何事も加減が大事

「う~ん、場の空気が悪くなってしまったね……そうだ黒雷君、余興として僕と模擬戦でもしてみないかい?」

「模擬戦…………」

「そう、模擬戦。この冷めてしまった空気を僕たちの闘いで熱く燃え上がらせるのさっ」

 両手を広げ大袈裟なジェスチャーをして、最後には暑苦しい騎士がサムズアップして歯をキラリと光らせている。燃え上がらせる必要はないと思うんだけど。

「場所の問題もあるし――」

「なに問題ない。これだけ広いダンスホールなら大丈夫さっ、流石はクロイツ城のダンスホールだね。皆様はどうでしょう? 余興として一戦」

 暑苦しい騎士の言葉にちらほらと『面白いかもしれない』『やってみろ』などの言葉が聞こえ始める。

「クロイツ王はどうでしょう?」

「うむ……彼が構わぬのなら許可しよう」

 あれあれぇ? 王様も乗り気ですか…………。

「ダニー、模擬戦とはいえやるからには負ける事は許さないよ」

 紫苑色の髪の男がそう言ってダニエルの肩に手を置いた。

「勿論です! 僕はいつでも全力ですよ。でなければ相手にも今まで努力してきた自分にも失礼だ」

「はっはっは、そうだったね。期待しているよ」

「お任せください。それで、黒雷君、どうかな?」

 なにこれ、やらないといけない空気になってないか? 物凄くめんどくさいんですが…………。

「やるのじゃ旦那様、あやつに妾の打った剣の凄さを見せつけてやるのじゃ。旦那様の能力と合わせれば激しい雷の如き一撃になるのじゃ」

 論議の決着はつかなかったようでミシャが既に燃えている。ならお前がやればいいんじゃないだろうか、スピードだけならフィオに次ぐほどなんだから。

「ワタルがんばって~。勝ったらミシャがキスしてくれるわよ~」

「んにゃ!? な、なぜそんな話になるのじゃっ、そそ、そういうのはもっと自然な流れで…………と、とととととにかくこんな場所でするものじゃないのじゃっ」

 何を想像したのか、頬を真っ赤に染めて身悶えしながら耳と尻尾が忙しく動いている。余りにも知識がないからと、ティナとナハトが性教育と称して色々吹き込もうとしたりしてた事もあるからから要らん知識が付いてしまっているのかもしれない。

「あら、ミシャはしてあげないのね。なら私だけね」

「なんでティナがすることになっている!? 私がするからティナは引っ込んでいろ」

 ナハトがティナの肩を掴んでガクガクと揺らしているが、そうじゃないだろ。名代なんだからちゃんとしろって言ってたやつどこ行った。

「うんうん、なかなかの人気じゃないか。人間嫌いも多いという話のエルフと獣人にそこまで好かれているとは、君の人望が窺えるね」

 これは人望とは違う気がするんだが…………。

「はぁ~……分かった」


「互いに真剣、戦闘不能になるか負けを認めて降参すれば決着だ」

「真剣? 鞘に収めたままじゃ駄目なのか? 寸止めとかは自信ないんだけど」

 天明やフィオ相手ならともかく、それ以外の人間と真剣で戦うというのは不安がある。斬る為にしか振った事がないのに振っても斬らない自信がない。

「何を言ってるんだ、勝負はいつだって真剣で全力だっ。鞘に納めたままなんて手抜きは相手に失礼だろう?」

 うん、その相手を怪我させない為の提案だったんですけどね。仕方ない、紋様による強化だけでもドーピングみたいなもんだから能力は使わないつもりだったが、剣は防御にだけ使って掌底で感電してもらおう。

「…………分かった」

 舞台はダンスホール、観衆は正装という変な状況での模擬戦が幕を開けた。

「それじゃあ、お手並み拝見と行こうじゃないか」

「っ!?」

 速い……紅眼だったし混血なのかも? まぁ、速いことは速いんだけど…………もっと速いのを見慣れ過ぎてて大した事なく感じてしまうなぁ。普通の人たちの『凄い』ってこのくらいなのかもな。ダニエルは俺の周りを高速で走っているが、普通に目で追える。まぁいいや、さっさと掌底を当てて終わらせよ。

