疑惑

「あぁ~、やっと港町まで帰ってきた。まさかこの歳で誘拐されるとは――」

「旦那様ぁ~、よかった、本当に無事でよかったのじゃ」

 おぉ、人前で抱き付いてくるとは、ミシャにしては大胆な…………。

「心配かけて悪かったな」

「よいのじゃ、そんな事よいのじゃ、無事に帰って来てくれただけでよいのじゃ」

「ミシャちゃん、ソフィアの護衛ありがとう。無理を言って悪かったね」

「うむ、まぁ一番冷静じゃったのが妾だから任されても仕方ないのじゃ。フィオ達は殺気立っておったしの。それに髭のおじ様も居ったから楽なものじゃっ――ふにゃぁぁぁあああああああん!? な、ななな、何をするのじゃいきなり人前で!」

 天明と話していて俺の目の前で揺らめくミシャの尻尾を鷲掴みにした。

「いやぁー、なんかミシャの悲鳴が聞きたくなって? ……なんか落ち着くな」

「航…………」

「人の悲鳴で和むなど、やはり旦那様は人知を超えた変態なのじゃ」

「ワタル、大丈夫ですか?」

 リオが不安そうな顔をして、俺の服の裾を掴んでそんな事を聞いてきた。誘拐された事で余程心配させてしまったらしい。

「ん? ただいま、リオ。怪我とかは全然してないよ」

「おかえりなさい。そうじゃなくて、その…………」

「なに? 本当に何ともないよ? 情けない事にただ捕まってただけだし」

「…………でも、その……腕輪が――」

「っ! あ、あぁ~、あれね。ガキがしてるのは生意気だって持っていかれたんだよ。特に大切だったわけでもないし気にしない気にしない」

 ビビった。腕輪が標的の目印だって事はリオは知らない。ルイズ家を捕縛する時に腕輪についての情報を得て、俺がしていた腕輪だと気付いたフィオが全員に口止めしてくれていたそうだ。それでも聞いてきたって事は何か勘付いているのか? 腕輪を渡した事気にしそうだから知ってほしくないなぁ。

「そう、ですか。ワタルあの時嬉しそうだったのに…………」

 これは大事な物を失くしたって思われてるんだろうか? あんなもん結局ゴミ以下の不幸を呼ぶ贈り物でしかなかったわけだからそんな顔しないでほしい。


「キサラギワタル! 頼みがある」

「嫌だ」

 海賊の一件が片付いた事と、今は目立った魔物に因る事件がない事もあって王都へ戻る天明たちに付いてドラウトの王都へ来て俺たちは束の間の休暇、ルイズ家と繋がっていた貴族やら商人は結構いたらしく姫さんや天明は忙しそうにしていた。

 せっかく知らない町に来たのだからと町中をぶらぶらしていたら偶然出会ったアルアにこんな事を言われた。嫌な予感がしたから速攻で断った。

「待てまてマテっ、この僕が、アルア・アル・アルスが頭を下げているんだぞ!? それに新米騎士なら先輩騎士の頼みは二つ返事で受けるものだろう」

「俺はこの国の騎士じゃねぇーし、それに騎士って言っても身分証明みたいなもんで、縛る様なものじゃないから自由にしていいって言われてるんだ。だからお前らの決まり事なんか知るか!」

