トラウマ再発

「なぁティナ、いい加減に諦めたら? 潜れないんだからどうにもならないって」

 浜辺の端の岩場になってる深い所で潜ろうとしているが、浮くのもやっとで岩場に繋いだ浮き輪を放すと沈みそうだ。かと言って深くまで潜れるわけでもないからどうにもなりそうにない。

「いやよ! ワタルもフィオもやってるじゃない。それに惧瀞まで何か獲っていたのよ!? 負けられないわ……なんでフィオはあんなにあっさりと潜ってるのよ」

 これは勝ち負けじゃないんだけどなぁ。食材はあるし、ちょっとした遊びみたいなもので、無理に何か獲る必要はない。

「フィオは体を動かす事に関しては万能なんじゃないか? 俺も大して獲れてるわけでもないし、ティナは泳いでたら? 大分泳げるようになってきたから泳ぐのも楽しいんじゃないか?」

「私だけ別の事をするなんて嫌よ」

 そっちか…………。

「ところで……ワタルの獲ったそれ、どうするの? 嫌いな相手に投げつけて嫌がらせするの?」

 どんな使い方だ!? 俺が獲ってきたうにを見てこの反応、まぁふつうこれが食えるとは思わないよな。知らなきゃこんなもんただのたわしだし。

「食べるんだよ。これもそれなりに高い食材なんだぞ? 米は多めに持ってきてるって言ってたし、カレー以外にうに丼とかもいいだろ。魚も獲れたら海鮮丼だな」

「た、食べるのね…………」

 うにを見てびくびくしているし、変な奴を見る目になっている。なんか引かれてるっぽい。

「いくらワタルでもそんな物を食べるのはちょっと…………」

「言っとくけど、食うのは中身だからな? こんなトゲトゲは食わんぞ」

「中身?」

「寿司食った時に食べたろ? 黄色っぽいというかオレンジ色っぽいとろっとしたやつ。これの中身があれなんだよ、ティナもそれなりに気に入ってただろ」

「こ、こんな物の中身だったのっ!?」

「でも美味しかっただろ?」

「うぅ…………」

 結構ショックだったようだ。

「丼にするにはもう少し欲しいな。もうちょっと獲ってくるからティナは溺れない様にしろよ」

「あっ、ちょっと――」

 ティナを置いて潜ると水面を叩く音と怒鳴り声っぽいものが聞こえている。


 それなりに収穫出来て浜に戻ると異様な光景が。

「フィオ、お前はどこでサバイバルをしてきたんだよ…………」

 片手に銛、その先には魚が刺さってる。もう片方の手に持つ網には30cmくらいはありそうな魚が数匹、海水浴だというのに両太ももにはベルトを巻いてナイフも装備している。無人島サバイバルでもしているかのような見た目だよ…………。

「さばいばるってなに?」

「いや、いい……それにしても随分と獲ったな」

「おぉー、フィオちゃん凄い! これイシダイじゃん。それを五匹もって凄いな」

「ひぅ!? 魚を近づけるなっ」

 西野さんにビビったフィオが背中に引っ付いてきた。魚が当たって気持ち悪い。

「? 食べるんじゃないの?」

「食べるのはいいが、食える状態になってないのは嫌だ」

「ふ~ん?」

「うぅ……フィオちゃんそんなに怖がらなくてもいいのに」

 いや、怖がるだろ。フィオへの態度は見てて引くよ。

「……遠藤たちが牡蠣とかサザエ、タコも獲ってきたからかなり豪華になりましたね。もう焼き始めてますしカレーももう出来るから行きましょう」

 タコ……捌き終わってるといいな。動いている状態は見たくない。捌く関連の事は絶対に見たくない。

「あぁ、結構いい匂いしてる」

「如月さんのおかげで良い肉買いましたしねぇ」

 うっ、まだ捌いてる途中、見たくなかった。

「ワタル、これ何?」

「ん? んうえぇえええっ!? やめろ、それを近づけるな気色悪い!」

 フィオが持ってきたバケツの中に入っていたのはナマコ、ああ……気色悪い。なんでこんなもんを食材として獲って来てるんだよ。

「ナマコぐらいでうっせぇな。ガキみたいに騒ぐなよ」

「こんなもん食い物じゃない。よくこんな訳の分からないぶよぶよした物を食おうと思えるな」

「こ、これも食べるの!?」

 驚いたティナがナマコを食べてる連中から距離を取った。フィオも食べるのだと知ってバケツを戻して離れた。

「結構美味しいんですよ。如月さんも食べてみませんか?」

「うぎゃぁあああっ!? 惧瀞さんそれもって近付かないでください」

 惧瀞さんがナマコの酢の物を持って近付いてきた。

「なら如月君は鮑とかサザエは?」

「うぇえええ、それも無理です。グロさ丸出しな物は全部無理!」

「というか如月さんどうしてこっち見ないんですか?」

 声を掛けた惧瀞さんも他の人、騒いでいるから何事かとこっちを見ている周囲の人たちも不思議そうにしている。皆の居る方に背を向けて話しているからなぁ。

「捌いてる様子を見たくないんですよ」

 さっきフィオが獲ってきたイシダイを、日に焼けた野球少年がそのまま大人になったような感じの澄野隼人すみのはやとさんと目つきも態度もきつい感じの水無瀬葵みなせあおいさんが捌いている。

