五芒星

「ワタル、これを」

「何これ?」

 出港した船の甲板で風に吹かれているとリオが傍に来て腕輪の様な物を差し出してきた。

「王都を出る少し前にキサラギタツヤという人にクロイツを出たらワタルに渡してほしいと言われたんです。御守りだそうですよ」

「如月竜也ぁ? ――御守りぃ!?」

 この名前で思い当たるのは一人しかいない。あの糞親父が御守り? それ以前に俺の事気付いてたのか? …………腐っても親ということなのか、切りたくても繋がりは断てないのか。

「あの人と知り合いなんですか? 同じ名前ですよね?」

「さぁね。それ捨てといて」

「駄目です。どうしてもワタルに渡してほしいと頼まれたんですから、ちゃんと受け取ってください」

「…………」

 逃げようとしたら腕を掴まれて止められた。リオの瞳は真剣だ。多分折れてはくれないだろう。こんな物受け取りたくないんだけどなぁ……ムカつく、今更なあいつの行動も、そして心のどこかで気に掛けてもらえていたと喜んでいる自分がいることも。気に食わない、腹が立つ。許さないと決めていたのにどうしてこんなにも揺らぐ?

「ワタル?」

「…………分かった、分かりました。これでいいんだろ?」

 リオの手から腕輪を受け取って左腕に着けた。

「はいっ」

「はぁ~」

 何やってんだろ、こんな物身に着けて……あいつも今更父親ぶる気か? あいつのせいで俺も母さんも人生引っ掻き回されたのに――。

「嬉しそうですね」

「っ!?」

 俺は今、嬉しそうなのか? 見てわかる程に態度に出ている? ……不愉快だ。


「うっうっうぅぅぅ、おぇぇぇ。きぼちわるい゛ぃぃぃ」

「やっぱり強いなぁフィオちゃん。完全に俺の動きに付いてこれる相手なんて他にいないから良い練習相手だよ」

「ん、それは私も同じ」

 あっちではフィオと天明が組手中、そしてこっちでは船酔いしたティナがダウンしている。見た感じ紅月よりも酷い。

「姉様大丈夫ですか?」

 ちゃっかり俺たちの後を付いてきていたティアが背中を擦っているが効果はないようだ。

「無理ぃ~、もう無理、死ぬぅ~。ワタル助けてぇぇぇ――うっぷ、うぅぅぅ」

「姫とは思えない苦しみようだ」

「そんなこと言っちゃ駄目ですよ。ティナさん本当に苦しんでるんですから」

 リオに嗜められてしまった。まぁ、普段の緩さがないから俺も心配はしてるんだけどな。

「わた――うっぷぅぅぅ」

「わー!? バカ、吐くなら海に吐け。こっち向くなーっ!」

 エルフの姫大惨事、これ本当に大丈夫か? 本当に紅月の時より酷いぞ。

「おい天明ー、ティナダウンしてるからこれじゃあ能力なんか使えないぞ。使ったら海の藻屑と消えてしまいそうだ。ほら、近くじゃなくて遠くを見ろ」

「う、うん~」

 屈んでいるのを立たせて遠くを見るように言ってマッサージをする。

「姉様少し嬉しそう」

「そ、そんな事ないわよ。今だってとっても辛いんだから、ワタルに触れてもらえてるからって喜んでる余裕なんて無いわ」

「改善は無理そうか?」

「多分無理じゃないか? ずっと気分悪そうだし、酔い止めもあんまり効いてない感じだし、無理させるの可哀想だ」

「~っ、ワタル~」

「うわっ、抱き付くな、余計に気分が悪くなるぞ」

「ワタル成分で回復するから平気――うっぷ…………」

 案の定悪化してますが……好意は嬉しいんだけどな。

「大人しく遠くを見てろ」

「ぁぃ…………」

「駄目か……海賊の船にさえ渡れたら後はどうとでも出来るんだけど」

