消失

「ふんふ、ふんふ~ん。さ、行くぞワタル」

「ぁぃ…………」

 ティアに時間を抜かれた俺は小学一年生くらいのサイズになりナハトに抱えられている。俺はぬいぐるみかっ!? 船での約束通り港町に着いて休憩中にデートという事になった……なってしまったのである。そしてナハトの要望で縮められている。

「くっくっく、まぁ約束は守らないとな。少しの間楽しんでくるといいよ」

「ああ、楽しんでくる。ではな」

 ナハトに抱かれたまま宿屋を出発した。このまま町を歩くのか!? なんという晒し者状態、元の俺を知ってる人間なんていないだろうけど……落ち着かない。

「自分で歩けるんだが」

「ダメだ」

 ぴしゃりと言いきられてしまった。抱く腕にも力がこもってるし、大人しくしていよう。機嫌を損ねたいわけでもないしな。


「ワタル、ここの寿司屋は当たりだな。納豆巻きも赤だしも美味いぞ」

「ああ、そうだな…………」

 昼飯時という事もあり、港町を回っている時に見つけた寿司屋に入った。入ったんだが……式典の時にも思ったが、寿司を、それも納豆巻きを頬張るエルフというのはなんとも変な感じだ。

「これを飲むとほっとするな」

「初めて見た時は泥水とか言ってたくせに」

「……その事は忘れてくれ。味噌汁なんて知らなかったんだ。だが慣れ親しんだ今となっては毎日でも食べたいほどだ」

 そう言いながら納豆巻きを食べ赤だしを飲んでいる姿を板前が唖然とした表情で見つめている。さっきから納豆巻きばっかりだしなぁ……ここは港町、新鮮な魚介だって豊富だ。それなのに注文が納豆ばかりだとあんな顔にもなるか?

「おじさん、なんか白身の魚を」

「あ、ああ……これなんてどうだい? あっさりしてて食べやすいよ」

「じゃあそれで」

「…………なあ坊や、坊やと一緒にいるお姉さん、ちょっと……容姿が普通とは変わってないか?」

「なんだ、私の事か? エルフなのだから人間とは違っていてどうぜんだろう?」

「え、エルフ!? エルフってあのエルフ? 噂ではクロイツの復興協力をしてたってのを聞いてたが、本当にエルフが人間を助けてくれていたのか」

 板前のおっさんは驚き過ぎたのか手が完全に止まっている。エルフはまだクロイツにしか行き来していないから、エルフの情報は他国の一般人からしたら半信半疑なものだったか。

「この国には何をしに来たんです? よかったら何か協力させてください。何か必要な物などあったりしませんか?」

 話を聞いていた恰幅のいい男が寄って来てそんな事を言っている。言ってる事からして商人かなんかだろうか? 珍しいものを見つけて金にならないかと近付いてきた感じだろうか。

「いや、私は同行しているだけだから必要な物なんかは特にない。武器だって新調したばかりなんだ」

 ナハトは僅かに刀を抜いて嬉しそうに男に見せている。

「ほっほー、これは良い刀ですね」

「なに!? お前分かるのか?」

 本当に分かっているのか、ただのご機嫌取りなのか微妙な所だな。相手を上機嫌にして話に乗せようって腹かもしれない。

「えぇ、えぇ分かりますとも。だだ、うちの店にもこの刀に勝るとも劣らない逸品や珍しい物が置いてありますよ」

「なに? 私の航より勝る、だと?」

 名前どうにかならんかなぁ、分かりづらいぞ。

「……ええ、名匠が打った物で通常のお客様には紹介していない物なんですよ。店は隣町なんですがどうでしょう?」

「あぁいや、勝手に行くわけには…………」

 興味があるのか許可を求めて俺の方をチラチラ見てくるが。

「駄目だぞ。天明が報告なんかをしてる空き時間に町を回るのを許してもらってんのに隣町なんて行ってられるか」

「いえいえ、自衛隊という方が作った陣のおかげで隣町へ行くのはすぐです……天明? あの、お嬢さん達の同行者の天明というのはイザ・ディータ騎士団団長の、あの?」

「そうだな」

『っ!?』

 店の中が静まり返ってしまった。どれだけ有名なんだあいつは…………。

「ではもしやお嬢さんを招いたのはソフィア様なのでは?」

「招かれたという事でもないが、同行はしているな」

「ではお嬢さんもさぞ立場のある方なのではっ!?」

「私? 私はダークエルフの族長の娘だが、私自身は大して偉くはないぞ」

『…………』

 また静まり返ってしまった。一応見方を変えればナハトも姫だったりするしな、それが納豆巻きを頬張っているのを見たりしてれば固まりもするか。

「…………ぜひうちの店に来ていただけないでしょうか? 移動は簡単ですしうちの商品が御目にかなえば団長様に紹介もしていただきたいですし。本当に良い武器を置いているんですよ?」