「ぷぷっ、まんまガキだな。このくらいなんともないだろ?」

「なっ」

「ねっ」

「ぎゃぁああああああっ!? 生ナマコぉおおおっ!? きしょい、寄るなぁ!」

 遠藤と牧原さんが両脇からにゅっとナマコを掴んだ手を差し出して来たのを避ける様に跳んで距離を空けた。

「ビビり過ぎだろ……どれだけ跳んでるんだよ」

「うわぁ、びっくりした。如月君凄いジャンプ力」

「だいたい、生き物食ってるんだから捌く様子から目を背けるってどうよ?」

「…………幼気な少年がある日納屋に行くと天井から皮が剥がれ血の滴る猪がぶら下がっていました。またある時は鹿の首が転がっていて、喉の部分には凸凹したホースの様な形状の物が飛び出していて光を失った瞳がこちらを睨んでいる。別の時期家に帰ると、うにょうにょぬめぬめ動いているタコをそのまま捌いて刺身に、ナマコや貝類、魚も生きている状態、動いている物がどんどん捌かれていく、ただでさえグロいのに更にグロくなる。エラの中なんて更に気色悪い…………そんな物を子供が見てトラウマにならないと思うかっ!? 確実にトラウマものだよ! たこ焼きを食えるようになっただけでも充分な進歩だ。俺は絶対に見たくない、食欲失せるから。二度とそのきしょい物体を近づけるな、次は電撃で排除する」

「今の話で俺たちの食欲が減衰したわっ。飯時になんつぅ話するんだよ」

「そっちが目を背けるな的な話をしたんじゃん。澄野さんこのウニもよろしく、ウニと鯛で海鮮丼にしてください。貝類とタコは無しで」

「ははは……了解です」

 ウニを渡した後は目を背けてカレーと焼肉を食べる事にした。

「それにしても凄いね。鹿に猪、魚介もって、如月君の家ってどうなってるの?」

「ばあちゃんの弟が趣味か何かで猟をしてて、父方の祖父は釣りとか素潜りが趣味で夏は海の物地獄でした」

「はぁ~いいなぁ。趣味で豪華な食事が出てくるなんて」

 全然良くない。猪とかはそんな事なかったけど、魚介は捌き方を知ってて損はないとか言って無理矢理やらされそうになって全力で逃げた。

「ねぇワタル、この鍋の中身変な、少し気分の悪い色をしているのだけれど」

 言うなよ。変な事を言うなよ、せっかく良い食材を準備してるのにこれ以上食欲を減らしたくない――。

「まるでうん――むぐぅ」

「フィオ~、ちょっと黙ろうなぁ? それ言っちゃまずいからな。この色は調味料で付いた色だから何の問題も無い。夏の定番で日本人は大体食べるし美味い。だから余計な事は言うな、分かったな?」

 コクリと頷いたので口を塞いで捕まえていたのを解放した。

「もうおせぇよ。連想しちまった」

 さっきの話とのダブルパンチでゲッソリしている人多数。

「まぁまぁ、フィオちゃん達は初めて見たんだし、大目に見ましょうよ」

 眼鏡で三つ編みな赤羽美春あかばみはるさんがフォローしてくれるが、場の空気は悪い。

「いや、俺は逆にちょっと食欲が…………」

『…………』

 西野さんの発言に一同沈黙してクズを見る目を向けている。

「フィオ、あの人は変態だ。近付くなよ」

「ん」

「ちょ、如月さんそりゃないっすよぉ~」

 変態はうちの子に近付けさせません。


「あら、色の割には美味しいのね。特にこれ」

「ジャガイモな」

「ジャガイモ……ほくほくしていてとても美味しいわ」

 高級牛肉とかより芋か、焼肉も食べてたけどカレーの方が食い付きがいい気がするし…………芋姫、じゃがバターとかも気に入りそうだな。

「フィオはどうだ?」

「カレーもいいけど、こっちが醤油で美味しい」

「海鮮丼か、自分で獲ってきた魚だしな」

「ん」

 フィオは醤油とか味噌とか、日本の調味料を使った物を気に入りやすい気がするな。異界者は日本人、混血者で日本人の血が半分入ってるからなのか? 外見は全然日本人っぽくないけど。

