人形

 嬌声、悲鳴、泣き声、そんなものが洞窟内に響き渡る。二日程の航海の後、どこかの島へ辿り着き、海賊の隠れ家であるこの洞窟へ連れてこられた。どうしてこの手の奴はこういう場所を好むのか……小屋も有ったが攫ってきた人間は洞窟行きらしい。それにしても、この声どうにかならんか。嬌声もだが悲鳴や泣き声は本当に気が滅入る。

「よう、ガキ。今日はどうだ? まだ持ちそうか?」

 また来た…………船長が連れて来た相手を懐柔するまでの期間を当てる賭けをしているらしく初日にも船長の目を盗んで二人程様子見に来ていた。今日で四日目、最初に来た奴が三日もすれば大抵落ちるとか言ってたからそろそろだと思って来たのかもしれない。にしても……今日は『屁』か。仲が良いのは二人だけじゃなかったらしく、屎尿と初日に来たのを合わせると五人目の尸冠だ。屎尿屍尻屁、何故こうなってしまったのか…………他にもっと良い漢字があっただろうに。五人目にもなると面白さより憐れみが強くなってしまって笑いが込み上げてくる事も無くなり仏の様な穏やかな気持ちで……穏やかな、気持ち、で――ぷくっ…………見る事が出来る。それにあと何人居るのか気になり始めていたりもする。縛られてトイレ以外動く事も無い状態だとこれくらいしか楽しみが無いしな。

「別に……何回来ても変化はないですよ。シズ姉ぇも構ってはくるけど特別何かしてくるわけじゃないし」

「その割にはシズ姉ぇとか呼んでるじゃないか。懐柔され始めてる証拠だ」

「飯が不味すぎて……そう呼ばないとまともな物が出なかったんだから呼びもしますよ」

 だってしょうがないだろう! 最初に出てきたのは濁った水とゴミやら虫やらが浮いたおかゆの様な物、あれでじっくり心を折って自分の言う事を聞かせるって感じだったのかもしれないがシズ姉ぇと呼べば飯が変わるという事ですぐに乗った。昼食からはパンにスープ、デザートに果物まで付き始めた。これだけ変わるなら呼び続けるしかないだろう。

「呼ぶ度にくねくねされて鳥肌立つけど」

「くねくね? あのシズネ船長がか? 想像出来ねぇが見てみたい気もするな――っ!? しまった船長が来ちまう、じゃあな! 折れそうになったら早めに教えてくれよ。全員最初の予想は外れてるから次の予想の参考にしたいんだ」

 尸冠ーズ暇なんだなぁ。カツカツと響く足音に気付いてそそくさと俺の居る部屋を出て行った。


「わったるちゃ~ん」

「臭い煩い重いキモい降りろ、自分の体重を考えろよ」

 洞窟に転がされて馬乗りになられているのは盗賊に捕まった時に似ているが、乗っているのは大人だし、乗られている俺はガキの姿だし、鬱陶しい。

「そんな……酷いな。なんて辛辣…………あぁ、いいぞ。もっと言え」

 お前の趣味に合わせたんじゃねぇよ…………上気した顔を愉悦に染め見下ろされている。態と俺が嫌がるような、文句を言いそうな事をして文句を言わせて喜んでいる。完全に変態だ。

「…………飯は?」

「今日は面白い果物を持ってきた――見ろ」

「うっ…………」

「面白いだろう? 今切ってやるからな」

「それ、どうした……?」

「クロイツから来たらしい客船に積まれていたそうだ。クロイツには行った事ないが変な物が存在しているな」

 喋りながらも皮を剥きナイフで刻まれていくアレに似た実、果汁が多いらしく、ナイフが入ると汁が飛び散る様は見ていて痛い。流通して普通に食料として積み込まれる程になってしまったのか。

「さぁ食べろ」

「いらん」

「見た目に反して意外と美味いんだぞ?」

「やめろ」

 確かに匂いは良かったりするが見た目でアウトだ。切り分ける時に指に付いた汁を舐めさせようと指を押し付けてくる。

「寄るな変態、飯だけ置いて出ていけめんどくさい」

「はぁあんっ、何故こうも心地いいのか。お前の様な少年が必死に虚勢を張っているというのも心に来るものがある。新しい世界に目覚めてしまった」

「そんなもん一生目覚めさせるな――」

「いい加減にしろこのガキ、あんた自分の立場分かってないでしょ」

「うぐっ」

 現れた副船長、双子の妹らしいシズナに足で首を絞めるように壁へ押し付けられた。姉も面倒だが妹も妹で気性が荒いから面倒なんだよな。

「姉さんいつまでこんな事続けるのっ、いつもみたいに弄って脅して屈服させちゃおうよ。なんで好き放題言わせてるの?」

「弄って脅すのはお前がやってみて効果が出てないんだろう? 私はこのままを楽しむ事に目覚めたんだ」

 姉に呆れつつ俺をキッと睨み付けてくる。俺のせいじゃないもの……たぶん。

「やり方が甘かったんだよ。先ずはこの生意気な態度を叩き潰して従順にさせる」

 そう言って俺に手を当てたかと思うと視界が失われた。完全な無、暗闇の中に居ても瞼を閉じていても闇を感じる事はあるがこれは……瞼を開いているはずなのに何も見えない。光も、闇も感じない。

「視覚を、奪った?」

「ご名答。ふーっ、あはっ。良い反応ね、目が見えないと他の感覚が過敏になってこの程度の事でも面白いくらい反応するわね」

 耳に息を吹き掛けられただけだが思った以上に身体がビクリと反応した。気分悪いなぁ、才能を奪うとか言ってたから特別秀でたものだけなのかと思っていたが、覚醒者の能力以外は何でもありらしい。

「返せっ!」

「っ!? まだ口答えする……強気とかじゃなくてこいつ頭が悪いんじゃないの」

「ふぐっ!?」

 口を塞ぐように顔に手を当てられた――っ!?

