明かされた条件

 アドラ――というより毒島から出された条件、それは政変後のアドラと同盟を結び即位する皇女の支えになって欲しいというものだったそうだ――ついでにティナが準備していた支援もちゃっかり受けた――これを聞いたナハトはフィオ達の件が頭から抜けたようで烈火の如く猛反発した。


 当然だろう、事の始まりは他者を見下し奴隷にしようとするアドラ皇族や貴族の人間性の醜悪さなのだから。

 ナハトは自国に侵入してくる人間を阻み続けてきた、仲間を守る為に先頭に立って何度となく襲い来る蛮族を狩っていた。なのに、それと同盟を結び支えになれなんて言われれば温厚であろうとエルフでも誰もがブチキレるだろう――ナハトが温厚かどうかは置いておいて。

 だがそれでもティナが受けると決めたのには理由があった。フィオ達の為、というのも勿論あったろうがティナは姫だ。それだけで国の今後の行く末を左右する選択に同意したりはしない。

 理由の一つは皇女からの長い長い謝罪の手紙、魔物が出現する原因を作った自国の愚かさを嘆き、封印の際にも手を貸すこともしなかった事への謝罪、長きに渡り混血兵を派遣してエルフの土地を侵そうとしていた事についての謝罪――挙げていけば切りがないほどに謝罪文には悔恨と謝罪の言葉で溢れていたらしい。俺たちは手紙の真偽を疑ったが毒島と直接話したティナは本物だと確信したそうだ。

 自国の歴史の否定――アドラの皇族や貴族の中で皇女の存在は異質――そう毒島は語ったそうだ。その皇女様がなんの因果か現在帝位につく予定だという。毒島の出した条件はアドラの改革を願う年若い女帝を助ける為のものだった。


 これを聞いたフィオとアリスは驚きのあまりしばらくの間呼吸すら忘れたように唖然としていた。そりゃそうだろう、自分たちが生まれた国が、自分たちを使っていた皇族・貴族にんげんたちがどんな存在か嫌という程よく知っているだろうし、毒島に関してだって――まだ会って間もない俺だってあれが冷血な人間である事は感じ取れたし、何よりあいつ自身が矛盾している。

 皇女の願いはアドラの在り方を変えることだ、なのにあいつは混血者を道具と考える筆頭みたいな感じだった。部下の手前演技をしているという風ではない、それは直に会っているから分かる。あの目は本気でフィオ達を道具と捉えていた。

 だからこそ分からなかった、何故皇女の助けになる条件を出したのか? 今回の交渉は突発的なものだった。判断は全て毒島に委ねられていただろう。ならもっとアドラらしく私利私欲に駆られた条件を出す事も出来だろうに…………。

「あっ、それとね、もう一つ条件があるの」

 顔を寄せてそっと耳打ちしてきた。絶対極秘の条件――それは地球への帰還、そして彼の母を探す助力を惜しまない事だった。

 みんなが出ていった後に俺にだけ最後の条件を語ったティナは見る者に安らぎを与える、全てを慈しむようなとても優しい瞳で女神のような柔和な微笑みをたたえていた。


 母に会いたい……か。フィオ達が語り、実際に見て受けた冷酷無比な印象と随分とかけ離れた願いだが……毒島は僅か六歳でこの世界を訪れたそうだ。そんな幼い頃にアドラに放り出される――どれ程の苛酷な歩みだったか……洗脳や薬を使う事なんかも厭わない国だ。幼く、分別のつかない子供は格好の餌食だっただろう、強い能力があったなら尚更……この条件を語った時も表情は変わらず冷淡なものだったらしいが瞳の奥には深い寂しさが宿っているようだったとティナは語った。


 混血者への態度は毒島が望んだものじゃなく叩き込まれて染み付いたものなのかもしれない、そんな中でもどうにかしようとする本来の毒島の足掻きが皇女を助ける為の条件、なのかもしれない。真意は分からないが、話を聞いたティナはそう捉えたようだ。こんな話を聞くと俺ももう少し話しをしてみたかったと思ってしまう、何か分かり合える部分があるかもしれない。

 ティナが読んだ手紙の内容を聞いた感じだと皇女様の考えは初めて会った時にリオが語ったものによく似ている印象を受けた。俺がリオに救われたように、毒島もそうだったんだろうか……?