「待て、ホント待て、僕は危機に瀕しているんだ。どうしても君の助けが必要なのだ。騎士なら人助けを躊躇わないものだ」

「嫌だ、すっげぇ嫌な予感がするもん。絶対面倒事だろ」

「それを判断する為にも先ずは話から――」

「いーやーだーっ。俺嫌な事に対しては滅茶苦茶勘が良いんだ、聞かなくてもこれは面倒事――」

「そう言うな、何事も経験だ」

 逃げようとする俺の腕をがっちり掴んで放そうとしない。捕まった時点でアウトか? もう逃げられそうにない。

「分かった、分かったから腕にしがみ付くな。気持ち悪いし変な目で見られてる」

「っ!? ……ふっ、僕としたことが、少し取り乱してしまったようだな」

 今更カッコつけて前髪をかき上げられても…………。

「行き付けのティーハウスが近くにあるんだ。そこなら個室もあるからそこで話そう」


「さて、何故君は茶を楽しむ場所でオレンジジュースなんだい?」

「そんな事どうでもいいだろ!? 話さないなら俺は帰るぞ」

「分かった、話すからちゃんと聞いてくれ。話というのは…………」

「話というのは?」

「君に恋愛の助言を――」

「帰る」

「待てまて、協力すると言っただろ!」

 いつそうなった!? 話を聞くって言っただけだろうが。

「なんで俺なんだよ、意味が分からん。他に得意そうなやつを探せ」

「…………君ほどに女性に囲まれているやつを他に知らないんだが」

『…………』

 言われてみれば……なんて状況だ!?

「まぁ問題は人数じゃない。君は年下の少女と仲が良いじゃないか、だから君に相談しているんだ」

 アルアはロリコン予備群…………。

「なんだその顔は、君の様な変わり者と違って僕と相手は四つしか違わないぞ。十程も離れていそうな君と一緒にしないでほしい」

「おい待て、十って誰の事言ってるんだ?」

「フィオという子だ」

「フィオは見た目が小さいだけだ。差は六つしかない」

「しか、と言える差じゃなく、充分な差だと思うが」

 ……確かに、中一と小一程は差がある。そんな娘に何度も助けれてる…………。

「落ち込んでいるところ悪いが、どうすれば君たちのように仲良くなれる?」

「知らん」

「僕は真面目に相談しているんだが?」

 アルアが青筋を立てて睨み付けてくる。

「そんな事言われても、俺もなんでこうなってるのかは分からな――」

「分からないわけないだろう、今朝だってあの娘に甘噛みされている君を見たぞ! なにをどうすれば年下とあそこまで仲良くなれるんだ? 何か特別な事をしているんだろうっ」

 人を変質者みたいな言い方すんなよ。気分悪いなぁ。

「なんでそこまで年下に拘るんだよ」

「好きな相手が偶々年下なんだ。でも最近少し離れ気味で……気持ちも他の相手に向けられているし、だからどうにか挽回したいんだ」

 年下で、相手の気持ちは他の相手に向いている…………?

「好きな相手って姫さんだったりしてな」

「…………」

 黙って赤面されるとすげぇ困るんですが、なんか悪い事したみたいだ。

「それって大丈夫なのか? 仕えてる相手だろ」

「僕は貴族の家の出で家の位もそれなりに高い、釣り合わない身分という訳でもない。それに、ソフィアとは小さい頃からよく一緒にいる幼馴染だ。小さい頃は僕が騎士団長になったら結婚しよう、なんて約束したものだが……最近は……くぅ」

 あぁ……まぁ、天明に勝つのは難しいよな。俺が見た感じでも姫さんは天明しか見ていない感じだし、騎士団長も天明が成ってるし。

「ここは潔く諦めるという方向で――」

「そんな事出来るかっ、小さい頃から想い合っていたんだぞ」

「昔はどうか知らないけど今は違うじゃん」

「くぅぅぅ」

「泣くなよ……ん~、姫さんの中で天明の存在がかなりデカそうだからなぁ……もうあれだ、四六時中裸で居て返事は全て『ムッギュィ』にしてウネウネとしたジェスチャーをすれば姫さんの中のお前の存在もデカくなるんじゃない?」

