目覚めたもの

「二人ともそろそろ落ち着いたか――ごっ!?」

「二人とも無事かっ!」

 座り込んで美空と愛衣を撫で、だいぶ落ち着いて来たかと思っていたらいきなり明るくなり背後からの怒声と共に頭に衝撃が走った。一体なにが…………ぶっ倒れた状態でどうにか首を回して後ろを確認すると鬼の形相の美空の親父さんが立っていた。娘の大きな泣き声が響き渡れば心配するのは当然だろう。そしてここに盗賊が入り込んでいると思っているなら……俺は盗賊に間違えられたのか。

「父さん何するの!? これ航だよ! 助けに来てくれたのに!」

「な、なにぃ!? どれ――うっ……す、すまねぇ。二人の泣き声が響いてたもんでてっきり盗賊に二人が襲われているんだとばかり……村を出て一年以上戻って来ねぇし俺ぁお前は死んだもんだと思ってて――」

 ランタン片手に近寄って俺の顔を確認した親父さんがしどろもどろになりながら謝ってくる。まぁ、子を助ける為なら親は何でもしそうだから仕方ない、ってところだろうか。頭がズキズキする、手頃な石で殴られたようだ。頭に手をやるとべったりと血が付いた。これ大丈夫なんだよな? 結構な衝撃だったんですけど。

「心配するくらいなら掴まえておいてくださいよ…………」

「いや、それは――」

「しょうがないんですお兄さん。ここでみんなを守ってたのは美空ちゃんだから、坑道の入り口見ましたか? あの人たちを倒したのは美空ちゃんなんですよ」

 愛衣は一体何を言っているんだ? 入り口にあった死体が美空の仕業? この村の人たちは全員身体能力が高い方の混血者ではなかったはずだ。その上子供の美空が人殺しなんか出来るはず…………。

「あたしと愛衣覚醒者に成ったんだ。盗賊が村に入って来て、殺された人を見て許せない、死にたくない! って思ったら急に力が湧いて来て、盗賊にも負けないくらい動けるようになったんだよ? でもあたし一人じゃ皆を守れないから、合流した人たちには愛衣の能力でここに隠れてもらってたの」

「愛衣の能力?」

「美空ちゃんは肉体強化で私は不可視の領域を作れるようになったんです。あまり広くはないですけど、私が決めた範囲に入ると外からは誰も居ない様に見えるんです。能力を使っていなくても一度指定した場所は暫くその状態が続いて、使い続ければ私を中心に領域の移動も出来るんですよ。だからこれを使って近くに居た人たちはみんなここに避難出来たんですけど……美緒ちゃんの家の方は盗賊が多くて助けに行けなくて…………」

 二人が覚醒者に……穏やかな村の暮らしでは目覚める事のなかったものが今回の非日常で目覚めたのか? それでここに逃げ延びたのか。被害は出ているが、それでも予想より死体が少なかったのは二人のおかげだったのか。

「頑張ったんだな」

 褒めつつ頭を撫でると二人はまたぽろぽろと涙を零し始めてしまった。相当辛かったに違いない、特に美空は人を殺めているし、正当防衛とはいえこの歳ではショックも俺なんかとは段違いだろう。早くこの状況から連れ出してやらないと。

「ここに来るまでに居た盗賊は全て狩ってある。反対側も俺の仲間が行ってくれてるから外は安全になってるはずだ。ここから出よう」

「そうか! あっはっはっはっはっはっは、本当に良い時に帰って来てくれた。それで村長は? 皆ここに逃げ込んだは良いが一緒に逃げられなかった連中を心配してたんだ」

「それは……俺たちが来た時には、もう…………」

「そうか……辛い事を聞いたな。許してくれ」

「そんな……航! 美緒は!? 美緒は生きてるんだよね!?」

「お兄さん、美緒ちゃんは無事ですよね!?」

「怪我をしてるけど美緒と明里さんは生きてる」

 俺の言葉を聞いて一瞬嬉しそうな顔をしたが村長たちの事を思いすぐに沈んだ表情に戻ってしまった。ペルフィディによって化け物になった村人を見る事はなかったが、こんな形の再会をする事になるとは……上手くいかないものだな。