「それ以前に、目が良い奴が居るんだろ? お前が甲板に居たら駄目じゃないか」

「出没海域までは少しあるからその辺は問題ないよ。それまでにティナさんが回復すれば退治、無理そうなら……どうしたものかな」

「まったく……情けないな。ワタルに構ってもらう事ばかり考えて訓練を怠っているからそんな状態になるんだ」

 船室から出てきたナハトがティナへ呆れた視線を向けている。

「そんなの関係――うっうぅぅぅ~、きぼぢわるい゛ぃぃぃ」

「さっ、ワタル、邪魔者が居ない今こそ私を構え」

 両手を広げてさあって感じで構えてらっしゃる。ティナの心配はしないのか。

「はいはい、良い子にしてましょうね~」

 頭をぽんぽんと撫でてティナのマッサージに戻った。

「これだけか? なんでティナばっかり…………」

「いや、そういうのじゃないだろ。見ろこの有り様、姫に見えない佇まい、真っ青になった顔、これを放置するのは流石に無理だ」

「う、む……むぅ~、な、なら、陸に着いたら一番に私を構うと約束しろ。それなら我慢する」

「あ~……分かった、分かったから今は幼馴染を心配してやれ」

「ああ、任せてくれ。私が代わりをしよう」

 そう言うナハトとティナのマッサージを代わった。

「わ、ワタルぅ~――痛っ、いたたたたっ、ナハト力入れすぎぃ。もう少し緩――きゃぁあああああーっ」

 なむなむ、手を伸ばして付いて来ようとしていたが首根っこをナハトに掴まれている上に弱ってるからロクに動けず諦めたようだ。


「んん~、なんか……うっさい…………」

「ワタル起きてください」

「まだ眠い」

 それにこの枕凄く心地良くて良い匂いもするから離れ難い――というかこのままがいい。このまま寝続けたい――。

「いだだだだだだだっ」

「起きるのじゃ旦那様、海賊船が見えたと騒ぎになっておる。寝ている場合ではないのじゃ」

 耳を、身体が浮くんじゃないかという程思いっきり引っ張り上げられて心地良さが吹き飛んだ。

「ふぁ~、海賊くらい天明一人でも平気だろ、それにフィオ――はここで寝てんのかよ。フィオー、起きろってよ。うりうり」

 どうやらリオの膝をフィオと二人で使っていたらしい、心地よかった…………そしてこいつは相変わらずやわすべなほっぺだなぁ。

「フィオを突いて和んでいる場合でもないのじゃっ」

「いやでも、ミシャもやってみ? 抜け出せなくなるぞ」

「……ではちょっとだけ――っ!? 何じゃこれは、このように心地の良いものが妾の尻尾以外にも在ろうとはっ」

「ミシャの尻尾もいいけど、これはこれ、って感じだろ?」

「ぬぅ~、悔しいがこれは妾の頬の負けなのじゃ。それにしても、なんと突き甲斐のある頬なのじゃ……やわすべじゃなっ」 

「二人ともそんな事してる場合じゃありませーん!」

 ミシャと二人でフィオを突きまわしていたらリオに怒られた。結構大きい声だったが、まだフィオは起きない。

「お、怒られたのじゃ…………旦那様が悪いのじゃ、妾に悪い遊びを教えるから。もう行くのじゃっ」

「うわっ!? 耳を引っ張るなっ」


「はぁ~、浮いてるな…………」

「浮いてるのじゃ…………」

「浮いてるね…………」

 甲板に出て来てみれば空中に中高生くらいの男五人が浮いている光景が目に入ってきた。髪は一人以外茶髪やら黒の混じった金髪ばかりだが目は黒いようだ。この辺りなら普通に保護してくれる国があるだろうに、なんでこんな事やってるんだ?

