愁い

「まったく、何をやっておるのじゃ二人ともっ」

 ミシャがロープを投げ込んで天明を引っ張り出している。旦那様が先じゃないのか……ちょっとジェラシー。まぁ人助けに後も先も関係ないとは思うけど――。

「って、ちょ――ごぼぉ」

 しまった、驚き過ぎて水の中だと忘れ――。

「無事?」

「げほ、げほっ……死ぬかと思ったわ!」

「ワタルが口開けたのが悪い」

 そういう問題じゃねぇよ。ミシャが天明を引っ張り出した後こちらにもロープを投げようとする前に、フィオが現れてアル・マヒクの剣身で叩くようにして水の中から俺を押し出した。押し出す為に多少勢いがついていたから甲板との板挟みで圧し潰されるかと思った。

「おいおい、なんだよ――あの可愛いロリっ子」

「そうじゃねぇだろ、剣だよ剣! 自分の倍くらいある剣を振ったぞ」

「いや、それも違うだろ。可愛い猫耳の娘までいるー! 船から確認した時にはあんな娘見えなかったのに、今回の船当たり過ぎるなっ」

「お前らなぁ…………」

 リーダーっぽいアブソリュートは真面目に、というかカッコつけたいみたいだが……口に出すのも嫌だが思考の中でこの呼称を使うのも気分悪いなぁ、恥ずかしいわ。本名を名乗れよ。

「重要なのはロリで可愛いかどうかだろ。あの娘目が紅いし混血なんだろ、怪力くらい珍しくもない」

「かっわいいなぁ、猫耳。俺あの娘もらおうかな」

「待てまてマテ、待てよ。エルフもレアだが獣人もレアだし一人しかいないんだから獣人は山分けだろ。なぁ?」

「俺はダークエルフさえもらえれば文句ない」

「俺はエルフロリと銀髪ロリな」

 グラッジビジブル? にハーヴェスト? が抗議して他に同意を求めているがアストロノート? もアルコバレーノ? も興味なさそうだ…………やっぱ嫌だぁ、こいつらの呼称どうにかならんのか。すっげぇ恥ずかしいぞ。

「どうするにしても仕事を終わらせてからだ!」

「んな事言ってると平の取り分なくなるぜ?」

「だからアブソリュートだ……俺も猫耳の娘がいい…………」

 平だな? とりあえずリーダーっぽいのは平でいいんだな? もう一人茶髪ロン毛がグラッジビジブルで遠見だったか? もう恥ずかしい方では呼ばねぇぞ。

「旦那様、あやつらの視線が絡みつくようで気持ち悪いのじゃ」

「あぁ~、よしよし。もう油断しないからミシャ達は船室に隠れてろ」

「本当に平気か? 私は元気だから加勢するぞ?」

「い、いや、大丈夫だ。ずっとティナの介抱してて疲れたろ? 休んでてくれ」

「っ! 気遣ってくれるのか。嬉しぞワタル」

「あ~、はいはい」

 ミシャとナハトを軽く撫でた後ティナとティアを連れて船室に戻ってもらった。ナハトってば微妙に戦闘狂っぽい部分があるから人間相手で戦ってほしくないんだよな。

「何かお前ムカつくよ。アブソリュート、アストロノート! 玖島の方はお前らがやれよ。この真っ黒な奴は俺とハーヴェストがやる」

 遠見ってが参戦しないのはやっぱり戦闘向きの能力じゃないからか? 俺の相手は水と見えない刃ね……驕るわけじゃないけどこんな馬鹿な事をやってる奴らとはくぐった死線が違う。能力さえ分かっていれば対処出来る。

「すかしてんじゃねぇぞっ! 馬鹿にしやがって! 斬り刻んで半殺しにしてやる――なっ!?」

「なるほど、こういう感じか…………」

 俺目掛けて飛んできた見えない刃をいくらかは躱して残りは黒剣で切り裂いた。身体も良く反応してるし黒剣も良い感じだ。これなら――。

「これももう飽きたぞ」

「んなっ!? なんだよそれ!?」

 また水牢ってのに閉じ込めようと操られた海水を高出力の黒雷で吹き飛ばし海へ返した。天明の事は知っていても俺まで覚醒者だとは思っていなかったようだ。

「く、来るなぁ!」

 能力が破られたのが余程ショックだったんだろう。一歩踏み出しただけで狼狽えて見えない刃と高圧水の水鉄砲を連射し始めた。乗客は怖がって逃げてるからいいものの、このままだと甲板がぐちゃぐちゃになる――。

『ふべっ!?』

「フィオ……俺がどうにかしようと思ってたのに…………殺してないだろうな?」

 電撃を撃とうとしたところでフィオが割って入って二人を弾いて海へ落した。

「人間に剣を向けるのが怖いくせに」

 …………よく分かってらっしゃる。箍が外れて人を斬りまくって以来自分より強い相手以外へ剣を向けると、僅かだが身が竦み震えが走る。目に見える程酷いわけじゃないから訓練なんかの時に気付かれる事はないと思ってたんだけど、フィオにはバレてたか。

「ワタルを水から出した時と同じ、弾いただけ、死んでない……頭を打ってるかもしれないけど」

 今ぼそっと付け足したな――。

「っておい、気絶してる。顔を水に着けたまま浮いてる。あぁもうめんどくせぇ、結んだら合図するからこれ引っ張れよ」

「ん」

 ミシャが使っていたロープの端をフィオに持たせて海へ飛び込んだ。まったく、気絶させるならわざわざ海に落とさなくたっていいだろうに……助けられたんだから文句ばかり言っててもしょうがないが。

「このアホどもどうするんだろうな。能力封じが居れば拘束しておくことは容易だろうけど、能力使って暴れてた奴らをそのまま日本へ、って訳にはいかないと思うんだが……能力喪失の方法かぁ。フィオー、いいぞー! ――うお!?」

 凄い勢いで引き上げられて、上がる時に二人は更に頭をぶつけていた。

「天明は……まだやってんのか」

「天明戦ってない」

 確かに……空中で方向転換しながら跳び回っている平の攻撃を躱しながら説得をしている。もう一人の方は……平が跳び回る為の足場生成役ってところか?

