選びます

「あの人間たちまだ付いて来るわね」

 本当にしつこい事で…………こんな暑い中あんなもん構えて移動するのも楽じゃないだろうに。金貨を買い取ってもらった店にあったカレンダーを確認したら七月だった。俺がこっちに居たのが四月の……いつだったかは覚えてないけど、ヴァーンシアに居たのが、村でひと月、王都までの旅でひと月だから、曖昧な部分を合わせて三か月前後ってところだろうか? 向こうもこっちも時間の進みは同じ位らしい。

「にしても暑いわワタル~」

「引っ付かないでくださいよ、余計に暑いしただでさえ目立ってんだから。それに姫がホイホイ男に抱き付いていいんですか?」

「目立ってるのは、あの人間たちが変な物を構えて付いて来るからでしょう? それに気に入った相手への愛情表現に立場なんて関係ないでしょう?」

 随分と大胆な……ナハトの幼馴染だから仕方ないのか? フィオと姫様の容姿が人目を引いてるのもあるけど、付いてきてる報道陣も原因の一つではあるな。電撃撃ってビビらせて逃げるか――っ!?

「え? あれ? なんで? どうなってるんだよ…………」

「どうしたの? 暑くて疲れちゃった?」

「いや、能力が……また使えなくなってます」

「え!? 本当なの?」

 こんな嘘吐かない、俺だってヴァーンシアに戻るつもりでいたんだ。リオの事が心配だし、魔物があの後どうなったのかも気になる。少し休んだら帰るつもりだったのに…………。

「はい、また能力を使う時の感覚が無くなってるんです」

「…………もしかしたらケイサツショでの事が原因かもしれないわね。偶に精神的に疲れたり傷を負った者が一時的に能力を失うって事が報告されてたから、覚醒者であるワタルにもそれが起こってるのかも」

 そんな事があるのかよ……戻らないといけないのに、もしあの後魔物が溢れ出しでもしてたらリオは…………。

「戻す方法はないんですか?」

「疲れや傷が癒えれば戻ると思うわ。でも……」

「でも?」

「未だに戻ってないって者も数名居るって聞いてるわ」

 …………どのくらいの期間喪失してるのか分からないけど、長命なエルフのことだから年単位かもしれない。そんなに待ってられないぞ!? もうこっちに帰ってきて二十日経ってる。悠長なことをしていてリオが危険に晒されていたら……。

「まぁ悩んだって仕方ないわ。気持ちを切り替えて異世界観光しましょ」

「そんないい加減な――」

「精神的なものなのよ? なら楽しい事、気持ちが楽になる事をしていた方がいいでしょ? それとも気持ちがいい事の方が良いかしら?」

「ちょ!? ふざけてる場合ですか、戻れなくなるんですよ? 向こうが心配じゃないんですか?」

 往来の真ん中でまた抱き付いて来る。勘弁してくれ、滅茶苦茶見られてるぞ!? 気にせず歩いてた人まで足を止めて何事かと見てくる。

「心配に決まっているでしょ! でも、向こうには戦える者もちゃんと居る、自分の身と大切な人くらいは協力すればみんなで護れるはずよ。それにワタルの能力を戻すのが一番の早道なのよ? ならワタルの気の休まる様にしているのが一番でしょう?」

 そう言って身体を密着させてくるけど……これは休まらない、全然休まらない! っ!? カメラのシャッター音が聞こえた。

「てかあんたらいい加減にしろよ! さっきからずっと付け回しやがって! 俺たちは撮影の許可なんか出してないぞ!」

「ですから、少しだけお話を聞かせてもらえれば私たちも引き上げますから――」

「プライバシーの侵害で訴えますよ? さっき充分お金が入ったから裁判を起こしても問題ない位はありますよ」

『…………』

「犯罪者のくせに何がプライバシーだよ」

「鬼畜犯罪者にプライバシーなんてあるかよ」

「晒し者にされて当然だろ」

 報道陣の何人かが呟いた言葉はしっかり俺の耳に入っていた。やっぱりそういう見方をされてるんだ…………報道って中立性というか、客観的なものじゃないと駄目なんじゃなかったっけ? 不起訴で釈放されたのにこの扱い。

 それでも動きが止まっているのでこの隙に逃げる事にする。

「二人とも走るぞ!」


 あ~、暑い…………紋様の強化のおかげで誰も付いて来れなかった。二人は元々こっちの人間が追い付けない程に速いし。

「ここでは何をするの?」

「服を買うんですよ。姫様は全身目立ちますし、フィオは……下は良いとしても上半身が露出し過ぎだ」

 とりあえず服装から普通のモノに変えて少しでも目立たない様にしないと、どこへ行っても矢鱈と見られて気持ちが悪い。俺は奇異な者を見る視線で、フィオと姫様は好奇の視線で……とにかく不快だ。

「このままでいい、暑い」

 あぁ、そういえば日焼け止めも買ってやらないと、せっかく白くて綺麗な肌なのに焼けてしまう。

「私は着替えたいわね。異世界の服なんて興味があるわ、ワタルが選んでね」

「はぇ!? なんで俺なんですか、自分で選ぶか店員に選んでもらうのが無難ですよ。俺は女性の服なんて詳しくないんですから」

「妻の頼みよ、聞きなさい」

 いつ妻になった…………。

「妻とか意味わか――」

「なんでも聞くって言ったわよね? 結婚、はまだ待ってあげてもいいけど恋人にはなってもらうわ」

 なにがどうなってそうなったんだ!? 一応幼馴染のナハトが自分のだと主張してる相手だぞ? 俺にその気は無いけど、それは姫様に対しても同じだ。というか姫がこんなのを選ぶなよ。

「そんな無茶苦茶な…………」

「だってもし、このまま帰れなかったらこの世界で唯一気を許した男だもの、当然でしょ?」

 同じだ、この強引さ、ナハトと同じだ…………この言い方は少し嬉しい気もするが、流されるな!

