あの村へ

 あの村がペルフィディに呑まれる? そんなの駄目だ! そんな事絶対に堪えられない。助けに、助けに行かないと――アドラへの陣は管理が厳しくて俺たちは使わせてもらえない。行くとすれば――。

「ワタル? 顔色が悪いですよ。大丈夫――」

「クーニャ! 頼みがある!」

 心配して顔を覗き込んでくるリオを遮ってクーニャに頭を下げた。アドラに行って、且つ村人を全員連れてくるなんてクーニャの協力が必要不可欠だ。

「なんだ? 突然大声を出して……しかし主よ、クーニャというのは確定なのか? こそばゆくて堪らんのだが……主がそう呼ぶせいで他の者までそう呼ぶ始末だ。呼ばれる度に背中がむずむずする」

「長くて呼び辛いんだから仕方ないだろ。愛称だ。可愛くて似合ってると思うんだけどな――じゃなくて、頼む! アドラまで飛んでくれ!」

『っ!?』

 アドラを知るリオ達が俺の発言で息を呑むのが分かった。俺が過ごした村での事情を知るナハトとティナとは違い、それを知らないリオやミシャは特に血相を変えて、リオは縋りついて来た。

「ワタル! どうしてですか!? あの国は、ワタル達異界者には酷い場所でしかないはずでしょう!? それなのになんで行くんですか! 自衛隊の方たちとは違ってワタルには異界者救出の義務もないんですから辛い思いをした場所へ行くことないんですよ? あの時のワタルは本当に怯えていて辛そうでした。そんな思いをした国にまた行くんですか?」

 リオは初めて会った時の事から俺が受けた扱いを察して、必死に俺を止めようとしている。今の俺なら大抵の事なら平気なんだけど、リオは俺の心の方を心配してくれているのかもしれない。苦しい思いをした土地にまた足を踏み入れる事を……苦しい事は確かにあった。でも、あの国での出来事全てが悪いものだったわけじゃない。リオに会えた、フィオに会えた、あの村に行けた、紅月達にも出会えた。そのおかげで今俺は生きている。

「違うんだリオ、確かにアドラは出来れば行きたくない国だ。でも行かないといけない。あの国にはリオみたいに俺の事を助けてくれた人たちが、混血者が暮らしている場所があるんだ。その村には普通には入れない、俺が助けに行かないと駄目なんだ。俺はあの人たちをどうしても助けたいんだ」

「よく分からぬが、主は人助けが好きだな」

「そういう訳でもないが、リオと同じで命の恩人なんだ。あの村が俺を受け入れてくれてなかったら俺は野垂れ死んでた。恩がある人たちを見捨てるなんて出来るわけない。出来る事があるのにやらなくて後悔するのも嫌だからな。だから頼む、また俺を乗せて飛んでくれ」

 難民の移動後結城さんは任務に戻ってアドラの中を転々としているらしいから協力してもらう事も難しく今回は陣での移動は頼めない。巨大なゴンドラを用意してそれをクーニャに運んでもらうしかないだろう。村自体は広かったが民家の数はそれほど多くはなかった、クーニャだけでも輸送可能なはずだ。

「ミシャ、植物を操れたよな? 巨大な、クーニャが運ぶくらいのゴンドラを作ることは出来るか? 大勢が乗っても壊れないくらい丈夫な物だぞ?」

「ふふん、そんな事簡単なのじゃ。丈夫な蔓草を編み込んで作ればクーニャが人を運搬するのに使える位の大きさの物も作れるのじゃ」

 助けに行ける。絶対に助ける。そう強く想い、村に戻る為の鍵だと渡されたペンダントの石を握り締める。あの時受け取っていて良かった、これが無ければ助けたくとも村を見つける事すら叶わないところだった。情けは人の為ならず、だな。源さんたちの優しさのおかげで助けに行く事が出来るんだから……あの時鍵を受け取っておいて本当に良かった。

「必ず助ける」

「…………あ~、先輩? 決意固めてる所悪いけど片手にパンツ握り締めたままだから恰好つかないよ?」

 忘れてた……って、好きで握ってるんじゃないわ! どいつもこいつもどんな勘違いをしたら俺に下着収集の趣味があるって事になるんだよ。……ティナのきわどいデザインだな、透けてるんですけど……ナハトのなんて後ろはほぼ紐じゃないか……エルフ二人の下着の趣味どうなってんの!? ってそんな事はどうでもいいんだよ!

「各自自分のは持って帰ってくれ。あっても困る」

「ちょっと! リオとフィオのしか受け取らないってどういうことよ!?」

「二人にも返すわ! 俺に下着を集める趣味は無い! というか忙しいんだ。冗談やってる暇も惜しい。クーニャ、ミシャ、すぐにでも頼む。ペルフィディがどれほど広まってるのか分からないから急ぎたいんだ。あの村の人たちには傷付いて欲しくない」

「ふむ、どうにも切迫した様子だな。主にとってその村の住人どもはそれほど大切という事か……では急ぐとしよう」


 ミシャが能力を使って蔓草を編み込み、あの村の住人が全員乗るのに十分な大きさのゴンドラを作りそれの強度の確認としてクーニャには収容区画への資材運搬を一度やってもらった。ゴンドラには傷みもなく出来は上々なようだ。それに新しく誂えてもらった鞍の方も良い出来だ。乗り手の足を固定させる部分や騎乗者への風よけもあり飛行時の負担もかなり軽減されていた。そして何より――。

