収穫

 族長から連絡があってから恐らく今日で七日目、そろそろ助けが来てもいいと思うんだけどな。港を出て二日でこの島に着いたんだ、ナハト達が北に居ても陣で移動すればすぐなんだしこれだけ時間が掛かってるのは何かあったんだろうか?

「この子温かいよね。こうしてるとこの子も温かいのかな?」

「感覚が無いのなら分からないんじゃないかな? 声は聞こえてるのかな? 君は一人じゃないよ」

 ここ数日ぬいぐるみ感覚で抱き締められたりしてるらしい。全然分からんが。何かあったなら族長も連絡入れてくれればいいのになぁ――っ! 爆発音、来たか。

「なに!? 今のって大砲の音じゃなかった?」

「うん、たぶんそうだと思う。戦ってるって事だよね? もしかして助けが来たのかな? ねぇ君、助かるかもしれないよ」

 洞窟内にも困惑したような怒号が響き始めた。確実に助けが来た、抜かれたものを戻せるのは経験済みだし、あとはここを見つけてもらってあの双子を捕縛してもらえれば元に戻れる。

「おいどうなってるんだ!? なんでこの場所が!?」

「地図に載ってない島なのになんで攻めて来れるんだっ、偶然この海域に辿り着いたとしても覚醒者の能力で隠してるはずだろ」

 そりゃ地図に表示される目印をここに置いてるのと隠してるのが分かってるから対策だってしてくるっての。

「海賊たち焦ってるよね。本当に助けが来たんだ、私たち助かるよ」

 耳元で喋らなくても聞こえてるよ。こそばゆいなぁ。

「なっ、なんだおま――ぐぇえええええ、じぬ、じぬって」

「ワタルはどこ!」

 この声はティナだな。助けが来た、ようやくこの人形状態を終わりに出来る。

「ワダル? 誰だよぞれ……もしかして異界者のガキか?」

「そうよ! その攫った異界者はどこに居るの!?」

「こ、この奥の牢に他のやつと一緒――ぎぃぇ!?」

 酷い殴打の音が聞こえた後、足音が俺の居る牢へ近づいてくる。

「ワタルっ――よかった、居た。もぅ、心配したんだから」

 鍵を破壊するような金属音が聞こえたかと思ったらティナの安心したような柔らかい声がすぐ傍で聞こえた。

「あのぉ~……あなた、その耳……エルフ、ですか? この子の知り合いなんですか?」

「ええ、そしてワタルの婚約者よ」

『…………』

 おいー、要らん事言うな。ドン引きされてる空気を感じるんですが!

「あなた達は攫われてここに閉じ込められてるのよね? 助けてあげるわ、一緒に行きましょう」

「あ、はい。ありがとうございます。でもあの、その子身体を声も体を動かす力とかも副船長に盗られてて――」

「ええ知ってるわ。そっちは仲間が向かってるから問題無いわ。心配してくれてありがとう」

『はいっ』

「凄く綺麗な人だよね。お姫様みたい」

「そんな人と知り合いなんて、あの子異世界の王子様だったりして」

 たぶんティナに抱えられているであろう俺の後ろの方からコソコソと話す声が聞こえた。ティナの方は当たりだが……すいません、俺の方は期待には全く添えません。


「さぁ、さっさとワタルを元に戻せ!」

「くっ…………」

 ナハトの怒鳴り声の後、すぐ近くで人が倒れ込むような音とシズナの声がした。

「チッ……なんでエルフ様がこんなガキに拘ってんだか、そんなにガキが好きなら私らが調達してやろうか?」

「あまりふざけた事を言っていると四肢を焼き落すぞ」

 低く、殺気を孕んだ声だった。それ以上ナハトを煽る様な事を言うな、声も出せないから制止も出来ないんだぞ。この双子にはやってもらいたい事だってあるのに殺されでもしたら取り返しがつかない。

「ナハト、焼くの駄目。殴る程度にして」

「……だがなぁフィオ、お前だって相当に怒っていただろう。こんな奴らに手加減など必要ない」

「ワタルがやめろって言ってる」

 おぉ? フィオは俺の言いたい事が分かってるのか?

