欲しかったもの
「あのぉ~? 近くない?」
話がある、と呼ばれてクロの部屋に来てみれば、ソファーに座らせられて左右をクロとシロに挟まれて、こてっと頭を預けられている。
「ダメ、ですか? ワタル様は明日には発たれてしまうのだから今だけはお許しください」
「そうですよ。酔っ払っていたとはいえあんな事をして婚約までしてしまったんだから大人しく諦めてください」
「……諦めるという言い方は少し悲しいですね。やはり私たちでは不足ですか?」
「ああっ!? そんな事ないですクロエ様、クロエ様で不足なら私はどうなってしまうんですかっ」
俺を睨まれましても、俺が言ったんじゃないもの。というか酔った上での話だと分かってるのにシロは納得してるのか? 俺は一体どんな風に言い包めたんだ?
「不足とかはないけど、二人とも納得してるのか? 酔ってた上に他にも同じ事を言ってたやつだぞ?」
「納得していなければこのような事するわけないじゃないですかっ、クロエ様と私を馬鹿にしてるんですか?」
顔を赤くして拗ねた様にシロが怒ってるが、股がけの方を馬鹿にしてる、と怒るべきでは? そこはいいのか? 許されてるのか?
「皆様と話し合ってワタル様は全員で共有するという事になっていますので構いませんよ。覚えておられませんか? それにワタル様は
なにそれ、覚えておられませんよ…………俺最低だな!? 不誠実きわまりないぞ。一体どうしてこうなった。結局何を話すでもなくこの日は丸一日クロとシロに甘えられた。シロは意外に甘え上手で、撫でて欲しいと言ってみたりシロにしては大胆にも腕にしがみ付いてみたりといつも以上に可愛かった。今まで甘える相手が居なかったクロは戸惑いながらもシロの真似をしてシロとは反対側に寄り添って優しい笑顔を向けてくれていた。
「フィオ……本当にそれ持って歩くのか?」
ディアボロス戦で使った大剣アル・マヒク、当然の如くこれも紋様で強化されている。効果は重量を増やし硬度を上げるというもの、斬ると言うよりは叩き潰す事が目的みたいだ。ただでさえ馬鹿デカい剣で重さも相当だというのに加重してるから普通の人間には扱えない物になっている。他にもナイフが新調され、ガントレットやグリーブまで…………鬼に金棒を与え過ぎである。北の大陸にも厄介な物が多かったとは聞いたけど、ガントレットは電気が利かないから俺の電撃も殴って弾けるようになってるし、グリーブは硬度が異様に高くフィオなら簡単に岩も蹴り砕ける。オリハルコン製の金色のナイフ、アゾットは持ち主の自己治癒力を高め、俺の黒剣と同じく黒い方のタナトスは斬った相手を弱体化させる効果があるそうだ。死にかけた一件で力が増したような事を言ってたし、この最強ロリはどこまで強くなるのやら…………。
「あると便利」
不便さの方が大きいかと思いますが、使う気が無い時はずるずると引き摺って轍の様なものをあとに残して行ってるし――。
「そんなの使わないといけない程の魔物なんて多分ドラウトには居ないと思うぞ。なぁ?」
「ああ、ディアボロスみたいなのが居たらもっと早くに救援を頼んだりしてるよ。危険な物が居るって問題じゃなくて町の近くで見かける事が多くなってるから住民が不安がっている事が問題だから」
「…………持っていく」
何を意地になってるんだか、まぁ好きにすればいいけど。
「持っていくのは分かったけど引き摺るのは止めろ、地面には溝が出来て迷惑だし石畳の上だと金属が擦れる音が煩過ぎる」
「ん」
返事をしたと思ったら持ち上げて肩に乗せた。引き摺ってるだけでも異様な光景だったのに肩に乗せたら更に異様さが増した。
「まぁ、いいか。どうせ陣を使ってすぐだしな」
「いや、国には海路で帰る」
「? なんでわざわざ、陣がない場所に行くのか?」
「ティナさんも来てくれるんだろう? 少し能力を使って手伝ってもらいたい事があるんだよ」
「んふふ~、しょうがないわね~。ワタルの友達だから特別に聞いてあげるわ」
「抱き付くな、胸を押し付けるなっ」
「興奮しちゃう? 可愛いわね~」
「慣れたからそれはない。恥ずかしいんだよ、べたべたされると」
「そう……ワタルにとって私は恥ずかしい女だったのね…………」
「えっ、いや、そうじゃなくて――」
「動揺したワタルも可愛いーっ」
「いい加減にしろティナ。そんな事ばかりしてるとワタルに嫌われるぞ、それはそれで私は構わないが」
抱き付いてくるティナをナハトが引き剥がしてくれた。
「んっふっふ、それは無いわね」
何を根拠に…………確かにこんな事くらいじゃ嫌いになんかならないが――ん?
