特効薬

「それにしてもよくよくそなたは人を助ける運命にあるのかもしれぬな。流石、救国の英雄の一人と言ったところだな」

「はぁ…………」

 今回の事の顛末を報告する為に謁見しているのだが、失礼極まりない事に俺は王様へ生返事を繰り返す。悪い事だと分かっていても美緒の事が気になって仕方ないのだ。あの後すぐに美空たちが跡を追って事情を聞こうと頑張ってくれたみたいだが悲しそうにするばかりで何も答えてはくれなかったそうだ。その上間の悪い事に俺が追いついたせいで怯えたように震えて再度逃げられてしまったのだ。俺が何をしたんだろう? 再会はリオ達の部屋で、村では意識がなかったし大した接触もしていないはずなんだけど…………。

「おい、君ぃ。さっきから少々無礼ではないかね。謁見中だというのに心ここにあらずと言った風だが?」

 大臣に怒られてしまった。確かにその通りだ。美緒の事が気になるのもそうだが、よく考えればあれから寝ていない、思考もまともに働かなくなってきている。

「よい、構わぬ。助けた村人たちの生活を憂いているのだろう? そなたを生かした村の住人たちだ、心配せずとも生活が落ち着くまで必要な物は支給しよう。農作を望む者が居れば農地も用意する事も出来る。それに日本区画というのも面白い、手配しておこう」

「ありがとうございます」

 せめてこれだけはと深々と頭を下げて感謝を述べた。難民の件から今回の事まで迷惑を掛け通しているというのに王様はどちらも快く受け入れてくれている。王様の度量の大きさには頭が下がる。

「よいよい。人が増えれば働き手も増え城下にそれだけ活気も出る。そなたの剣を作った腕の良い鍛冶士もおるのだろう? 難民たちもそうだ、色々な者が居るだろう。そういった者たちに支えられて国が成り立っておる。今は役割がなくともいずれこの国を支えてくれるだろう。多少問題も起こるだろうがそれを治めるのも王の務め、そなたが気にする事ではない。それよりも人材という宝を運んでくれた事感謝している」

「国王様、あまり誉めすぎるのも考えものですぞ。調子に乗られても困ります」

 問題、の部分を気にしているんだろう。これ以上は許さないぞ? と言わんばかりに大臣に睨まれてしまった。まぁ、一気に人が増えれば問題が起こるよな。大臣が正しいと思う……思うんだが、またも服を変えられていてゴスロリ姿では素直に同意できない。だがまぁ、王様、本当にありがとうございます。心の中でもう一度感謝して謁見の間を後にした。


「疲れた…………」

 部屋に戻りベッドへと倒れ込む。が、倒れ込んだ先で布団がもぞもぞと動き始めた。なんか布団の中に居るんですけど…………。

「なんだ主、戻ってそうそう覆い被さってくるとは、発情しておるのか? するか?」

 布団を捲るとクーニャがお尻をこちらに向けて挑発するようにゆら~ゆら~させている。襲い掛かったわけじゃねぇよ! スカートがギリギリのところで揺らめいて見えそうで見えないが、また穿いてないんだろうか? ……疲れ過ぎて思考が馬鹿になってるな。

「疲れててさっさと寝たいだけだ。ゆらゆらさせるな。なんでここに居るんだよ」

 クーニャの腰を掴んで止めて布団の真ん中から退けて今度こそ布団に倒れ込む。気になる事はあるが、頭が重く思考が鈍い、瞼が勝手に閉じてくる。なんで急に嫌われたんだろう……理由も分からず友達に嫌われて心が淀む。仮眠をとった後にもう一度美緒に会いに行って話を聞こう……それがいい。

「しないのか……なんだ、つまらぬな……主はこの様な小さな身体にも劣情を催せると聞いたのだが……まぁよい。疲れているのなら儂が添い寝してやろう。この姿なら柔らかく、心地も良かろう?」

 そう言って横になった俺の腕の中に潜り込んできた。誰が言ったんだ……あ~、ちっこいなぁ。ちっこいけどしっかり柔らかい……フィオより小さくてこれで年上かよ。この状況ティナ達に見られたら絶対にまた騒ぎになる。

