慰め

「死ぬぅ~、もう死ぬ~、社会的に抹殺されるぅ~」

 ホテルのベッドに倒れ込む。ホテルのベッドなんて初めてだけど、結構寝心地いいな。

「? なんで死ぬの? 怪我した?」

 お前のおかげで大怪我だよ…………。

「大袈裟ね、一緒の部屋にするのが恥ずかしかったくらいで」

 それじゃねぇよ、それも恥ずかしかったけど。

 買い物を済ませて適当なホテルに逃げ込む様にして入って、一人一部屋にしようとしたら、三人一緒で、っと姫様に笑顔で変更された。受付の人の俺を見る目がヤバいモノを見る目だった。顔知られてるし、仕方ないんだろうけど……辛い。


「それにしてもワタルの世界は変わった物が多いわね。町も色んな物で溢れているし、建物も巨大な物が多くて…………豊かな国なのねぇ。変わった物が多くて見てるのは楽しかったけど、少し疲れちゃった」

 そう言って俺の隣に倒れ込む。

「なんで俺のベッドに寝るんですか、三人部屋にして三つあるんだから他のに寝ればいいでしょう」

「ここがいいのよ」

 はぁ~、まぁどこでもいいや。入り口から離れた窓際のベッドに移動して再度倒れ込む。このままここで引きこもって居たい、家に帰る為に外へ出るのも億劫だ。それに視線…………周囲からの不躾な視線が怖くて仕方がなかった。どこへ行っても視線シセンしせん、遠慮なく見てくる者も居ればコソコソと話しながらこちらを窺う者も居た。気持ちが悪い、吐き気がする。

 このまま寝てしまいたいが風呂に入りたい、留置所じゃほぼ入ってない。その上炎天下を歩き回ったから汗も掻いた。

 バフッっとベッドが揺れた。

「なんで居るんですか……さっきの所がいいんでしょう?」

「察しが悪いわね、ワタルの隣がいいのよ」

 こっちの気持ちはお構いなしにストレートにそう伝えてくる。一応エルフの姫様である、そんな人が一般人、それも人間相手に……躊躇いはないんだろうか?

「はぁ」

「どこに行くの?」

「風呂です」

「風呂……お湯を使った水浴びよね?」

「まぁそんなところです」

 そういえば、二人ともこの世界の物はトイレも風呂も見知らぬ物なんだから使い方を説明しておかないと……。


「以上がトイレと風呂の使い方、質問は?」

「ない」

「ないわ。それにしても便利というか、不思議というか……変な世界ね」

 俺たちの世界の総評がそれですか…………。


「はぁー! お風呂って良いモノね。ヴァーンシアに戻ったら作れないか父様たちに相談してみようかしら」

 姫様はさっぱりした感じだけど、フィオはぐったりしてるな。

「フィオは風呂苦手だったか?」

「熱かった」

「? 水の出し方も教えただろ、足さなかったのか?」

「ティナが駄目って言った」

「あら、あの位がちょうどいいと思うのだけど」

 姫様は熱めが好きなんだろうか? 対するフィオは水に慣れてるから湯が苦手だったんだろうな。エアコンの温度を低めにしておいてやるか。

「まぁ部屋は涼しいからいいだろ? というかちゃんと髪乾かせよ」

「暑い、面倒、やって」

 トコトコ寄ってきて俺が寝転がってるベッドに腰掛ける。髪が長いから濡れた髪がベッドに…………。

「あの時、もうやらんって言っただろうが」

「だってリオが居ない」

 …………リオ、あの後もやってたのか……気を付けようって言ったのに。仕方ない、恩がある。このくらい聞いてやろう。洗面所からドライヤーと櫛を持ってきて乾かしながら梳かしていく。綺麗なんだけど、手間だな。恋人でも作ってそいつにやらせりゃ楽だろうけど…………フィオに恋人? 全く想像つかんな。

「熱い」

「我慢しろ、これでやった方が早く終わるんだから、それにエアコンついてるんだから部屋自体は涼しいじゃないか」

「…………」

 不満そうだ。

「ほい、終わり。もういいぞ」

「ん」

「なら今度は私の髪をお願いするわ」

 え~…………姫様も髪長くて手間そうなんですが、それにフィオに負けず劣らず綺麗な髪だ。俺がいじっていいものか?

