急報
「フィオ、もう一発、次で最後にするからもう一発だけやらせてくれ。俺頑張るから」
少しだけ息の荒くなったフィオにもう一度と頼み込む。フィオが相手という事もあって中々思うような結果が出ない。
「ワタルの、激しいから疲れる」
「嘘つけ。けろっとしてるじゃないか。それにさっきまでノリノリだっただろ。フィオじゃないと駄目なんだ!」
「如月、あんた朝からなにセクハラ発言連発してるのよ。そんなことしてないで難民収用区画の工事でも手伝いに行ったらどうなのよ」
紅月に最低なものを見るような目でそんなことを言われた。俺がいつセクハラをした!?
「セクハラってなんだよ。俺はただ――」
「もう一発、俺頑張るから、フィオじゃないと駄目なんだ!」
何の事かと問おうとしたら紅月の後ろから現れた恋が茶化す様にニヤニヤとしながら俺の言葉を復唱した。そうしてようやく理解する。聞きようによっては相当情けない事を言っている。確かにこれはセクハラとも取れる発言だ。
「や、違うから! そういう意味じゃないから! 電撃の精度を上げる訓練をしてて全弾弾かれたから悔しくてリベンジを申し込んでただけだから!」
「なるほど、戦いでは敵わないからベッドの中でのリベンジに賭けたと」
なんでそうなる…………というかフィオが顔を薄く染めてそわそわしたように落ち着きなく挙動不審になったんだが、恋の茶化しを本気にしたのか? ……もじもじそわそわしてるフィオ、なんか可愛い。
「ふざけてないで収用区画の手伝い!」
「俺が出来そうな事は資材の運搬くらいだろうけど、自慢じゃないが俺は腕力はそこまでないぞ。覚醒者が居るんだから拡充して王都を広げるのも案外すぐじゃないのか? 電撃能力の出番なんてないない」
手をひらひらと振って行く気がない事をアピールする。難民を収用するべく王様が打ち出した方策は王都の拡充だった。現在ある街壁の外側に更に大きな街壁を作り現在の街壁と新しい街壁との間を新たな区画として難民の居住区にするとの事だ。勝手に難民を連れてきた事で何かしら言われてしまうのではと覚悟していたんだが、多くの人命を救った事を優夜達と共に称賛されただけで咎められる様なことはなかった。それどころか難民の為にすぐに王都拡充が始まったくらいだ。国が一度滅びかけた事があるだけに、王様も難民達を放っておけなかったのかもしれない。復興して色々な事が安定しているのも理由の一つだろう。農耕も順調な事や聖樹が次々と様々な物を実らせるから事から食糧問題もそれほど深刻ではないようだし。難民達は暫くは駐屯地付近でキャンプ暮らしだが、それでも住む場所が決まって落ち着けるという安心感から笑顔になっている人が多かった。
「先輩、考え込んじゃってどうしたの? ベッドの中でリベンジするんじゃなかったの?」
「……ん、あぁ…………」
「最っ低!」
「そういう返事じゃねぇよ。なんで紅月はいつもいつも俺にキツいかなぁ」
「あぁ、それは簡単。麗姉ぇってば―」
「髪ってあっという間に燃えるわよね」
紅月の両掌の上で炎が踊っている。実の妹相手にも容赦ないな。それほど聞かれたくない理由なのか? そうまでされると物凄く気になるんだが。
「ひぃ!? 麗姉ぇ目がマジ過ぎ!? 髪は女の命って言うでしょ。言わない、言わないから! だから炎ゆらゆらさせるのやーめーてー」
「いやいや、そこは頑張って言ってみようぜ。気になってしょうがない」
「嫌だよ。麗姉ぇにバレたら絶対怒られるもん。今もトラウマになりそうな目で睨み付けてきてるし、私チリチリになりたくないもん」
チッ……ん~、嫌ってるとかではないんだろうか? 知られたくない理由……分からんな。あの態度からして好かれてるとかでもないと思うし、俺自身が紅月に対して何かした覚えもない。そういえば初めて会った時様子が変だった気がしないでもないが…………分かんねぇ……モヤる。考え込んでいるとくいくいと袖を引っ張られた。
