逆巻く紅炎

 無惨にも結晶化したフィオは敵に利用される前に一瞬にしてナハトに焼き尽くされた。それをただ呆然と見つめる俺を掴まえ優夜が生み出し続ける氷のラインをアリスが俺を脇に抱えたままにスノーボードでもやっているかのように滑り進む。

「しっかりしてワタル! 死んだらフィオがした事は無駄になるのよ! いつまで腑抜けてるの、フィオは絶対にそんな事望んでない!」

 俺は……『約束してください。どんな事があっても私たちの所へ帰ってくるって』っ! 『絶対にみんなで帰って来てください』リオ…………。

「あぁくそっ、もうどうやったって約束を守れないじゃないか……その上、もう一つの約束まで破るところだったぞクソ野郎!」

「きゃあっ!?」

 アリスの腕を振り解き全身から黒雷を迸らせてリサシオンの首を刈り取るべく突貫する。

『ほぅ、目が生き返っているな。しかし泣きながらの特攻とは滑稽な……私の能力に対抗出来るからといって嘗め過ぎではないか? 貴様ら人間がこの私に勝てるものか! ――っ!? 何が――』

 結晶の刃で俺の残像を斬り付けたリサシオンはその視界から俺を見失った事で動揺し動きが一瞬完全に停止した。その隙を今の俺が見逃すはずもなく、背後から漆黒の閃きが奴の首を通過した。

『なん……だと……? この私の速さを上回った? 馬鹿な!? 相手は人間だぞ!? ハイエルフやオークに遥かに劣る種族が! 両種族の優れた部分を受け継いだこの私を凌駕したというのか!? 認めない、認めないぞ人間!』

 地に落ちた首がこちらを睨み殺そうとするかのように鋭い視線を向け破裂した。結晶の散弾を後方に跳びつつ電撃と障壁で防ぎ距離を取った。やはりあれは本体じゃないのか? 散った結晶は再び人型を形作りリサシオンへと変わっていく。

「優夜! 天明はまだ戦ってんのか? どうやってこいつを排除したんだ? また再生を始めたぞ!」

「向こうのは一度破裂したら元には戻らなかったんだ。その代わりに巨大なゴーレムを何体も作って、天明さんは軍の人と協力してそれの対処をしてる!」

 一度で消えた? なら何度も再生しようとするこっちのは完全に傀儡という訳じゃない、何かがあるはずだ。結晶が完全にリサシオンへと変わる前に切り刻み電熱で融解させて蹴り飛ばす。

「ワタル落ち着け、もう少し冷静に――」

「落ち着く? そんなの無理だナハト、動いていないと気が狂いそうだ。今だってさっきの光景がフラッシュバックし続けておかしくなりそうなんだ。だから、俺はこいつを、刻んで、刻んで、刻んで! 再生出来なくなるまで刻み続けて確実に殺す」

「ワタル…………」

 俺は今どんな顔をしているのか……俺を見たナハトは苦しそうに顔を歪めて俺から目を逸らした。

「分かった、私が援護する――」

『私がこの人間を殺す間貴様らは人形の相手でもしていろ』

 リサシオンの一声で遠くに見えていた結晶の大樹が倒壊して無数の破片が俺たちの元へと飛来し人間の十倍以上ありそうなゴーレムを複数作り出した。脚部は短く、腕は異様に太く長い。手は鋭利な結晶の刺の生えた球体で、幾層にも重ねられた結晶の装甲の塊で出来た巨体はナハトが表面を融解させても簡単には動きを止めず襲いかかり、その剛腕で地面を抉り、横転した装甲車を殴り飛ばし装甲を凹ませ、刃は簡単に装甲を貫き破壊した。

「う、嘘でしょぉ!? 装甲車どころか戦車までへしゃげた!? みんなから離れろ! 皆さん氷壁の内側に!」

 装甲車の装甲が脆いのか結晶ゴーレムが堅牢なのか、無惨に破壊されていく車両に驚いた優夜が氷の道と氷壁を作り出して取り残されている兵士の撤退を支援している。

「ナハト、アリス! ゴーレムを頼む! こいつは俺が倒す」

「っ……無茶はするなよ! すぐに終わらせて加勢する」

「優夜こっちにも道頂戴! デカブツは私が解体する」

「うわっ、ちょっ、ちょっと待ってよ。こっちは撤退支援のラインと氷壁、その上狭間まで作ってるから制御が大変――分かってる、分かってるから睨まないで」

 アリスの催促に怯みながらも優夜は結晶花を避ける複雑にくねった道を作り、ナハトが結晶花を焼き払った地点に氷壁を築き即席の陣地を作り出して氷壁の向こう側から兵士たちが援護射撃をしている。携帯式の対戦車兵器がゴーレムに命中して首の無いドームのような形をした頭部を破砕して散らせているが大きな効果は出ていない。

