幻影渦巻く中心に立つ者

 殺すつもりで戦うのと相手を生かしたまま無力化するのでは当然勝手が違う。相手が強いなら尚更で、戦力に加わるからと渡したであろうアダマンタイトの特殊加工品の剣も敵に回すとこうも厄介なのか……全員がこっちの動きに対応してくる。連携の練度も高く互いのフォローも緊密――フィオとアリスはよくやっている、連携し翻弄し切り崩して付け入る隙を作り出して俺が黒雷を撃ち込む。だがアマゾネスも大したもの、切り崩したそばから瞬く間に立て直される。ロフィア、エピ、イェネ、恐らく今のアマゾネスで最も優れているこの三人を前衛に他がその補助に回り俺たちと拮抗している。黒雷もアリシャが創り出した不可思議な盾で防がれる。相変わらずなんでもありな能力だ。エピの投剣術、投げた短剣と鎖を巧みに使い華麗に舞い死角を狙ってくる。死角への警戒を強めようとしてもイェネの苛烈な剛撃がそれを許さない。そしてロフィア、前衛二人が動きやすいように動きフィオと切り結ぶ――本当にたいしたものだ。剣の力は

 なんだ……? 俺が受け流すべき攻撃を二人がわざわざ盾になっている。どうしたんだ? 俺が受け切れないと判断したのか? ……いや、今のでそこまで過保護な事をするとは思えない――フィオが自衛隊の方を指している。あっちを先に片付けろって事か。伝わらないと分かっているが声を掛けて走り出した。が――。

「少しの間持たせてくれ、すぐに止めて戻って――ッ!? 鉄の壁、アリシャか――そんでクリューッ」

「消し飛べ豚野郎~」

 ロフィア達に釘付けにされた二人を抜けて俺に肉迫するクリューが気の抜けるような声で罵倒してくる。俺はオークに見えてるのか――破壊の右手が迫っている。あれを受ける訳にはいかない、鞘に納めたままのレーヴァテインでクリューの手首を払った途端に金色の粒子を放っていた右手の光は霧散した。手の平は避けたつもりだったが咄嗟に触れられたが……破壊出来るものと出来ないものがあるって事か、アダマンタイトの強度なら破壊が及ばない。ならっ――。

「打撲くらいは勘弁しろよ!」

 剣身部分を叩き付け腹部に当たった瞬間一気に振り抜くと衝撃に耐えきれずクリューは仲間の方へと吹っ飛んだ。丸腰の女の子を剣でぶっ叩くってのは気分が悪いが手加減をしてられる状況じゃない、相手は俺たちを魔物と認識して殺し尽くすつもりで来ている。

 アルの突風がクリューを掬い上げ衝撃を緩和したようだ。咄嗟に手を入れて防御していたからか重症ではない、がすぐには動けそうにない。なら今のうちに自衛隊の無力化を済ませ――今度はリューか。黒狼の大爪が振るわれ受けた拍子に数メートル弾き飛ばされた。こんな事している場合じゃないんだよ、大人しくしててくれ。飛び掛かる黒狼に合わせて腹部へ潜り込み黒雷の掌底を打ち込んだ。急いで止めないと、これ以上自滅の道を歩んでたまるか――。

「檻、収束……捕縛」

 真上に打ち上げた黒雷を地上へと降らせながら檻を作り出し収束する事で逃げ場を失った彼らを感電させ意識を奪った。最後に微弱な黒雷を縄のように巻き付かせ、意識を取り戻した場合即時感電させる戒めとした。

「これで自衛隊の同士討ちは防げるはず……何人かは即死か……フィオ達は――まだ任せられる。応急手当てだけでも」

 細かく手当てが出来る訳ではない、そんな状況でもない。それでも多くに命を永らえて欲しかった。アリシャが正常なら医療品を出して欲しいところだが、現状意思疎通が出来ない以上望めるはずもない。

『どのような行動をするかと解いてみれば、なんと無駄な事を、どうせ死に逝く者共に治療など無意味、力を有した存在であれど愚かの極みだな』

「っ……お前が、この騒動の原因か……? 能力を解け。すぐ解けば苦しませずに屠ってやる」

 理解出来ないとばかりに顔を歪ませこちらを見下すようにしているハイオークが一体、声を掛けられるまで気配が分からなかった。また俺も幻覚に飲まれ始めているのか? 一足飛びで剣を振るえば届く距離なのに存在感が稀薄だ。本当にそこに居るのか?

『命令するのは汝ではない。身の程を知れ人間』

 ニタりと嗤ったハイオークが片手で掲げたのはフィオ!? そんな、向こうで戦っているはずじゃ――アリスは一人でアマゾネスの相手をしているのか!?

