魔の土地からの脱出
「全員逃げられます。焦らず、押し合わないでくださーい! ちゃんと脱出出来ますからゆっくり陣の中に進んでください」
クーニャに運んでもらってデュースト最南端の町に戻り、町の外にクロイツ出発前に設置したという物と対になる陣を設置してもらい難民の誘導を開始した。陣に入るだけで移動できるという事に皆半信半疑だったが、陣に入った者の姿が消えた事から本当に逃げる事が出来るのだと悟った人々が雪崩れ込み押し合いへし合いになった為俺たちは皆誘導係のような事をする事となった。紅月、優夜、瑞原は町の中で脱出を出来る事を知らず逃げ遅れている人が居ないかの確認を行い、残りはスムーズに移動を済ませる為の誘導をしている。
「当り前だけど凄い数だな…………」
陣の向こう側では自衛隊が難民の整理をしてくれているがこれ程の数の難民をどうすればいいのだろう。新しく町を一つ二つ作るくらいでは足りないように思う。他に方法が無いとはいえそれだけの難民をクロイツに送るのってやっぱマズいかなぁ……王様に怒られなきゃいいけど。
「儂でも運びきれぬ程の大人数をどうやって移動させるのかと思っておったが、あの人間は面白い術を持っておるものよな。主も雷を使うし、人間はいつの間にそのような能力を手に入れた?」
「は? いや、俺たち異界者だから覚醒者に成れるんだよ」
「いかいしゃとはなんだ?」
何だこの反応……もしかして異世界人の事を分かってない? クーニャに異界者の事、能力を得る者が居る事などを語って聞かせると目を丸くして驚いていた。
「他所から下等な種が現れただけかと思っておったが他所の世界の人間までこの世界に訪れるようになっておったか。それで獣の一部が混ざったような姿の娘が居ったのか。いやしかし、他の世界にも人間は居るのか、儂には主とこの行列の者どもとの違いなど分からぬが……ふむ、眠っておる間に色々起こっておったのだな」
「眠って、ってどの位寝てたんだ?」
「知らぬ。儂の元に人間が訪れる事がなくなりする事もなく魔物? も現れぬようになって飽いたから寝ておったのよ。しかし最近になって魔物どもがまた現れれるようになり不快な臭いで目覚めたところに主たちがやってきた。奉っておったくせにほったらかしにした人間と不快を齎す魔物にイライラしておっての、八つ当たりで少々遊んでやるつもりが、主に負けてほれこの通り、今は人間の従者だ。笑うがよい」
八つ当たりで俺たち死にかけてたのかよ……まぁその気まぐれ発言で協力を得られたから良いっちゃ良いんだけど。クーニャの所に人が通ってた記録があるのが二百年以上前って話だったからそのくらい寝てたって事だよな。気の長いというかスケールが違い過ぎて意味分かんない。
「よくそんなに寝てられたな」
「寿命が長い者にとって退屈とは天敵だ。儂は人間どもの話を聞いてそれを誤魔化しておったが訪れる者がなくなったのでな、する事がなければ寝るしかあるまい? 眠っておる間は何を考えることもなく楽でいられる、退屈と感じる事も無いのだから。まぁ今は主という退屈凌ぎが出来たからな、精々楽しませてくれ」
主が楽しませるのかよ……どれだけ長い時間を生きてきたのか知らないが、無限の退屈か。長生きも良い事ばかりじゃないんだろうな。人間の話を聞くのが好きだったのなら人が来なくなってかなり寂しい思いをしたんだろうか? 八つ当たりって言ってたしな。寂しくて眠るドラゴン……ちょっと可愛いかもしれない。そう思うとクーニャの頭に手が伸びた。小さいから撫でやすい位置にあるんだよなぁ。
「なんだ主よ。妙に下に見られているようで不快なのだが」
「いやぁ、角どうなってんのかな、と」
「どうとは? 普通に生えておるに決まっておろう」
髪を掻き分けてよく見ようとしたらそう言って逃げられてしまった。気になったのになぁ……そう言えばミシャの耳や尻尾もどうなってんのか気になるな。今度じっくりと調べてみよう。
「ワタル、町の外の北側に居た難民は皆移動を完了した。残っている者も居ない」
「そっか、ありがとうナハト。列も順調に進んでるから今日中には全員移動できるかな?」
「この調子ならそうだろう。まったく、便利な能力もあったものだ。移動先に対の陣を設置する必要があるとはいえ一瞬で遠く離れた地へ行けるなど…………」
「だよなぁー。今回の事もだけどクロイツの時も結城さんの能力がなかったら援軍無くて俺死んでたかもしれないし、感謝感謝だ。時にナハト、ちょいちょい」
「? なんだ?」
首を傾げたナハトを手招きして傍に呼び寄せ気になった事の確認に入った。
「ひょわぁぁぁああああああああああああああ!? な、なななななな何をするいきなり、なじぇいきなり耳など触るのだ」
「ふんむ、尖ってるから固かったりするのかと思ったけど結構柔らかいな。ぷにぷにしてる。これはこれでいい感触かもしれない」
クーニャの角とかミシャの耳が気になってそのついででエルフの耳はどうなんだろうって気になって触ってみたらこの驚きよう。触ったらマズかっただろうか?
