結晶化

 流石は現代兵器と言ったところか、上陸地点周辺の制圧は驚くほどスムーズに行われ、今はこの地域の結界を解くまでの間の簡易的な拠点の構築と周辺の探索に移っている。魔物たちも突然空から爆弾が降ってくるなんて思いもしなかっただろう、爆撃により多くの魔物は死に至った。だが、中には爆撃を生き残ったものが居て探索中に遭遇して戦闘になったらしく、銃弾の雨を受けてようやく動きが止まる程にタフなものが多かったそうだ。レヴィリアさんが注意しろと言っていたのはこういった奴の事だったんだろうか? 聖樹の花粉が無い事を考えるとある程度のタフさは普通に思えるが……なかなか死なないという問題はあったがそれ以外には大きな抵抗もなく初戦の勝利を得られた事で兵士たちは沸いていた。向こうの世界の人間にとって人間以外との戦いは人殺しという精神的負担がない事と世界の為という大義名分があるおかげで気が楽なのかもしれない。現代兵器が魔物に対しても大いに有効という事も今の勢いに拍車をかけている。

 アスモデウスの話では、この縦長の大陸を横にぶつ切りしたような感じで大きく五分割した状態に結界が分布しているそうで、それぞれの地域に結界を作り出しているキューブを持った管理者が居るらしく、全て二つ以上の能力を持ったハイオークという話だ。探索で何か手掛かりを見つけられればいいが、遭遇した場合が不安だな。

「にしても……戦争って酷いもんだな。前に俺たちがここに逃げてきた時は綺麗な草原に街道があったのに、今じゃ見る影もない」

「この状況を齎す武器を誰でも扱えるというのも恐ろしい点だな。味方である今は頼もしいが、もしアドラのように敵に回ったらと考えると本当に恐ろしい」

「そうね、私も頼もしさと同時に不安も感じてるわ」

 物量により圧倒的に蹂躙された魔物の残骸と大地、そして崩れ去った町を見てエルフの二人は同じ感想を抱いたようだ。異界者には自衛隊で慣れていてもミサイルや爆撃機の使用を見るのは初めての事だからな、かく言う俺もこの状況には若干ビビってるが。

「これだけ戦果が上がってるから剣なんて持ってる俺たちが必要とされず邪魔者扱いされるのも分からんでもないけど、やる事ないな」

 俺とティナは失うと替えの効かない帰還方法だからなのか余裕のある今も戦闘から遠ざけられて半軟禁状態にあったりする。設営中の陣地内を歩き回るにも見張りが付き、外に出ようとしようものなら応援を呼ばれて拘束される。ティナが見張りを煩わしがって外に出ようとして一度そんな事があった。ティナに配慮する感じで見張り役は惧瀞さんなんかの顔見知りに変わり、貴重な戦力が拠点待機となってしまった。逆にクーニャは上陸前の戦闘の様子で戦力としての有用性が証明されているから是非自分の隊に同行してくれと探索に向かう部隊に引っ張りだこだった。まぁ本人は『主が行かぬのなら儂も行かぬ』の一点張りで今は寝てるが…………。

「まったく……私たちの実力を信用してないのかしら? 銃弾だって躱せるし飛行機の爆弾だって私の能力なら余裕で回避出来るのに――そ・れ・に! 私は惧瀞に習って拳銃だって使えるようになったのに、人間以上に戦えるはずなのに待機なんて……せっかく訓練に励んだのにワタルに披露出来ないじゃない!」

「いつの間にそんな事を……ナハトも習ったりしたのか?」

「いや、私は中国人の八卦掌というものを使う者たちと組手などをしていた。独特の動きで敵との『間合い』を外して自らを捉えられなくさせるというのはなかなかに面白く参考になったぞ。人間は勿論だがそれ以外も私に攻撃を当てられる者はそうそういなくなった」

 余程自信があるのかナハトはニッと笑い、腰に手を当てて誇らしげにその大きな胸を張る。たまに出掛けて何してるのかと思ってたがそんな事をしてたのか。

「それって俺でもか?」

「ああ、ワタルの雷迅がいくら速くとも外せる筈だ。まぁワタルも訓練を重ねているから慣れれば捉えられるかもしれないが、すぐには無理だと思うぞ?」

「ほっほぅ、フィオのスパルタに耐えて尚捉えられない相手が居るなんて聞き捨てならない。やる事ないし試してみようじゃないか。もし本当に捉えられなかったらナハトの言う事を何でも一つ聞いてやる」

「何っ!? それは本当か!? 嘘ではないのか!? それは絶対に聞き入れてもらえるのか!? 後で無かった事にはならないか!? 絶対なんだな!?」

 興奮した様子で詰め寄り襟を掴まれ無茶苦茶に揺さぶられる。ナハトの目がマジだ、瞳にはやる気の炎が燃え盛っている。何故そこまで聞き直す……俺はそこまで信用がないのか……女性関係以外は信用してるって言われたのになぁ。