『人間ごときに身体能力で後れを取るはずないのだ。貴様ごとき結晶花がなくとも!』

「俺は人間最強の女の子に鍛えられたんだ。あれだけ尽くされてお前なんかに負けてられるか! っ!?」

『ふははははは! 私の能力は結晶花だけではないのを忘れたか!』

 再び首を刈り取ろうとした刹那に全身に異常な負荷が掛かり俺の動きを鈍らせた。奴はそれを待っていたとばかりに刃を手に突きを放って来た。雷迅で無理矢理に身体を動かし電撃で結晶花を焼きどうにか躱す事に成功したが雷迅だけでも相当な負荷が掛かっているというのに操作された高重力の中動いた事はかなりの負担になったようで身体が悲鳴を上げ間接が軋み筋肉が泣き喚く。

『これだけの負荷が掛かった状態でまだ動くというのか……認めてやろう、貴様は強い! だが六凶刃に数えられる私が人間などに土をつけられたままでいられるものか。貴様は結晶化させ未来永劫私の刃として扱ってやる。まず動けない程に刻んでくれる!』

「俺が負けたらフィオのした事が無駄になるんだよ。俺はそんな事絶対に許さない。だから、今はただお前を殺す」

 再び俺はリサシオンの視界から姿を消した。やっぱりだ、奴の死角に回り込んだ瞬間負荷が消えた。奴は自分の視界に捉えているものに負荷を――。

「うぐっ!? チッ、そこまで甘くないか」

 死角に回り続け奴の動きが止まった瞬間を狙い近付いた刹那に狭い範囲だがリサシオンの全方位に力が降ってきた。

『認めてやると言った筈だ。貴様の速さは私を凌駕しているものとして対処する。さぁ、処刑の時間だ』

「遠慮するね」

 全身から放電してリサシオンの接近を阻む。結晶の盾を展開して電撃を防ぐが広範囲をカバーする巨大な盾で自身の視界を狭めて俺の動きを追えていない事に気付き渾身の力で剣を構えてレールガンを放った。黒が弾け盾を砕いてリサシオンの半身を吹き飛ばしていた。しかし身体に掛かる負荷は消えることなく酷くなっていく、やっぱり倒していない。俺が見ているリサシオンはナハト達が戦っているゴーレムと似たようなものに違いない。なら操っている本体が必ずどこかにいるはず、それまでは待機してろよティナ。ティナは惧瀞さんを連れたまま上空を跳んで戦況を伺っているはず、本体を見つけた瞬間惧瀞さんの技で一気に追い詰めてやる。

『どうした? 私を殺すのではないのか?』

「ああ殺してやるよ!」

『っ!?』

 ニヤリと笑い言葉を返しながら無理を押して地面を蹴り距離を取りながら奴の居る場所だけでなく、結晶の散らばる一帯を包み込む程の電撃を放出し続ける。そこへ加勢するように両翼から紅炎が大地を包み込む。

「如月まだ倒してないじゃない、遅いから加勢に来てやったわよ……フィオの姿が見えないけど、どこに行ったのよ」

「フィオは……俺を庇って…………」

 俺の表情から全てを悟った紅月は憤怒の表情で怒鳴り付けてきた。

「この馬鹿っ! あんたリオになんて説明するつもりよっ!?」

「そんなの分かるかっ……今は、今は戦いに集中させてくれ」

「馬鹿なんだから……守りたいものを失ってどうするのよ」

 高温の炎を広げつつもこちらから顔を背けた紅月の目元が僅かに光った気がした。

「ナハト! 全て燃やし尽くすわよ!」

「ああ! 逆巻けぇえええっ!」

 二人の生み出す炎は巨大なうねりとなり周囲を包み込む。それに対抗するように結晶を寄せ集めた分厚いシェルターがリサシオンを守る。こんな巨大な火災旋風でも溶かし切らないのか。野郎、アリスが細切れにしたゴーレムも集めて盾に使ってやがるな。っ!? リサシオンのシェルターの後方に動く影を見つけた。あれは花粉散布の為に風を起こしていたエルフ達? 無事だったのか――っ!

「風ーっ!」

「如月?」

「ワタル?」

 俺の叫びに困惑の表情を見せる二人に構わず叫び続ける、するとエルフ達に声が届いたのか突風が巻き起こり、紅いうねりが更に勢い付き異常な熱波を放ち煌々とした柱が天高く立ち上ぼりそこに黒い竜が巻き付くという光景を作り出した。眼前に広がるはこの世の終わりのような光景、十分に距離を取っていても肌を焼く風が止むことなく吹き付け体力を奪っていく。