「あ、あのだな、森に住む我らは音に敏感になるようになっていて耳も刺激に弱いのだ。ワタルには私の全てを捧げるつもりでいるがいきなり敏感な部分に触れられるのは、その、驚いてしまうからだな、そういう雰囲気を作ってからにしてくれないか」
そういう雰囲気無しで知らぬ間に添い寝してたり急に抱き締めたくなったとか言って抱き付いてくる事もあるくせに耳が駄目なのか……エルフ全般が駄目って事はティナも駄目なんだろうか…………今度試そう。
「あの!」
「? はい、なんでしょう」
「あの、この先にある陣というのは本当に安全な場所へ行けるのでしょうか?」
妻と男の子二人の家族連れの男が不安げな様子で声を掛けてきた。異界者を知っていてもこんな移動方法があるなんて思いもしないだろうし陣での移動を見てない人からしたら不安なのも仕方ないだろう。子供たちはよく分かっていないのか不安は見られないが奥さんの方は不安そうに子供たちを見つめている。
「大丈夫ですよ。あの陣に入るとクロイツ王都付近に出られます。魔物もペルフィディも居ない安全な場所です。俺もクロイツの人も陣は何度も使ってますから陣自体も安全です。向こうに出たら自衛隊って人たちが案内をしてくれますから安心して移動してください」
「本当ですか? あなた方には逃げている時先導していただいて世話になりましたが、遠く離れたクロイツに移動できるなんて信じられなくて…………」
「大丈夫だ! ここに居る皆を助ける為に奔走したワタルを信じろ。皆無事に逃げられる。新しい土地で新しい暮らしを始める事が出来る!」
『は、はい』
ナハトに気圧されて夫婦は返事をした。話を聞いていた列の人たちも同じ不安を抱いていたんだろう、今ので幾分安心したような表情をした人が増えて列の進み具合が速くなった。陣への不安はあれど早くこの土地から逃げ出したいって気持ちが強いんだろう。
「全員で手分けして確認して回ったけど町にも外にも逃げ遅れは居なかったわ。ここに残ってるのはあたし達で最後、移動が済んだらペルフィディが移動して来ないように陣の破壊をお願いします結城さん」
「本当に逃げ遅れは居ないんですね?」
「呼び掛けと建物内の確認も隅々までやったから問題ないと思います。最終的にフィオが気配を探りながら回ってくれたから大丈夫です」
万一逃げ遅れた人が居た場合完全に逃げる手段が失われるから確認は再三にわたって行った。町の中は完全に無人になり完全な廃墟となっている。間違いなくこの大陸にはもう俺たち以外の人間は残っていない。物悲しい光景だがあんな奇病に侵された場所では生きていけないしそれを打破する術は俺にはない。逃げるのが最善の手なんだ。
「しかし病一つで大陸から人間が居なくなるとは大仰な事だな」
「大袈裟でも何でもないよ。誰だってあんな物になりたくない。あんな醜い物に成り果てて動くものを捕食し続けるなんて……完全に変質した後も偶に自我が僅かに残っている場合もあって、助けを乞いながら人を喰らう酷い光景だった。治す術が無いなら逃げるしかないんだよ」
優夜が青い顔をしてクーニャにそう語った。助けを求めるだけの自我が残る事があるのか……あの姿だとしても言葉を発されたら動きを止めてしまいそうだな。氷結させる対処が出来るだけにそういった存在を氷の中に閉じ込める事もあったんだろうな…………助けを乞う相手を氷結させる、決して気分のいいものではないだろう。
「まぁ、置いてけぼりを食らった人たちも全員逃げ延びられたんだ。俺たちもクロイツへ戻って休もう。この大陸に来てからあちこち移動しっぱなしで俺は疲れた」
「ならよく眠れるように帰ったら添い寝してあげるわね」
「それなら私もするぞ!」