「クーニャ、この鞍のデザイン良いよな。素のままでもカッコいいのに更にクーニャがカッコよく見えるぞ」

「そう褒めるな主よ。先程から褒め言葉しか聞いておらぬぞ」

 クーニャ用に誂えたのだから当然といえば当然なのだが、首から胴にかけて体の動きを阻害しないようになっていて、尚且つ元々身に着けていたのではないかと思う程に細かい意匠の入った鞍はマッチしている。女の子になってしまうという部分は引っかかるが、自分のドラゴンを持ってそれに乗るなんて妄想の様なものが叶ってしまった。

「いや、だって凄いカッコいいぞ。乗り心地も良くなってるし、俺異世界に来てドラゴンが居るって知ってからカッコいいドラゴンに乗るのが夢だったんだよ~」

 首の付け根部分に乗ったままクーニャに頬擦りをする。流石レールガンでも罅が入らなかった鱗なだけはある、硬くゴリゴリしてて痛い、この姿の時は頬擦りは駄目だな。

「儂は主の夢を叶えたという訳か。ただ乗せただけで大袈裟な……主は無邪気なものだな」

「旦那様、妾も頑張ったのじゃが…………」

「ああ、ミシャもありがとうな。強度も十分みたいだし、これで助けに向かえる」

 クーニャを褒めちぎっていたせいで後ろに乗っていたミシャが不満を漏らしたのを宥める様に頭を撫でると、くすぐったそうに耳がピコピコと動いて照れたように頬を染めていた。機嫌は直ったかな? ならそろそろ出発しよう。

「クーニャ、出発してくれ」

「うむ、急ぐようだからな、加減せぬぞ。新しい鞍は安全も考慮したようだから平気だとは思うが、気を付けるのだぞ」

「ちょっと! なんで私たちを置いて行こうとしてるのよ」

「だってこの鞍二人が限界なんだぞ」

「ミシャが作ったゴンドラがあるじゃない。私たちはそっちに乗ればいいんでしょう? ゴンドラはミシャのお手柄だから今回はワタルの後ろは譲るわ。でも帰ってきたら鞍を改良してちょうだい、クーニャ大きいんだから私たちが全員乗れるくらいにしてもいいでしょう」

 フィオ達とゴンドラに乗り込みながらティナが新調した鞍に文句を付けてくる。全員って婚約者全員だろうか…………付いてくるのはフィオ、ティナ、ナハト、ミシャ、そしてリオか。危険かもしれないから来て欲しくないんだが、相当心配されてるみたいだ。強い意思を感じる瞳を見る限り言っても聞いてくれないだろう。

「何を勝手な事を言っておる小娘、儂は主だから乗せるのだぞ。獣の小娘は今回ゴンドラの調整で必要だから、普段は余計な者どもなど乗せる気はない!」

「そ~んな事言ってたってワタルが言ったら聞いちゃうんだから意味ないわよ。なら最初から私たちも乗れるようにしておく方が効率的でしょ」

「なんだと――」

「どうどう。さっさと出発してくれ」

「主よ、儂は主だから乗せているのだ。誰彼構わず乗せるわけではないという事を努々忘れるな。では行くぞ!」

 クーニャの掛け声と共に俺たちは空へと舞い上がりアドラを目指す。どうか、どうか無事であってくれ。あの村の人たちが化け物になっている姿なんて絶対に見たくない。だからどうか…………。


 アドラ大陸に着くと先ず、リオ達と再会したあの港町を目指した。村の位置がはっきりしないからあの時俺が進んだ道程を辿る他ない。今は町を僅かに確認できる位の高度で飛んでもらっているが、地上に落ちたクーニャの影を見た人たちは大騒ぎだろうな――いや、大き過ぎてドラゴンだとは気付かないだろうか?

「ワタルー! あの町です。私たちが再会した町ですよー!」

 下からリオの声が響いた。あれがあの港町なら、そこから伸びる道の先に――あった。あの忌まわしい町が…………ここからなんて町の詳細が見えるわけではないのにあの町での出来事がフラッシュバックのように頭の中に蘇り駆け巡った。過ぎた事だ、終わった事だ、出来る事はしたはずだ。いい加減引き摺るな。

「旦那様? 顔色が悪いのじゃ……きっと大丈夫なのじゃ。下の町を見る限り襲われた風ではない、なら隠れ住んで居る者たちならきっと無事なのじゃ」

 事情を知らないミシャには俺が村を心配して気を病んでいる様に見えたようだ。思い出しただけで心配される程顔色が変わるか……衝撃の強い出来事だったとはいえ、もう少し動じない様になりたいな。

「クーニャ、麓に町があるあの山の付近を目指してくれ。目的地はあの辺りなはずなんだ」

「承知した」

 連山の一つ目を越え、次の山頂が近づいた瞬間眼下の景色が揺らいで眼下に人里が映った。ここだ、ここが――っ!? な、なんだこれは? 村が荒れている……違う、何かに襲われている。今正に燃え盛っている民家すらある。一体何が? この村で何が起こっているんだ!?

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