 坑道に避難していた村人を連れ、リオ達に合流すべく桜家への道を行く。道中ここに俺が戻ってきた理由を話し、村を出る必要がある事を話したが村人の反応が分からない。坑道に向かうまでに片っ端から盗賊は斬り捨てたから襲われる事はないとは思うが、村人は不安が抜けないらしく愛衣の能力で隠れたまま進んでいるから様子が分からないのだ。少し後ろを付いて来ているらしいんだが本当に見えないし気配なんかも遮断されている。少しこの村にかかっている能力に似ているかもしれない。

「おぉ、戻ったか主よ。あの娘だが状態が芳しくないようだぞ。急ぎ戻り治療を受けさせた方が良いとの事だ」

「ワタル、フィオと一緒に村中回ったが盗賊はもう残っていないようだ」

 家の外で待っていたクーニャ達が駆け寄って来て状況を報告してくれた。ヴァイスは仕留めたしツチヤは逃げ出した、盗賊に襲われる危険は一先ず去ったが……美緒の状態が悪いのは心配だな。すぐにでも発った方がいいかもしれない。

「おいおい、お前の仲間ってのは日本人じゃないのか!?」

 隠れず俺の隣を歩いていた美空と親父さんがクーニャ達を見て驚きに目を見開き少しの間を置いて身構えた。美空は蒼白く輝く日本刀を構え今にも斬りかかりそうな雰囲気だ。俺が来るまでは一人で村人たちを守っていた分緊張状態がまだ完全には抜けていないんだろう。

「待て美空、落ち着け。こっちの角の生えてるのはクーニャ、さっき話しただろ。今は人の姿をしてるがドラゴンなんだ。脱出を手伝ってくれる。それでこっちのナハトはエルフでアドラ嫌い。フィオは混血者だ。三人とも俺の――」

「婚約者だ」

 なんで今それを言った!? そしてさり気なくクーニャが追加されている!?

「今そんな事はどうでもよくって――」

「どうでもいいとはなんだ。とても大事な事だ。これ以上増やされては堪らないからな」

 ナハトが美空を睨み付けて何かを勘繰っている。流石にそれはないぞ、ロリコンと言われてるがフィオやクーニャは年齢的にはロリじゃないからセーフな気がするが、美空たちは色々本当にアウトなんだから。

「はいはい……それにしても流石だな。盗賊を片付けた後村中の確認までしてくれてたのか」

「あ~……それなんだがな、殆どの者はフィオの姿を見て逃げ出していった。打ち合う事もなくだ。まったく、強者と悟ると逃げ出す。弱者を虐げるだけの最低の者たちだ」

 盗賊なんてそんなもんだろう。フィオの古巣だけあってフィオの強さは熟知しているからぶつかれば死は免れないと思ったんだろう。最初会った時だって怒って仲間斬ってたし……そう考えると、今は温厚になったというか……凄く可愛くなったよなぁ。

「それよりクーニャ、芳しくないってのは?」

「うむ、傷の手当はしたが意識が戻らぬのだ。人間は脆いだろう? それに頭部の怪我だ。治癒能力のある者に見せた方が良いとリオが言っていた」

「意識が戻らないって美緒の事!? 助かるの? 大丈夫だよね? ……嫌だよ、これ以上誰かが死ぬのは……大事な友達なのに」

 不安が溢れ出したような表情で美空が縋りついてくる。今にも涙が零れそうだ。そんな美空を抱え上げて赤ん坊をあやす様にしながら慰める。

「大丈夫だ。クロイツに行けば治療出来る人が居る。だからもう泣くな、大丈夫だから、な?」

「…………うん」

「ならすぐにでも出発しないとな、ナハト達が向かった方で無事だった人は?」

「十人ほど居て一度ここに集めてペルフィディの話をしたのだが、今は亡くなった者たちを弔うと言って出て行ってしまった。家族を失った者ばかりで住み慣れた土地を離れるというのは堪え難いものがあるのだろう、共に行くと決めた者は居なかった」