「ぷぷっ、なんだ、主は誰かに添い寝してもらわねば寝られぬのか。まるで幼子のようではないか。なれば特別に儂も添い寝してやろう」
クーニャが添い寝か。フィオよりも小さいその身体は抱き枕として最適かもしれない。抱き枕ドラゴン……こんな事するのはこの世界でも俺だけだろうな。
「旦那様顔がニヤけておるのじゃ……同時婚約の者たちならいざ知らず、新しく女子を追加するのは妾は不服なのじゃ」
「それはそうね。私もミシャと同意見よ。移動の為の協力が必要だっただけなのだからそれが済んだらさようならでいいじゃない」
「そうだな。それともワタルは私たちだけでは満足できないのか?」
そうは言われてもなぁ……退屈で寂しくて眠っていたなんて聞いた後だと用事が済んだからはいさようならってのは、なんか嫌だな。それにせっかくドラゴンが仲間になってくれたのだ手放すのは惜しい……どうにか言い訳を…………。
「待てまて、勝手に決めるな。儂は主の命尽きるまで共に在る事を誓ったのだ。それを違えるつもりは儂にはない。お主らが何と言おうと儂は主の傍に在る。何より退屈しなさそうなのでな、せっかく見つけたものを手放す気はない」
そう言いニヤリとクーニャが笑っている。主、主と言われていながらどちらかというと俺が所有されている感……まぁいいんだが。
「手放す手放さない以前に、ワタルはあなたのじゃない」
「そうだ! フィオの言う通りだ。私たちが既に共有しているのだからお前が入ってくる隙はないぞ」
「なんだ、儂の主は中々の人気者ではないか。しかし残念だな、先程も言ったが誓いを違えるつもりはないぞ。それに番としても良さそうなのでな、それを見定める為にも傍に居るぞ」
フィオの言葉にナハトが同調してクーニャに対して邪険にしているが当の本人は気にした風もなく俺の従者である事を主張する。ん~、ドラゴンが従者か。やっぱ良いよなぁドラゴン……乗り心地は問題ありだったが、そこは鞍を丁度良いものに変えれば改善できそうだしせっかくの異世界なのだ、ドラゴンくらい乗ったっていいはずだ。故に俺もクーニャを手放す気はなかったりする。嫌われてるなら諦めるけど本人もその気だしな。
「ワタル、この色ボケドラゴン捨てなさい。ポイッしなさい」
俺の両手を包むように掴み訴えかけてくるティナ。冗談ではなくマジで言ってるなこりゃ。今更一人増えたって同じだと思うんだけどなぁとか身勝手な事を考えてみる。現状ですらかなり許容してもらってる贅沢な状態だからなぁ。
「どうしても連れてくのは駄目か? この大陸にはもう人間は居ないしそんな場所に置いて行くってのは嫌なんだが」
『…………』
ポンッとクーニャの頭に手を置いてティナ達と見つめ合う。瞳には不満の色が浮かんでいる。別に浮気とかそういう感じで言ってるんじゃないんだけどなぁ。
「……いい? ワタル、特例よ。これ以上女の子を増やしたら承知しないわよ!」
「おいティナ勝手に決めるな」
「だってワタル絶対に引きそうにないんだもの。私はこれ以上反対して嫌われたくないわ。それに今回ワタルの助けになってくれてのは事実なのだし」
「それは――」
「話は纏まりましたか? だったらそろそろ戻りましょう。氷壁があるとはいえ奇病の患者が侵入して来ないとも限らない。言い合いでしたら戻ってからどうぞ」
結城さんを含め紅月達から呆れ切った視線を向けられクロイツへの陣に入るのだった。景色が変わり全員がこちらに移動している事を確認した結城さんがペルフィディ侵入阻止の為に陣を消した。これで一応この大陸にはペルフィディが侵入してくる事はないはずだ。根本的な解決じゃないがこれで一息つけるな。
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