「なっ!?」

 ダニエルの動きに合わせてその背中へ手を伸ばしたのに俺の手は残像を貫いた。おかしい、残像が見えるような速さじゃなかった、外すはずなかったのに。

「おいおい、剣を使わずに手を突き出すなんて何を考えているんだい? これは真剣勝負だよ、妙な情けは失礼だとは思わないのかい? 一度目は許すけど二度目は僕も怒っちゃうよ」

 当たる瞬間に加速した? そんなわけない。もしそうなら空気の流れでそうだと分かる。なんなんだ……何かの能力なのか? 混血の身体能力が高い方じゃなく覚醒者に成る方だったのか? ……すぐに終わると思ってたのに。

「来ないならこちらから行かせてもらうよっ」

 見えている、フィオ達に慣れてる俺からしたら特筆するような速さじゃない。この剣だって余裕を持って躱せ――っ!?

「へぇ、やるじゃないか! 僕の初撃を躱したのは団長と向こうに居るタカアキと君で三人目だ」

 何だ今のは……刃がぶれて二つに見えた。余裕を持って躱していたはずなのに空気を切る音はすぐ傍から聞こえた。見えている情報と音や空気の流れから感じ取る情報とに誤差がある?

「君は能力を使わないのかい?」

 君は、か……これで確定、こいつも覚醒者で何らかの能力を使っている。ってのは分かってもなにをやってるのかはよく分からん。

「まぁ僕の能力に圧倒されて竦んでしまっているんだろうから仕方ないか、うんうん。でもこれは真剣勝負、動かないなら決着をつけさせてもらうよっ」

「っ!」

 恐らく、俺の首元で寸止めするつもりだったんだろう。だが、振るわれた刃は俺が既の所で構えた黒剣にぶつかった瞬間、折れて天井に突き刺さった。やっぱり見えていたのと衝突した位置が違った。どういう能力なんだ?

「ぃゃあっはっはっはっはっは~、いやいや参ったね。名匠に鍛えてもらったミスリル製の特殊効果が付与された剣だったんだけど、これは見事に折れて――いや切られてしまったなぁ。いやいや、お嬢さんっ、素晴らしい剣ですね!」

「ふにゃぁ!? 妾に触ろうとするなっ、妾に触っていいのは旦那様だけなのじゃっ、フシャーッ」

 ミシャを褒め称えようとしたダニエルに握手の為に両手を掴まれそうになってミシャが慌てて飛び退いた。

「おやおや、握手も駄目とは……獣人の女性は奥ゆかしいんだね」

 フシャーッとか言ってる娘は奥ゆかしいとは言わない気がする。

「剣が壊れてしまって勝負がつかなかったが、次はこんな事がないように更なる名剣を用意しておくよ。またいい勝負をしよう」

「あ……はい…………」

 俺よりも一回り以上デカい手でがっちりと両手を掴まれてブンブン振るような握手をさせられた。終わっても暑苦しい。


「わ~た~る~、もっと飲みなしゃいよ~」

 パーティーは終わったが内輪での飲み会みたいなものが続いている。町もお祭り騒ぎになっていて、不夜城と化している。こんな空気の中だから酒を飲んでいるやつが多く、ご多分に漏れず飲んだティナは当然の如く酔っ払い、更には――。

「しょーでしゅよ、じぇんじぇん飲んでないじゃないですかー。まぁだ勲章授与の事で落ち込んでるんでしゅか~?」

 リオまで同じような状態になってる。

「いや――」

「しょうがないでしゅね~、いい子いい子してあげますから、ティアちゃんっ、ワタルを縮めてくだしゃい」

「そうよそうよ、ティア~、ワタルを縮めなさい」

「ごめんなさい姉様、リオさん。お兄様との約束でお兄様には使ってはいけない事になってます」

「チッ、ワタル私が居ない間に手懐けたわね」

 人聞きの悪い言い方をするなよ。俺の子、なんてのは嘘だったが成長の事や生まれて間もなかったってのは事実だったらしく、言われた事をなんでも素直に聞いてしまう子だからそこを注意しただけだ。