「むぅー」

「そんな声出しても駄目だ。どうしても行きたいなら別行動だ。まぁ陣があるし、はぐれてもクロイツには帰れるだろう――」

「よし分かった! すぐに行ってすぐに戻ってくるから! 置いて行ったりしたら嫌だぞ」

 おっさん引っ張って出て行ってしまった。


「やれやれだ」

 体が小さいと美味い物が大して食べられないのは問題だな。すぐに腹が膨れてしまう。ん? うわぁ……あの女凄い服、胸元ははだけてるしホットパンツだから脚も丸出し……いや、うちにもこういうの居たな…………それにしても目立つ帽子だな。なんか女海賊って感じだ……最近海賊なんて聞いたからこんな事思うんだろうか。あれ? こっちに向かって手を振ってないか? 俺の後ろには、誰も居ない。俺? 自分の顔を指差してみると満面の笑み。厳つい感じかと思ったが割と良い人なのかも? なんとなくこっちも振り返してみる――目つきが変わって近付いて来た。遠目では黒髪に見えていたが、藍色の髪に紅目の女だった。

「なぁ、お前ここで見かけた事ないと思うんだがこの町の出身じゃないよな?」

「? ああ、さっき船で――」

「船? ……そうか、ならさっき聞いた話は本当だったか。航海中は問題無かったか? クロイツとの航路に海賊が出るって話があるんだが」

「甲板が少し壊れたけど撃退したからそれ以外は何も」

「撃退、か……やはりクシマタカアキが乗っていたのか……情けない奴らだな。怖い騎士団長が居て、それでもいけると踏んで襲い掛かって返り討ちとは、お前もそう思わないか?」

「多少は……勝てる勝負しかしないってのもどうかと思うけど……あの、何か用ですか?」

「お前が女にすっぽかされて暇だという様な顔をしていたから少し構ってやろうと思ってね」

 …………そんな顔してたんだろうか? してないと思うんだけどなぁ。というか今ガキの姿だぞ? ガキはそんな顔しないだろ。

「まぁそんな訳だ。少し良い所へ行こう」

「え、ちょ――」

 そんな事を言って手を引かれ路地裏に連れ込まれた。

「ふむ、やはり可愛い顔をしている。今までで一番だな、お前なら私もシズネも満足できるかもしれない…………お前は商品にはせず一生あたしの物として飼うとしよう。嬉しいだろ? 一生お姉ちゃんの物だぞ?」

 いきなり何言ってんだ? この女もしかしてヤバい奴だった!? お姫様抱っこで抱えられ建物の屋根を飛び移りながら移動を始めやがった。

「放せっ」

「残念、もう決めた。それにこの状態であたしが放すとお前は真っ逆さまだぞ?」

 剣を持ってきてないのは失敗だった。短剣くらいは持つべきだった……こいつが着地したタイミングで感電させてその隙に逃げるしがない――今だっ。

「おっと」

「ぐぅ…………」

「今何かする気だったな? 黒目だからもしかしてと思ってたけど覚醒者か――なるほど、今迸ったのが能力か。黒い雷なんて初めて見たよ」

 勘のいい奴だ、着地するタイミングで落としやがった。くそっ、なんでガキの体の時にこんな面倒事が…………ガキの体だからか? 商品がどうとか言ってたから人身売買でもしてるのか?

「さてまぁ、大人しくできない悪い子にはお仕置きだ」

 太極拳のように、ゆらりと動いたかと思ったら突然消えた――。

「っ!? が、あ、ああ、あ、ぁあああああああああああっ!?」

 女の白い手が俺の胸を貫いていた。なんだこれ? 手だぞ? なんでこんな簡単に刺さった? 身体の中を女の手がまさぐっている。気持ち悪い……なんで傷口から血が出ていない? どうなっているんだ……酷い不快感。

「身体の内側を掻き回されるってのはどんな感じなんだ? 気持ち良かったりするかのか?」

「いいわけねぇだろ……虫唾が走る」

「なんだ、口も悪いのか……躾のし甲斐があるな、これは楽しみだ。お姉ちゃんと呼ばせるまでどれくらい掛かるかな…………」

 なんなんだこいつは、ガキの姿のやつをいたぶるのを嬉々としてやっている。そういう趣味でもあるのか……電撃で追い払いたいが、駄目だな。手を突っ込まれてる不快感のせいで集中が全くできない。加減とか考えてる場合じゃないのは分かっているが、加減とか以前に使う為の僅かなものさえ…………。

「さぁ~て、仕上げに!」

 そう言って女が何かを掴んだようなしぐさをした後、手を一気に引き抜いた。その瞬間俺は意識を失った。

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