「ふざけるな、確実にそれは好きな相手としてじゃなく変態として存在がデカくなっているじゃないか!」

「だって真正面から天明に勝つとか無理ゲーだし、ならもういっその事変態性で勝てばいいんじゃない? マジキチを目指せ」

「お前面倒だからって適当言っているだろ!?」

 だって俺姫さんの事よく知ってるわけでもないし、恋愛相談とかよく分かんないっての。絶対に相談する相手間違ってるよ。

「じゃあ当たって砕ける方向で頑張って騎士団長目指すしかないんじゃないか? そういう約束なんだろ?」

「う、ん…………確かに、小細工を弄するより初心に帰って己を磨くのが得策か。なるほど、ありがとう、目が覚めた思いだ。僕はこれで失礼する、騎士団長を目指す為にも訓練を重ねなくては! 絶対にタカアキに勝ってみせる!」

 アルアの無謀な戦いが、今、始まる。一件落着、かどうかは分からんな。まぁマジキチな方針にならなくてよかった。


 あ~、よく分からん事で時間潰した……んん? あれって、リオと、天明? 天明は忙しいはずでリオは散歩に誘ったら断ったのに……なんか二人とも楽しそう。なんか、モヤるな。先約があれば断られて当然だし天明だって息抜きで出掛けたりするだろ。う~ん……ん? よく見ると二人の後ろを建物の壁に隠れながら尾行している水色の髪の娘がいる。もしかしなくても姫さん、だよな?

「何してんの?」

「ひゃぁぁぁあああ!?」

「馬鹿っ、声出すな!?」

 姫さんの肩に手を置いたら大声を出すもんだから慌てて建物の陰に引っ張り込んだ。天明たちは……気付いてないな。って俺誘拐犯みたい…………。

「いきなりなんですの!? ――ってあなたは」

「どもです」

「いきなり女性に触った挙句物陰に引き込むなんて、なんて失礼な人」

「いやでも見つかったらマズかったんじゃない?」

 天明たちの方を指差すと納得したようで大人しくなった。

「まったく、あなたが突然声を掛けなければこんな必要は――」

「まぁまぁ、というかなんで姫さんが城の外に出てるんですか?」

「……わたくしだって外出位しますわ」

「言い直します、なんで一人で城の外に居るんですか?」

「……それは、だって…………あなたが悪いんでしょう!」

「はぁ!? なんで姫さんの無断外出が俺のせいになるんですか」

「あの女性、あれはあなたの女でしょう? それがどうしてタカアキと一緒に楽しげに街を歩いているんですの。自分の女くらいちゃんと掴まえておきなさいな」

 襟首を掴まれて揺すられた。姫とは思えない乱暴さ……それだけ天明の事に必死って事なんだろうけど。

「別に俺のってわけじゃ、それに天明が誰と出掛けても――」

わたくしのお茶の誘いを断ってまで出掛けたんですのよ!? それって私より彼女が優先される対象って事でしょ? なんでですの、どうして? 私よりあの女がいいってことですの? 今までこんな事はありませんでしたのに! あなただって気になるから後を付けてたんでしょう、どうにかなさい」

「いや俺は――」

「口答えせずに早く彼女とタカアキを引き離しなさいよ。あなたはあれを見て何とも思いませんの?」

「誰にだって選ぶ権利があるし、幸せそうだし、リオが幸せなら……それに天明なら安心――」

「そんな綺麗事では納得できませんわ。なんでそんなに簡単に諦めてるんです、振り向いてくれないなら自力で振り向かせるくらいの気持ちが無いと駄目ですわ」

 そう言うなら自分から割って入ればいいだろうに。

「気持ちは大事ですね」

「そうですわ、だから――」

「まぁそれは置いておいて、帰りますよ。抜け出したならバレたら騒ぎになるし」

 そうなったら天明も息抜きを楽しむどころじゃなくなるし。

「嫌ですわ、タカアキが一緒でなければ帰りません。それに今邪魔しないとあの二人結婚してしまいますわ」

「け、結婚!?」

「そうですわ、さっきからあの二人が回っているのが何のお店かお分かりかしら? わたくしずっと見ていましたけど全部アクセサリーのお店でしたわ。あれは結婚指輪を探してるに違いありません」

