紅蓮の竜

「なんだありゃあ!? どう見てもクーニャの倍はあるぞ」

『スヴァログ』

「は?」

 紅蓮のドラゴンの咆哮で目を覚ましたのだろう。フィオ達も表に出て来ていた。そのフィオとクーニャの声が重なった。スヴァログ? クーニャはともかく、フィオもあれを知っているのか? 知識として知っているという様子ではない。仇敵でも見るような、苦虫を噛み潰したような顔をして身を強張らせている。

「二人共あのバケモンを知っているのか!?」

「昔はこーんな小さな幼龍であったというのに、少し眠っておる間に馬鹿みたいに大きくなりおって……あれが儂より大きいとは解せぬ」

「そんなことどうでもよくて! ……フィオは? 何か知っているのか?」

「ヴァイスと私たちが失敗した任務はあれの捕獲だった」

 …………はい? 今何て言った? あれの捕獲? 捕獲って言ったのか? クーニャだって三人がかり、装備も万全の状態で挑んで傷一つ付かなかったんだぞ。クーニャが律儀に約束を守るやつじゃなかったら持久戦になって殺られていた可能性すらあるのに、その倍はあるドラゴン相手に捕獲作戦を敢行したのか?

「あれの捕獲!? ルール付きでようやくクーニャに勝てたのに、元々フィオは凄いけど今よりも身体能力が低くてアル・マヒクも無い時にあれと戦ったのか!?」

 間違いないのかと問う様に何度も上空の巨大飛行物体を指差しまくる。

「そう。無理な任務だった。だから大損害を出して失敗した」

「奴は永い眠りに就いていたと記憶していたが……そうか、お前がちょっかいを出して奴を起こしたのか」

 二人の事情を聞きたいところだが悠長な事を言ってられない。今は上空を通過しているだけだが、もし暴れだしでもしたらこの村にいる人たちが確実に巻き込まれる。そして、全員を守る術なんて俺たちは持ち合わせていない。早々にこの大陸を離れなければ――。

『バフッ!』

『っ!?』

 スヴァログと呼ばれたドラゴンがくしゃみの様なものをしたと同時に村に炎が降り注ぎ村の北半分が焦土と化した。俺たちの居た所には炎は届かなかったが肌を焼くような凄まじい爆風が叩き付けられた。一瞬で村が半分消し飛んだ……それも、くしゃみでだ。ブレスの威力がクーニャのものを凌駕している。

「なんなだよあいつは……くしゃみ一つでこんな…………あっちに家があった人たちはどうなった? 愛衣は…………」

 向こうには愛衣の家があったはずだ……こんな……いきなり過ぎるだろ! なんでこんな事になってるんだ!

「あれは炎帝って言われてる皇帝級のドラゴン。あっちに人はもう居ない。あの炎に呑まれたら跡形も残さず燃え尽きるから」

「待て小娘、皇帝級というのは儂ら神龍に対して人間が作った分類であったろう。それが何故あれにも使われている? あれはデカいが神龍である儂とは異なる存在であるぞ」

「は? 同族じゃないのか?」

「断じて違う! あのように知性に乏しく食欲と破壊性しかない獰猛な存在と同列に扱うな。下等なドラゴンと同じだと思われるなど、まったく心外だ」

 同じ種族だと思われた事が相当頭にきたのかクーニャは俺から視線を外し腹立たしげに空を睨み付けている。知性に乏しく下等という事は人の姿をとる事も言葉を交わす事も出来ないと考えていいだろう。言葉を交わせたところで大人しくさせる事も出来そうにはないが。

「航ー!」

「美空! 無事だったか。良かった…………」

 美空を先頭に不安げな顔をした村人たちが桜家に大挙して逃げ延びてきた。

「航あれなに!? あれも航の仲間!?」

「違う、あれは俺たちとは無関係だ。なんで現れたのかも分かってない。それよりも愛衣が、向こうに居た人たちが――」

「私がどうかしたんですか?」

 愛衣の事をどう伝えたものかと言葉を詰まらせていると父親に背負われた愛衣が姿を見せた。怪我をした様子もなく元気そうだ……そういえば村人の数も昨日確認した時と同じく減っていない様に見える。