「ああーっ!?」

「澄野どうしたの?」

「なんだぁ? 指でも切ったか?」

「俺は料理好きだぞ、指なんか切るかよ。そうじゃなくて、さっきその、フィオちゃんのペットが獲ってきた鮑を捌いてたら中から真珠が――」

『ええーっ!?』

 鮑からも真珠って採れるのか。もっとこう、パカっと開くような貝から採れるんだと思ってた。

「これかなり大きいわね。10mm位あるんじゃない!?」

 牧原さんはかなり興奮した様子だ。

「天然で見つかるのって一万個の中から少しだけだったはず」

「なんで美春そんな事知ってるのよ?」

「前に興味があって調べてみただけ……それにしても、この子って本当に幸運を引き寄せるのね。運任せみたいな作戦を立てて日本政府は気でも触れたのかと思ってたんだけど、案外上手くいくのかも?」

 話が聞こえていたらしく、周囲もざわついている。まぁもさの幸運パワーで行き来します、なんて言われても信じられるわけもないから信じてもらえてなくて当然だけど……ん~。

「もさ、もう一個獲ってこれるか? これが入ってるやつな」

『きゅ!』

 齧っていた焼肉を紙皿に戻して海へ駆けて行った。

「いやいやいや如月君、いくらなんでも二回連続で天然真珠を獲ってくるとか無理でしょ」

「でもこれで獲ってきたら、もさの事を信じる材料になって参加する人も少しは安心できるんじゃないですか?」

「それは…………」

「でも幸運を齎すのは宝石の持ち主か飼い主だったのでは?」

 別に怒っては無いんだろうけど、水無瀬さん目つき鋭いからなんか怒られているような、責められているような気分になって居心地悪い。

「もさを捕まえたのはワタルなのだし、懐いているからフィオと共同での飼い主みたいなものなんじゃないかしら? 病院では嫌われてたけれど、今は機嫌も直っているようだし」

 あ、戻ってきた。

『きゅぶぷぷぷぷぷぷぷっ』

 だからもさよ、何故俺の前で水を飛ばす? やっぱりまだ怒ってんの? 仕返しなの? 地味だけどなんか嫌だよ。

「おぉ、また鮑だ。でも流石に真珠までは入ってないんじゃない? 葵早く捌いてみてよ」

「ええ…………あったわ。それもさっきよりも大きい気がするわ」

『おおーっ!』

 話を聞きつけて集まって来ていた人たちからどよめきが起こった。

「うっわー、凄いもさ! ねね、私にも真珠をプレゼントしてくれない?」

『きゅ』

「…………前にお世話してあげたのに、飼い主以外には厳しいのねー……うー、美味しいから我慢する! もさは良い子ねぇ」

 返事をしたもさが牧原さんにある物を差し出した。水無瀬さんが捌いた鮑の刺身の一切れを。

「天然真珠を連続で……それに結構な大玉。飼い主に幸運を齎すという話はそれなりに信用出来る話みたいですね。少なくとも異常な世界に飛んで全員即死してしまうという危険は無いと考えられそう」

 そんな可能性を考えていたのに赤羽さんは参加する事を決めてたのか。見ず知らずの相手の為に命まで賭けるか? 何か目的があるんだろうか?


「さて! 腹ごしらえも済んだことですし、ゲームの時間です! 勝者には賞品、賞品は当然如月さんに色々注文できます。天然真珠も手に入って実入りも良いでしょうから多少お高くても問題無し、ティナ様関連も如月さんから頼んでもらえればどうにかなる!」

 問題あるわっ! あんたらそれでいいのか!? ようやくこの時だとばかりに宮園さんと西野さんが嬉々としている。

「ん? えっ!?」

「今回の旅行の費用はお前持ち、もちろんその中でする余興もお前持ちだから問題ねぇだろ。プールの時と同じだよ」

 同じじゃないじゃん。色々ってなってるよ!? 複数なのか?

「色々かぁ……如月君って異世界を旅したんだよね? 異世界を案内してもらいつつ男巡りをするのも……ふふふ」

 牧原さん怖い。

「そんなこと言ってるようじゃ結婚はまだ先ね。諦めて基地内で適当なのにしておけばいいのに」

「絶対に嫌!」

 赤羽さんの言葉に顔を歪めて猛烈に拒否している。そんなに嫌なのか、同じ職場ならお互い理解しやすそうだけど。

「一回戦はこれ!」

 水鉄砲? というか一回戦!? 複数回やるのか? その度に袋叩きか? ……ん?

「俺が勝った場合は?」

『…………』

 なんで全員目を逸らした!?

「ま、まぁ万が一そうなったら、誰かしらに一回命令可能という事で」

 俺が勝つ事考えてなかっただろ、寧ろ勝てないようにするつもりだっただろ。そして賞品が何か微妙、王様ゲームかよ…………。

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