「我らはアノニマス海賊団のペンタグラム――」

「うわぁー、マジで遠見とおみが言った通りエルフだ。しかもロリとダークまでいるし」

 五人組のリーダーっぽいのが喋ってるのを前髪で片目を隠した金髪の奴が興奮した様子で遮って隣に居る奴の肩をバシバシ叩いている。

「だから言っただろ! うおーっ、異世界っぽい! 魔物は見れたけど、せっかく異世界に来たからにはやっぱこういうのが見れないとなっ!」

 肩まである茶髪で叩かれてる奴が遠見? って名前なのか? どっちにしても異界者確定か。

「しかもすっげぇ美人『標的以外はご自由に』だったよな?」

 茶髪のツンツン頭が口走った言葉……標的? 襲う対象が決まっているのか?

「そうそう――って、やったぜ! エルフ三人とも標的じゃない。お前らどれにする? 俺は……ロリかなぁ」

 短髪黒髪はロリ派…………ティアの手を引いて自分の後ろに隠した。

「お兄様?」

「あっ、てめっ、隠してんじゃねぇぞ」

「俺はロリよりダークエルフのお姉さんかな。すっげぇ美人」

「えぇー、普通のやつの方が良いだろ…………表情最悪だけど」

 茶髪ツンツンはナハト、片目はティナを、それぞれ見ている。なんかムカつくな……独占欲だろうか。イライラしてきた。

「天明、あれか?」

「あれだね」

「お前が怖くて近付いて来ないんじゃなかったのか? 宙に浮いてるが攻撃できる距離だと思うんだが…………」

「そうだね……俺にもそう見える。さっきから見てた感じだとなんかティナさん達に魅かれて近づいて来たみたいだ」

 やっぱりムカつく、さっさと電撃で撃ち落としてしまおう。遠くに船が見える気がするが、こいつらを掴まえてしまえばアジトだって分かるだろうから問題なんかない。こいつらの視線にティナ達を晒している方が問題――。

「我らはアノニマス海賊団、そして俺はペンタグラムのアブソリュート!」

 あぁ……それやり直すんだ…………にしても、全員こんな感じで名前を付けてるのか? なんというか、子供のお遊び? リーダーっぽいプリン頭がアブソリュートね。

「俺はハーヴェスト、よろしく、なっ!」

「帆が!? おいどうするんだっ、騎士団長を名乗っているくせにあんな奴らに好き勝手されてるじゃないか!?」

 何かが吹き抜けたと思ったら帆が裂けた。なるほど、そういう能力か……片目の奴は見えない刃を使うらしい。あの時から成長はしてるはずだし今の俺ならある程度は対処出来るか?

「なんだよおっさん~、ただの自己紹介くらいでビビるなよ」

「おい、早く何とかし――」

「そして俺はグラッジビジブル」

 …………特に何かするわけではないのか、いや、さっきまでの会話から考えるとこの茶髪ロン毛がティナ達に気付いた風だった。もしかして視力に関する能力か?

「俺はアストロノート、その船に居るような奴らじゃ俺たちを捕まえる事なんか出来ないぜ」

 そう言ってツンツン頭が縦横無尽に空中を跳ね回っている。空中に足場があってそれを蹴っているような、そんな感じの動きだ。

「最後が俺、アルコバレーノ……お前ら二人が今回の護衛役だろ? ちょっと大人しくしててもらうぞ、水牢っ」

『っ!?』

 海面から二つほど水柱が上がったと思ったら、俺と天明を包んで海水の玉となった。中は無茶苦茶な流れがあって身体を揺さぶられて身動きが取れない。あぁ、海水だから目が痛いなぁ。

「アハッ、はっはっは~、ほら見ろ、何が騎士団長だよ。今まで避けまくってたけどやっぱ無意味だったんじゃないか! 同じ能力ならひらの方が強いぜ」

「苗字を呼ぶな、アブソリュートだっ!」

 やれやれ、操作されてる限りは抜け出せそうにないな。外に向かって泳いでみたところで海水も俺に合わせて一緒に移動するから終わらない。それに天明が出れないんだから俺が泳いで抜け出すのは不可能だろう。めんどくさい能力だなぁ。

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