「ぶ、無事だったのか!? だって家はあっちに――」

「昨日はみんな不安だからって事で寄合所に泊ったんですよ。だからあっちには誰も居ません」

 焦土を指差しつつも上手く言葉が出てこず口をパクパクさせる俺に愛衣が吉報を伝えてくれた。良かった……さっきの炎では誰も死んでないのか、本当に良かった。救いに来たつもりが盗賊のせいで死者を出し、その上更に死者を出していたら立ち直れなくなっていたかもしれない。

「あんなものが空を徘徊する国では暮らせない。俺たち全員クロイツに連れて行ってくれ、頼む!」

 一人の村人の言葉をきっかけに次々と移住を望む声が上がる。決していい状況という訳ではないがあのドラゴンが理由となって決意してもらえたようだ。だが、すぐにでもこの国を脱出したいところだがあんなものが空に居たんじゃ逃げ出したくとも逃げ出せない。今はこの村のおかげで俺たちの事が見えていないから無視しているんだろうから……待てよ……見えていない? ……そうか、愛衣の能力でクーニャとゴンドラを隠せば見つかる事なくこの国を離れる事が出来る。

「愛衣、力を貸してくれるか? 逃げる際に奴に見つかって引き連れていくなんて事になるとマズい。だから奴から離れるまでは能力を使い続けて欲しいんだ。まだ慣れてない中悪いが協力してくれないか?」

「もちろん私でお手伝い出来るなら何でもしますよ。私たちが逃げる為なんですから、私も何かするのは当然ですよ」

「主よ、言っておくが今逃げるのはこの者たちを逃がす為だからな。儂はあれに負けるから逃げるのではないぞ。主の従者はあんな下等な物に臆する事はない、それだけは覚えておけ」

 下等と言い切り同列扱いを嫌う物から逃げる形になるのが気に喰わないらしいクーニャが苦々しい表情でそう言い放った。そんなに悔しいのか……全長は倍、ブレスの威力だって強力だというのに…………鱗の硬さによっては俺たちでも対処出来たりするだろうが、好んで相手はしたくないくらいなのに……村人を逃がすという理由が無かったら突っ込んで行きそうだ。


「クーニャいいぞ、飛んでくれ。みんなを安全な土地へ運んでくれ!」

「主の頼みだ、叶えてやろう」

 フッと笑ったクーニャが飛び立ち東のクロイツを目指して出発した。スヴァログと呼ばれたドラゴンはどうやらこちらに気付く事なくあのまま北へ向かうようだ。愛衣の能力でクーニャを覆う事に成功したようだ。それでも長くはもたないだろうから急いで離れなくては――。

「?」

「どうした? ミシャ」

 俺の後ろでスヴァログの方を見ていたミシャの視線が奴に固定されている。何か異常があったんだろうか? 俺が見る限りはどんどん離れて行ってるからこのまま姿が見えなくなるのもすぐだと思うんだが。

「う~む…………あのスヴァログというドラゴンの背に何か乗っている様に見えたのじゃが」

「まさか、そんなわけないだろ。クーニャとは違うんだぞ? 言葉も通じないなら誰かを乗せたりするような知性だってないだろ」

「主の言う通りだ。あれが何かと共存するなどあり得ん。奴にとって他の存在とは捕食対象でしかないのだから背に何者かを乗せるなど絶対に――」

「航ー! 愛衣がそろそろ限界ー! 急いでー! 愛衣が苦しそう!」

 クーニャの声を遮って下から美空の叫び声が響いた。能力に目覚めたばかりでコントロールすら難しいだろうにクーニャとゴンドラを覆うのは無理があったか……俺も初期は全く制御出来てなかったし、ここまで隠せただけでも愛衣は上出来だろう。

「急げクーニャ、もっと距離を空けろ!」

「叫ばずともやっている! それに奴もこちらには背を向けているのだろう? ならばもう見つかる事もあるまい」

 確かに大分距離も離れて何かが居るという程度にしか確認できないがあいつがそうとは限らないし同じく飛行しているものを見つけて進路を変える可能性だってある以上愛衣の能力が働いている間に安全圏まで離れた方が良いだろう。出し惜しみなく全速を出しているから風除けなどお構いなしに風が叩き付けてくる。

