慟哭す

 外に飛び出すとそこには幻想的でありつつも異常な光景が広がりつつあった。設営された建物の間を縫うようにして全てが結晶で出来ている花が咲き乱れその結晶花に囲まれるようにして逃げ出そうとして結晶化した人型が立ち並ぶ。咲き誇る結晶花は芸術品のように美しく、一瞬目を奪われそうになるが立ち並ぶ人型の異様な不気味さが意識を現実へと引き戻させた。咲き続ける結晶花が地面を這うようにして足元へと接近してきたのに気付き俺たちは建物の屋根へと飛び移った。

「この花大地と命あるものにしか生えないみたいね。みんな屋根か乗り物に乗って凌いでいるみたい――っ!? ワタル! ミシャ達が作った大樹が!」

 っ!? 取り乱した声で叫んだティナが指差した方を見ると、大樹を作っていた方向に見えるのは結晶化した大きな何か、弱体化の原因になる聖樹を潰しに来たのか――。

「ミシャ! ミシャは!? 大樹が結晶化してるって事は向こうも結晶花に取り囲まれてんじゃないのか!? あいつなるべく多く花粉を散布出来るようにってまだ作業してたんだぞ!」

「ワタル駄目、下りたら私たちも結晶化する。忘れたの?」

 屋根を飛び降りようとした瞬間険しい表情のフィオに痛いくらいに腕を掴まれて引き戻され座り込まされた。

「でも、でもミシャが!」

「落ち着け主、儂が見てくる。結晶花は危険だが空には咲く場所もない、儂ならば行ける」

 クーニャはその場でぴょんと跳び上がるとそのまま顕現して空へと舞った。

「待て――あぁもう、絶対に油断するなよ! 絶対だぞ!」

「分かっておる、もし花が飛んできても追い付けぬほどに上昇してやるわ」

 このまま行かせる事に不安がないわけじゃない、だがそれ以上にミシャの安否が気になって仕方ない。頼む、頼むから無事でいてくれ! それにしてもこれは……どう対処すればいいんだ? 拠点内じゃ大火力の兵装なんか使えないぞ。車両に乗って銃撃か? 戦車の砲弾すら防ぎ切る相手に? 地面を歩けないんじゃフィオ達はまともに戦う事さえできない。一発逆転を狙ってアル・マヒクからのレールガンを撃とうにもこの騒動の元凶が見当たらない。このまま水没地域の救助待ちのように屋根でじっとしてるだけか?

「あんた達何やってるの、敵が来てるのよ、さっさと動きなさい。ナハトは炎を出して! この結晶花高熱なら排除出来るから」

 とてつもない熱波と炎と共に紅月が現れて地面を覆い尽くさんばかりに咲いていた結晶花を融解させて足場を作り出した。

「紅月熱くないのか? こっちは滅茶苦茶熱いんだが」

「こっちだって熱いに決まってるでしょ。この結晶花溶かす為に馬鹿みたいに温度上げてるんだから、自分の炎で耐性があったとしてもこの異常な熱を感じない訳ないじゃない。おまけに高温を維持してるとそれだけで疲れるし、早くナハトも手伝いなさいよ。これを排除出来る私たちの役目は重要よ」

「ふむ、確かにこれはかなりの高温が必要だな。維持は疲れそうだが、だがやるしかないな。他にも炎を操れる者が居たはずだがこれ程の高温まで高められるのは私たちだけだろうからな。レイナ建物は燃やすなよ?」

「分かってるわよ! まったく、高温維持に燃やし分けまで……めんどくさいったらありゃしないわ」

 紅月とナハトは炎を器用に操り屋根に逃れた人たちが移動出来るように地面を浄化し足場を取り戻していく。紅月の言っているように緻密な制御と高温の維持は消耗が激しいようで二人とも額に大粒の汗を浮かべている。おまけに浸食されないように俺たちの周囲にも炎の結界を作っているがこの熱にもやられて体力の消耗は激しくなるばかりだ。

「優夜たちは? 紅月が無事ならあいつらも無事なんだろ?」

「あっちはあっちで救助活動中よ。氷で道を作ればそこには結晶花は咲かないから、浸食されてない場所を氷壁で覆えばシェルターにもなるしあたし達より防御に向いてるもの。銃が効かない相手に生身で密集して立ち向かうわけにもいかないし車両なんかへの移動を完了させたらこっちに来るはずよ。足場だってあいつの氷の方がいいでしょ? あたし達はそれまで拠点内の結晶花を排除して移動出来る場所を増やしつつ元凶の牽制よ。ったく、あたしらやエルフの能力をもう少し信頼して前に出してくれれば接敵時にもっと別の対処が出来たでしょうに……今更言ってても仕方ないけど」