「くっくっく、どうした? そんなに口をパクパクさせて」

 喋れない、声が全く出ない……声も、抜かれた。

「もしかして喋れなくなっただけだと思ってる? 自分の身体に集中してみなよ」

 他にも何か奪われているのか? …………そういえば、俺は壁に凭れて座っていたよな? 背中にも尻にも感覚が無い、それに身体が動かない。触覚と運動能力まで奪われたのか。

「思い至ったようだね。感覚も無い動けもしない、あんたは完全に人形ってこと」

「なんだ、そんなに抜いてしまったのか。それでは楽しくないな」

 部屋から足音が遠ざかって行った。どうすんだよこれ、こんな何も出来ない状態で放置されるのか? ……確かにこんな状態が続けば気がおかしくなって従順にもなりそうなものだが。


(――殿、婿殿ー……ふむ、通じておるはずなのだが)

 寝ていたのに急に頭の中に声が響いてうっさい。この声、族長? なんですか?

(おぉ、婿殿。今どこに居る? ナハトが泣きながら帰って来おったぞ)

(ワタル! ワタル無事なのか!? 無事だと言ってくれ、頼む)

 無事ではないな、人形状態だ。

(人形状態!? 一体何が――)

(ナハト煩い)

 この声はフィオ? フィオもそこに居るのか? 無事か? 身体の調子とかは大丈夫か?

(平気……ワタル、ごめん)

 何で謝ってるんだよ、謝る事なんかないだろ。

(油断したせいでワタルもワタルの能力も奪われた)

 しょうがないって、あんな能力が二つもあるなんて思わないし、フィオだけでも逃げられて良かったよ。

(それで婿殿、どこに居る? 地図上では何も書かれていない場所に居る事になっているのだが、もしや海の中か?)

 地図? って、ああっ! そうか、地図があるから追って来れるじゃん。早く助けてくれ。

(ワタル、行ったのよ。フィオに話を聞いてすぐに私の能力で追ったのだけど、地図が示す場所には何も無かったのよ。それで能力の限界が近くなって、どうしようもなくなって引き返したの。そこはどういう場所なの? 海の中?)

 いや、普通の島だ。能力者が隠してるから普通には辿り着けないらしいけど……そういえば航海中の船も隠してるとか言ってたかも。

(そう、なら能力を無効化させる必要があるのね)

 ああ、あとこっちに来たら船長と副船長の能力には気を付けてくれ。あれから能力以外にも視覚やら触覚、声なんかも奪われてる。

(じぇったい、じぇったいすぐに助けに行くからもう少しだけ我慢してくれ)

 ナハト泣き過ぎだ…………。

(私が目を離したせいだ、ってずっとこの調子なのよ。大勢連れて跳ぶわけにもいかないから船を調達してからになるけど必ず行くから待っててね)

 声は途絶えた。それにしてもナハト、子供が事件に巻き込まれたお母さんかよ。捕まったのは俺の油断とクソ親父の腕輪せいだ。ナハトもフィオも悪くない。


「おら行くぞ」

 なんだ? 行くってなんだ?

「そらよっ」

『きゃあっ』

「あ、あの、この子は?」

「船長と副船長の玩具だったんだが飽きたらしい、元に戻すのも面倒だからお前らと同じ牢に入れてお前らに世話させるんだとよ。買い手が付くまで死なすなよ」

 どうやら別の場所に移されたらしい。あれから何度か訪れてなにやらやってたようだが反応が無くてつまらんとか言ってたしな、弄る時は触覚と声を戻されていたが色々抜かれたのにムカついて全部無視してやった。シズナはこれが腹に据えかねたようだ。

「この子どうしたんですか? 何か様子が」

「生意気だからってんで副船長に色々抜かれてんだと、買い手が付くまでそのままだ」

 ついこの間騎士になったかと思えば、今は売れるのを待つ身とは……虚しい。

「今投げ込まれたせいで怪我してる、何か手当てする物をください!」

「ああ? そのくらい放っておいても問題ねぇ。掠り傷だ」

「この子も私たちも商品なんでしょう? 傷が付いているのはマズいんじゃないですか? 質の悪い商品は売値も下がってしまいますよ」

「…………チッ、分かったよ。後でなんか持ってきてやる」

 声からしてここに居るのは女の子二人だろうか? 能力以外戻してくれれば余計な手間が掛からないだろうに、シズナの方は相当俺にムカついてるな。

「大丈夫? 痛いよね。よく我慢してるね」

「ねぇ、この子……もしかして喋れないんじゃない? 副船長に抜かれてるって言ってたけど、怪我してるのに身動ぎ一つしないし身体も動かせないのかも、こんな小さな子にこんな事するなんて」

 中身は大人なんだけどな。気にするって事は結構擦りむいたりしてるのか?

「他の子で何かを抜かれたりしても一つ、多くても二くらいだったよね? この子目も見えてない、怪我に触れても表情も変わらないから感覚も無くなってるのかもしれない」

「かわいそうに…………この子目が黒い。異界者なんだ、知らない世界に来て家族と離れて心細いでしょうにこんな仕打ちを受けるなんて酷過ぎるわ」

 その家族とやらのせいでこんな状況ですが……どうやら相部屋になった二人は良い子みたいだ。もう少し辛抱してくれよ、必ず助けが来るからな、って言ってやりたいけど喋れないのがもどかしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る