「えっと、自分で――」

「フィオにはしたのに、私にはしてくれないの? 文句言ってるくせにフィオがとても気持ちよさそうにしてたから、私もしてもらいたかったのに」

 落ち込んだようにションボリしつつ見つめてくる。この態度は態とだ、今までの姫様の言動でこのくらいで落ち込む様な人じゃないのは分かってる。

「どうしてもダメぇ?」

 甘えた様な声をして、隣に座って擦り寄ってくる。自分の魅力を理解してフル活用してるな…………負けるな俺! ここで受け入れたら当分髪の手入れ係にされるんだぞ!

「…………」

「ねぇ?」

 うぅ、風呂上がりでいい匂いがする。

「ダメ?」

 俺の手に自分の手を重ねて上目遣いでこちらを見てくる。

「…………やります」

 髪の手入れ係確定…………。

「ありがとっ!」

 俺弱っ!


「死ぬ」

 長くて綺麗な髪の二人の髪を乾かすのは気を遣うから思いの外時間が掛かった。

「その言い方だと私たちがイジメたみたいじゃない。ご褒美あげるから元気出しなさい」

「ご褒美? ――っ!?」

「どう? 頬が気に入らないなら唇でも構わないけど」

「い、いえ! じゅ、充分です」

 びっくりした。いきなり頬へのキス、まだ心臓がバクバク言ってる。この大胆な姫様と一緒に居るのは心臓に悪いかもしれない。

「…………」

「睨むなよ、俺が何かしたんじゃないだろ?」

 フィオから無言のプレッシャーが…………っ!?

「お礼」

 フィオにもされた…………本当に死ぬぞ? 心臓が破裂しそうだ。姫様と一緒に居るのはフィオの教育上にもよろしくない気がしてきた。


 二人は寝付いたが、色々あり過ぎて俺は眠れない。

「お前が殺したんだろ! 娘を返せ!」

 少女の父親の声が頭の中に響く。そして祖父母の言葉…………もう自分を責めなくていい? 親族にそう言ってもらえたし、もう俺に贖えそうな事はない。俺に出来る事が無い以上、これで終わりにしていいんだろうか?

 直接俺が何かをしたわけじゃない、殺したいと願ったわけでも死んでいいと思ったわけでもない、でも……俺は…………。

「うっ……くっ…………」

「泣いているの?」

 っ!? 額の上で腕を組んで、腕で目を覆って嗚咽を漏らしていたら、姫様がいつの間にか俺にのしかかる様な状態で俺のベッドに居た。

「なんで? 寝てたんじゃ?」

「ワタルのベッドに忍び込む為にワタルが眠るのを待ってたんだけどね。急に泣き出すんだもの、びっくりしたわ」

 聞かれてたのかよ…………というか忍び込むって、やっぱりナハトと同じ感じの人だな。

「ワタルは変な子ね」

 姫様にも変って言われちゃったよ。フィオにも出会った時から変、変言われてるし、俺って変人なのか……結構ショックです。

「おかしくなってて剥き出しになってたとはいえ、あれだけ激しい殺意と憎しみを抱えていたら普通はもっと荒んでいて、他人の死なんて一々気にしたり、況してやそれを気にして苦しんだりもしないと思うのだけれど……ナハトはこういうところを気に入ったのかしらね?」

「それは…………」

 どんな殺意や憎しみを抱えていようとそれだけで生きてるわけじゃない、それに自分のした選択の結果死んでしまったと思えば苦しみもする、別に変じゃないと思うんだけど…………? 姫様がぽーっとしてる? なんだ?

「……泣いてる顔もいいわね、本気で欲しくなってきちゃった。共有じゃなくて独り占めの方がいいかも」

 泣いてるのがいいって……Sですか? 何がそんなに姫様のお気に召したのか、妻だ、恋人だと言いながらも、どこかからかう風な雰囲気があったのに、今は何か違う。

「私が慰めてあげるわ」

「うぷっ、あの?」

 隣に寝転がった姫様の胸に抱き寄せられた。今度は別の意味で心が苦しいんですが!?