 銃声が、戦闘の音が拠点の北側入り口方向から響く。結晶花に飲まれず生き残った人が戦っている……俺も向こうへ――。

「如月、あんた向こうへ行きたいって顔にデカデカと書いてあるわね……はぁ、いいわ。あんたら向こうへ行きなさい、そして覚醒者の有用性を証明してきなさい」

 呆れた顔を見せつつも俺の意思を汲んでくれるらしく、屋根上で孤立状態の人達の救助は紅月が引き受けてくれる事となった。その代わり俺たちは能力が使い物になる事を証明し出来るだけの戦果を出せと言われてしまった。紅月も俺と同じで待機ばかり状態にうんざりしていたようだ。

「ナハト一人になるけどそっちの全員を炎で守れる?」

「いや、溶かせば結晶化の効果が無くなるなら俺もやれるはず」

 右手を振るい高出力の黒雷に地を這わせる。すると結晶花の表面は完全に溶けて変形し、形を維持出来なくなり崩壊した。

『…………』

「あれ? どうした?」

「出来るなら最初からやりなさいよ!」

「出来るなら最初からやってくれ!」

 ナハトと紅月の二人に怒鳴り付けられて頬を引き伸ばされる。爪を立てて引っ張るもんだから爪痕が…………。

「まったく、こっちは周囲の温度まで上昇させるから自分にも影響があるっていうのに、あんたのちょっとズルくない?」

「そんな事言われても――とかやってる場合じゃないな、これ以上被害を出してたまるか。惧瀞さんは紅月に付いて他の人と合流を――」

 戦闘音が大きくなり今度は爆発が上がり、それと共に悲鳴のようなものが響いた。

「駄目です。私はティナ様と航君の見張り役ですから、お二人が向かわれるのなら同行します。本当は引き留めるべきでしょうけど、航君止まりそうにありませんから、だから同行が最大の譲歩です」

「ワタル、考えている間も惜しいわ。惧瀞は戦う力を持っている兵士なのよ? 守られるだけの存在とは違うわ」

「ああ、もう! 分かった。惧瀞さんの移動はティナに任せていいか?」

「ええ、急ぎましょう」

 返事と共にティナは惧瀞さんの手を引き跳躍を開始して俺たちは結晶花を薙ぎ払いながら銃声の響く方へと走り出した。


 辿り着いた戦場では異常な光景が広がっていた。戦車や装甲車が展開する先の結晶花の花園の中心に魔物にしては整った顔立ちで、どちらかと言えばエルフ寄りな見た目の男が不敵に笑い砕けた結晶を自在に操り応戦している。

『おやおや、また追加ですか? よくもまぁわらわらと……ですがまぁ、いいでしょう。このリサシオンに殺される事を光栄に思うがいい! 美しい結晶となって死ねるなど私に殺される以外ないのだから!』

 結晶の礫と共に花が舞う。礫も問題だが警戒すべきは結晶花、触れた者の身体を覆い結晶化させる。一輪も近付けてはいけない、襲い来る結晶の嵐に黒雷と紅炎がぶつかり弾け飛ぶ。花は地を這うだけかと思っていたが自身の周囲であれば舞わす事も可能なようで迂闊に近付けない。拠点側から拠点の外に陣取っているリサシオンに向けて戦車が発砲するが砲塔が自身に向く頃には結晶の分厚い盾を形成して防いでいる。砲音と同時に盾の表層が弾け飛んで礫となる、そしてそれはこちらを襲う武器となり降り注ぐ。

『異世界の人間というのは変わった武器を使いますねぇ。ですがこの程度、異世界の存在と言えど所詮は人間、我らには到底敵わぬと知れ! その走る鉄塊もそろそろ鬱陶しい、貴様らの最期を美しく飾ってやろうというのだ。潔くそこから出てきたらどうだ? ――ふん、ここに居るのは美しき物を解せぬつまらない人間か、最初に遭遇した者たちの方がマシであったな。私の結晶花を見つけた途端に喜び勇んで手にしたのだから……くっくっく、そら! 貴様らの仲間、返してやろう」

 リサシオンが指揮者のように手を振るうと地面から結晶の鎗が突き出し、それが連なり戦車や装甲車へと向かって行き横転やタイヤ、キャタピラの破損を招いた。横転した物は沈黙し、自走出来なくなった車両はその場から砲撃や無反動砲などで攻撃を加えるが発射された弾頭は重力の操作によってバランスを崩し敵に着弾する事なく爆発した。

「フィオ、撃つぞ」

「ん」

 現代兵器に気を取られている奴にアル・マヒクで狙いを付けてレールガンを放った。黒い閃光は目標を目掛けて一直線に突き進むが、放つ直前に異常に気付いたリサシオンが重力を操作し軌道をずらした。が、それでも勢いを殺し切る事は出来ず盾へと着弾して貫通した。

『っ!? この私の盾を貫くだと!? この厚さでも足りないのか。いやしかし……軌道はずらせた、何も問題はない。それに奴らは他とは違い生身を晒している、殺す事は容易い。結晶花に覆われ美しき結晶へと成り果てろ!』