『他所に気をやっていていいのか? こんな事になるぞ』

「あ、あああああああああああっ!?」

「フィオ!」

 ハイオークの左手が血の一滴も零す事なくフィオの中へと入り込んだ。どうなってる、シズネ達みたいな系統の能力か? だったらヤバい、フィオの才能ちからが奪われてしまう。それ以前に敵の手にフィオが貫かれている、その光景に冷静さを失った。

「させてたまるか!」

『クク、その焦りきった顔、この先どう歪むのかな?』

「そんなッ、なんで刃が突き抜ける!?」

 フィオに伸ばされた左手を切り落とす為振り下ろしたレーヴァテインは、驚くほどすんなりと何の手応えも無く奴の腕をした。

『どうした、我を止めたいんじゃなかったのか? 止めないと――こうなるぞ』

 目を見開いて、俺はその光景を見ていた。とてもゆっくりとした動作だったかもしれない、流麗で無駄がない一瞬の速さだったかもしれない――フィオから抜き出された手にはトクトクと脈打つ赤い何が――握り潰された。

「あ、ああ、ぁぁあああああっ、貴様、貴様は! 斬り刻んで黒雷で丁寧に消し炭にしてやる」

『あぁ、が歪む様が見たかった。なるほど、奴の顔を歪ませるというのも面白いのかもしれぬな』

「無視してんじゃねぇッ! その手を放せ」

『吼えるな、我に届きもしない存在がいくら猛ったところで何も変わるまいよ。が失われていく様でも見ていろ』

 奴は再びフィオに手を突っ込み手当たり次第にを引き摺り出した。恐らく殆どのものを、骨すらも散らかされ残った外面そとがわは無惨に投げ棄てられた。凡そ人間の体ではあり得ない向きに各部が折れ曲がっていて中身の居ない着ぐるみのようだった。

 なんで攻撃が全て突き抜ける……これは、助かる助からないじゃなく既に終わっている。失ってしまった、目の前で起こっていた事なのに……全てが透過する? これは現実の出来事か? ……これは本当にフィオか? ……一度幻覚が解けたから見えるものを信じ込んでしまったが……よく見ろ、よく聞け! 現状はどうなっている? これは真実なのか? …………離れた位置に剣戟の響きが複数、あるはず。感覚が曖昧だ。

「ッ!? うっ、くさっ! めっちゃくさっ! なんだこの煙」

 突然飛来した革袋、そこから噴出した煙が激臭を放ち視界さえ歪ませた。いや、これ本当に歪んでないか? 抱き上げていたフィオの姿は自衛隊男性のものへと変わっていた。この人、さっき手当てで回った時に既に瀕死だった人じゃないか。

「ワタルさんご無事ですか?」

「リニス? 俺が認識出来るのか?」

 隣に立ったリニスはを見て微笑んでいる。

「ええ勿論、この幻視は嗅覚への強い刺激で解けるようなのです」

「よくそんな事突き止めたな」

「ワタルさんのおかげですよ? 魔物は仲間の手当てなんてして回らないでしょうから。ワタルさんの行動がわたくしの中に疑問を生んでくれたおかげで色々試しました。結果がこれです」

 くっさ! リニスがハイオークへ投げ付けた革袋が空中で切り裂かれ溢れ出した粉末を風が巻き込み奴を中心に渦を巻く。

「くしゃい……しにゅ」

「フィオ! よかった。無事だな? どこも怪我はないか?」

 俺に倒れ込んで来た大切なものを抱き寄せる。温かい、生きてる。死んでしまった人には悪いが心から安堵してしまう。

「無事じゃない、くらくらしゅる」

 無理もない、この臭いは鼻腔を突き抜けて頭の中にまで染み込みそうな程にキツい。一体何をどうすればこんな臭いが発生するのか……気持ち悪くなってきた。

『遊びが過ぎたか。よもや幻覚を解除する者が現れるとは、よくも探り当てたものよ』

「余裕ぶってんじゃねぇよ豚野郎! てめぇはとっととおっ死ねよ」

 吹き荒れる風の渦ごとイェネはその大剣でハイオークを力任せに両断した。しかしイェネの表情は歪み苛立ちが浮かんでいる。

『クク、予想外に生き残ったな。まぁいい、向こうで殺すまで――』

 ハイオークが消滅するのと同時に空間が歪み、弾けた。


 混戦、乱戦、阿鼻叫喚の地獄絵図、死よりも恐ろしい白い末路、無数に増えた巨人、蠢動して呪いのように纏わりつく黒蛇、そして何より人々を恐怖させているのは空から訪れるもの、火炎を吐きその一口で人間を食む存在、ニーズヘッグと紅黒の竜たち。元の空間に戻った俺たちを待っていたのはそんなものだった。明らかに数が増えている。まだ幻覚が続いているのか?