「男に二言はない! ただし、俺が捉えられた場合、ナハトには揉みしだかれてもらいます」

「なんだそれは!? 勝っても負けてもご褒美ではないか!」

「あっ、揉むのはティナな」

「ふぇ!? 何で私がナハトの胸を揉まないといけないのよ」

 理由は、エルフ百合を俺が見てみたいからです! そうなったら一時的にティナをお姉様と呼ばせよう。


「よしやるぞ、時間は~……五分位でいいか。ティナ、合図してくれ」

 適当な広場に出てナハトと向かい合う。俺たちの暇潰しに付き合わされている惧瀞さんはおろおろとした様子でティナに止めるよう頼み込んでいる。

「まったくもう……暢気ねぇ、一応ここは戦地なのだけど、やる事ないとこんなものなのかしら――始め!」

 合図と共に雷迅で一気に間合いを詰めてナハトへと手を伸ばした――が、触れる直前に間合いがズレた。この感覚には覚えがある、中国での戦闘で経験したあれと同じだ。掴んだと思ったら空振っている、この感じは気持ち悪い。フェイントを入れ無茶苦茶に動き回っているように見せつつ、冷静に、的確にナハトの側面や背後に回り込んで手を伸ばし続けるが一向に当たる気配がない。あの時より成長しているはずなのに、地力の高いナハトが真似るとこうも手強いのか。

「ワタルー、あと三十秒ー」

「なにっ!? 早くないか? くっそ、当たらねぇ」

「ふっふっふ、男に二言はないのだったな。私の望みはもう決めてあるぞ」

 ナハトは本当に心底楽しそうに笑い俺を翻弄する。惑わされるな、目でばかり追わず気配を辿れば――。

「は~い終わり、ナハトの勝ち~」

「うぐ……くっそー、もう少しだったのに」

 最後の一撃はいい感じに気配を追って触れる直前だった。制限時間が無ければどうにかなってたかもしれないのに。

「よし、私の望みは――ワタルの子を作るのは私が一番最初がいい!」

『っ!?』

「ちょ、ちょっと! そんなのズルいわ、この件については嫁全員で話し合うべき内容よ。いくらなんでもこれは無し、無しったら無しよ! こんなの絶対にみんな怒るわよ」

「ぬぅ……なら、愛してると耳元で囁き壊れ物を扱うように優しく優しく抱きしめて、蕩ける程に熱い熱い口付けをしてくれ。ちなみに、皆に見せつけるように人前でだ」

 結局凄いお願い飛び出たよ!? 恥ずかしさはあるがせめて二人きりなら問題無いのに、何故に人前……あ~考えただけで顔が熱くなる。

「航君顔が真っ赤ですね。普段仲が良さそうなのに慣れていないんですか?」

「普通人前でなんて慣れてないでしょうよ!」

「別に大勢の前でなくても今ここででもいいぞ?」

 知り合いの前というのも恥ずかしい、というか見せつけられる惧瀞さんが困るだろ。何の罰ゲームだ、今ここでなんて言うから惧瀞さんも真っ赤になってるし。

「って、え? えぇ!? しちゃうんですか――う、うわぁ、航君大胆…………」

 うへー、顔を赤くしながらもばっちり見られてた。ナハトもこの場でというのはからかい半分だったのかボーっとしてしまっている。あー、熱い熱い、見えやしないが絶対に顔が真っ赤だ。顔を手で扇ぎみんなに背を向ける、こういうのは人前でするもんじゃない、ティナがものっそい不服そうにこっちを見つめているが、私もとか言い出す前に撤退しよう――ん?

「なんか慌ただしくなってません?」

「あの! 何かあったんですか?」

「中国軍の偵察部隊三つからの定時連絡が途絶えたそうだ。通信能力者が存在を感じないって話らしいから手遅れだろうが……彼らが向かった北西方面へ航空部隊を向かわせる事になった」

 惧瀞さんが呼び止めた米軍兵士が状況を告げて走り去って行く。異変が起きた――圧倒的に被害も無く事が進んでいた事でこの先もこのまま行けると思い込んでいた。ここは戦地、ハイエルフが警告する程の化け物たちが住まう土地、俺も何かしないと。

「惧瀞さん、俺も――」

「駄目ですよ、陸将からも厳命されているんです。まぁ陸将は航君の強さを知っていますから陸将個人としては戦う事に関して反対しておられないようですが米軍、中国軍からの圧力がありますから無理だと思います」

 元々俺とティナが戦う事に対して制限を設けるように協議されていたようだが上陸後に更に厳しくなり現状に至ったが、これじゃ俺は何しに来たのか分からないじゃないか……クロイツやエルフの代表という事で仕方なく同行を受け入れただけで最初から何もさせる気が無かったという事だろうか? まぁその考えは理解出来る、万が一の事があった場合彼らは帰り道を失うのだ。そうなった時責められるのは許可を出した人間、誰もそんな役回りしたくはないだろう。だが、被害が出ている中自分だけ安全な場所に居て何もしないでいるなんて出来はしない。