『ロリコン』

「全員でハモって言うなよ!? 違うから」

「なるほど、やはり旦那様は小さい女子が好みなのじゃな。ティアよ、妾を縮めてはくれぬか?」

「やっぱり小さい方が好きなんじゃないか、ティアっ、私も縮めろ」

「ティアの能力はロリコンにとって天国を作れる能力ね。そんな子を懐かせて何をするつもりなのかしら……最低ね」

 紅月がゴミを見るような目で見てくる。

「つーかお前ら飲みたいなら自分の部屋で飲めばいいだろうがっ、紅月なんて良い部屋与えてもらってただろ」

「そうそう、麗姉ぇの部屋すっごく豪華だったんだよ。ベッドも広いから私も同居させてもらうんだ~」

「ワタル様、こちらの料理はどうですか? シロナと一緒にピザというものに挑戦したんですよ」

「あぁうん、凄く上達してて美味しいんだけど……ちょっと多くない?」

 クロは料理が趣味になっていて、今ではリオやシロとよく一緒に料理をしてる。してるのは知ってるが、この量は…………。

「ダメ、ですか?」

『…………』

「ダメじゃないダメじゃないっ、このくらいの方が食べごたえがあっていい」

「そうですか、よかった」

 なんなんだ……全員から非難の視線を向けられたぞ。お前らこの量食べきれるのか? ピザだけでも十枚以上あるのに他の料理まで並んで、どうすんだよこれ。

「どんどん食べて飲まないとだめれすよ~。ワタル達が騎士なったお祝いなんれすから、ほらっ」

「うおっ――ごほっごほっ、無理矢理飲ますな。フィオ、これどうにかしろ」

「無理」

 一言で済ませて自分はピザをパクついてやがる。

「騎士になっても頼るのはフィオ、なのね~。無理矢理飲ませるっていうのはこうやるのよぉ~――」

「それは駄目だっ」

「なのじゃっ」

 口移しで飲ませようと覆い被さり、酒のせいで赤らんだ顔を寄せてきたティナがナハトとミシャに引き剥がされた。久しぶりだからびっくりした。

「自分のペースで飲むからほっといてくれ」


「頭痛い…………ここ……俺の部屋」

 記憶飛んでる。飲み始めた辺りまでしか思い出せない……部屋は片付いてる、特に異常は――フィオが隣に寝てるくらいか、猫のように丸まってるから寒くて潜り込んだってところだろう。フィオのこういった行動には慣れたものだ、何かあるわけでもないし、こいつが居たおかげで布団の中がとても温かいからよかったかもしれない。

「あ~、喉がイガイガする。何か飲みたい」

 起き上がり、ふらふらと部屋を出て談話室に向かって歩き出した。あそこなら誰かしらいるはず、とりあえずこの頭痛をどうにかしないと……記憶が飛ぶほど飲むとは、やっぱり誉めてもらった事で浮かれてたのかな――。

「あっ、すいません」

「いえ」

 ふらふらし過ぎて曲がり角で人にぶつかってしまった。それにしてもデカい女の人だったな、俺の倍以上なかったか? あんな人この城に居たかなぁ? んん? ドアノブが高い。扉もデカい気がするし、どうなってんだ。

「おふぁよぉ~」

『っ! 可っ愛いー』

「は?」

 全員がこっちを見て目を輝かせている。あの紅月までも顔が少し緩んでいる――というか全員デカい? そう思って自分の手を見ると、なんか小さくなってる?

「って、なんで俺縮んでるんだよ!?」

「それ以前にあんた、自分の服装は気にならないの?」

「服……装? …………なんじゃこりゃーっ」

 談話室にある鏡で己の姿を見て声を上げた。着せられているのは猫耳付きのつなぎ、子供用動物パジャマとでも言えばいいのか? なんでこんなものを――ぬ、脱げない。なにこれ、どれだけ引っ張って脱ごうとしても脱げない。

「おい、これなんだ? 縮んでいる上に脱げない服とかどういうことだ?」

「服は知らないけど縮んでいるのは自分で言ったんでしょう」

「自分で? 昨日何があったんだ? 全然覚えて――なんでそんな目を向ける?」

 今度は全員が怒ったような、ガッカリしたような目を向けてくる。昨日俺はなにをした? そんな目を向けられるような事したのか?

「ワタル、本っ当に覚えてないんですか?」

 リオが縮んでいる俺に目線を合わせ両手を握って聞いてくる。子供が悪い事をして問い詰められてるみたいな図だな。そんなにヤバい事をしたのか?