 完全に離れた、少なくとももう俺の肉眼ではスヴァログを視認できない。

「愛衣ー! もういいぞー! ありがとー! 助かったー! クーニャもありがとう、もう無理のない速度に落としてくれ」

「……その言い方は引っ掛かるな、儂は無理などした覚えはないぞ」

「あぁ、悪かったよ! お前が凄いのは分かってるから更に速度を上げるな、風が強過ぎて目も開けれないわ!」

 俺の言い方が気に入らなかったらしく風圧が更に強くなった。全速だと思っていたら俺たちに害がないギリギリのところで調整していたようだ。結構気遣い屋なドラゴンだった。ゴンドラの揺れも最小限にしていて文句も上がってこないし、やりおる。

「クーニャ、もう海上だろう? 少し息苦しいから高度を下げてくれ」

「注文の多い主よな……気付かずすまなかった」

 逃げる為に必要でクーニャのせいじゃないのに律儀に謝るんだなぁ。

「海だー! 愛衣! うーみー! 初めて見たー」

 逃げ切ったと知ったからか、下から美空本来の天真爛漫にはしゃぐ声が聞こえてきた。そうか、村から外に出る事はあっても全員じゃないから海が初めてって人も多いか。それが子供であれば尚更だな。…………もう二度と人を殺したり戦う必要の無い暮らしに戻れるといいんだが……天明と同じような能力ならオンオフが出来ないだろうから今までと同じとはいかないだろうな。ヴァイスめ、俺の友達に余計な事をしてくれやがって…………。


「でっかい樹ー!?」

「まったくだな、この大きさは何度見ても感嘆するほかない。空を貫く程の樹木、それを人間が作り出したとはな」

 クロイツ王都付近に戻って来て聖樹が見えてきて、花弁と雪が舞い始めると村人たちはその光景に唖然とした様子だ。皆揃って聖樹のある方向を見つめ続けて言葉を失っている。まぁ、中々に幻想的な景色だよな、粉雪と桜のような花弁が舞っている様子ってのは……大体冬には花咲いてないしな。

「皆驚いておる様なのじゃ。まぁ妾も初めて見た時はあの巨大さに驚いたものじゃが……下に居る皆もあの驚きを感じておるのじゃな」

 と、言いつつ身を寄せて抱き付いてくるミシャ……いや、元々引っ付いてるような状態だったけど手を回してきて身体を押し付けてくるもんだから背中に柔らかいものが…………。

「何故抱き付く」

「さ、寒いのじゃ、他に他意はないのじゃ。綺麗な景色を空から旦那様と共に眺めて妙に恋しくなったとかないのじゃ」

 だだ漏れ……まぁ俺もこの方が温かいからありがたいが――。

「こらミシャー! ズルいわよー! 離れなさーい!」

 目ざとく引っ付いている俺たちを見つけてティナが声を上げた。下からじゃ見え辛いはずなのによくもまぁ見つけたものだ。もしかして自分が思ってる以上に見られてるんだろうか?

「ティナはいつも引っ付いているから少しくらい我慢すればいいのじゃー!」

「やぁーよ、我慢なんてしてたらすぐにワタルを持っていかれちゃうんだから我慢なんてしてられないわよ」

「うごっ!?」

 剣を抜くな等下が騒ぎになってると思えば……ティナが能力を使って真上に出て来て俺目掛けて降ってきやがった。鞍の定員は二人、掴まる所のないティナは必然的に俺にぎゅっとしがみ付いてくる。顔はティナの胸に埋まり視界は奪われた。

「なーにを自分の胸を旦那様の顔に押し付けておるのじゃ、そんないやらしい方法で旦那様を独占しようなど破廉恥極まりないのじゃ」

 怒って興奮したミシャが回していた腕を羽交い絞めに切り替えて後ろから俺を思いっ切り引っ張りにかかる。あぁ!? 天国が遠退いた――じゃなかった。クロイツに戻ってきた事で俺も含めて完全に緊張の糸が切れてやがる。