「そんなっ、ここに居ても確実に死ぬか喰われるかなんだぞ!? ……美空は、親父さんは行きますよね? クロイツは安全で色んな人が居て、食べ物も美味しくて良い所で住みやすくて、迫害もないから隠れ住む必要もないんですよ」

 まさか生き残った村人全員ここに残ると言い出すんじゃないかと不安になり捲し立てる様にクロイツの良い所を並べ立てた。

「ああ、俺ぁ美空連れて一緒に行かせてもらうつもりだ。変な病気がこの国に広まり始めてていずれここもそれに呑まれるってんなら大事な娘をそんな所に置いておけねぇ。ただ、他のやつらの気持ちも分かる。今まで一緒に暮らしてきた村の仲間が殺されちまったんだ、弔いの一つもせずに村を出るわけにはいかねぇ。弔いが済むまで待っちゃくれねぇか?」

 危険が迫っているとはいえ、今まで暮らし先祖から引き継いできた土地を捨てろというのだ。すぐに決めろという方が無理があったか…………。

「分かりました弔いが終わるまでは」

「おお、そうか。助かる」

「クーニャ、お前は一度美緒を連れてクロイツへ戻ってくれ。怪我の具合が心配だから早めに治療を受けさせたいんだ」

「ふむ、娘と母親を送り届けてここへ戻ってくるのに一日ほど掛かるぞ。それで良いか?」

「ああ、頼む」

「承知した」

 娘を心配して不安げな表情をする明里さんと美緒、そして付き添いのリオをゴンドラに乗せクーニャが飛び立つのを見届けた後、残った俺たちは弔いの手伝いをする事にした。古巣である盗賊団が関わっていただけにフィオは複雑そうな顔をして手伝いをしていた。


 簡易な葬儀をすまし火葬、埋葬を終わらせる頃には辺りは夜の闇に包まれ静まり返っていた。墓場に立ち尽くす俺に冷たい風が吹き抜け疲れ切った身体に寒さがしみ込んでくる。またここでこうして立ち尽くす事になるとは思いもしなかった。能力を手に入れて強くなったはずでもこんな状態だ。儘ならないものだな…………。この後生き残った人たちは移住の件を話し合うとの事だ。やはり即決してクロイツへ行く選択をする人は少ないようだ。そもそもの、俺が持ってきた奇病の情報を疑っている人さえいる位だからな。

「航、みんな寄合所に行っちゃったよ」

「ああ、俺たちは桜家で一晩過ごす事にする。何かあったら呼びに来てくれ」

 親父さん達とは一緒に行かずに立ち尽くす俺に付き合っていたフィオ達と同じように俺を待っていた美空にそう声を掛け骨壺を抱えて歩き出す。源さんと秋広さんのものだ。新しく住む土地の、自分たちの傍の墓地に埋葬したいと言付かっていたのでここでの埋葬はしなかった。

「一緒に来ないの?」

「全員に説明はしてあるだろ。余所者を入れたって事で警戒してる人も居るだろうし、こんな事があった後にこれ以上刺激したくないんだよ」

「本当、なんだよね? 化け物になっちゃう病気って」

「ああ、それでクロイツの東にある大陸は人が住めなくなってる。ここの村の人たちには世話になって恩があるからな、そうなってほしくなくて迎えに来たんだ」

 迎えに来てみたらとんだ事件に遭遇してしまったが……もう少し早く到着する事が出来ていたら源さんや秋広さんは死なずに済んだんだろうか……他の村人も、もっと助かっていたかもしれないと思うと疼くような不快感と共に悔しさが込み上げてくる。

「そっか……航が言うならそうなんだよね。色んな場所に行ってるみたいだし、エルフや獣人、ドラゴンを連れてるのがその証拠だよね」

「まぁ、色んな場所には行ってるな。その度に色々あるけど」

「女が増えたりね」

「子供に変な事教えるなー、それに毎回じゃないだろうが」

 骨壺をフィオに預けて余計な事を口走ったティナの頬を限界まで引き伸ばしてやる。フィオに勝るとも劣らないやわすべ具合だ。

「ふ~ん……婚約者の人たちと仲が良いんだね。航の女誑し~」

 ティナにお仕置きしているとからかう様に笑って美空は駆けて行った。速いな、肉体強化だって言ってたけどかなりの能力なんじゃないのか? 本気で走らないと追い付けない程度に美空の姿が見えなくなるのは早かった。


