小旅行

「ねぇワタル、さっきからずっとスマホを眺めて何をしているの? また変な物でも見つけたの?」

 変な物って……前に見つけて見せた俺たちのコスプレ画像か?

「いや、買い物だ。向こうに持って行く物を買っておこうと思って――そういえばティナに聞きたい事があったんだ」

 正式に志願した自衛隊員の派遣が発表されちゃったから戻れる日も遠くない、そろそろ準備を整えて備えておかないといけない。って言っても頻繁に行き来できるわけじゃないから補給の問題なんかでまだ揉めてるらしいけど。

「? なぁに?」

「植物の成長とかを操る様な能力ってあるか?」

「あるけれど、それがどうかしたの?」

「いや、持って行ける物には限りがあるし、食い物なんて持って行ってもすぐになくなりそうだから材料としての野菜とか果物なんかの種を色々持って行こうかと、成長のコントロールが出来るなら育て方とか分からなくてもどうにでもなるだろうし増やせるし……最悪食材は向こうの物を代用するとしても調味料は食べ慣れた味の物が良いからそれの材料だけでもどうにかしたい」

「なるほどね。この世界は美味しい物が多いから気持ちは分かるわ。それで、材料があればワタルは作れるの?」

 そりゃ無理です。ノートPCに色々と調べたレシピを詰め込んで行こうと思うけど、上手くいくかは分からないな。まぁ料理の上手い人に任せるって手もあるし、そこは深く考えない。材料を用意して他人任せ……薬の材料になるものなんかも持って行くといいかも?

「作り方は調べていくけど、作るのは他人任せになるかもなぁ――おおっ! 電気バイクとかあるのか、電気自動車は聞いた事あるけどバイクもあるんだな」

 買おうかな、エルフの土地は馬無いし、仮にあっても馬だと休憩が必要になるから時間かかるし……あると便利かも? 車の方が良い気もするけど、小回り利かない気がするし、デカくて目立つ、道も舗装されてるわけじゃなく、狭い所なんかもあったりしたし……惧瀞さんの話じゃ自衛隊は俺を電源として電気自動車を移動手段として持って行く気らしいけど、世界全部を回る気でいるなら車はどうなんだろう? 海あるし、車を運搬出来る船なんて無い気がする…………ん? んんん?

「なぁティナ、戻った時にどこに出るとかは決まって――」

「ないわね」

 やっぱし…………どうするんだそれ!? またアドラに放り出されたら最悪だ。今は力もあるし、自衛隊も引き連れていくわけだけど、いきなりドンパチ? ……それは嫌かも、でも結局日本人解放って事を考えると遅かれ早かれその必要は出てくるのか。

「向こうの状況ってどうなってるんだろうなぁ」

「平穏無事とはいかないでしょうね。封印が崩壊しかけてたのだから、エルフや獣人はそれなりに戦えるから被害は少ないでしょうけど、他の大陸、人間の居る土地は酷い事になっているかもしれないわ」

