心解ける
「どうしたもんかな…………」
考えるのは美緒の事、ペルフィディの検査から三日経ったが美緒との関係は改善出来ていない。あまりに俺を避けるので明里さんが気にして今は美空たちと同じ場所で暮らしている。城に居る間は見かける度に避けられ、難民キャンプに移動した今は様子見に行くと確実に会えなかったりする。捜したり追いかければ接触は出来るだろうけど、怯えている相手にそれやったら絶対に逆効果だし。
「美緒ちゃんの事ももちろん気になりますけど、お兄さんは今の状態に疑問はないんですか?」
「慣れだ」
美空と愛衣は怪訝な顔をしてこちらを見ているが、座っている俺の脚にフィオがちょこんと乗っているのも、ティナが背中に抱き付いて俺の肩に顎を乗せているのも散々べたべたされていれば自分も周りも慣れもする……呆れ顔ではあるけど。
「大人のくせに甘えてるみたいでカッコ悪い。ティナってもうお婆さんみたいな歳なのに変なのー」
「誰がお婆さんよ! エルフと人間だと年齢の感覚が違うのよ!」
「でも百年以上生きてるのは変わらないなら所かまわず甘えてるのは大人としてどうかと思います。そっちのフィオ、さん? も私たちより年上ですよね?」
フィオは動じていないが、ティナは流石に百歳以上年下にこんな事を言われてはプライドが傷付いたのか抱き付くのを止めた。まぁ所かまわずってのは俺もどうかと思ってたから自重してくれるのは良い事かも――。
「いい? そんな事気にならなくなるほど相手に夢中になっちゃう、好き好き大好き~ってのが止まらなくなっちゃう。それが恋なのよ! 歳なんて関係ないの!」
「ぬおっ!?」
そう宣言すると押し倒さんばかりの勢いで再び抱き付いてきた。背中にぐいぐいと柔らかい巨乳を押し付けてくる……ヤバい、美空と愛衣が呆れ顔だ。
「お兄さんの変態! おっぱいなんかで喜んでないで早く美緒ちゃんと仲直りしてください!」
「航っておっぱい好きなんだ……赤ちゃんみたい」
「ちょ、待て、喜んでない。俺だっていい加減慣れてるからこのくらいじゃ――」
「ほ・ん・と・う・に?」
「……ヤバいです理性が溶けていくので自重してください」
俺の言葉が気に障ったティナが胸を強調するように押し付けて背中からスライドさせて後頭部へとふにふにを押し当ててくるからあっさり降参した。二人に加えフィオまでジト目だ。
「戦ってる時のフィオって凄いのに今は小さい子みたい、年上に見えない」
訓練時のフィオを見た事のある美空が素直な感想を述べるとフィオがピクリと反応した。威圧感を放とうとしたが『年上ならいちいち反応するなよ』と言い含めておいた事を思い出したのか不機嫌そうに顔を逸らすに止まった。
「ワタルに座るのはなんか、いい感じだから仕方ない。座り心地の良いワタルが悪い」
実は甘えんたがりなだけなのを俺のせいにしやがった。お前はリオの膝にも乗ったりするだろうが――っ!? ……後ろからはティナのおっぱいが、そして前からはフィオのお尻が押し付けられるというこの状況……理性がガリガリ削れていってる。何してんだ二人とも!?
「へ~、航の胡坐って座り心地良いんだ?」
「んっん、そんな事より、美緒がなんで俺の事怖がってるか聞けたか?」
「んーんー、何聞いても航の話になると黙って話してくれなくなる。航本当に何もしてないの? 何もしてなかったら美緒があんなになるなんて変だよ」
そうは言われても……村に着いた時には美緒は気絶してたし、美緒と明里さんを先に送り出す時だって意識はなかったから俺と美緒はクロイツ城で会ったのがちゃんとした再会なはず……特に怖がられる要素はないよな。
「……何もしてない、と思う…………はっ、もしかして俺って怖い顔?」
「お兄さん真面目に考えてください。それだったら初めて会った時から怖がられてますから。それと、目つきが少しきついだけで怖くはないです」
恋にも言われた事があるが、そんなにきついか? ……ちょっとショック。
「放っておくというのも一つの手じゃないかしら?」
「あのなぁ、友達に嫌われたままだと俺の精神的によろしくない」
「あたし達的にもよろしくないよ! また一緒に遊んだりしたいもん」
「あのねぇ、あの子は家族を失って間もないのよ? そんな不安定な時期に、理由は分からなくても怖いと思ってる相手が自分の周りをうろうろしてたら逆効果でしょう? 時間が解決するって事もあるわ、だから今はそっちの二人と母親に任せておく方が良いと思うわ」
うー、確かに……精神的に不安定な時に怖い存在がうろうろしてたら心が休まらないだろうし、俺は美緒を追い詰めたいわけじゃないからな。ティナの言葉に納得して日本から持ってきたノートPCの電源を入れてプリンターに繋いで村を出る時に撮った写真なんかをプリントアウトした。出来れば直で渡したかったが仕方ない。
「これ明里さんに渡しといてくれ」
「航に会ってから驚く事ばっかりだけど……すっごーい! なにこれ!? 航が村を出る時のやつだよね! あはははははは、村長も父さんも変な顔してる~」
「いっぱいありますね~」