「どした?」
「……する、の?」
そういえば恋の冗談のせいでフィオが勘違いしたままだった。もじもじしつつもどこか期待したような、縋る様な潤んだ瞳で俺を見つめてくる。フィオがこんな表情をするとは……これは色々と反則だろう。
「え~っと…………」
「主ーっ! 助けよ。この娘たちが嫌がる儂を縛り付け無理矢理――」
無理矢理ってなに!? というかまたこいつすっぽんぽんなんですけど! お前ら何やってたんだよ。
「人聞きの悪い事言わないでください。人の中で生活するなら服をちゃんと着てくださいって言っているんです。シロナさんと一緒にクーニャちゃんに似合う物を仕立てたんですから」
なんかひらひらふりふりした服を持ったリオとクロとシロがクーニャを追ってきた。なるほど、服を着るのを面倒がるクーニャに服を着せようとしてたのか……こいつここまでこの格好で逃げてきたのか!? ここは城の中にある修練場、城の中を裸の女の子が走り回っていたのか…………怒られそうだよ。
「クーニャ、服は着なきゃダメだって言っただろ。色々恥ずかしいぞ」
一先ず傍に来たクーニャに自分の上着を掛けてリオ達の前に押し出す。人間に人の姿を見せた事がなかったらしいから裸を見られる事に羞恥心はないのか?
「ふん、主の服を着ておったわ」
「わざわざ俺のだぼだぼのを着なくてもリオ達が用意してくれたのを着ればいいじゃないか。せっかく用意してくれたんだから、サイズの合わない俺のを着る意味はないだろ」
クーニャは丁度いいサイズの服が用意出来るまでの間好んで俺の服を着ていたが用意された物が気に入らないんだろうか? 素人目にもリオ達が持ってる服は凄く出来の良いものに見えるんだが、何が駄目なんだ?
「嫌だな。その娘らの用意した物は身体を締め付ける様な布切れまであるのだぞ。儂はだぼだぼ楽々な主の匂いのする服の方が良い」
締め付ける? ……もしかして下着の事を言ってるのか? リオ達が持っているのはどう見てもスカート、なら下着は穿かないと駄目だろ。
「いいから着ろ。主命令だ」
「ぬ……なんと強引な主か。嫌がる儂に無理矢理着せるのか」
「人の姿で居る時は服を着るのが普通だ。主と呼ぶなら従ってくれ。ほれ」
大人しくなったクーニャはリオ達から服を受け取りじっと眺め始めた。なんで年上のドラゴンにこんな常識を教える必要があるんだか……まぁこれ以上すっぽんぽんでうろちょろされて変な噂が立ってもよろしくない。しっかりと言い聞かせておかねば。
「仕方ない。人の中で暮らすならその決まりも守る必要もあるか」
納得したのか大人しく着替えてくれたが、これは……なんとも様になっている。白銀の髪と金色の瞳の可憐な容姿はどこかのお嬢様のようだ。クーニャが雷帝などと呼ばれる高位のドラゴンだなんて誰も思うまい。う~む、フィオも可愛いがクーニャも負けず劣らずってところだな。そんな事を思っているといつものようにくいくいと服を引っ張られた。
「ん? どうした?」
「続き」
そう言ったフィオの声はそれはそれは不機嫌そうな声だった。フィオは聡いから俺がクーニャに見惚れていたのを察知したのかもしれない。
「も、もう勘弁してください。というかもう意識が朦朧としてるんだが」
あれから丸一日、能力の制御が不安定になって気絶寸前になるまでみっちりとやきもちを焼いたフィオに扱かれた。もちろんただ電撃を撃っていたわけじゃない、ナイフ、大剣、体術を駆使して覚醒者の能力などものともせず徹底的に翻弄され叩きのめされる中それを回避して素早く動くフィオを狙う必要があってかなり疲労した。能力も身体能力も上がっていると思っていたが、フィオと比べてしまえば明らかな差の前に膝を突くしかなかった。
「ワタルがやるって言ったのに」
言いました。確かに言いました。でも明らかに嫉妬が入ってて訓練じゃなくマジモードだった気がする。