「お、覚えてない」

『はぁー』

「えぇぇ、全員溜め息って……俺ってばなにしたの」

「先輩ってばロリコンってからかわれまくって『ならお前らは小さい相手に反応しないなっ?』って縮めてもらった後に全員に迫って口説いて私と麗姉ぇ以外とは婚約してたよ」

「…………」

 開いた口が塞がらないとはこの事か、となんとなく思った。そして言われた事が頭に浸透し始めた瞬間崩れ落ちて膝を突いた。何やってんだ俺…………。

「先輩ってばめんこいだよねぇ~」

「…………面食いって言いたいのか?」

「……あれ? めんこいってなに?」

 恋ってもしかしてアホな娘なんだろうか。

「ち、因みにその話もからかう為のネタって事は――ないんですね…………ほ、他には? 他には何もしてないか? 口説いただけか?」

『…………』

 なんで恋と紅月とティナ以外頬染めて顔逸らすの!? なにした、俺は何をしたんだ!? ナニじゃないだろうな、こんなガキの状態でそんな――。

「昨日の旦那様は正に人知を超えた変態だったのじゃ、皆を口説いた後は唇を奪っておった」

 ホントこんな姿で何やってんの…………反応してない恋と紅月にはしてないとして、ティナは飲み過ぎで覚えてないとかか?

「ほ、本当に本当なのか? 前みたいに全員で騙す気じゃ――マジですか」

「ワタル様酷いです。私もクロエ様も初めてだったのに」

「私も初めてでした。ワタルならって思ったのに」

「うぐっ…………」

 リオとシロが涙目で訴えてくる。覚えてないのに何この罪悪感……覚えてないからか。

「杯が止まらなくなっていたティナに合わせて相当な量を飲んでいたからな、仕方ないのかもしれないとはいえ、あの愛の言葉をなかった事にされるというのは寂しい、な」

 ナハト泣いてるんですけど!? 一体どれだけ飲んだんだ。何を言ったのか全く覚えてないぞ。

「う~ん、みんなの話を聞いてると凄く楽しそうだったのに私ちっとも覚えてないのよねぇ。そんなわけだからワタル、もう一度飲みましょう」

 そう言ってティナが酒瓶とグラスを持って近付いてくる。

「飲めるかっ! 昨日の大惨事を聞いた後でまた飲むとかどれだけアホな奴なんだよ――というか縮んでる理由は分かったけどこの服は何なんだよ、脱げないとか意味が分からん」

「おはようございます――あら可愛らしい。ワタル様はご自身も小さいのがお好みなんですね。それにその服も、本当は可愛い服がお好みだったのですね」

 談話室に入ってきたアリシア姫に変な勘違いをされてしまった。

「ちっがーう。縮んでるのは酔った勢いだし、この服はよく分からんがいつの間にか着てて脱げないんだ」

「あら、本当ね。脱がそうとしても脱がせられないし破けもしないわ」

 ティナが割と本気で服を引っ張るが破ける気配がない。

「脱げない……それでしたら裁縫師の弥生さんの仕業ですね。女性とぶつかったりしませんでしたか? 弥生さんの能力で服を変えられてしまうと元に戻してもらうまで着替えが出来ないんですよ。弥生さん考え事をしていたりすると人とぶつかった時などに無意識に能力を使ってしまうらしいので」

 げっ!? ここに来る前にぶつかった人か、なんつぅ迷惑な。戻してもらえないままに大人の姿に戻ったら滅茶苦茶恥ずかしい事になるな…………。

「あぁ、姫様、こちらにおいででしたか。国王様がお呼びで――皆様どうかされましたか?」

『…………』

 大臣が現れて、彼の姿を見た全員が一様に言葉を失った――いや、思考が停止した。だってそうだろう? 知ったおじさんがいきなりセーラー服を纏ってメタボな腹を丸出し状態で現れたんだ。完全に意味が分からな――もしかして大臣も服を変えられた?

「レジス、あなた服が…………」

「はい? ――ぬ、なぁああああああっ!? な、な、なんですかこれはっ、何故このような――っ! 三芳、三芳弥生ーっ」

 大臣は走り去った。憐れだ……俺はこの時心から思ったんだ、変えられたのが女性物の服でなくて良かった、と。

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