「救われていたらいいな――」

 そうだったらいいなと心から願ってしまう。辛い事ばかりじゃなく味方になってくれる人が居たんだと。

「どうしたの? ワタル」

「なんでもない、独り言。にしても手伝えるのは最後のやつだけか……国の問題は部外者の俺じゃどうにもならんな」

「あら、そんな事ないわよ? 私と結婚して~、王様になっちゃえば政治に関われるわよ?」

「そんなほいほいと……そもそも長寿のエルフには代替わりなんてあるのか? というか俺なんかが国を動かすのは問題がありすぎて恐ろしいし如月って姓が消えるのもちょっとな」

「冗談よ、そんなに悩まないで? お父様も結婚は許しても人間に王位を譲ったりはなさらないと思うしこれは私が交渉してきた事だもの、私がきちんと皆に話をしてちゃんと納得出来るようにしていくつもり。未来の旦那様の願いだものね、妻としてはやる気満々よ?」

 だから今は甘えさせろとばかりにしなだれかかってきたティナの瞳は潤みこちらを引き込むような輝きを放っている。あぁ、引き寄せられる――。

「人が病に苦しんでいる間もあんたは随分楽しい生活をしてたみたいねっ!」

「いってぇ!? 紅月!? 久々に会ったと思ったら何しやがる……ここは俺の天幕だ。俺が誰と何してようが紅月には関係ないだろ」

 頭に重く硬い衝撃を受けて振り返ると紅月がピュラリスを逆さに構えていた。どうやら石突きでゴツンとやったらしい。

「……まぁ、そうだけど――じゃない、あんたは嫁を平等に大切にするんでしょう? リオ達居ないのにそんな事してたらあの娘たちに不公平じゃない」

「とかなんとか言って、実はただのやきもちだったりして~?」

 紅月はおどけたティナの言葉に赤面して全力で否定した。

「あたしはっ、友達のリオの幸せを心配してるだけよ。でもまぁ、あんたの顔がムカつくからってやり過ぎたのは謝っておくわ。あたしも優夜も最後の戦いには復帰するから……さっさと終わらせて帰りましょ」

「ああ……紅月、治ってよかったな」

「あんたがアマゾネスに絡まれて薬を手に入れたおかげでね……また会えたし、恋を独りにしなくて済んだ。感謝してる」

 ひらひらと手を振って出ていこうとする紅月に声を掛けるとこっちを向かずにそう応えた。最後の言葉は消え入りそうなほど小さく呟いて出ていった。


「ワタル、明日は出発、今日はもう休んだ方がいい。今更焦ってもしょうがない」

「わかってるけどな……悪いがもう少し頼む。なんて説明したらいいか分からないんだが……違和感があって」

「……体調が悪いの?」

 模擬戦での俺の動きに違和感があるのを気付いていたんだろう。表情を曇らせたフィオが近付いてきて何かを確かめるようにぺたぺたと身体を触ってくる。

「ワタルどうしたの? 怪我してるの!?」

 離れて見ていたアリスもフィオの動作を見て駆け寄ってきて同じようにする。

「いや身体はなんともないんだが……こう……打ち込まれる時に変な感じがするというか、もう少しで分かりそうなんだけど」

 歯切れの悪い俺に二人は頭上にはてなを踊らせている。怪我ではないないなら病気かとアリスは俺の額に手を当てて熱を測ろうとしてくる。

「……アリス、ちょっと」

「何?」

 二人は屈んでなにやら相談をしつつこちらをチラチラと窺っている。アリスの方は何か驚いた様子でフィオと熱心に話している。

「ワタル、少し実験をする」

「実験?」

「死なないで、ね?」

「ッ!?」

 フィオがそう口にした次の瞬間、殺気に振り返ると俺の背後には死が待っていた。逆手に持ったナイフが――肉食の獣が獲物の喉元に牙を突き立てるが如く迫っている。

 一度距離を――駄目だ。後ろでアリスが双剣を振るおうとしている。黒雷で薙ぐ――二人には弾かれる。どちらかを崩して突破を――距離の近いフィオの体勢を崩すと決めて短剣を抜きざまにナイフを受け流そうとしたが動きを読まれて回し蹴りをもらい短剣を手放してしまった。回し蹴りの回転を利用して勢いの増した突きが来る。