「どうだ? フィオが良いなら儂でも良かろう? 催すか?」

「催さない。というか眠い。ここに居るならこのまま抱き枕になってろ」

「ひゃっ!? ……主、人間とは温かいな……儂はこの温かさ、好きだぞ」

 もぞもぞされると鬱陶しいと思って少しだけきつめに抱き締めると嬉しげで穏やかな声音でそう言った。同族は見つけるのも困難とか言ってたし、人間にこの姿を見せた事はなかったって言ってたって事はずっと他人の温もりも知らなかったんだろうか? それは、寂しいな。そんな事を思いつつ深い眠りに落ちていった。


 妙な威圧感と身体への圧迫感でぼんやりと意識が覚醒した。まだ頭の奥が重く瞼を開けるのも億劫だが、周囲から感じる突き刺さるような威圧感と何かに乗られているような圧迫感の正体を確かめないと落ち着いて眠れそうにない。そう思って薄目を開けるとベッドの右側に顔を引き攣らせたティナとナハトが、左側には困り顔のリオとクロ、そして正面には悲しそうなシロとミシャ……なにこれ? どんな状況? 全員から威圧感が……というか重いのは何が――。

「航~」

「お兄しゃん」

 ビクリと身を固くするしかなかった。そう、まるで石化でも食らったかのように。寝る前には居なかったはずのロリっ娘が増えている。左右に俺の腕を枕にしている美空と愛衣、それから取り合う様に抱き付く形で俺に伸し掛かっているフィオとクーニャ……重さの正体はこいつらか……って、待てまて! クーニャは寝る前にも居たが残り三人は知らないんですけど!?

「ワ~タ~ル~? フィオ達はともかく、そっちの二人はお・と・も・だ・ち! じゃなかったのかしら?」

 おぉう!? ティナのこめかみがピクピクしている。これは二人に手を出したと思われてんのか。

「待て、落ち着け。俺は何も――」

「だがクーニャは下着を付けていないぞ」

『っ!?』

 空気が凍りついたとはこの事だろう。クーニャのスカートをひらひらさせているナハト以外が固まった様に動かなくなってしまった。この痴ドラ躾けないと余計な誤解がこれからも頻発しそう。

「それ元々だろ、たぶん。俺は脱がせてないぞ、脱がした物もどこにもないだろ。というかこれどんな状況だよ。寝る前はクーニャしか居なかったのになんで大集合してるんだ」

『…………』

「なんで全員ジト目だ!? 抱き枕にはしてたけど本当に何もしてないぞ」

「……やっぱり小さい方が良いのかしら? 私やナハトがベッドに入るとよく追い出されるし」

 そりゃ二人で張り合って騒ぐからだ。終いには無理矢理俺を剥こうとしてくるし……放っておいたら寝てる間に襲われてる、なんて事になりそうだから追い出す事が多いんだよ。大人しくしててくれたら可愛いのに。

「そうなのですか? この前わたくしとシロナがご一緒した時は共に寝てくださいましたよ」

「クロエ様!? 全員婚約者とはいえそんな事ばらさないでください。恥ずかしいじゃないですか」

 何かあったわけじゃないのにシロが頬を染めるもんだからティナとナハトが悔しそうにめっちゃ睨んでくるんですけど……だってクロもシロも留守番が多いから甘えに来られたら許容しちゃうだろ。

「追い出されておるのは二人だけだと思うのじゃ。どうせ房事に及ぼうとしてそれで追い出されておるのじゃ」

『…………』

 ミシャ大正解! 今度もふもふしてやろう。

「好きな人と閨を共にするのよ? 何もしようと思わない方が問題だと思うのだけど?」

「っ! という事はワタルは私たちに興味が無い、若しくは不能者、なのか?」

 おい待て! なんか変な疑惑が持ち上がってるんですけど!? 不能者じゃないわ! それにみんなの事は心の底から好きだっての。でなきゃ酔った状態とはいえ全員と婚約なんてしないだろ。……改めて思うと優柔不断で最低だな!