 えぇー…………そんな状態にまで進展してたの? 全く気付かなかった。

「だから――」

「帰りましょう」

「ちょ、結婚してしまいますのよ? 自分の女が取られてもいいんですの?」

「そんな状態にまで進展しているならちょっとした邪魔なんて意味ないでしょ? 大切なら幸せを願ってあげるのも大事な事だと思いますけど?」

「それは……だって、わたくしのタカアキなのに…………」

 べそかき状態の姫さんをどうにか連れて王城へ戻った。


「はぁ~、何度見てもこの水晶宮は凄いな」

 ドラウトは水晶が特産品らしく、町でもよく見かけたが、王城は殆どが水晶で出来ている。

「当然ですわ……我が国の自慢の一つですもの…………」

 完全に意気消沈している……好きにさせてあげた方が良かったんだろうか。

「ソフィア様、おかえりなさいませ。お早かったですね、外出の件はまだ誰にも気付かれていませんよ」

「そう……それはよかったですわ。ルミア、お客様にお茶をお出しして」

「かしこまりました」

 すぐに宿へ帰るつもりだったんだがメイドさんがテキパキと準備を始めてしまった。一杯飲んでさっさと帰ろう、この状態を見てるのはいたたまれない。

「あれ? 航がソフィアの相手をしててくれたんだ?」

 こんな状況なのに何も知らない天明が帰ってきた!?

「あ、ああ、水晶宮が珍しくって眺めてたらお茶に誘われたんでちょっと」

「そっか、ありがとう。俺はちょっと用事があったから」

 用事、の部分で俺も姫さんもビクりとした。

「ソフィア、お茶断ってごめんな。今日はこれを買いに行ってたんだ」

 そう言って天明は姫さんの前に小さな包みを置いた。

「なんですの、これ」

「最近忙しくって気が滅入ってたみたいだから、ちょっと気分転換になればと思ってプレゼント。俺だけじゃなかなか決まらなかったからリオちゃんにも付き合ってもらって買ってきたんだ」

「タカアキーっ、信じてましたわー」

 嘘つけ、結婚がどうのってつけ回してただろうが。姫さんは天明の行動に甚く感動したらしく押し倒しそうな勢いで天明に抱き付いている。これは、アルアはもう無理じゃないかなぁ。

「はは、どうしたの急に……こんなに喜んでくれるとは思わなかったよ。少しは気分転換になったかな?」

「ええ、とっても。明日からも頑張れますわ」

 結局町で見たあれはただの買い物で、それを俺と姫さんが変に勘繰ってただけだったか。はぁ……馬鹿々々しい。

「俺は帰るぞ」

「気が向いたら皆さんとまたいらっしゃい。良いお茶を準備させておきますわ」

 返事の代わりに軽く手を振って部屋を出た。


「ワタル、おかえりなさい」

「あ~……ただいま」

 ヤバい、変な勘違いをしてたせいでなんか気まずいぞ。

「ワタル、ちょっと後ろを向いててください」

「? こう?」

「はい、それで少しだけ屈んでください」

 なんか髪を弄られてる?

「出来ました。どうですか? 変な感じとかはしませんか?」

「それは平気だけど、なんで髪縛られたの?」

「訓練の時とかよく髪を縛っているでしょう? だから、あの腕輪の代わりにはなりませんけど、その髪紐、私からのプレゼントです。普通の紐じゃあ味気なかったのでドラウトの特産の水晶があしらってある物にしてみました」

「男が髪飾りとか変じゃないか?」

「そうですか? 似合ってますよ」

 それは喜んでいいのか……腕輪の事気を遣ってくれたみたいだ。あんな物どうでもよかったのに。

「ありがとう、大事にするよ」

「大事にするのもいいですけど、使ってくださいね」

 そう言って優しい、温かな笑顔を向けてくれた。

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