「疲れた……訓練ありがとな。今日はもう寝たい」
「ん」
修練場からよろよろと歩き自室まで戻りベッドに倒れ込むと、隣にボフッと誰かが俺と同じように倒れ込んだ。って、フィオだし……気配消してそのまま付いてきやがったな。冬とはいえ動きまくったからお互いに汗の臭いがする、が、そんな事を気にする気が起きない程疲れ切っている。もういいや、このままで…………隣に居るフィオを抱き寄せて眠りに就いた。
重い……またか…………もさが俺の首に乗り、巻きつくようにして眠っている。寒いのか何なのか最近はこの寝方がお気に入りなようで、目覚める度に息苦しい。そして毎朝何かしらの物をサンタのように枕元に置いている。どこかで拾ってきた金貨や聖樹から採ってきた果物なんかが主だが、今日は何が――。
「なんだこれ?」
枕元にあったのはスベスベした白い布の丸まった物。今度は一体何を持ってきたんだ? …………白いレースのパンツ? って、これ誰のだよ!? こいつこんなの一体どこから持ってきたんだ!? 幸運どころか下着泥棒の罪科が運ばれてきてるんですけど――。
「ワタル~? 起きてますか? 昨日フィオちゃんが帰ってこなかったんですけどワタルの所に泊まってますか? …………」
ノックの後に部屋に入ってきて固まるリオ。そりゃそうだろう、ベッドの上でパンツを握りしめてる俺、隣には爆睡中のフィオ、犯罪臭ですよ。
「待てリオ。これはフィオのじゃない。だから決して寝てる相手を襲ってるとかじゃなく――」
「な、なんでワタルが私の下着を持ってるんですか!」
誰のかと思ったらリオのだったー!? もさのやつ何持ってきてくれてんだ!? どどどどどどう言い訳すれば――。
「私の事に興味を持ってくれてるのは嬉しいですけど、勝手に持って行っちゃうのは困ります。それに、欲しいなら言ってくれればあげるのに」
「待てマテまて! ロリコンだとか変態だとか言われてても俺は下着なんか盗みません。というか盗んで何するんたよ。下着泥棒の心理なんて全く分かんないし変な趣味もないぞ」
「ならなんで私の下着を握りしめてるんですか? それ私のお気に入りのやつだから間違いないと思うんですけど」
間違いないのか……もういっそティナ辺りが脱いで行ったとか言い訳しようかと思ったんだがダメか…………いや、いやいや、言わなくて良かった。そんなことを言ったら余計な問題が増えるだけだ。
「それはあげますから、もうこんな事はしないでくださいね。ワタルの変な噂が流れるのは私も嫌ですから」
それだけ言って怒ったような困ったようなその上照れたような複雑な表情をしてリオは出て行ってしまった。残されたのはリオのパンツを右手に持った俺……これどうすればいいの!? 貰ってもどうしようもないんだが――なんか隣がもぞもぞと――フィオが起きとる!? 慌ててパンツを持った手を布団の中の素早く突っ込み隠す。見られたか? 寝惚け眼って風ではないから見られたかも――んん? 急に手を握ってきた。温かい、というか何かが手の間にあるんですけど。
「あげるね」
そう言うと何かを俺の左手に握らせて部屋を出て行ってしまった。恐る恐る左手の中身を確認したら水色の縞々だった。温かさが残っているから脱ぎたてかもしれない。…………お前ら二人は俺をどういう目で見てるんだー!?
あの二枚のパンツをどうすればいいのかと頭を抱えつつ、朝風呂を終えて部屋に戻るとティナ達が下着片手に集まっていた。
「お前たちその手に持ってるのは何だ? というかなんで集まってる」
「旦那様が集めているとフィオに聞いたから妾たちも旦那様にあげるのじゃ」
ミシャが渡して来たのは横が紐になってるローレグの黒い下着だった。尻尾があるからローレグなんだろうか……って、そうじゃなくて! なんで俺が女の下着を集めている事になってるんだよ。フィオは一体何を言ったんだ!?
