それからとこれから
「あうあうあう…………」
姿と服はどうにか戻してもらえたが、やっちゃった事は戻らない。
「航、なんか騎士になって一日で何か変わった……老けた? な。疲れてるようにも見えるし」
遅めの朝食をとっていると天明がやって来た。老けたっていうか元に戻っただけだけど、若返ってる間に色々やらかしちゃったんですが…………。
「昨日の夜に色々あって――昨日疲れてるふうだったのは天明と姫さんの方だったのにな」
「……気付いてたのか」
「まぁ、確信はなかったけどなんとなく。忙しいのか? 姫さんはともかく、お前は疲れにくいんだろう? それなのに疲れてるってのは相当だろ」
「肉体的な疲労というより精神的なものがね。ソフィアも同じ――じゃないか、ソフィアは俺以上に参ってると思うよ」
「何があった?」
「…………ドラウトの現在の王、ソフィアの父親は長らく病に臥せっているんだ。その病状が最近悪化していて、後継者の事で揉めてるんだ。王家の血を引く二つの家が王位を主張していて、どちらなのかは断定できていないけど行き過ぎた行動はソフィアの暗殺にまで及んでる。
「救援隊に姫さんが付いて来てたのってそれが理由か? お前の傍が安全だから」
「ああ。俺が所属しているのはソフィアの為の私設の騎士団なんだけど、同盟国の王族が救援を出さないわけにはいかないと丸め込んで騎士団をソフィアから引き離そうとしたみたいだったんだけど……まぁ、ソフィアがドラウトの代表として自分も行くなんて言うとは思ってなかったろうけど、その方が却って安全かもしれないって事になってね」
「なるほど。でも戦地だと暗殺ってやりやすそうじゃないか? そういうのなかったのか?」
「急に派兵を言い出した者たちの兵は一切近付けないようにしてたからそういう問題はなかったよ。派兵はソフィアの騎士団に押し付ける形をとっていたのにソフィアが行くと分かって申し訳程度に急に派兵を申し出てくれば警戒して当然だから」
そりゃそうだ……なるほど、合流した時の救援隊の少なさはそういう理由もあったからなのかもしれない。余計な者が入り込まない為の少数精鋭か。
「……手伝える事ってあるか?」
「クロイツが落ち着いてきたんだから航は他の国を回るんじゃなかったのか?」
「回るついでにお前が居る国に行く、これなら問題ないだろ? そういえばお前の国の魔物被害とかどうなんだ?」
「クロイツに比べたら微々たるものだけどね。それでも被害は出ている、やっぱり魔物が封印されていた頃とは違うよ。騎士団や貴族の私兵も頑張ってはいるけど
「今離れてるだろ、それはいいのか?」
「今はアリシア姫とクロエさん達と一緒だから、芦屋さんも居るし危険は無いよ」
芦屋信用されてるなぁ、側付きだから戦ってなかっただけで能力は結構凄かったもんな……聖樹の花粉を撒く時なんかは殆ど休まずに風を起こし続けてたって話だし。
「そっか…………どうせ他の国にも行くつもりだったんだ、お前の所に行くよ」
そうと決まれば皆に話しておかないと――。
「ワタル~」
「うおっ!? フィオ? お前寝惚けて気配消すのやめろよ。滅茶苦茶ビビった」
目が半開きの眠そうなフィオが背中に抱き付くような形でもたれかかってきた。完全に気配が消えてて突然背中に衝撃が来たからマジでびっくりした。
「フィオちゃんおはよう――ん? なんか首筋が赤くなってるけど大丈夫?」
この寒い中虫刺されでもしたんだろうか? 綺麗な肌をしてるんだし痕になったりしないといいんだが。
「ん~? あぁ」
テーブルにあったスプーンを手鏡代わりにして首筋を確認すると何か納得したようだ。
「昨日ワタルがいっぱい
「印?」
「いっぱいキスした」
「うおぉぉぉ…………」
原因俺だったぁ……またも頭を抱える羽目になった。マジで何やってんの、隣で寝てたのってそういう事なの!? ……いやいや、衣服は乱れていなかった。そういう感じではないはずだ。
「航…………まぁ好みは人ぞれぞれだから……でもちゃんと責任は取れよ?」
最早どうすればいいのか分からない大惨事ですが?