「? ワタルはそんな事一言も……まだ声は戻ってないだろ」

「声が無くても分かる」

 おぉ、喋れないのに俺の気持ちを汲み取ってくれて……なんか凄く嬉しいぞ。

「分かったぁ。フィオはワタルの表情を読んでるのね…………ん~、確かにこれは、やめろって言ってそうね」

「なに? …………そうか? 私はこいつらに対して怒っているのだと思うが」

 そんな議論いいから早く元に戻してくれ! それで全部解決だろ。

「まぁまぁ、早く航を元に戻せばいいだけなんだし」

 天明よく言った。天明の騎士団も来ているらしく、島内の海賊は全て捕縛され捕まっていた人たちは次々と救助されているらしい。

「…………ほら、これでいいんだろ。抜いてたものはすべて戻した」

「ワタル?」

 全員が不安そうな表情でこちらを見ている。

「見える、話せる、動けるー! はぁ~、やっと元に戻れた。もうこんなの二度と御免だな――うわ!? っとと、急に抱き付くなよフィオ。今は俺の方が小さいんだぞ」

「いつも一人で居なくなるワタルが悪い」

「ズルいわフィオ、一人だけ……私も~」

「私もだ」

 抱き付いているフィオもまとめて抱き締めたティナに覆い被さるようにしてナハトも抱き付いて来て押し倒された。

「お前らなにしてんだ…………俺を潰す気か」

「そんな事言ってぇ~、本当は嬉しいくせに――ってフィオ何噛んでるのよ」

「私の」

 フィオが首筋にかぷかぷと甘噛みしている。あれ以来たまーにこういう事をするようになってしまった。変な癖がついてしまった。

「なら私だって」

「やめい、くすぐったい。天明助けろー」

「馬に蹴られたくないからパスかな。でもまだ能力は戻してないし、姿だって縮んだままだから完全に戻してからにしたらどうですか?」

「貴様ら離れろ! その子はあたしのだぞ。少しの間放っておいてその後甘やかすつもりだったのに、貴様らのせいで無茶苦茶だ」

「…………なぁ航、何がどうなったら敵に好かれるんだ?」

 そんなもん俺が知るか、シズ姉ぇが変態だったってだけ――もうシズ姉ぇ言う必要ないっての…………。


「な、な、なな……なんで?」

「ん~、戻った戻った。やっぱ元の身体に戻るとしっくりくるな」

 船に居たティアと合流して完全に元に戻った。俺がガキだと思い込んでたシズネは目を丸くして呆けた様な表情をしている。

「お兄様、私が縮めていたせいでごめんなさい」

「ティアのせいじゃないって――」

「そうだ、私が悪いんだ。私の我儘に付き合わせてその上目を離したから――」

「よしよし、泣くな泣くな……あ~、武器屋に行ったんだよな? 良い剣とか見つかったか?」

「……変わった形の物が多くて見る分には楽しかったのだが、全て航で切れてしまったから良い物はなかった」

 全て切っちゃったの? ……店主泣いてそうだな。

「さて、シズネ、お前達姉妹に協力してもらいたい事がある」

「おま、お前、一体どうなっているんだ? さっきまで可愛かったのに……今は目つきが悪いぞ」

 うっさいわ! ほっとけ。

「航、協力っていうのは」

「お前だって思いついてるだろ?」

「日本に帰る覚醒者の能力を喪失させて元の状態にする事と日本に行きたい混血者の混血者としての資質を抜き出して普通の人間にする……副船長の能力は他にも罪人への刑罰としても使えそうだな」

「お前達に協力しろって? 冗談じゃない、利用し終わったら始末されると分かっていて誰がそんな――」

「身の安全は保障するって、日本に帰る人の為にその能力でサポートをして欲しいんだ。頼むよ、シズ姉ぇ?」

「そんな、そんな呼び方をされてもあたしは…………」

「うん?」

「……分かった」

 シズネは項垂れた状態で了承の返事をくれた。

「ちょっと姉さん!?」

「……もういいじゃないか、そっちの騎士団長がルイズ家を押さえたと言っていたんだ。どうせ今までのように仕事が上手く回る事はなくなる、ならもう流れに身を任せるさ」

「それは……くっ…………」

「なぁ、ルイズ家って?」

「ソフィアの政敵かな、先々王の子で先王の兄弟の家系の一つで王位を主張している家の一つでもある。そのルイズ家は彼ら海賊を使って自分たちにとって邪魔な者の排除、人身売買の斡旋をして裕福な商人や貴族からの支持を得ていたんだ。人攫いの仲介もしていたり、船を出す事にも横やりを入れてきていたから、大捕り物をしてからになって、それで来るのが遅くなったんだ」

 仲介ね……それであの貴族が依頼してこうなったってわけだ。

「なるほど、そっちはそっちで大変だったのか」

「海賊の居場所が分かったから捕らえに行くと言ったら船を出す事を妨害したりと随分と襤褸が出てね。ある意味航が捕まってくれて都合が良かったよ」

 あの時の貴族は仕返しするつもりだったんだろうが、俺に仕掛けた事で大本を断つ手助けになってしまったみたいだな。

「酷いな……人形みたいな状態ってのはかなりしんどかったんだぞ?」

「ははは……悪かったって、でも、これでも急いだ方なんだ。許してくれ」

「別に怒ってはないけどな、収穫があったわけだし」

「それは本当にね、あんな能力があるとは思ってもみなかったよ」

「類似の能力とかはないのか?」

「俺が知ってる中にはないね。ティナさん達エルフ側も知らないものだったそうだし、結城さんの陣といい。人間だけの特殊なものなのかもしれないな」

「そっか…………」

 面倒もあったが悪事を働いていた政敵を捕らえる事が出来たようだし、日本帰還を迷ってる人達にとって進展に繋がる様な収穫もあった事だし、これはこれで良かった、のかな? 今回俺って捕まってるだけで何もしてないが、役に立ったなら良しとしておこう。

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