「危ないだろ、落ちる落ちる」

「ミシャー、頑張れー! ティナからワタルを守るのだー!」

「任せるのじゃー!」

 ナハトの声に応える様にミシャが力を入れてティナから引き剥がそうとする。それに抵抗するように、というか俺を放したら落ちるからティナも必死になってしがみ付いてきて前後にグイグイと引っ張り合いが勃発した。

「アホか! 落ちるだろ、やめろって――え、えぇええええええええ!?」

「きゃぁあああああああああ!?」

「ふぇええええええええええ!?」

 無茶苦茶な引っ張り合いのせいで足の固定具が外れて三人ともがクーニャから転げ落ちた。こんなアホな事で地面に向かって真っ逆さまである――。

「何をしておる。このような下らぬことで死ぬ気か小娘ども」

 パラシュート無しのスカイダイビングを敢行する羽目になったかと思いきや、落下後すぐにクーニャが掴んでくれて事なきを得た。

 そんなトラブルを起こしつつもようやくクロイツ王都に帰ってきた。たった二日離れていただけだというのにもう新しい街壁は完成したようだ。王都の元々の街壁の二回り以上の長大さだ。壁が出来ただけで町の方はまだ着工していないから住めるようになるのはもう少し先だろうが、難民たちがここで暮らすようになるのもそう遠くないだろう。詳細が決まってない区画とかあったら村の人たちが住む日本家屋の日本区画とか作ってもらえないだろうか……受け入れ自体は了承してもらえてるし王様に頼んでみよう。みんなも住み慣れた建物の方がいいだろうし……謁見か、怖い人じゃないけどあれは未だに緊張するからなぁ。

「航、美緒って本当にこのお城に居るの?」

 村人たちは難民キャンプへ送って俺たちは美緒に会いたいという美空と愛衣を連れて城に帰って来ていた。

「居るんだよな?」

「リオが心配しておったかからな。母子ともにリオ達が使っておる部屋に泊めると言っておった」

「だとさ」

「お兄さんアドラを出てこんなに大きなお城で暮らしてたんですね~。どうりで村に帰って来ないはずです」

「い、いや、そういうんじゃないんだけど……大所帯になったしアドラに入るのって面倒が多いから…………」

 心配してたのに、とジト目を向けてくる愛衣に頬を掻きつつ目線を逸らして言い訳して逃げる。別に忘れていたとかではないが、アドラに戻るという意識が無かったのは事実で心配をかけていたのが申し訳なくて真っ直ぐ見れそうにない。そんな状態で変に顔を逸らしたままリオ達の部屋へ案内した。

「美緒ー? 居るー?」

「あっ、ワタル、おかえりなさい。皆さん無事に移動できましたか?」

 部屋に入るとリオが柔和な笑顔で迎えてくれた。クーニャからも聞いていたがこの様子からして美緒の怪我自体は治療も済んで後遺症とかもないんだろう。心の方はともかく…………。

「ああ、今は難民キャンプに居る。それより美緒は? 姿が見えないけど」

「お母さんと一緒にお散歩に出てますよ。閉じこもっていると二人とも塞ぎ込んでしまうので、少しでも気晴らしになればと私が勧めたんです。アカリさんの方はミオちゃんの為に取り乱さない様にって頑張ってらしたんですけど、家族を失ったばかりだと色々難しいですよね」

 過去の自分に重なったのかリオの表情が陰った。

「ただいま戻りました」

「っ! 美緒ー!」

「美緒ちゃーん!」

 タイミング良く明里さんと美緒が帰って来て美空と愛衣の二人が飛び付き頬擦りをしている。美緒は驚きで目を白黒させているが二人の無事を喜んでいるようで表情は幾分柔らかい。良かった、家族の事は辛いだろうが明里さんと美空たちが居れば立ち直れるはずだ。

「美緒、久しぶり」

「っ!? っ! 来ないでください!」

「美緒!?」

「美緒ちゃん!?」

 俺と視線が重なった瞬間美緒は青ざめ部屋から逃げ出した。酷く怯えた表情だった、まるで化け物でも見たような。身に覚えがないが何かしてしまったのだろうか? 突然の事に思考が付いて行かず美緒が逃げ去った扉を呆然と見続けるのだった。

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