「まぁその話は置いておいて、それで、なんでみんな集まってるんだ?」

「私はフィオちゃんが戻ってこないから捜しに来たのと、自衛隊の方からワタルを駐屯地に連れてくるよう言われてたので……ワタル、この娘たちは本当にお友達なんですよね?」

「やっぱリオまで疑ってんのか……俺って信用ないな。本当に友達だっての! だいたい、一回りも歳が違うんだぞ」

「みんなワタルの事は信用してますよ? 女性関係以外では」

 グサッと来た。確かに、これだけの女の子と婚約してりゃあ信用なくてもおかしくないか……最近クーニャが増えたし――いやいや、クーニャとは婚約してないぞ。番発言のせいでみんな受け入れ態勢になってるけど。

「本当になにもしてないぞ。してないからな、俺は潔白だ! というわけで駐屯地に行ってきます」

 そう言ってこれ以上面倒になる前に逃げ出した。美空と愛衣が来てたって事は美緒の事で何か話があったのかもしれない。そう思うと後ろ髪を引かれるが今戻ってもめんどくささ100パーセントなのでそのまま駐屯地に繋がる陣へ向かった。


「うん、まぁ、簡単に追えるよね。陣に入ればいいだけなんだから」

「私は連れてくるように頼まれたので一緒に行くのは普通ですよ」

「私たちは見張りね。ワタルってばこの世界で初めて優しくされた人だからってなんだかんだとリオとはよくイチャつくんだから」

 駐屯地でイチャつくかよ……王都周辺に居る時くらい極力傍に居たいからってクロとシロも付いてきちゃったし……駐屯地を何人も女の子連れてぞろぞろと歩くもんだから嫌に目立つ。何だあれ、あぁあいつか。みたいな呆れた視線がグサグサ刺さってくる。一部からは羨望の眼差しで見られて居心地が悪い。

「あれ? 如月さん。そんなに大勢でどうしたんすか? というか滅茶苦茶羨ましい! どうなってるんですか如月さんの女運」

「あははは……どうなってんでしょう。宮園さんはどうですか? 異世界美人と知り合えましたか?」

「フッ…………」

 フッ、て……地雷だったか。俯いてすげぇ落ち込んでる。これ以上は突いたら駄目な話題のようだ。まぁ世界の行き来には制限があるしこっちの人と恋仲になってもどちらかが永住する気が無いと恋仲になっても辛い事になりそうだけど。

「じゃ、じゃあ俺たちは藤堂って人に呼ばれてるので――」

「藤堂三佐に? なら医局だからこっちじゃないですよ。案内します、付いて来て下さい」

 結構落ち込んでいたと思ったが仕事モードに切り替わったのか宮園さんはしゃっきりした様子で藤堂という人が居るところまであんないしてくれた。

「なんじゃこりゃ…………」

 連れてこられたのは研究機材? の様なものが所狭しと並べられた研究室の様な部屋。医局とか言ってたし藤堂三佐って人は医官なのか?

「藤堂三佐、如月さんをお連れしました」

「ん? ああ、ご苦労。なら早速検査の準備を――」

 検査ってなんだ? 俺どこも悪い所はないぞ。

「そうか! ワタルの不能を治してくれるのだな」

『ぶふっー』

 まだそれ引っ張ってんの!? ナハトの発言で宮園さんと藤堂三佐が吹き出し宮園さんは腹を抱えている。藤堂さんの方はどうにか持ち直して今は何事もなかったような顔をしているが眼鏡の奥の瞳はまだ笑っている。

「如月さんってそうなんですか!?」

「君は若くてそれだけの美人に囲まれているというのに、憐れだな……そうだな、ついでにそれも検査してみるか」

「ちょ、ま、違うから、そんなんじゃないから!」

「まぁそれは冗談として、君はペルフィディというのにかなり接近したんだろう? 今まで何もなかった事を考えると問題はないとは思うが一応検査をしておこうと思ってね。もし感染していたとしても身体に変化が出ていない程進行が遅いならワクチンの効果もあるだろうし」

 …………ん? んんっ!? 今なんて言った? ワクチンって言ったのか!?

