副作用

「ズズッ…………あ~鼻水うぜぇ」

「水に浸かったまま眠ったりするからよ。ワタルっておっちょこちょいと言うか何というか…………」

 誰のせいだ誰の! ティナのせいで色々と大変で、熱を冷ます為に水風呂に入って、暑いしこのまま少し寝てもいいかなぁ、とか思って寝たら風邪っぽい状態になってしまった。鼻がぐじゅぐじゅして鬱陶しい。因みに、ティナはやっぱり酔っ払い状態の時の記憶は無いらしい。起きた時に部屋が荒らされていると大騒ぎしたらしい。

「それにしても、二人とも夕飯を食べ終わったのにいつまで経ってももぐもぐして…………そんなに食べて飽きないの?」

 ティナの質問に、フィオと顔を見合わせて一言。

『グミだから』

「……意味が分からないわ」

「お菓子は別腹と言うか、グミはこうやって食べてこそだと思うんだけど、なぁ?  フィオ」

「うん、一遍に食べるのが良い」

「…………食べるのはいいとしても、そうやって頬張ってもごもごしているのは行儀が悪いと思うし、女の子がするとはしたないわよ? そんな訳で二人とも止めなさい」

 流石姫、こういうところは気になったりするものなのか?

「三人だったりして」

「へ?」

 俺とフィオに並んでもきゅもきゅしているもさを指差した。フィオを真似ているうちに気に入ったのか、もさもグミ好きになってしまっていた。

「はぁ~、まったく……妙なところが子供っぽいのね」

 ティナから見たらこの世界の人間は全員子供ですが? 好きな物くらいいくら食ったっていいだろ――。

「き、如月さん! にゅ、ニュース見てますか!」

 かなり慌てた様子の惧瀞さんが部屋に飛び込んできた。

「ニュース? …………まさか!?」

「はい、そうなんです」

「えぇー…………惧瀞さん覗きの事怒ってないって言ってたのに、マスコミにリークしたんですか……安心させておいて突き落とすなんて、酷い仕返しだ…………」

『覗き?』

 しまった、余計な事を言った。二人の視線が鋭くなったぞ。

「ち、違います! その事じゃなく……と、とにかくテレビを点けてください!」

 違うのか、よかった。全国的な変質者になるところだった。惧瀞さんに急かされて点けてみたけど――。

「どこの局にすれば――」

「どこでもやってます」

 ? どういう事だ? まぁニュースなんてどこも大体同じような内容だったりするけど――っ!?

『ご覧いただけますでしょうか? ここはアメリカ、オハイオ州の病院で、先日の事件で如月さんに手足を切断された兵士たちが入院していた病院なのですが、今は酷い状態になってしまっています。兵士たちは突然奇声を上げて変調をきたしたそうで、発狂して見境なく病院の職員を次々に襲って行ったそうです。現場を目撃した方の証言では、日本での事件の再現、若しくはそれよりも酷い惨劇だったそうです」

 病院だと言って映し出されている建物は荒れていて、周囲は少し煙っている。まるで馬鹿な若者が興味本位で入っていく心霊スポットの廃病院だ。

『兵士が職員を襲ったとはどういう意味でしょうか? 兵士の方たちは手足を無くされていますよね? その上目も失われている状態で人を襲ったのですか? それに現場は異様に荒れていますが…………』

『はい、手足は失われていたはずなのですが、変調をきたし徐々に切断されていた手足が生えてきたそうです。目も完全ではないにしても、いくらか視力を取り戻していたそうです。そして何よりも問題なのが兵士たちの姿です! 生えた手足や顔などが一部変質していてまるで魔物の様な姿をしていたとの事です。荒れているのは兵士と警官の攻防の為です』

『その変質した人間と言うのは兵士だけなのですか?』

『詳しい事はまだ発表されていませんが、目撃者の方々はそのように証言されています』

『その兵士の方々は今どうしているんですか?』

『全員警官によって射殺されました。腕力、俊敏性など、人間のそれを遥かに上回った状態だったそうで、対処した警官複数人に死者、重傷者が出ています』

 どうなっている? 人間が変質して魔物になる!? 魔物は全部片付けたはずじゃ? …………いや、待てよ、思い出せ……『動きが通常の人間を凌駕していたのは俺たちから採取した成分から妙な薬を作っていたからだろ』……妙な薬、変質したのは俺に斬られた人間、つまりあの時あの場所に居て事件に関わっていてその薬の投薬を受け身体能力の上がっていた奴ら、魔物由来の物が人間を変質させる? 失った人体を再生させるなんて、もうそれは人間じゃない。