源さんが面白がって家族とか色々撮ってたからなぁ。まさかこれが遺影になるとは思いもしなかったが……もう少し早く着けば…………写真の中で笑っている源さんや秋広さんを見ていると込み上げてくるものを抑えきれず拳を握り締めた。
「じゃあこれおばさんに渡しとくね」
「ああ、頼むな」
「お兄さん元気出してくださいね」
二人を見送った後はコタツに潜ってゴロゴロとする。気持ちが晴れないから思いっきり暴れたいような気もするが寒さでそれも億劫だ。というか冬のコタツの魔力がとんでもないのが悪い。そんな言い訳をしてコタツから出られない俺たち。
「日本の物は便利な物が多いけど、このコタツは格別ね。外に出られないわ」
「狭い、ティナは反対側に行くといい」
「ワタルを独り占めしようとしたってそうはいかないわよ」
入れる場所が四つあるというのに三人が一か所に居るもんだからフィオの言う通り狭いがこれはこれで温かいからありかもしれない。
「あの話、どうなるのかしらねぇ~」
「あぁ~、ワクチンとかを量産してそれを交渉材料にアドラに日本人の引き渡しを求めるってやつ?」
「そう、アドラが応じるならまた私たちの出番でしょう? 日本に送る必要があるんだから」
薬があるなら求めるだろうが、それと便利な道具としている日本人を天秤にかけた時アドラはどちらを取るだろうか? …………そもそも、あの驕り高ぶった国の人間が交渉なんて事に応じるとは俺には思えない。
「フィオはどう思う?」
「…………ペルフィディの脅威を正しく理解してるなら薬は欲しがるはず。でも、対等な相手としての交渉はしないと思う。国の危機でも謙るなんて事は絶対にしない。他国はいずれ支配するべき領域って認識の人間が多かったはずだから」
『はぁ~』
恐らく同じ理由で出た俺とティナの溜め息が重なった。あの国は本当に救い難いな……そんな国に放り出されたというのに、今女の子とコタツでぬくぬくしてられる俺は運が良い方だったのかもなぁ。
「量産はエルフ達も協力してくれてて順調なんだよな?」
「そうね。私たちエルフにとっても治療法や対策があるのはありがたいし、あれに侵される同胞を見た者たちから様子が伝わっているから国を挙げて量産に協力してるわよ」
その割にはティナはあまり里帰りしないんだよな。ナハトとミシャは様子が気になるからって今は里帰り中なのに……姫様がずっと国外に居るってのはどうなんだろう?
「ん?」
俺の考えを知ってか知らずか隣を見ると可愛らしく小首を傾げたティナが居た。微笑んで手を握ってくるティナの手は柔らかくて温かい。この世界に来てすぐは地獄だったが今の自分は恵まれていると改めて認識するのだった。
「せいっ! やぁっ!」
「ふっ、はっ……あのさぁ、美空はもう戦わなくていいんだぞ? なのになんで修練場になんて来てるんだよ」
親父さん特製のミスリル刀を振り回す美空の攻撃を捌いて質問を投げかける。すっかり習慣になったフィオとの訓練中に美空が訊ねてきてなぜかそのまま参加している。危ない事はしてほしくなくて無視していたら自分も参加すると言って問答無用で刀を振り回すから仕方なく捌いているが…………。
「でも強いと便利でしょ。あたしがもっと強かったら村のみんなを守れたかもしれない……そう考えると強くなりたいって思ったの! それに、能力のせいで身体動かす遊びはあたしだけ異常だからみんなと出来ないし……村でやったのと同じだと思って相手して、よっ!」
「遊びたいのか訓練したいのかどっちだぁ、よ!」
喋りながらの不意打ちを刃の上を滑らせ流して距離を取る。速さはかなりのものだがフィオに慣れた今となっては捌くのも容易だ。最近だとフィオが本気モードで向かってくるからこのくらいは楽なものだ。たしかに、みんなと運動能力が違い過ぎるってのは遊ぶ時の障害になりそうだなぁ。手加減するってのはお互いがつまらないだろうしな。
「楽しく強くなりたい! というか航が強いの納得いかない!」
村に居た時のチャンバラでぼろ負けしてたからそういう認識か…………。
「俺だって成長するんだよ!」
「ひゃん!? ビリッってしたぁ……雷使うのズルいよぉ」
「こんな事してんの親父さんは知ってんのか? 安全な土地に来たのに娘が刀振り回すのを許すとは思えないんだが」
「父さんにはちゃんと言ってあるよ。でないと刀持ってこれないし」
軽いものだが電撃で痺れたのか座り込んでそっぽを向いて拗ねてしまった。親父さんの許可あり、なのか……守れなかった悔しさか…………。
「ワタルー! お客さんですよー」
「っ!?」
リオの声に振り向くと、リオの陰に隠れるように立っている美緒が居た。俺を見る瞳にはやはり怯えが含まれている。
「美緒ー! 航と仲直りしに来たの?」
美空の質問に少しの間を置いてコクリと頷いた。足が少し震えている。今にも逃げ出したいのを我慢してここに来てくれたんだろう。これ以上怖がらせないようにしないと……先ず剣をしまっておかないとな。剣を持った盗賊に襲われたんだがら嫌だろうし。俺が剣を収めたのを見計らって意を決したように美緒が駆け寄ってきた。
「美緒――」
「航さんごめんなさい!」
美緒は俺の前まで来たところで勢いよく頭を下げた。どういう事だろう? 避けてた事に対してだろうか?