「ほっぺに」
頬かいっ! いや、でもよかった。頬なら外国では挨拶みたいなもんだしセーフなはず――。
「その後舌がいっぱい入ってきた」
誰かーっ! 死刑台を用意してー! ロリコン処刑でお願いしますー! もうなにやってんだ酔っ払い…………俺ってこんなに酒癖悪かったのか? ティナの事言えないじゃん。
「私もワタルに印付けた」
「んぁ? ――んなっ!?」
スプーンを渡され首筋を見たら噛み跡の様なものがいくつかあった。なんかもう色々アウトかもしれない。隣の席に居たはずの天明が五つほど離れた席に移動している。
「おい」
「気にするな、俺は差別しないから」
この距離でそのセリフを言うのか…………。
「フィオ、酔っ払った俺って他に何かしたか?」
「一緒に寝てリオの胸に顔を埋めた」
「…………そ、それだけか?」
「ん」
更にイタい事実が飛び出して来たけど、どうやら一線は越えていないようだ。というかリオも一緒だったのかよ。
「友達として言わせてもらえるなら二股はどうかと思う」
二股どころじゃない場合どうすればいいんだ? もう絶対に酔う程飲まねぇ、というか飲みたくない。
ドラウトに行く件はあっさり納得してもらえた。あちこち動き回るのは陸将が難色を示すかとも思ったが、日本に帰る第二陣の準備が迷っている人が多くて整っていないのと、アドラとの日本人返還の交渉が上手くいっていない事からもう少し先になりそうだから時間はあるとの事だった。ドラウトの全ての都市ではないが、いくつかの都市には結城さんの作った陣があって行き来も容易だというのも了承してもらえた理由かもしれない。
俺に付いてくるのは、当然の如くフィオ、ティナ、ナハトときて、ミシャも他の土地を見てみたいと付いてくる事に、そしてリオ。このメンバーだから危険と言えるほど危険な事もないだろうが、一応危ないよ? と止めてみたが『もう離ればなれは嫌』なんて涙目で言われたらそれ以上何も言えなくなった。クロとシロはクロイツに残る。クロは少し付いて来たそうにしていたが、迷惑になるからと遠慮したようだ。気なんか遣わなくていいけど、せっかく自由と落ち着いて暮らせる場所を手に入れたんだからここでゆっくりと色んな事を経験するのも良いと思う。話をした時にシロが複雑そうな顔をしていたのが印象に残ったが、クロが決めたなら、と何も言わなかった。
「ワタル、父様から連絡があった」
「また孫の事か? 催促鬱陶しいって言ったのに今度はナハト経由かよ」
いい加減にしてくれよ。そんなに欲しいならティナの家みたいにもう一人作ってそっちに期待ってのでいいんじゃないでしょうか。まぁ王様がティアにそんな事を期待してるとは思わないけど。
「いや、そうじゃない……それもあったが、本題はそれじゃなくてだな。優夜の衣服の切れ端が見つかったそうだ。本人たちは相変わらず見つからないが、反応は無くとも声は届いているそうだから生きてはいるはずだ」
「そう、か…………」
俺たちが日本へ飛ばされた後、優夜と瑞原は姿を消したらしい。族長が事情を聞こうと何度か声を送ったそうだが無反応を通していて、俺たちが戻った後に帰れる事を伝えてもらったら一度だけ返事をしてきた。あの時は帰るためなら何をしてもいい、そういう意識に成っていたんだと。封印が崩壊した拍子にディーの支配下から外れ、冷静になると自分たちのした事に愕然としたらしい。族長が言うには憔悴しきっていて絶望しているような声だった、と。帰れるという話に対しても『僕たちはこのままじゃ帰れない』そう言ったっきり返事をしなくなったそうだ。エルフや獣人は人間より強いと言っても被害は出ている、恐らくだがそういった集落の惨状を見て、許されない、帰ってはいけない、と思っているのかもしれない。
「相変わらず反応はないんだな。理性が戻っているからこその反応なんだろうけど……どうにかならんかなぁ」
二人には世界の惨状は伝えていない。余計に接触出来なくなりそうだから……でもこの分だと感付いていそうだよな。
「『帰れない』か…………無茶しないといいんだが」
「ワタル、それとだな――」
「孫の件は却下」
「そうじゃない。優夜たちは恐らくもう北には、クオリア大陸には居ない」
「どういう事だ?」
「東の大陸へ氷の道が出来ていたらしいんだ。海を割り大陸と大陸を繋ぐ程の大きな道だったそうだ。そんなことをするのはあの二人くらいだろう? 私たちの側には身に覚えのない物だし、東の大陸には異界者は居ないと聞いている。ならあちらから来る者など居まい」
「それは……確かに」
「東の大陸は異界者にとっていい場所ではないと聞いているが、クオリアに居るよりはマシかもしれないな。内密に捜してはいたが封印崩壊のせいで殆どの者からは罪人扱いになっているから、知らぬ者が見つければ酷い扱いを受ける可能性もあった。あの二人だけでなく異常を報告されていたのにそれを見抜けなかった私たちの側にも問題はあったんだが…………」
……あの二人なら覚醒者ではない相手なんて問題にならないだろうから身の危険はないだろうけど、どうする気なんだろうな。出るのは容易だったが入るとなるとあの国は面倒だし、俺は顔バレしてるし…………クロイツから異界者は引き受けるから処刑はせず追放ではどうか、という提案も突っ撥ねてるって話だし……リオの話で優夜はディアの事を少しは知ってるはずだよな? わざわざそんな場所に行ったって事は、日本人救出が目的、だったりして? ……返事をしてくれればこっちだって合わせて動けるのに…………。
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