている人も多い。何より毒島のあの力の大きさが支えとなっているようで逃亡した兵達もまた立ち上がり武器を取ったという話だ。

「でも無茶はしないでくださいよ?」

「もちろんです。みんなで勝って帰るのが目的ですから」

 まぁ惧瀞さんの能力は最前線に立つ必要はないから他よりは危険は少ないか。

 まだ魔物の封印があり、それが解かれようとしていると報告してから六日、ようやく出発の準備が整った。魔都となっているディアの首都まで二日とちょっと、建物の被害は考える必要はない。包囲して殲滅する。

 本来は無人機でも飛ばして大半を空爆で片付けたいところなんだろうが首都周辺の結界は特別で飛行する物の侵入は見込めない、地上から侵入して直接対峙して倒す必要がある。

 アスモデウスの話では残っているハイオークの幹部クラスはあと二体、全軍で魔都を包囲して攻撃を仕掛け、敵の戦力が王城から離れ分散したところで敵の根城へ突撃する。ディーが居るであろう王城へと向かうのは俺、フィオ、アリス、ナハト、ティナ、天明、毒島、導、それから双子たちだ。

 アマゾネス――特にロフィアは事の張本人を叩き潰すために潜入組への参加を強く希望していたが、分断された前回とは違い他のアマゾネスへの指揮もあるからとリニスとエピがどうにか説き伏せていた。その様子をぼんやりと眺めていたら女王陛下に捕まってディーの首をご所望されてしまった。

 褒美は望むだけのアマゾネス全員でねっとりと可愛がってやる快楽の宴との事だった……そんな褒美は受け取れないっての……断らなければ恐ろしい折檻が待っているだろうなぁ。だが俺も男だから美人の多いアマゾネス誘惑に微かに興味を惹かれない事もないが……ディーを倒すって事は家に帰れるって事な訳で、帰ったら正式にもう一度みんなに結婚を申し込むつもりな訳で、ふらふらしてる訳にはいかない……これ微妙に死亡フラグな気が……いやいや、そんなもんあってもぶっ壊す! 幸せな未来をこの手に掴む!

「おぉー、航君も燃えてますね! 絶対に生き残りましょう!」

 惧瀞さんと拳を合わせた。お互いに死ぬ気なし、やる気は十分、準備は出来うる限り整えられた。勝つしかないんだ。


 移動中の車中では流石に俺にやることはない。剣の手入れでもしようかと思ったが装備の整備は牽引されている携帯工房でリュン子が責任を持って請け負ってくれている。ミシャの分まで頑張るのだと意気込んで再度のチェックをしてくれている。他にもやることがあるからと到着までは出てくるつもりはないそうだ。

 車中で出来る事など限られている。簡単なのは寝てしまう事だろう、千里眼で見通した限りでは首都近郊まではほとんど敵影はないようだし。もしくは誰かとの会話くらいだろうか――。

「ワタルは……どうして双子を身請けしたいと思ったの?」

「やっぱり私とフィオの妹だから?」

 両隣に寄り添っている二人が俺に体重を預けたまま穏やかに見上げてくる。

「そう、だな。お前たちの妹たちをあんな国に置いておけないだろう?」

 上に立つ人間が変えようとしているとしてもやっぱり混血者には生きにくい場所に違いないんだから。

「え゛っ!? あの双子さんフィオさん達の妹なんですか!? ……えっ、あれ? だったらフィオさんとアリスさんも姉妹なんですか?」

 事情を知らなかった惧瀞さんが驚愕して目を丸くした。毒島に付いている双子をちらりと見てフィオ達の事が頭に浮かんだりしたそうだがアドラの強い混血者はそういうものなんだと納得していたようだ。

「そーらしいよ惧瀞ちゃん。ほんと如月さんの女運どうなってんすかね! 美少女が引き寄せられるみたいに集まってるじゃないっすか。しかも双子ちゃんの身請け話も進めているとか……目的はやっぱあれっすね?」