「これって如月さんの報告にあった薬が関係しているんでしょうか?」

「あ、ああ、たぶん…………」

「ワタル顔が真っ青よ」

「そう、か……今日はもう寝るよ」

 気分が悪い。人間に投薬してたんだ、ある程度どんな効果が出るのかの確認をして使用に踏み切ったはず……化け物になる薬をか? 製作者も使用者も予期しない事態? 理性が壊れた状態だったから気にせず使った? ……身体が損傷した事が引き金になった可能性は? ……だとしたら俺が化け物に変えたのか? …………違うっ! あいつらはどんな物かもはっきりしない物を自分たちの意思で使ったんだ。化け物になったのは俺のせいじゃない、斬った事だって、後悔なんか……していない。


 日本での事件の時にアメリカ軍は魔物由来の成分から作った薬を投薬して身体能力を引き上げていたという情報は既に出回っていて、ネット上ではこの薬と魔物化は結び付けて考えられている。

『生き残ってたのに結局全員死んじまったな、あんな醜い姿になって暴れてれば当然だけど』

『この場合どうなるんだろな? 結果論だけど彼らは投薬を受けていた時点で化け物になる事が決まってしまっていた訳だろ? 如月航は魔物を斬ったってだけになるんじゃないか?』

『今は緘口令が敷かれてるけど、日本での事件に関わった奴ら以外にも投薬実験を受けてた兵士数人が変質して街中を徘徊して住民が襲われたらしいぞ。魔物と接触してなくて、精神異常がなくても投薬だけで魔物化するなら如月が斬ったのは魔物って事でいいんじゃないか? どうせもう助けられなかったんだ。被害が増える前に斬ったのは良かった事だよ……本当は殺してくれてればアメリカでの事件は起こらずに済んだけど』

『いやいや、殺してたら魔物化について分からなくて如月は今でもアメリカ国民から敵視されてたよ』

『ホントありえねぇー、国を守る兵士をモルモットにするなんてクレイジー過ぎるぜ。如月にはこの薬の件に関わってる奴も斬って欲しいね。政府は国民まで化け物にする気でいたりしないだろうな?』

『事件の映像の一部を見てきたけど本当に酷いな……死んだ人間の遺体を弄んで、その上喰ってる奴まで居やがった。ジャップなんてどうでもいいとか思ってたけど考えが変わったわ。アメリカ人、日本人ともに亡くなった方のご冥福を』

『手のひらを反すってのはお前の事だな。でも俺も同じだ、如月は正しかったよ。彼が手足を切断していたおかげで助かった人間も居るんだ。兵士たちの手足は生えてきたそうだけど、完璧に動かせていたわけじゃないらしいんだ。だから射殺して事件を収束する事が出来たらしい、手足と目が完璧だったらこれよりも更に被害が出ていたって、それでも普通の人間なんかより身体能力は高かったから相当な被害になってるけど』

『お前ら最低、国のために働いていた兵士を傷付けた奴を擁護するのかよ?』

『何が原因だろうとあんな事する奴の末路としては妥当、それに最終的に殺したのはアメリカ人だぞ』

『お前事件の映像見て来いよ。日本のと今回の両方だぞ、それでもあんな事している奴らを庇いたいならどうぞお好きに。首の無い遺体を死姦してたり、抱えた遺体を貪り喰いながら襲い掛かってくる奴らを生かしておいた方が良いなんて考え理解しかねるけど』

『いや、兵士だって被害者だろ、望んで化け物になんてなるはずないんだから、騙されて投薬されたんじゃないか? 一番悪いのは命令した奴と薬の製作者、どちらにしても腐ってるな』

 見ているのは翻訳サイト、兵士変質事件からたった三日で俺への非難はかなり減少して、擁護する人が増えたようだ。だからと言って喜べるものではないが……ニュースは人間の変質と、異世界への行き来の可能性が増した事を交互に流しているといった感じ、どこも同じ内容をよく分からない偉そうなおっさんとおばさんが忙しく話し合っている。