 酷い事、か…………それについてもどうにかしないといけないよな。封印が壊される現場に居たんだし。

「もし知ってる場所以外に出たらどうするんだ?」

「そこももさ頼りね。期待してるわよ」

『きゅきゅぅ~』

 ホント頑張ってくれよ。いきなりアドラやディア? だっけか? 異界者を見つけ次第即刻処刑する国、この二つの国には出たくない。

「ところでワタル、スマホを眺めて買い物なんて、私を馬鹿にしているのかしら? 商品も無いのに何を買うって言うの?」

 なんか機嫌が悪くなったと思ったら、ふざけてると受け取られたのか。ネットショッピング、通販、なんて向こうにはないシステムだしなぁ。

「馬鹿にはしてないって、これで買い物が出来るんだ。ほら、色んなものがあるだろ?」

「全部絵じゃない。絵なんて買っても役に立たないじゃない」

「いや、これはどんな商品か見せてるだけで、注文したら本物が届くんだよ」

「んん~?」

 よく分からないご様子。

「こうやって商品を選んで決定すれば指定した場所に届くんだ」

「売主は大変ね。わざわざ届ける必要まであるなんて」

 売り手が配送もすると思ってるのか……説明するの面倒だしこのままでいいか。


『夏だーっ、水着だーっ、海だーっ!』

「元気いいなぁ三馬鹿は……なんでこんな事に…………」

「三馬鹿ってのは誰の事だコラ、西野と宮園と一緒にすんな」

「俺たちの方こそ、いつまで経っても告白出来ずにまごついてるヘタレと一緒にされるのは心外だな」

 まぁたしかに二人ははっきりと意思表示してるが、相手に引かれてるのはいいのだろうか?

「遠藤君好きな人いるんですね。頑張ってください、応援してますね」

 ぷぷっ、好きな相手本人に応援されちゃってるよ。

「…………とにかく三馬鹿は止めろ」

「なら風俗トリオ――むぐっ」

 慌てた遠藤に口を塞がれた。

「言うな馬鹿っ、綾ちゃんに聞こえたらどうしてくれる!? だいたい、てめぇがこの世界も見納めになるかもしれないから遊びに行きたいって言ったのに付き合ってやってるのにその言い草はなんだっ」

「乗り気じゃなくて惧瀞さんが行くと分かった途端コロッと態度を変えたくせに。それになんでこんな人数?」

 ここに一緒に来たメンバーはプールの時の人数の倍になっている。女性三人、男性五人プラスである。知らない人が多いのは落ち着かないから嫌なんだけど……名前覚えるのも苦手だし。

「礼や詫びを含めてるって言うからわざわざ受けてやったんだ。費用はお前持ちでも準備は俺たちがしたんだから多少増えようが問題ないだろ。来てるのはもう異世界行きを決めた連中なんだ。だからパーッと遊んだっていいだろ」

「遊んでていいのか? 行くって決めたのなら準備とか……あとはこっちに居る大事な人、家族とか友達とかと過ごした方が――」

「あっはははは~、装備とかの準備は私たちじゃないですし、異世界に行く人は出発までは休暇になってますしね。今日来てるのは独り身の寂しんぼだけですから気にしなくていいですよー。如月君が言ったみたいに恋人が居たり妻帯者は家に戻って出発まではイチャコラ過ごすんでしょうし!」

 話を聞いて寄ってきた女の人に肩を組まれた。言っててムカついたのか首に回された腕に力が入って息苦しい。ええっと、この人の名前なんだっけ? ショートカットで少しツリ目の元気の良い、たしか中国に言ってる間もさの世話をしてくれてた人の一人――。

「くっくっく、牧原また男に振られたのかよ! これで何回目だ? 寿退職するとか言ってたのはどうしたんだよ?」

 牧原……あぁ、名前牧原未来まきはらみくさんだったな。

「遠藤うっさい!」

「ふがっ!?」

 おぉ、女でもやっぱり自衛隊だから強い……遠藤が殴られて軽く飛んだぞ。

「異世界でいい男捕まえるからいいのよ! こっちの世界の草食男子には飽き飽きしたわ! 若しくは行方不明者を救出してそこから素敵なロマンスが――」

「ないない」

「うっさい! あんたこそいつまで告白出来ないままでいるのよ?」

 この人にも知られてるのか……もしかして、知らないのは当事者の惧瀞さんだけなのか?

「うっせー! 俺はベストなタイミングを待ってるんだ! お前こそその貧乳をどうにかしねぇと男が寄ってこないんじゃねぇの? 今日の女性陣ではお嬢にしか勝ててねぇだ――ぼふぅ!?」

 今度はさっきよりも飛んだな、口は禍の元。あぁー二人ともうっせぇ…………海水浴場に来てる人達にはとっくに俺たちが来ているのがバレてしまってるし、怖いのか、煩いのが居るからか、興味ありそうにこっちを見ているが近付いてくる人はいない。良い事なのか悪い事なのか、怖がらせて窮屈な思いをさせてたら申し訳ないなぁ。

「ねぇワタル、このびよんびよんするのは何?」

「ん? ――ほわぁ!?」

 こ、怖っ! めっちゃ怖っ! ティナが持っていたのは銛、それが俺の脇腹すれすれの位置を貫いた。何やってんのこの人!? 俺を獲って食う気ですか!? というか姫が何でそんなもん持ってんだよ!?