「さっきから言ってるだろう、日本に帰れるんだ。今すぐこんな事はやめるんだ」

「うっせぇっ、俺たちは今の生活が気に入ってるん、だっ。くっ、やるな…………くそっ、なんで当たんねぇんだよ! 同じ身体強化のはずだろ!?」

 種類は同じでも格が違う。フィオと組手して、普通に『良い運動した~』とか言うやつぞ? チンピラが敵う訳がない。

「もうやめろ。差があるのは分かっただろ? 怪我をさせるつもりはないし、他の海賊の捕縛に協力してくれれば悪い扱いもしない」

 平のナイフでの攻撃を躱し、すれ違いざまに手首へ手刀を打ち込んでナイフを落とさせている。身体の感覚で攻撃された事は理解したみたいだが、何が起こったのかは理解していないようで、目を白黒させている。

「う、ううっさいって言ってんだろ! ふごっ!? ――おい、アストロノートちゃんとやれよ。俺の動きに合わせろ」

 空中で方向転換をしようとしたんだろうが、足首をぐねって甲板に落ちた。

「っ! やってるだろ! お前が足を滑らせたんだ! 大体、偉そうに言ってたくせにこいつとお前とじゃ格が違い過ぎるじゃん。お前格下じゃん、完全無欠なんて名前付けておいてダッセェー」

「っ!? なんだとこの野郎」

「本当の事だから怒るんだろー、帰るぞグラッジビジブル。負けた奴らなんか放置だ、俺らは重用されてるから失敗して帰っても許してもらえるはず――」

「待てゴラァ!」

 仲間割れを始め、気絶している二人と形勢の悪い平に見切りをつけて遠見と一緒に上空へ上り逃げようとしている、が――。

『ギャァァァァァ』

「逃がすわけないだろ」

 感電して落ちてきた二人をフィオがキャッチして甲板に転がしている。残った平は天明に睨まれて脂汗を掻いて後退っている。

「俺は、俺は強いんだ! お前らなんかよりずっと、だから船長も俺をリーダーにして一隻任せてくれて――失敗して捕まりました、なんて許されるかァァアアア」

『っ!?』

 煙玉!? なんつぅせっこい…………それにしても濃い、煙い。

「ギャアアアアアー」

 悲鳴……平か? フィオにでも捕まったか? それでもまだごそごそと動いている気配がある。

「フィオ! 捕まえたのか?」

「逃げられた」

「うお!? だから気配を消して後ろに立つなと…………じゃあさっきの叫び声はなんだったんだ?」

「肩を外した」

 軽く恐ろしい事言ってるんですが…………煙が流れていき、視界が晴れると彼方の海賊船へ向かってロープでぐるぐる巻きになった仲間を引いて空中を疾走している平が居た。リーダーの意地ってやつか、自分を見捨てようとした奴もしっかり連れて行っている。アホだけど完全に悪人ってわけでもないのかもしれない。

「あんなのに逃げられるかぁー…………」

 なんとなく情けなくてその場に座り込んだ。この距離だともう通常の電撃は届かない、届くとすればレールガンくらいか……人に向けるものじゃないし、どうにもならんな。

「飛ぶ?」

「嫌だよ。クラーケンの時みたいにって事だろ? 今回は着地先がないだろうが」

「あいつらの足場」

 それ見えないんですけど、どのくらいの広さなのかも分からないし、下手したら何にも引っかかる事なく海へポシャンじゃん。

「却下。天明がすぐに仕留めておけば逃げられなかったんだぞ」

「同じ日本人だし帰れることを知れば気も変わって協力してくれると思ったんだけどね。ああいう事をしたい年頃って事なのか…………」

「どうすんだ? 追うのか?」

「追えないよ。この船は一般の人が大勢乗ってるんだから、ドラウトへ着いたら彼らの能力の詳細を伝えて後は任せるしかないかな。まぁ、雇い主の方をどうにかすれば海賊も大人しくなりそうだし」

「雇い主?」

「彼らが着けてた指輪を見なかったか?」

「男の装飾なんて興味ない」

「…………エルフが作るものほど立派ではないけどドラウトにも紋様師がいて騎士団なんかの装備品を扱っているんだけど、あの五人が着けてたのは身体能力を向上させるものだと思う。それが海賊の手に渡っているって事は発注できる立場の者が彼らに流したって事になる」

「他の船を襲った時の盗品じゃないのか?」

「その可能性もないとは言い切れないけど、紋様が刻まれた製品は管理が厳重なんだ。奪われでもしたらそれこそ報告が上がってないとおかしいくらいに」

「はぁ~ん、金持ちが海賊雇って人攫いしてるってか……そういえば標的がどうとか言ってたな。自分の国に被害を及ぼすとか何考えてんだか」

「確かにね。色んな事がもっと円満に行けばいいのにって思うよ」

 姫さんのお家騒動を想ってか、天明は愁いを帯びた表情で空を見上げていた。

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