「ほらワタル、欲しいなら最初から私に言えばよかったのに。もしかして脱ぎたての方がいい?」
「なに!? そうなのか? なら今すぐ――」
「やーめーろー、脱ぐなナハト…………」
ホットパンツに手を掛けたナハトの手を掴み押さえ込もうとするがナハトの方が力が強いものだから押し切られて下着姿になりやがった。ティーバックで凄く過激な下着ですよ。
「あの、ワタル様、私たちのもどうぞ。ワタル様のご趣味に合えばいいのですが」
ナハトを止めようと格闘していると無垢な瞳でクロが下着を渡してくる。その隣ではシロが真っ赤な顔をして佇んでいる。恥ずかしいなら止めればいいのにシロも律儀に下着を持ってきている。二人はディアが奇病に呑まれたと知ってからは少し無理して明るく振舞っている。極力リオや他の人と一緒に居たり、こうして騒ぎに加わっていたりしている。
「ワタル様もその……匂いがお好きなのですか?」
同好の士を見つけたー、みたいな感じでシロが少し嬉しそうにしている気がするのは気のせいだろうか? 特に匂いフェチとかじゃないっての。
「なぬ!? 主はこんな物を嗅ぐのか? ……変な趣味だな。まぁよい、儂は要らんからくれてやる」
要らんからってお前……穿いていないのか…………ノーパンドラゴン、すっぽんぽんよりマシか――。
「ワタル、今いいですか? ユウヤ達がお話しがある、そう、なんですが……」
部屋の扉が開いて入ってきたリオの目に映ったのはみんなから渡されたパンツを握った俺だった。なんでこんなタイミングかなぁ……俺どんどん変なレッテル増えていくんですが。
「ワータールー、どういうつもりですかこれは? こんな事はもうしないって約束したのに、その手の物は何ですか?」
「いや、あの、これは俺が集めたわけじゃなくて……そうだ! 優夜たちの話ってのは? 急ぎの用か?」
不機嫌オーラ全開中のリオから逃げるようにして優夜に声を掛ける。表情は明るいものではない、話の内容は良いものではないようだ。
「ペルフィディの事で少し……あ、あれが広がる少し前にディーが接触してきて、これから異世界から召喚した病で地獄が始まるって、巻き込まれたくなければ自分の側に付けって言われたんだ。断って敵対したけど、ペルフィディの原因はあいつなんだ。僕らが、僕らが解放してしまった…………だから、だからあの大陸がペルフィディに呑まれたのも僕らのせい、で……この世界の人たちに取り返しのつかない事をして――」
自責の念で震える優夜に寄り添うように瑞原が優夜の肩を抱いている。優夜は話す声も震え、何度も吃りながら言葉を吐き出す。正気に戻ってからは二人とも苦しみ続けていたに違いない。今も後悔に顔を歪めている。
「やはりあれは異世界のものなのか。父様たちもあんな異常なものは初めてだと困惑した様子だったが……原因と話したのだろう? 治療法の手掛かりになりそうな事を話していなかったか?」
「いえ……すいません。ただ、あの病は同胞には害がないって人間とエルフだけを害すものだって言ってました」
「エルフ達は隔離を成功させて広まってはいないんだったよな?」
「ああ、だが戻せるものなら戻してやりたいだろう?」
「そうだな」
魔物とはいえ生き物、こちらに害を為す異常な物って認識だったけど……あの病は同胞には害を為さないって事は害を為す物もあるって事だよな……当たり前か、見た目化け物でも他所の世界の住人ではあるんだから……魔物を利用して抗体医薬品を作るなんて事は出来ないだろうか? 自衛隊の覚醒者に調剤能力者が居たような気がするが…………。
「先輩おはよー、って、何そのパンツ!?」
持ったままだった…………。
「そんな事より何か用か?」
「あ~、うん。先輩たちが逃げてきたペルフィディ? ってのがアドラでも発生し始めてまだ残ってる日本人を捜し出して救出するのが難しくなりそうってのを自衛隊の人から聞いたから教えておこうかなって――」
「それ本当か!?」
「う、うん。どうしたの? アドラの知り合いってリオさんだけでしょ? ならそんなに焦る事ないじゃん」
アドラにもあれが広まり始めた? だったら、あの村はどうなる? 余所者を温かく迎え入れてくれて俺を助けてくれたあの村の人たちは…………。
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