「実力の証明はこの前のやつで十分出来たと思ってたんだけど」

「それでも上に居る人たちはなかなか納得しないでしょうね。実際に見てないですし」

 やれやれだ。戦いに出られない以上力の証明なんて出来ないだろうし、現代兵器で対処出来ているだけに覚醒者の能力を必要とはしないだろうからな…………。


 現場に向かった航空部隊から偵察部隊の車両周辺には結晶化したような人型が消息を絶った隊全員分と結晶で出来たような花が咲き乱れているという報告が来た直後に交戦に入り救援を求める声を最後に連絡が取れなくなった。再度向かった航空部隊がハイオーク一体とオーク十体を確認して上空から攻撃を開始したがヘリが突如として地面に叩き付けられるように墜落し、生き残った米兵数名も一人を残して結晶化してしまったそうだ。生き残った兵士は熊化の能力者で敵を振り切り一日かけて拠点へと帰還した。ハイオークが確認されている以上結界の管理者の可能性があり見過ごすことは出来ない為、自衛隊、米軍、中国軍それぞれから大隊が出動した。敵は結晶の花を操り、それが生物に咲くと結晶化してしまうそうだ。結晶化した存在を砕き操る事で無数の礫、地面から生える鎗、空を舞う刃となって襲い掛かり、幾層にも重ねる事で戦車の一撃すら防ぎ切る。アスモデウスが話していた能力をキューブ化させる力で能力をオークにも分け与えているらしく十体全てが同じ力を使っていて三個大隊でもたった十一体の敵に苦戦を強いられているとの事だった。その上ハイオークは重力も扱えるらしく機動力も奪われているという話だ。

「惧瀞さん、本当に俺は出ちゃ駄目なんですか?」

「はい、触れただけで結晶化して死に至る。そんな戦場に向かわせるわけにはいかないと」

「俺は何のためにここに居るんだ…………」

「主、儂が向かって――」

「駄目だ。重力を操るなら顕現したクーニャの質量だと簡単に落とされるし触れただけで結晶化するなんて大きい分いい的だ」

「ぬぅ、避ければいいだけの事ではないのか? 主も主を出さぬやつらと同じような事を言っておるぞ」

「同じにするな、俺はお前を心配してるんだ」

「ならばどうする? 儂らはこのまま何もせぬのか?」

 この場に居る全員が黙り込む。ナハトも、フィオとアリスでさえも必要ないと言われ待機状態、何も出来ないままじりじりと状況が悪くなっているような感覚に場の空気は重くなり周りの慌ただしさが焦りを加速させていく。

「ふぅ~、や~っと終わったのじゃ~」

 そこへ気の抜けた声でミシャが戻ってきた。この大陸には聖樹の花粉が届かない、だから弱体化が無い分魔物も強くタフになる事は分かっていた。その為の対策として聖樹の苗木を複数持ってきて植物を操れる能力者に成長させてもらい花粉を散布するという作戦だ。ミシャは今までずっとその作業を行っていた。

「花粉は? 上手くいったのか?」

「勿論なのじゃ、じゃが普通の樹と違って成長させるのも一苦労で大木六つ作るだけでもかなりの時間が掛かってしまったのじゃ。おかげでくたくたなのじゃ~。それより皆暗い顔じゃが何かあったのか?」

 作業をしていて知らなかったミシャに状況をかいつまんで話してやると神妙な表情になり悩み始めた。

「聖樹、もっと増やした方がいいかのぅ? 花粉の散布は風を起こせる者がやっておるはずじゃが、クロイツの聖樹は桁違いの大きさで大陸中に花粉をばら撒いておるが妾たちが作った大木じゃと花粉の量が足りぬかもしれぬ」

「出来るの? ミシャ貴方結構ふらふらよ。休みなく作業してたんじゃないの?」

「そんな事言っておる場合じゃないのじゃろ? 旦那様が警告を受けたハイエルフの血を引くハイオークなのじゃろぅ? 出来る事はしておかねば、ここに居る者たちは皆この世界の為にと集ってくれた仲間なのじゃ、仲間の為ならやらねばならぬのじゃ!」

 そう言ってミシャは飛び出して行った。あーっ! 俺は何やってんだ。ミシャは頑張ってんのに俺はこんな所で…………。


 ミシャ達が追加の大木を三つ作り上げる頃に交戦していたオーク十体を被害を出しつつも撃破したとの連絡が入った。しかしハイオークの方は途中で結晶で作り出した船に乗ってどこかに飛び去ったらしい。ハイオークならキューブを持っている可能性が高かったが、このまま姿を晦まされたら手の打ちようが――。

「襲撃だーっ!」

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