「くっ……まだなの!? このままだとこっちも熱でやられる」

「塊が巨大過ぎて時間が――惧瀞さーん!」

 叫びに反応した惧瀞さんが武器を展開して熱に強いオリハルコンの銃弾を無数に撃ち込み表層を削り細かくしていく。

「いいわ、溶ける速度が早まった。このまま何も作り出せなくなるまで溶かし続けるわよナハト!」

 ゴーレムの攻撃から逃れていた戦車二台の砲撃なども加わり、反撃の隙を与える事なく確実にリサシオン追い詰めていく、結晶花を生み出せても結晶化させるものがなければ傀儡も武器も作り出せない。いくらハイエルフの血を継いでいても奴の能力だって無限じゃないはず、力が尽きる前に絶対に脱出を図る。それを見逃さないようにと全員が結晶シェルターへ集中する中俺は周囲へと意識を向ける。こちらの傀儡が何度も再生して重力操作を使用した以上近くに本体が居る。どこだ、どこに居る? 周囲を警戒している間にもシェルターの融解は進み、遂には一部に穴を開けて炎が入り込んだ。

「蒸し焼きだっ!」

 逆巻く炎と黒雷が全てを飲み込みこの一帯の全ての結晶を消失させた。熱された空気を優夜の出現させた氷が冷ましていく、冷気の心地よさに気が緩みそうになる自分を引き締め周囲に意識を向ける。

「っ!」

 勝利に沸き、その兵士たちの声で緊張の糸が切れた紅月とナハトの背後の塹壕からリサシオンが飛び出しその両手には結晶花が握られている。

「させるかっ!」

 黒剣で両腕を斬り飛ばして電撃で焼く、手応えが今までと違った? 今度こそ――。

『馬鹿めっ! 私の狙いは最初から貴様だ!』

「ワタル!?」

「如月!?」

 左側面から飛び出したさっきまでとは違う醜悪な顔のハイオークが結晶花と共に迫る。雷迅を――今の状態じゃ間に合わない。障壁を――。

「私のワタルに触らないで、消えて」

「っ!?」

『なんだと!? 何故この娘が――がぶっ……ぐ、ぅぉ……私が、この私が、人間、ごとき、に…………』

 あと僅かで俺に触れるという刹那に、身を低くして懐へと飛び込んだフィオによって心臓を抉られリサシオンは息絶えた。でも、そんな事はどうでもよくて。

「フィオ、なんでお前……え? これ夢か? あの時確かに結晶化して…………」

「泣かないで、夢じゃない。ちゃんと生きてる」

 俺の手を取り自分の胸へと押し当てる。トクトクと確かな命の音を手のひらから感じる。生きてる、失ってない! 自然とフィオを抱き上げて喜びのあまりクルクルと回るが身体に限界が来ていたようで抱き締めたまま倒れ込んだ。

「すっごく苦しかったぞ。生きてたならなんで――」

「ワタルがヘカトンケイルにやった作戦を真似した。おかげで上手く行った」

「お前……もしかしてあの時の事根に持ってたのか?」

「別に…………」

 嘘だ、絶対に嘘だ。目が語っている、私も凄く苦しかったんだからこれでおあいこだと。

「はぁ~、やられた。それで、結晶花に触れたのにどうやって生き延びたんだ?」

「触ってない、私を覆ったのはユウヤの氷の花、その後少し大きめの氷に包まれて隙間から抜けて溝に隠れた。氷ってバレないためにその後はすぐにナハトが燃やした」

 ということは、ナハトと優夜はグルなのかよ……なるほど、ナハトのあの表情は真実の知ってる気まずさからか。

「ま、まぁ私は気付いてたけどね」

 嘘つけ、強がるアリスの目は潤み今にも涙が零れそうな状態だった。アリスも俺と同じで知らなかったらしい。

「気配で本体の居場所を探れない以上自分から出てこさせるしかなかった。泣かせてごめんね。でも、ワタルが泣いてくれて嬉しかった」

 泣くにきまってんだろ……こっちは辛かったってのにほにゃっとした笑顔で抱き付き顔を埋めてくる。あ~ダメだ、この笑顔で全部許した。

「よかったわねお馬鹿」

 そう言った紅月の目も潤んでいた。

「はぁ~、終わったわね。惧瀞連れたまま跳び続けてたから結構疲れたわ。それに熱気が上がってきて地獄みたいだったし」

「二人もお疲れ様――って惧瀞さんどうかしたんですか?」

 能力の使い過ぎで疲れたのかげんなりとしている。

「熱のせいで銃がおかしくなったらしいわ。しばらく剣なんかの近接武器しか出せないそうよ」

「それは、なんというか御愁傷様です。でも数日ですよね?」

「それはそうなんですけど――」

「ワタル、恐らくこれが結界を作り出しているキューブではないか?」

 リサシオンの死体を漁っていたナハトが拳大の黒いキューブを見つけて持ってきた。これを破壊すればこの大陸でも陣の使用が可能になる訳か。これで本当の初戦は終了だな。

「疲れた……これであとはミシャさえ無事なら――」

「主ー!」

「旦那様ー!」

「ふふふ、無事みたいね」

 舞い降りるクーニャの手にミシャを見つけて胸を撫で下ろす。今、完全に緊張の糸が切れた。あぁ、今日はもうなんも出来ない……これからの戦いはどうしたものか、離れていれば心配だし傍にいて飛び出されたら恐ろしい。もっと雷迅を使いこなして強くならないと……そんな感情を胸に俺たちは拠点へと戻り始めた。

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