 あれってなんだ? 西野さんほんもののロリコンが言うんだから録な内容じゃないだろうが――。

「ワタル、丼は好き?」

「? ああ丼ものは好きだぞ。美味いよな」

 フィオがちょこんと首を傾げて尋ねてきた。何故急に飯の話……汁たっぷりの牛丼とかイクラたっぷりの海鮮丼が浮かんでしまって腹が……あぁ~、ごはんを掻き込みたい。

「そうなんだ……なら、食べたいんだね。姉妹丼」

「ブフーッ!? げほっげほっ……フィオ、一体どこでそんな言葉を……?」

 フィオがぽつりと零した言葉に反応して口にしていた炭酸ゼリーを思わず吹き出してしまい、惧瀞さんが濡れ濡れの、ドロリとした白い汁まみれだ。誰だフィオにこんな言葉教えたやつは!? ホワイトサワーゼリーがこんな仕事をするとは……惧瀞さんがヤバめな絵面になってんですけど! とりあえずタオルを差し出したが、この事後みたいな空気どうにかなりませんか!? ティナとナハトから無言の圧力が! 今の……俺は悪くないはずだ。

「ふぃ、フィオ~? どこでそんな言葉を覚えた?」

「ニシノが言ってたわ。ワタルは四姉妹丼を食べるために頑張ってるに違いないって。ワタルが望むなら私たち頑張るわ」

 屈託なくアリスが笑う。もうこれ色々駄目だよな……不慮の事故で運転手を失っても俺か惧瀞さんが運転出来るよな……? そう、この西野さんほんものに天誅を下しても何も問題はないはずだ。

「私も頑張る。双子は分からないけどその分私とアリスがやるから」

「頑張るってお前……意味分かって言ってるのか?」

 フィオにもアリスにも妙な知識を持たない綺麗なままでいてほしかった……なんだこの複雑な気持ち。モヤモヤとはっきりしない感情が渦巻いている。

「航君喜ぶのか困るのかどっちかにした方がいいですよ。顔が大変な事になってます」

 だってこれ俺を想うが故の発言だろうから嬉しくはあるがいきなりこんな事言われたら混乱するわっ! というかそんな事の為に双子を連れ出したいんじゃないんですよ!?

「お料理、頑張るね」

「へ?」

「姉妹が作る丼料理、食べたいんじゃないの?」

 俺の表情を見て何か間違えたかときょとんとする二人、俺は心の中で大きなため息を吐いた。

「…………あ、ああ……ありがとう。今から凄く楽しみだなぁ…………」

 邪な夢は打ち砕けた! やっぱ期待あったのかと自分に呆れる。

 言葉は知っても意味の方は理解してなかったのか。まぁ、よかった。二人は綺麗なままだ……別に残念なんかじゃない、はず。

「航君凄く盛り下がってますね」

「……そんな事ないですよ」

「あ~、俺もっす。どんな状況になるのかと妄想を膨らませてたらほのぼの姉妹クッキングに早変わりしたっす……あぁ~、ソレイユちゃんに会いたい~」

 うちの娘たちを勝手に妄想に使わないでもらえませんかねぇ!? もうあれだ、この戦いが終わったらソレイユさんには常に西野さんを見張ってもらわねば。

「おいさっきからうるさいぞっ、集中出来ない! 仲間の武器いのちを預かってるんだぞ。最終チェックくらい静かにやらせてほしいぞまったく……あっ……忘れてた。おい兄さん」

 工房を牽引していたワイヤーを渡って車両側に来たリュン子は不服そうに打粉のようなもので西野さんの頭をペシペシと叩いている。

「兄さん!? リュン子ちゃんもう一度、もう一度呼んでおくれ!」

「い・や! 調子に乗りそうだからもう嫌だぞ。それより、これ。姉さんからの預かり物、すっかり忘れてたぞ」

 リュン子が西野さんに手渡したのはソレイユさんをデフォルメしたような人形だった。細部の装飾がやたらと細かい、流石ドワーフ……なのか? 妙に光沢があるな……もしかしてアダマンタイト製じゃないのか?