 美しい花が地を覆い、舞い飛ぶ。その悉くをナハトの炎が融解させ俺たちの周囲の守りとして黒雷の障壁を展開する。

『結晶を溶かす程の熱か、そこのエルフと人間は少しはやるようだ。だがそれがどうしたというのだ? この吹き荒れる結晶花を防ぎ続ける為に炎を使い続ければ熱で追い詰められるのは貴様ら自身だぞ。結晶花は無限、武器も盾も貴様らの拠点から敵の数だけ補充出来る、勝ち目などないぞ』

 腕の一振りで重力を操り結晶化した人間を倒し砕き礫を増やし、それを戦車の砲口へと打ち込み暴発させた。地響きのするような爆発音の後に砲身が十字に裂けた状態に変わり果てている。抵抗する術を失った人達は結晶化を恐れ車内に閉じこもるしかなくなった。ここでは結晶花が舞い飛ぶ以上地面を焼き払っても安全とは言えないから仕方がない。

「ワタル、私とアリス、ワタルとフィオの二手に分かれよう。挟撃して私たちが気を引いている間に至近距離からレールガンを撃ち込んでくれ」

「大丈夫か?」

「私の炎が有効なのは分かっているだろう? アリスも守り切る、安心してくれ」

「まぁワタルが駄目でも私の鎌ならあいつの盾も切り裂けるから近付けさえすればどうとでも出来るわ、だから任せなさい」

「これ以上結晶花の被害者を出されるのは勘弁だからな」

 四人で頷き二手に分かれて一斉に駆け出す。ナハトは地面を焼き、空を焼き道を作り出し、アリスは炎を突き抜けて飛来する刃を弾きながら縦横無尽に駆け回り翻弄する。こちらも同様に俺が結晶花を黒雷で払い、フィオがその他の対処をして確実にリサシオンとの距離を詰めていく。だが奴の不敵な笑みは消える事がなく、むしろその不気味さは増していく。肉薄しリサシオンをこちらの間合いに捉え、攻撃に転じようとした瞬間――巨大な壁が奴から俺たちを遠ざけるようにして発生した。

「なんだこれは、これが奴の笑みの正体? ……いや、これは冷気? 優夜か!?」

「間に合った、航! そいつは偽物だ。南側にもそいつと同じ姿の奴が現れて天明さんに追い詰められた瞬間に弾けて結晶の刃と結晶花で多くの人たちを傷付け結晶化させたんだ」

 自身の作り出した傾斜のある氷のラインを瑞原と一緒に滑るように進んでくる優夜が背後で叫んだ。優夜の言葉は真実らしく壁の向こう側で何かがぶつかり合い、弾け、氷壁が削られるような音が聞こえる。

「優夜! 天明は無事なのか!?」

「無事だよ、天明さんが異常に気付いて注意を促したタイミングだったから僕の氷壁が間に合ったんだ」

「そうか、ありがとう。にしても、さっきのが偽物なら本体はどこに……? フィオ、気配は探れるか?」

「難しい……周りに散らばってる結晶全部から悪意のようなもの感じて、大本の位置が分からない」

 これ全部から? 黒雷で薙ぎ払い原形を失った結晶花とフィオ達が砕いた結晶の刃に目を向けるが俺には大したものは感じられない。感じても生き物を結晶化させる物だから気持ち悪いという忌避感くらいだ。こんな砕けた欠片に悪意? ――破片を踏み付けようとした瞬間、フィオのタックルをくらい氷壁から引き離された。次の瞬間には破片が寄り集まり新たな刃を形成して俺が居た空間を貫いていた。

『なかなか勘の良い娘たちだ。その人間とエルフさえ始末出来れば後は楽だったものを…………』

 声を発した刃は次第に形を変えリサシオンとなった。タックルの勢いのままに俺を抱えて優夜が作った氷の道に乗り、滑りながら距離を取る。ナハト達も同様に奴から離れ俺たちと合流した。ナハト達も不意打ちは回避したようで怪我した様子がないのを見て胸を撫で下ろした。

『まったく、面倒極まりないぞ貴様ら。ぞろぞろと私の土地に上がり込んで……絶望が必要だな。戦う意思を喪失するだけの絶望が…………そうだな、手始めにそこの黒い男を殺そう』

『っ!?』

 フィオが俺の名前を叫んで俺を突き飛ばしたんだと分かった時には全てが遅かった。フィオと同等の速さで間合いを詰めたリサシオンが発生させた結晶花がフィオの身体に咲き乱れて瞬く間にその小さな身体を多い尽くして結晶へと変えてしまった。

「フィオ? フィオ!? フィオー! あぁ……そんな、こんな事、嘘だ……嘘だぁあああー!」

『予定とは違うが男の心は折れたようだ。残った貴様らはその腑抜けを守りながらどこまで戦えるかな?』

 リサシオンの声はどこか遠く聞こえ、別の世界の出来事のような……そんな現実感の無さと無力感が身体を支配して俺から気力と力を奪っていった。

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