「ワタル」

「ん――あぁ!? お前まで何すんだフィオ! 俺を殺す気か!? なんで二人とも銛なんか持ってるんだよ…………」

「さっきのワタル速かったから確かめようと思った」

 死ぬかもしれない確認方法はやめろよ!?

「そんなもん確認するような事か?」

「ん、速くなってるのは良い事」

 速くなってる、ね。成長してんのかねぇ……実感ないな。

「それで、その銛はどうしたんだ?」

「高原がくれた」

 フィオが指差した方向にはテキパキとバーベキューやらテントの準備をする糸目のマッチョ……確か、高原純たかはらじゅんさんだったか? ところで何で銛?

「まぁ何でもいいけど二人とも、もう二度とそれを人に向けるなよ。そしてその伸びるやつはゴムな、スーパーボールと同じ物だ」

「へぇ、面白いわねぇ」

 二人ともゴムが気に入ったようで伸ばしたりして遊んでいる。人に向けて発射しないか不安だ。

『きゅぶぷぷぷぷぷぷぷっ』

 もさよ、何故わざわざ俺の所へ来て毛に付いた海水を飛ばす…………。

「お前何持って――うえぇえええ鮑……それ持って近付くな、貝類気持ち悪い」

『きゅ』

 何故執拗に俺に渡そうとする!?

「わぁ、もさ偉い! お昼が豪華になったね」

 牧原さんが受け取ろうとするが渡さずに俺の所へ持ってくる。

「なんで俺なんだよ……祭りの土産で食い物を買って帰ったからとかか?」

『きゅぅ!』

「おぉ、如月君もさの言いたい事分かるんだ」

 勘で言ってみただけだし、にしても律儀な。

「これって密漁になったりするんじゃ?」

「それなら許可貰ってるっすよ。その為の銛です。まぁ動物が獲る分は密漁とか関係ない気がしますけど……午前は遊びつつ魚介を獲って昼飯を豪華にしてティナ様に喜んでもらう計画です」

 自信満々の宮園さんが説明してくれるが、そのティナに銛を持たせてどうするんだ? そもそもティナは潜れないはず、深い所だと泳げずに沈みそうだ。

「食材って結構買ってませんでしたっけ?」

「それはそれ、自分で獲るってのも中々楽しいですよ」

 そんなもんかなぁ……まぁせっかく来たんだし、この世界で遊ぶ事なんてこの先無いかもしれないんだからしっかり楽しむか。

「なるほど、自分で獲るのね」

「ああ、そうらし――ぃい!? てぃ、ティナ? 前回と水着が違う、というか過激になってる。見られるの嫌だったんじゃ?」

 今更気付いたが、胸の部分が凄い事になってる。 布面積が減ってる、ブラ? の真ん中の部分の繋ぎのところはスニーカーみたいに数本の紐がクロスしてるだけで布地がないから完全に谷間が見えてるんですが!

「ええ、ワタル以外に見られるのは嫌ね。でもワタルに見てもらう為に我慢する事にしたのよ。この水着はどうかしら? 通販? ワタルがやっていたのを惧瀞に教えてもらって買ったのよ」

「えっと……なんていうか、綺麗だけど、それってサイズ合ってるのか?」

 胸がヤバいです! 下乳が見えてる…………他のやつも見てるんだと思うとなんか……物凄くモヤる。

「少しだけ胸がきついかしら。でもワタルに褒めてもらえるならこれくらいなら平気よ」

 腕に抱き付くなーっ!? は、肌が直に当たってる。

「ああーっ、如月さん羨ましい! 午後! 午後からのゲームでプールの時のリベンジを申し込みます!」

 またやるのか、囲まれて袋叩きにならない様に気を付けないと……熱い一日が始まる。

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