 この間合いはフィオの間合いだ。大抵の武器は使いこなす娘だが、蹴りとナイフを織り交ぜた接近戦、これが恐らく一番戦い慣れていて最も得意なものだ。

 ナイフの間合いまで近付かれると長剣のレーヴァテインは使い辛い。間合いを取ろうにも神速を超え始めているフィオは雷迅でも引き離せない。刃が喉元に――突き刺さる――その光景をスローモーションで眺めていると、なんとなく分かったんだ。あるはずのない逃げ道が。

 突きの動きに右手を合わせつつ刃が当たるのを厭わず前進してフィオが狙っていた部分から狙いをズラした。そして次の動きをされる前に腕を掴み捻り上げて後ろを取った。刃が頬を掠めたがそれだけだ。死ぬはずだった一撃を凌いだ…………。


 完璧に捉えていたはずが回避されあまつさえ拘束までされた。その事実にフィオは信じられないものでも見たように目を見開いてこちらを見上げる。

「なんか俺、今凄かったかも……?」

 あのフィオの手を取ってナイフを捨てさせたぞ!? スピードだけは雷迅でやや上になれるが、でも必要な動きを最小限にこなしたり、そういった技術的なものはまだ二人に劣っていたし、腕力なんて当然負けている……はずなのに…………。

「凄いなんてものじゃないわ! さっきのフィオは完璧だった。本当にワタルを殺しちゃうくらいに、なのに……なのになんでワタルがフィオを捕まえちゃってるの!? 凄い、本当に凄いわ! これで覚醒者だなんてもう反則ね。ねね、本当にフィオが言ったみたいに弱所が見えてるの?」

「弱所?」

 なんのこっちゃ……? アリスも驚きが大きいようで飛び跳ねて興奮気味だ。

「隙の無い強大な敵を殺す為の軌道、物を容易く壊す為の破砕点、危機を脱する為の突破口、その時々に必要な動き、打ち込むべき場所、そういうのがこれ以上ないくらいに正しく解かる時がある。そういうのを私とアリスは弱所って読んでる。この呼び方が正しいのかどうかは分からない、私たちが感じるものを説明しても誰にも理解されなかったから」

 おぉ、漫画でありそうな特殊能力……でも二人は覚醒者じゃない。なら第六感とかそういった部類のものだろうか。感覚を研ぎ澄まして相手の弱点を見つける、みたいなものか?

「それにしても……そんなもん見えてりゃ強いわけだよな」

『見えてないよ』

「は? いや今見えるって」

「正確には見える時と見えない時がある、ね。体調が原因なのかそれとも別の要因なのか。それに見えるって言っても私は微かに、本当に微かに、気を付けてないと簡単に見落としてしまうくらいにしか見えていないわ。フィオはもう少し見えてるんでしょうけど、まぁそんな感じだから当てにしたりはしないんだけど」

「ん、たぶんアリスよりは見えてる。それでも私もいつも見えてる訳じゃない、見えない事の方が多いし大事な時に見えなかったりもする。だからアリスと同じで当てにはしてない、見えたら利用する程度。だから驚いてる、ワタルは見えてるの?」

「俺ぇ!? いや俺は……さっきのはなんとなくで、何か見えてた訳じゃないと、思う」

 俺の答えを聞いてまた悩み出す二人、俺にもフィオ達みたいな特殊な感覚が……? それを使いこなせるなら二人の上を行くことも――。


「なんて期待した瞬間が俺にもありました……はぁ~」

 あの後何回やっても同じ現象は起きず、二人の言う感覚もわからず何度となくフィオとアリスに転がされ、結論としては不確定なものに期待するべきではないと片付けられた。そうそう特殊能力が開花する訳ないか、覚醒者の能力は一人一つだし……まぁ能力と関係ない感覚的なものだとしても、幼い頃からの辛い訓練の末に達人レベルに到達したフィオとアリスでも朧気なんだ、死線はそれなりに潜ったとはいえ未だ未熟さがある俺が易々と習得出来るはずもない……か。明日出発なのに見込み薄な能力開発を何遅くまでやってんだか。