「ワタル、眠らないの?」

 縁側でフィオに膝枕をして月を眺めているとティナが隣に座って寄りかかってきた。普段なら後ろから抱き付いて来たりしそうなものだが、俺の心境を察してくれているのか行動が少し大人しい。こんな風に静かに傍に寄り添ってくれるのは今はありがたいかもしれない。

「身体は結構疲れてると思うんだけどな、寝れそうにない」

「そう…………」

「ワタルはここの家に世話になっていたのだったな。二人の事は無念だった」

 今度はナハトが現れてぶっきらぼうにそう言って、背中合わせに寄りかかってきた。普段ティナと張り合って騒がしくしているのに今日は俺を心配してしおらしくなっている。

「旦那様、辛かったら泣いてもよいのじゃぞ? 妾たちがいつでも傍に居る。これナハト、もう少し詰めるのじゃ。妾が旦那様にくっつけぬ」

 背中に感じる重みが増してミシャの声が聞こえた。ナハトが占有しているからスペースが足りず、少しズレて俺とティナに寄りかかっている。

「ちょっとミシャ、私とワタルの間に入らないでよ」

「仕方ないじゃろう。狭いのじゃから」

 冬だというのに随分と温かい縁側になってしまった。一人で居ればうじうじと悔み続けそうだし、案外これでいいのかもな、この暖かさに救われているのだから俺は…………。


「なんだ主、朝稽古か? それにしては随分と早い。まだ日も昇っておらぬぞ」

 結局あの後も眠る事は出来ず、心配や後悔でモヤモヤと晴れぬ心を晴らそうとみんなが眠ったのを見計らって庭で剣を振っていると強い風を感じ、空を見上げるとクーニャが帰ってきた。

「おかえりクーニャ。眠れなかっただけだ。それより随分と早く戻ったな、休んでないのか?」

「ここは奇病に侵され始めた大地だ。この村には到達していないとはいえ、主をそんな場所に長く置いてはおけぬだろう? 儂は人間より頑丈だ。少々長く飛んだ程度では疲れもせぬ、気にするな。それに妙な胸騒ぎも感じておったからな。ほら、借りていた鍵だ。返しておくぞ」

「あぁ。美緒は無事か?」

「身体は、な。家族を失う瞬間の記憶が頭に焼き付いておって魘されておったよ」

「そうか…………」

 源さんが殺されたのを美緒は見ていたのか……身体の傷は癒す事が出来る。でも心の方はそうもいかない。肉親を殺されるなんて経験の傷は簡単に癒えるはずもない、場合によっては癒える事無く痕として残り続ける。俺たちがもう少し早く到着していれば――。

「いてっ」

 考え込んでいるとクーニャにアッパーを食らわされた。チビとはいえ流石ドラゴン、衝撃で脳が揺れているようだ。

「何しやがる…………」

「主よ、過ぎ去った事など悩んでも無駄だ。死者も生き返りはせぬ。同じ悩むなら先の事を、救った小娘どもを笑顔にする方法でも悩んでおれ」

「もしかして励まされてる? だとしてもアッパーはないだろ。普通頭を軽くポカりとやるくらいだろ」

「儂が主の頭に手が届くと思うのか?」

『…………』

「まぁ、励ますというより腑抜けになりそうな主に活を入れたといったところか」

「そりゃどうも、ありがた過ぎて目眩がしてるよ」

 クーニャに皮肉で返していると日が昇り辺りを照らし始めた。夜明けまで素振りをしてたとは……随分長くやっていたんだな。そう考えると一気に疲れが――。

『――――!』

 明るくなり始めたと思っていたら突然暗くなり、怪獣の様な鳴き声が響き渡り空を見上げると、ドラゴンの姿をとったクーニャの倍はありそうな紅い鱗のドラゴンが上空を飛翔していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る