「ナハト日本刀なんか使うのか?」
ナハトの腰には大太刀と言っていいほどの長さの日本刀がある。
「ああ、まんがに出ていてずっと気になっていてな。クロイツに居る刀匠に依頼していたのがようやく出来たのだ。見てくれこの黒刀、名はへし切航だ」
「あぁそう――っておい!? なに勝手に俺の名前使ってるんだ!?」
しかもへし切長谷部をもじってるし、もじるなら航じゃなく刀匠の名を入れないと駄目だろう。ひらがなを覚えてからというもの漫画にハマってたからって自分でも日本刀を持つのか。
「ワタルが悪いのだ、何人も女を作るから……私は私だけのワタルが欲しかったのだ。股がけの事に口出ししていないのだからこのくらい大目に見てくれ」
ナハトが日本刀を抱いて唇を尖らせ拗ねている。
「うぐぅ…………」
今までは特に何もなかったはずなのに酔っ払った一件で一気に立場が…………。
「ワタル様、本当に行ってしまわれるのですね」
そんな寂しそうな顔をされましても……シロなんてこっち見もしないんだけど。
「友達なら恋とか紅月が居るだろ? それにせっかく自由なんだし何か始めてみたりとか……あ~…………そうだ、落ち着いたら色んな所を旅しよう。クロもシロも見たことない場所を回って、それで――」
「ふふふ」
穏やかな微笑みを向けられてしまった。親が子供に向けるような視線な感じが少しする。
「変な事言ったか?」
「いえ、また同じ約束をしてくださったので」
「同じ?」
「やっぱり覚えておられるわけじゃないのですね。式典があった日に同じことを言ってくださったのですよ?」
「……ごめん、全然覚えてない」
「いいのです、ワタル様が心から言ってくださっているのだと分かりましたから。ほら、シロナもお別れをしないと」
「ず、ずびばせん。泣かないつもりだったのでずが……ワダルさば、今のクロエ様との約束を破ったら許じばぜんよ」
「シロ、泣き過ぎ」
「仕方ないじゃないですか、ワタル様だけじゃなく皆さんともしばらく会えなくなってしまうのですから、リオさんとは特に仲良くしていただきましたし」
俺にはぷいっと顔を背けてリオの方へ行って別れを惜しんでいる。リオ、クロ、シロはよく一緒にいたしなぁ。
「フィオさん、ワタル様の事よろしくお願いしますね」
クロよ、せめて年上のティナかナハトに頼んでくれよ。年下の娘にお守りを頼まれてしまう俺の立場は…………フィオは強いけどさ。
「ん、絶対守る」
「んじゃあ行ってくる」
「はい、お気をつけて。お帰りをお待ちしてます」
「それで、陣を使わずわざわざ船で帰る理由は?」
陣を使ってクロイツ南端の町に来たが、船の出港まで時間があるとの事で宿屋で休んでいる。
「貴方、本当に来ますのね。面倒な情勢の時期に来るなんて物好きですのね――」
「とか言ってるけど実は喜んでるから気にしないように」
「っ!? タカアキっ、別に
「その割には国に居た時より随分と表情が柔らかいよ。クロイツに来て友達に会えてよかったね」
「そ、それは、その……確かにアリシア達に会えたのはよかったですけど、この重婚男が付いてくるのは嬉しくなんかありません」
してない、重婚してないよ……あれ? 婚約でも重婚なのか? というかどうすればいいんだ……破棄? 俺から言った事なのに? うおぉぉぉ…………。
「まぁまぁ、民の為に魔物討伐とかに協力してくれるんだから」
「…………」
天明の姫さんには嫌われてるようだ。当然だな、普通に不誠実な状況だし。
「……海路で帰るのはドラウトからクロイツまでの航路で出る海賊退治をしておきたいからなんだ。結城さんの陣のおかげで移動は便利になっているけど金持ちの道楽で船旅をしようって人も結構いるし漁をする為に遠出する人も居る。そういった船が襲撃を受けて人攫いとかも起こってる」
「? そんなの簡単に潰せるんじゃないのか?」
「海賊の中にも覚醒者が居るんですの、その上
「一つ質問、迷惑かけてるのって異界者?」
「報告では異界者数人と残りは混血者とヴァーンシア人かな、異界者の方はまだ学生とか――ほら、凄い力を手に入れたら使ってみたくなったりするだろ? その延長線というか、不良っぽいのが偶々海賊たちと出会って組んだみたいだ」
状況が違えばそんな心境にもなるか。俺が電撃使えるようになった時はビビったけどなぁ。
「あ~、なるほど。それでティナの能力か。見える範囲に居れば逃げようとしても追えるもんな……ん? 見える範囲に居るなら船で追えないのか?」
「あっちには目が良いのが居るみたいで追えない距離で様子見をして襲うかどうかの判断をしてるみたいなんだ。だからちょろちょろと逃げ回られてる。それに海路を管理してるのがソフィアと継承権争いをしている一人だからうちの騎士団が関わるのを嫌って協力を断られっぱなしでね」
「一度参加した時にあちらが変な指示をして逃げられたくせにタカアキのせいにして非難ばかりするんですのよ!」
「はぁ、帰る途中で出くわしたから退治しました。って方針?」
「そうなるね」
海賊、か…………人間と戦うのはかなり抵抗があるな。剣は抜かず電撃だけで対処しないと、人間を斬るのはもうしたくないな。
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