「あの、ワクチンって言うのは?」

「北の大陸もペルフィディに見舞われたのは知っているだろう?」

 何事かを準備しながら藤堂さんが世間話のように話しかけてきた。ワクチンがあるという事実をさらりと言ったが本当だろうか? かなり軽い感じでの発言だったが。

「知ってます。隔離して被害が広がるのを防いだって」

「そう、隔離。そしてその隔離された場所で生きていた獣人が数人、最初はエルフ達と同じように皮膚が白色化していったらしいんだがそれが徐々に収まり元の状態に戻って隔離された場所で生き延びていたらしい。その彼らから抗体を採取してワクチンと抗体医薬品を作る事に成功した。これで免疫がない者でも初期であればペルフィディ化せず完治させる事も可能になったという訳だ。ワクチン接種しておけばペルフィディの膿疱から放たれる瘴気も無害化出来る」

「……いきなり過ぎて頭が追いつかないんですけど、なんでその獣人たちは平気だったんでしょうか?」

「僕が思うに、彼ら――そこの彼女もだが獣人は元々この世界の住人じゃないという事が関係しているのかもしれない。例えばペルフィディは彼らの元々住んでいた世界の病で耐性が備わっていた。とかね。若しくはペルフィディはこの世界の住人に合わせて作られた病で外から来た者に効果を十分に発揮しない。この場合だと日本人も平気かもしれない。とまぁどれも仮説だから信憑性はないけれどね」

 理由はどうあれ、あれにならなくて済むなら排除も可能になるって事か? 初期感染ってのはかなり限られそうだがワクチン接種さえしておけば問題ないんだろうし。

「凄いですね。量産とかは?」

「そこは複製能力を持ってる人員でやってるけど世界中に配布するには全く数が足りてないね。だから広まらない様に務めるのが第一というのは変わらないだろう」

「三佐、この虹色の液体が入った試験管がそうですか?」

「ん? ああ、それは趣味で作ったほれ薬だ。こっちの世界は変わった素材が多くて面白くてね。男が飲んで使うものなんだが――」

「いただきます! ふふふ、これで世界中の美女が俺のものに!」

 藤堂さんが楽しそうに説明しているのをぶった切って宮園さんが虹色の液体を飲みほした。よくあんな物飲めるなぁ……不味そうだ。

「あーあ、飲んでしまったか…………」

「三佐! 効果はどのくらいで出るんですか!?」

 ティナ達を見つめながらわきわきと手を動かしながら迫ってくる。それに怯えて全員が俺を盾にするように後ろに隠れてしまった。惚れ薬なんて冗談だろうしそんなに本気にしなくてもいいのに。

「効果はすぐに出るはずだ。女性が好きなら早く身を隠す事をお勧めするよ」

『?』

「三佐、ワクチンの件で――っ! 好きだぁあああ!」

 藤堂さんの言葉の意味が分からず全員が疑問符を浮かべる中、来客である男性隊員が叫んで宮園さんに飛び付いた。どうなってんだこれ? 惚れ薬って普通異性に効果があるものじゃないのか?

「え? ちょ、アッー! ってなんなんですかこれ! 離れろ、脱がそうとするな!」

「掘れ薬だよ」

『え゛っ!?』

「掘れ?」

「そうそう」

 俺がスコップでも持って穴を掘るようなジェスチャーをすると、藤堂さんは大正解とでも言うように大きく頷き拍手をしてきた。

「なんじゃそりゃー!?」

 宮園さんの絶叫が響く中俺は恐怖した。マジか俺もヤバいんじゃないのか? おホモだちとか嫌だぞ! 男が男を襲う悍ましい光景を見てぶるりと震えリオを抱き寄せた。俺は女が好き、女が好き…………。

「そんなに怯えなくても君にも僕にも効果はないよ。好きな相手が居る人には効果のないものだからね。ちなみにこれが僕の最愛の妻、可愛いだろう?」

 宮園さんが襲われている中藤堂さんは照れながらスマホで奥さんの写真を見せて自慢を始めてしまった。べた惚れなんだろう、写真を見ただけで顔がにやけている。

「アッー!?」

 安全だと保証されて安心したが、この状況……憐れな。ズボンを脱がされながら宮園さんは逃げ出していった。

「ところで、あれって効果はどれくらいで切れるんですか?」

「さぁ? 試した事ないからね」

『…………』

 本当に憐れだ。

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