「頑張ってるニシノの傍に居られるようにって姉さん自らが作ったんだぞ? 大事に――」

「大事にするぅ! うぉぉおおお、もう俺最強! 俺無敵! 俺優勝ーッ!」

「おい運転手が壊れたぞ……ちょ――暴走するな馬鹿者!」

 アクセルを踏み込んで行軍の列から抜けそうになった西野さんの髪をナハトが掴んで揺する。結構抜けてるから止めて差し上げろ、二十代でそんなダメージを負ったら後々大変な事に…………。

「あたしに言われても……ただおつかいをこなしただけだからな。用は済んだしあたしはもう戻るぞ」

「ちょっと! この暴走ロリコンどうにかしてからにしなさいよ!? リュン子の兄になる予定なんでしょう?」

 いやティナ、リュン子が関わったら更に暴走しそうだぞ。

「レーヴァテインそんなに時間掛かるのか?」

「レーヴァテインは時間掛からないぞ! あたしとミシャが作った最高傑作だぞ。丁寧に磨いて終わりだぞ。でも、そうだな……打ち合いをしてるオリハルコン製の装備には小さな瑕が出来てるのもあるからな。まぁフィオとアリスの腕が良いんだろ、本当に小さな瑕だからこっちも大した問題じゃないぞ。そうじゃなくて――う~ん……やっぱり秘密だぞ」

 何かを口にしようとしたがいたずらっ子のような表情をすると踵を返して開けっ放しにしていた工房の入り口に飛び移って再び引きこもりに入った。

「なんだあやつ……また主に何か作っておるのか? 主の手はもういっぱいだぞ? 武器など作ってももう持てまい」

 膝の上で足をぱたぱたさせながらクーニャが同意を求めてくる。どうだろうな、何か作ってるのは確実だろうが間に合うのか? 俺の心配を他所に工房からはテンポのいい鼻歌が聞こえ始めた。


 舗装されてない道に車両は揺れる。最後の戦いを控えた俺の心のように……魔物の横行闊歩を許す訳にはいかない。戦うしかない、戦う意思はある、戦うべき責任もある。それなのに心に巣食った不安が拭えない……もう後一日もすれば魔都に到着する。包囲してしまえば作戦開始、もう止まらない。止まっている余裕はない。オークの王の話をした時のレヴィリアさんの表情、あれは恐怖の類いだ。この世界で最高の種族であるハイエルフが恐れる存在、それから推し測って分かる危険度は今までになく最上位の化け物と言うことだ。

 不安の原因はこれか……俺は怖いんだ。良くも悪くもフィオやアリスは俺に似てきている。大切なものが危険に曝された時は躊躇わず飛び出すだろう。

 その心根の優しさ、想いの強さは誇りに思う。そんな娘たちに想われている事も嬉しく思う。そんなみんながもし俺を庇って怪我をするような事があったら? 命を落としたら? みんなへの信頼はある、実力も知っている。でも――それでも心に纏わりつく不安は…………。

 俺がミスすれば誰かがカバーしようとして傷付く。しっかりしないと駄目だ。失うことが無くすことが怖いなら、立ち向かって自分に出来る全力を叩き付けるしかない。何一つ奪われないためにッ!


 自分を奮い立たせ不安を無理矢理心の奥に押し込める。こんなものに負けてたまるか、これは失う為の戦いじゃない。未来を掴む為のっ! 不安に翻弄されている間も車両は進み時間は迫る。魔都が見えた。あとは予め決められた部隊が展開、包囲したら全てが動き始める。もう魔物を滅ぼすまで誰も止まらない、止まれない。


 円形に広がっている巨大な首都はこの離れた西側の高台からでも内部の禍々しさが分かるほどに気持ちの悪い気を放っている。

「怖気がする。主、儂はこんなこと始めてだ。本当に儂が付いて行かなくて大丈夫か? 主のおかげで儂はこの姿でも戦えるぞ?」

「大丈夫、かは分からんな。でも絶対に勝つ。クーニャは敵の誘きだしを頼むな、目立つクーニャならより多く王城から敵を引き離せる」

「……うむ、任せておけ。しかし助けが必要ならいつでも駆け付けるから必ず呼ぶのだぞ?」

 今まで以上の激戦を予感してクーニャも不安があるんだろう。両手で俺の右手を包み額に押し当てて祈るような仕草で何事かを呟いている。

「航君気を付けてくださいね。敵の本拠地ということもありますけど、あそこは怖いです。震えが止まらない、こんなの友達に無理矢理連れていかれた忌み地の時みたいです」

 忌み地か……言われてみればそうなのかもしれない。これだけ大きな都市だ、ぺルフィディに飲まれて化け物になった人もそれに喰われた人も数えきれないだろう。そして当然のようにドゥルジの魔法陣が展開している。