 寝袋に潜り込み手足を擦り合わせつつ丸くなる。クロやシロの話だと首都付近は結構な雪が積もるらしい、通りで首都に近付いたこの地域では夜は特に冷える訳だ。

「結構冷えるな……人肌恋しい」

「なら入る」

「うぇえっ!? どっから出てきた? ――勝手に入るなよ……狭いだろ?」

「でも、あたたかいよ?」

 ほにゃっととろけた笑顔で身を寄せて当然のようにすりすりしてくる銀髪のロリっ娘、その瞳はそれはもうとんでもない魔力を宿して見つめた相手を瞬殺して魅了する。

 当然俺も魅了されたぜ! 惚れた弱みか、見つめられるまでもなく潜り込んできた時点で落ちましたが! だって安心しきったにゃんこみたいに気持ち良さそうな顔して身を寄せてくるこいつがかわゆぅてしゃーない。最初は俺を椅子にしたり素っ気なかったりした娘が今じゃこんなに甘えん坊に成長して……感慨深い。

「お前なぁ、これだけ寒いんだし服装変えた方がいいんじゃないのか?」

「ワタルがあたためてくれるからいい」

 きゅっと服を握り締めて俺の胸に顔を埋めて幸せそうに目をとろんとさせている。

「いや外はどうすんの!?」

 言いながらもすりすりしてくるフィオ抱き寄せる――が、我慢が、理性が~……ん~? やっぱりこいつ体温高いな、湯タンポ代わりにぴったりかもしれない。

「家族コートがあるから平気」

 あぁ……ちびっこ達のコートは大きめだったからな、前を閉めれば足先まで冷気をガード出来るかもしれない。

「ならそれはいいんだが…………」

「ワタル、よく見て、感じて」

 ……何言ってるのこの娘は!? ま、まさか最初からそのつもりでここに来たのか? 俺に獣になれと――。


「過度な期待はするべきじゃないけど、感覚を研ぎ澄ますのは良い事。たぶんワタルは掴みかけてる。ワタルはあれこれ考えてるから駄目、思い出して、あの光の軌跡や光点を見た時は自然に身体が動くはず。それが一番正しいって直感的に分かるから」

 眠たげな上目遣いでこちらを見るフィオは先ほど俺も同じ感覚を得られたと思っているようだが――あの、と言われてもさっきは何も見えてないんだが……フィオにはそういう風に弱い箇所が見えてるのか。放射した電撃にもそういった部分があるとかでガントレットで弾かずに潜り抜けたりもしてたし。

「俺に出来んのかねぇ」

「出来ると生存率が上がる。一度出来たんだから死ぬ気でやって」

 期待するべきじゃないとか言いつつまたそんな無理難題を……根拠のない期待はしちゃいけないが出来得る最善を尽くせってことね。言いたい事は済んだのかこちらに背を向けて俺の腕を抱き込んで丸くなり始めた。

「まぁ、それはそれとして、前はいいけど端に押しやられた俺の背中が微妙に寒いんだが、お前は背中を俺に引っ付けて丸まってるから温そうだけども――」

「じゃあ私も入ろっと」

「あ、アリス!? いつの間に……あの、とてもとても狭いんですが」

 元々大きいとはいえ一人用の寝袋だ。小柄のフィオが入っただけでも既に相当だったが、これはもう押しくらまんじゅうなんじゃないか?

「帰ってきてからずっと甘えてなかったんだもん。フィオなんてこーんなに幸せそうにしてるんだから私が背中にぎゅってするくらいいいでしょ? 大切な人のぬくもり、感じたいよ」

 理性を突っつくなぁ……瞳を潤ませてそんな事を言ってはいけません! まだ獣になる気はないのだ。

「ほらよ、三人ずっと一緒だ。帰ったらみんなも一緒だからな?」

 右手でフィオの抱き、詰めて空いた左のスペースにアリスを招き入れた。ナハト達が見たらなんて言うか……二人が帰ってきてからは怖い思いをしてたフィオ達に気を遣ってるのか何も言わないがこれは流石に何か言われそうだな。

「うん、もう離れたくない。私、ワタルが、みんなが好きだよ。あの時助けられて、それから私は本当を生き始めた。再会した時フィオが変わってる事が羨ましかった、一人だけ変わっていけるのが許せなかった。でも、そんな嫉妬する必要なかった。私も変われる、変わっていける。それを教えてくれる人達が居るから……だからずっと一緒に居たいの、もらった幸せを返していきたい」

 隣で聞いていたフィオが嬉しそうに笑ってこくりと頷いた。この何気なく発した、当たり前の事だと信じて疑わなかった俺たちの言葉が崩れ去る事になるとは俺たちの誰もが想像すらしていなかった。

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