「航遅いぞ! この戦場は幻影に混ざって本物が襲ってくる。この混乱した状況だと対処はしきれない。クーニャちゃんはよく押さえてるが黒竜のブレスも僅かに風に乗ってくる、急がないと本当に全滅する。閉じられた空間でガリュツィの端末を倒したはずだ、あれを探せ! こっちはヘカトンケイルを喰らったぺルフィディの群れの相手で忙しい。なに、悲鳴を辿れば見つかるはずだ。あいつは残虐な方法で士気の高い者を殺し回ってる、急いで止めてくれ」

 ドラゴンの翼の生えた小型の白いヘカトンケイルに群がられ暴力の限りを尽くすような拳の雨を捌きながら天明が叫ぶ。ガリュツィ? さっきのハイオークか、幻視のフィオにしていたような事をこの戦場でやって回っているのか? ……悲鳴を辿れって? そこら中悲鳴だらけだっての。

「ああくそ、やるしかないか――」

「アリシャアルアナ防げっ!」

 女王の号令の刹那にねっとりと重く、青みがかった半透明の空気の膜が俺たちを覆った。それに合わせてアルの発生させた風が吹き抜けこちらに流れてきたニーズヘッグのブレスを飲み込み北の空へと消えた。

「いいぞアル、流石俺の妹だ。そのままあの蜥蜴のくっせぇ息防いでろ。その間に俺たちが決着つけてやる」

「……はい、姉様」

 一瞬悔しげな瞳を彷徨わせたが俺に見られている事に気付き深く目を閉じて返事をした。

「アリシャ、この膜は一人分に分けられるのか?」

「は、はい! あまり多く発生させるのは難しいと思いますけど、ここに居る人数分くらいならどうにか」

「では頼む。残りの力は気絶しておる者達の護りに割いておれ。リニス、臭い袋はまだ残っておるか? あるなら手当たり次第に投げよ。こうも幻覚で混乱しておってはここの味方は役に立たぬ」

 女王の命令に応える為アリシャは即座に言の葉を紡ぎ大きな膜から人ひとり分の大きさのものを作り出して俺たちのそれぞれを覆った。これでブレスへの耐性が出来るのか。一方リニスは難しい顔をして女王に進言する。

「恐れながらロフィア様、先ほどの幻視と今展開している幻影は違うもののようです。その解除方法も、試しましたが臭いでは解除出来ません……あの空間ではそれぞれ皆が違うものを見ていた様子ですがこちらでは見るものは共通のようです。恐らく幻視はわたくしたちの頭や感覚器官に直接作用して見せていたもの、そしてこの幻影は蜃気楼のようなものなのではないかと」

「なれば消す方法は――」

「はい、能力者を殺す他ないかと」

「ええい、面倒な! 男、全て薙ぎ払え」

 無茶言いやがる。これだけ敵味方が入り乱れた状態で敵だけ見分けて処理するのがどれだけ大変か、やってやれない事はないかもしれないが空高くから俯瞰して把握出来なければ広範囲のカバーは無理だ。

「無理だ。俺一人だと細かく判別なんてしてられな、い! ああ鬱陶しい、手応えが無かった。これが幻影か」

 獲物を見つけ食らい付こうと降下して来た紅黒の竜を斬り裂いたが地に伏せる事なく霧散していった。生物に刃が通っているのに空気を切っている感触、なのに本物と変わらない見た目、本物に紛れる事で気配も探りにくい、そして見渡す限りの広範囲にそれを展開している事……厄介な能力だ。ナハトの聖火による燃やし分けもナハト自身の認識が必要なはず、この乱戦状態だと――。

「炎が上がっておるではないか。褐色の肌のお前の女はやっておるではないか、無理などと情けない事を言っておらずにやらぬか!」

 炎は一定の範囲を保ち高く燃え上がる。人を、車両を、守るべき仲間を包み込み近付く全ての敵を焼き尽くす。まだ慣れていないせいで負担も大きいだろうに……炎の勢いは止まる事なく立ち上りドラゴンの上空からの襲撃も防いでいる。ナハトがこれだけ頑張っているのに……ロフィアの言う通りだ。情けない事言ってる場合じゃない。クーニャは居ない、ニーズヘッグを押さえててもらわないといけない。俯瞰出来ないなら足で稼いで戦場を認識するしかない。

「雷迅」

 惧瀞さんが付けた名前……最初は名前なんてと思っていたが今はこの名前が自分を切り替えるスイッチになっている。身体から湧き上がる力は黒雷となり全身に纏わりつかせた。

「よし、アリシャ。試してほしい事があるんだが――」

 効果があるかは分からない。が、二つの対策を頼んでおいた。

 戦場を駆け抜け把握した範囲の敵を黒雷で狙い撃ちにしながらハイオークを探す。俺に遅れて散開したみんなもぺルフィディを狩り黒蛇を払い、紅黒の竜の首を落としてガリュツィの存在を探っている。あの透過する能力にどう対処すべきか……幻覚が解けた後も散らかされた人間の中身が残ってたって事は実際に人の身体を透過して触れたものにも効果を及ぼして抜き取ったって事だ。攻撃全てを受け流せる力……アリシャに施してもらった対策が上手くいけばいいが、駄目だったら……ファーディン戦と同じく奴の能力が切れるまで攻撃を続ける脳筋戦法になるか。

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