 死者も蠢くこの魔都の怨念――それどころかこの大陸中の怨念が渦を巻いて王城収束しているようにすら感じる。


「如月、そろそろ包囲が完了する。最後の空き時間だ、私と導の能力の説明をしておく」

 リュン子の整備によって万全の状態に仕上がった装備を纏い支度を整えていた俺たちの前に毒島が現れた。

「私の能力は見ての通り圧縮だ。これは主に生物に有効で無生物には効果が薄い。木材や脆い石程度なら圧し潰す事はできるが基本は対生物だと思ってほしい。このため能力を十分に発揮する為に遮蔽物の破壊撤去を頼みたい」

 生物に無類の強さを発揮する能力……恐ろしいが今は味方だ。それにこいつだって本当は――。

「次に黒井導の能力だが、あれはお前たちにはどのように映った?」

「どのようにって、炎でしょ? でも炎ならうちのナハトの方が凄いわよ。燃やし分け出来るし不浄なものを焼き清められるんだから」

 幼馴染を語る姿はとても誇らしげで自信に満ちている。普段言い合いをしていてもティナにとってもっとも信頼のおける一人なんだろう。

「ほぅ? だが姫よ、導のあれは炎ではない」

「炎じゃないって……ならなんなのだあれは?」

「あれが何かは分からない。黒い炎のように見えるあの靄は触れたものの存在を食らい消失させる。これには治癒能力は効果が無い。西野という男の再生はどうかは分からないがな、試すわけにもいくまい?」

 そりゃまた結構な能力で……毒島と導さえいればいい気がしてきた。

「存在を食らうですって!? そんな危険なものをあいつはひけらかしてワタルに向けていたの? ……まったく、信じられない! 援軍で来たくせになんて奴なの」

 憤慨してプリプリと怒りだして導への文句を並べ立てるごとにティナの怒りは増していくようだ。

「侵食は炎が人間を焼くよりは遅い、すぐに振り払えば消失は免れる。だがあれは本気で使わせた事がない、暴走した場合が未知数だ。私には服従しているが無駄な挑発は控えた方が身のためだな」

「それはお前たち次第だろう? ちゃんと躾ておけ。もし私の大切な者たちへ黒炎を向けるようなら躊躇なく焼き払うからなッ」

「嫌われたものだな」

「当然だ。誰が貴様らアドラなどと馴れ合うものか」

「どうどう、落ち着けナハト。これから最終決戦だぞ、いがみ合ってる余裕なんてない。気持ちは分かるけど今は味方だ。堪えてくれ」

 悔しげに顔を背けるその姿は頭では分かっているが感情が追い付かないのを示しているんだろう。散々戦ってきた相手だしな……俺も受けた扱いを思うと複雑なものがあるが毒島は信じても大丈夫な気がしている。導の方はあの態度だから若干不安だが……毒島が上手く手綱を握るだろう。


「航、こっちは僕たちが守るから……だから僕たちの分もディーをぶっ飛ばしてほしい…………」

「ああ、こっちは任せる――安心しろって、さっさと終わらせてお前ら家に帰らせてやるよ。魔物の件が片付けば帰れるんだろ?」

 優夜と瑞原は固く手を繋ぎ強い意思を帯びた瞳をそっと閉じて頷いた。思えばこいつらも長い旅路だっただろう、本当はすぐにでも帰りたいくせに強がって踏ん張ってる。そろそろ帰してやらないとな。

「ま、こっちが先に終わるかもしれないけどね。そしたら加勢に行ってあげるからヤバくてもそれまでは粘りなさいよ? 誰か死んでリオを泣かせたら燃やすわよ」

 目が本気だ。そんな事は絶対にさせないっての、もし誰か目の前で死んだら俺が死にたくなる。

「全員生き残るって、多分こっちに紅月は出番はないぜ?」

「だといいけどね――しっかりやりなさい」

 激励のつもりだろう、背中を力一杯叩かれた。そこから熱が身体に浸透していくみたいに力が漲る。

 紅月たちが持ち場に戻った頃頭に作戦開始を告げる声が響き魔都への攻撃が開始された。

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