「誰かの体温を感じていると落ち着くでしょう? それが私みたいな美人だと効果絶大よ! こうしててあげるからこのまま眠りなさい」

 心臓がバクバク言ってて、とても眠れる状態じゃない…………でも、他人って温かいんだな。

「ありがとう、ございます」

「ふふふ、良い子、良い子~」

 完全に子供扱い……ナハトの幼馴染なら確実に百を超えてるから子供に見られても当然だろうけど。

「なんで俺なんかに構うんですか?」

「最初はナハトを倒したっていうから気になってたんだけど、今はさっきの泣き顔にやられちゃったからね。凄く可愛かったのよ?」

 凄く複雑な理由を告げられた。

「そんな理由――」

「あら、他にもあるわよ。カーバンクルの宝石みたいなとても希少な物をプレゼントしてくれるところとか、危ない状況なのに殺さずに~、なんて言っちゃう甘い子だから傍で見ててあげないと危なっかしい、とか抱き付いた時に顔を赤くして焦ってるのを見るのが楽しいとか他にも性格も結構気に入ってるわ」

 うぅ~、ナハトや姫様が特殊なのか、それともエルフ全体がこんなにもストレートに好きだと伝え合うのか、もしくはこれがどんな種族も一般的なのか…………判断出来る経験が俺には欠けている。そしてそれを受け入れる心も…………。

「寝ます」

 これ以上この話題を続けると自分が困る事になりそうなので、早々に逃げ出す。

「照れちゃって~、言っておくけど私もナハトと同じでしつこいから、絶対に諦めないわよ? おやすみなさい」

 優しく頭を撫でてくれてるけど……偉い立場なんだから俺みたいなのなんか選ぶなよ。もっと見合った相手が居るだろうに…………。




 いつの間にか眠ってた。ドキドキし過ぎて寝れるはずないとか思ってたのに、リオが偶に無防備に引っ付いたり、ナハトがベットに忍び込んで来たりしてたせいで多少女性への免疫がついたのか?

 とりあえず起き――? 頭に回された腕の他に腹にも腕が回されて? …………なんでフィオまで同じベッドで寝てんだよ。三人部屋の意味は!? うー、姫様の腕を解くのは問題ないとして、フィオは…………前みたいに締め上げられるのはちょっと……というかかなり嫌なんだが、今は能力使えんし。

 かなりビクビクしながら解く作業に移ったら、あっさり抜け出せてしまった。

「今何時――十四時…………寝過ぎだろ」

 まぁ今日位いいか? 留置所暮らしは野宿に慣れてても堪えたし、二人は直接は関係ないのに捕まっちゃってたんだもんな。

 少し腹が減ったかも、ルームサービスで適当に……サンドウィッチとかを頼んどくか、二人も起きたら食べるだろうし、しかし……この時間で、更に二人が起きるのを待ってから家に帰ろうとするとかなり遅い時間になる。

「もう一泊しよ」

 もう今日は動きたくない、引きこもる事に決めた。


「それでもう一泊ってわけなのね」

 姫様が起きたのは十六時、フィオに至ってはまだ寝てる。

「はい、こんな時間から帰ろうとしたら帰り着くのがかなり遅い時間になるんで」

「ふ~ん、ここはワタルの住んでた場所からは近いのね」

 ん? 近くないぞ? ここは東京で、俺が住んでたのは中国地方、大分遠い。

「近くないですよ。かなりの距離があります」

「? だって今から出発しても夜の遅い時間には着くんでしょう?」

 あぁ、そうだった。あっちには交通機関がないんだった。

「こっちの世界は移動手段が豊富なんで距離があってもそのくらいなんです」

「ふ~ん? それにしてもこのタンサンジュースは美味しいわね。シュワシュワしてて甘くて、こんな面白い飲み物初めてよ!」

「お酒とかじゃなくてよかったんですか? お酒も頼めますけど」

 百を超えてるんだろうから飲酒法なんかも関係ないし。

「私お酒は駄目なのよ」

 ありゃ意外、長寿だし慣れてそうなのに。

「苦手なら仕方ないですね」

「違うわ、父様に禁止されてるのよ。お前は飲むと無茶苦茶をするから国の者に迷惑を掛けない為にも絶対に飲むな、って」

 どんな酒乱なんだよ!? 怖い、この人には何があっても絶対に飲ますまい。万が一飲んでる状況に出くわしたら全力で逃げよう。

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