「はぁ~」

「ワッタル~、元気出しなさい。ほら、ぎゅっとしてげるから、気持ちいいでしょう?」

「飯食ってるから止めて」

 身体を押し付けてくるティナを押し遣ってちびちびと朝食の続きを食べる。正直食欲は無い、元々朝は食べない事の方が多かったけど、色々改善して健康的になってきてたのになぁ…………。

「ワタルが私のおっぱいに食い付かないなんて……重症ね」

「俺を何だと思ってるんだよ……おっぱい星人かよ」

「せいじんというのは分からないけれど、よく見ているでしょ? 女は視線に敏感だからすぐ気づくのよ?」

 目が行く事はあるけど、極力すぐに逸らす様に努力してたのに、それでも気付かれるのか。フィオがめっちゃ睨んでくるんですけど、俺にどうしろと? 近くで揺れてたら気になる時だってあるよ!

「はぁ~、飯の味が分かんない。なぁ、ヴァーンシアで人が魔物に成ったりした事例ってあるのか?」

「私は知らない」

「私も聞いた事ないわね。そもそも魔物の何かを自分の身体に取り込もうなんて気味の悪い事を考えるはずがないもの」

 まぁ普通そうだな…………人間って業の深い生き物だよな、同族を人体実験に使い、ヴァーンシアでは人間扱いされない人たちに道具とする為に子供を産ませている…………益々気分が悪くなってきた。

「如月さん、おはようございまぅ」

「ふぁ~ぃ、おはようございます」

「なんだか元気ないですね、まだ風邪ですか?」

「それは治りましたけど、気分悪くて……それより何か用事ですか?」

 なんか少し嬉しそうか?

「あ、はい、如月さんの処遇についてなんですけど、お咎め無しとなりそうだと工藤さんから連絡をいただきました。三日前の事件のせいで強気に引き渡し要求し続けていたアメリカも正式に撤回しましたし、投薬により魔物化していたものを倒したという見解に落ち着きそうです」

 お咎め無し、ね…………本当にそうだろうか? 俺自身が一番知っている。あの時俺はあれが人間だろうと魔物だろうと関係なかった。俺から奪った者全てを壊すつもりでいた。魔物だからとか、悪逆非道に怒ったって言うのとは違う……いや、そういう部分もあったかもしれないけど、フィオを奪われた、その復讐、それしか考えてなかった…………よく考えたらあれだけブチ切れたのって初めてかもしれない。争いが面倒だから大抵逃げてきて向かい合う事なんてなかった。

「あの、嬉しくない、です?」

「あ? あ~……よく分かんないです」

「そうですか……そうですよね。あんな事になってしまってますし……それで、えっと……そうだっ、お咎め無しという事になりますので如月さんの剣も返却される事になります」

 返してもらえるのか、源さん達に貰った大切な物で一緒に危険を切り抜けてきた剣、取り上げられた時はどうしようもない、と諦めたけど、無いと落ち着かないから返してもらえるならありがたい。

「少し、元気出ましたか?」

「はい、大切な物なので、返してもらえるのは嬉しいです」

「むぅ~、私の胸より惧瀞との話しの方が良いなんて納得いかないわ」

「それともう一つお知らせなんですけど、異世界への自衛隊派遣は志願兵のみで行われる事になりそうです」

「志願兵?」

「はい、確率が上がると言っても確実ではありませんし、二度と帰れなくなる覚悟が出来てそれでも志願する者だけです」

「それってなんか、上手く言えないけど…………生け贄?」

「うぅ、そこはせめて自己犠牲と言ってください」

「俺自己犠牲って嫌いなんですけど、見ててなんかイライラするし――あいた、いでででででででっ! 痛いって!」

 フィオとティナに叩かれた後に耳が千切れるんじゃないかというほど引っ張られた。

「まったく! どの口でそんな事を言うのかしら? 自分の危機を考えずにホイホイ突っ込んでいく子のくせに」

 今度は頬をグイグイされる。

「ワタル無茶ばっかり」

 えぇー…………いや、俺のは違くね? 違うよね? どちらかしか選べない状況で選ぶしかなかったというか、別の方法があるならそれを選ぶよ? マゾじゃないもの。

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