「えっと、どういう事?」
「心配して会いに来てくれたのに避けちゃった事も、助けてもらったのに今までお礼を言わなかった事も……それから……っ、ぅ、ひっく……それから、航さんの事を怖いって思っちゃった事と……うぅぇっ……ひぅっ……私のせいで航さんに人殺しをさせちゃった事、本当に……ごめんなさい。あの時、航さんが助けに来てくれた時、少しだけ意識が戻ってたんです。それが丁度、盗賊が斬られた時で……あの時の航さんの目、盗賊と同じ……人を殺すのを何とも思ってない目で、盗賊を斬ったのも凄く怖くて……最初は夢かと思ったけど、私もお母さんも助かってて夢じゃないって分かって、私たちのせいで航さんに人殺しをさせちゃったと思うと航さんの顔を見るのも辛くて、苦しくて、だから…………」
「だから、避けてた?」
「はい…………」
ぽろぽろと涙を零して、言葉を詰まらせながら必死に伝えてくれた言葉でようやく腑に落ちた。たしかに俺はあの時盗賊を殺す事をなんとも思わず斬り捨てた。それを見てた美緒にはとても恐ろしいものに映ったんだろう。そしてそれをさせたのは自分だ、なんて苦しんでいたなんて。
「美緒、まだ怖い?」
「……少し」
「そっか、ごめんな。でも美緒が謝る事なんてないんだぞ? 悪い所なんて全然ないんだから。美緒の言う通り俺はあの時何とも思わず人を斬ったし、人殺しを怖いって思うのは普通の事だ。それに自分のせいなんて思わなくていい、あれは俺が自分で選んでした事なんだ。だから後悔はしてないし誰かのせいで人殺しをしたなんて思ってない。美緒は少しも悪くないよ……あ~、だからもう泣くな。な?」
「ふえぇぇぇ~、う、うあ、うぁぁぁっ」
「え、ちょ!? 嫌だったか、ごめん」
フィオにやってる癖で頭を撫でた途端、堰を切ったように声を上げて泣き出してしまった。迂闊だった。怖いって思ってる相手に触れられたら嫌に決まってるじゃないか。
「ち、ちがっ、ぐすっ、うあぁぁ……ひぅっ、うぅぅぅ、ありがとう。私とお母さんを助けてくれてありがとうございます。お父さんとおじいちゃんの笑顔をもう一度見せてくれてありがとうございます。それから……それから…………」
声を上げて泣き出した美緒にビビって手を引っ込めると、美緒の方からしがみ付いてきて泣きじゃくりながらも涙に震える声でそう伝えてくれた。この言葉で、救えなかったという痛みが少し和らいだ。お礼を言うべきなのは俺の方なのかもしれない。
「よかったですね」
声のする方を見るとこちらを優しく見守るリオの柔和な笑顔があった。泣き付かれておろおろしているのを見られるのは妙に恥ずかしいな――。
「如月! 如月航は居るか! ――おお、ここに居たか。すぐに謁見の間へ向かうのだ。火急の用向きなのだ、この件はそなたと雷帝殿にしか頼めん」
怒鳴るように俺の名前を呼び修練場に入ってきたのは血相を変えた大臣だった。火急の用件ってなんだ? 折角美緒との蟠りがとけてすっきりしたっていうのに……俺とクーニャにってのはヤバい予感がするな。相当マズい事なのか?
「それって?」
「同盟国のハイランドがアドラから宣戦布告直後に巨大なドラゴンから攻撃を受けたそうなのだ。上空から何もかも焼き払われ手の施しようがないと救援の要請が届いている。ワイバーンやレッサードラゴンであれば覚醒者や混血者でも対処出来るがそのような次元ではないらしい。にわかには信じがたい事だが雷帝殿を見ている以上そういった存在が居るという事も理解している。であれば相応の対処をせねばなるまい」
アドラの巨大なドラゴンと言えば、村で見たスヴァログしか思い当たらないが。
「フィオ、どう思う?」
「…………分からない。でも、上があれを欲しがってたのは事実。興味が無かったから貴族の我儘かと思ってたけど、あんなものを侵略に使われたら確実に全て燃え尽きる――」
「っ!」
フィオの言葉を聞き終わる前に美緒をリオに任せて謁見の間へと駆け出した。
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