「あ、ナハトと違って束縛はしないわよ? だからフィオに手を出しても怒らないし、もし戻れたら一緒に居た娘とナハトなら許すわ。でも他の人間だと嫌ね」

 精神的な問題なんじゃなかったですっけ? 心労が増した気がするんですけど。

 ……姫様は浮気は気にしない派か。

「まぁとりあえず服を買いましょ! 楽しみね~」


「なんでわざわざそんなチョイスを…………」

「ワタルのに似ているでしょ?」

 今姫様が着ているのは黒のタンクトップに白いシャツの前をはだけて着ていて、普通のジーンズというラフな物、他にも色々選んで買ってはいたが、これがお気に入りらしい。ペアルックとかが好きなタイプの人なんだろうか?

 俺も買ったが相変わらず黒系が多かった。

 気付いたら黒いのを選んでいるという、センスがないんだろうなぁ…………。

「次はフィオのだな」

 身長なんかの問題で、どうしてもサイズが合わないので別の階の子供服売り場に行くしかなかったから後回しになっていた。

「いらない」

「まぁまぁ、行ってみたら気に入る物があるかもしれないだろ? それに暑いんだから汗掻くし、着替えがあった方がいいんだ」

「待ちなさいワタル、まだ私のが終わってないわ」

 乗り気じゃないフィオを引っ張っていこうとしたら引き留められた。

「え? でも、もう買ったんじゃ?」

「下着がまだよ、一緒に選びなさい。ワタルの好みの物を着てあげるから、その方がワタルも嬉しいでしょ?」

「…………一人で選んでください。俺はフィオの服買いに行くんで」

 女性の下着売り場とか男には地獄だ。どんな顔してそこに行けばいいんだよ!? そもそも俺は顔が知れ渡ってるんだぞ? 確実に変な目で見られる。

「フィオのを選ぶなら私にも選びなさいよ~」

「んじゃあ白か黒系で」

 適当に言って逃げ出した。あのままだと引っ張って連れて行かれかねない。


「結局そんな感じか…………」

 フィオが選ぶのは黒、白、ジーンズ色のホットパンツとチューブトップ? とかいう胸部分だけ隠してお腹は丸出しの今着てるのと同じ様な物ばっかりだった。

「これが動き易い」

 まぁそうなんだろうけどね、そんなに肌を晒して羞恥心はないのかという問題。

「どうした? なんかあったか?」

 急に止まって動かなくなった。

 何見てるんだ……って、薄生地の猫耳パーカー…………あざといよお前、そんな事考えてはいないだろうし、絶対似合うだろうけど。

「それが要るのか?」

「…………ぅん」

「んじゃレジに……って全部買うのか!?」

 売り場に出てる長袖と半袖のもの十着ずつ位を全部取った。

「色と長さが違う」

 そりゃそうなんだが…………同じのも混ざってるぞ?

「着替えがあった方が良いって言った」

 そんなに気に入ったのか。

「…………はぁ、分かった」

 いいか、本人の好みなんだし、金も十分ある。自由にさせよう。

「下着はどうするんだ? ちゃんと買っておけよ」

「ん」

「って、なんだ? 引っ張るな……げっ!?」

 デンジャーッ!? 連れて来られたのは子供用下着売り場、ある意味大人の方よりヤバいだろ! 大人の方は恋人が選んでる。みたいな解釈が出来るけど子供用は……それに俺が何の嫌疑で捕まってたと思ってんだ!? 逃げないとマズい、少女誘拐殺人の容疑者、異世界の少女に自分の選んだ下着を着けさせる、みたいな感じでネットに晒されそう。

「選んで」

 い゛!? なに姫様の真似してんだ!?

「い、いや、自分で決めろ。選んでる間俺はあっちで待ってるか――放せよ?」

「選んで」

 目がマジだ…………腕を振ってみるが、腕を掴んでる手にも力を入れていて放す気がない。

「どうしてもか? こういうのは自分で選んで買う方がいいと思うぞ? さっきだって自分で気に入った服を選んだだろう? 気に入った物を買って着る方が気分もいいぞ?」

「…………」

 無言はやめて! 辛いから、俺が何かを強要してるみたいに見えるから!

「ねぇ? あの人って…………」

「だよね、やっぱり…………」

「やっぱりそういう趣味…………」

 おぉう…………脱出は失敗して既に発見されてしまったようです。精神をガリガリ削られてるんだけど、能力が全く戻る気がしないんだけど…………これは適当に決めて早く立ち去る方が得策か? でも、女の子の下着を選ぶって――。

「どれ?」

 お前はもう少し俺の立場を考えてくれ、どうせこの社会に居場所なんてないんだけど、どんどん悪い評判が立ってるよ。

「本当に自分で決めないのか? 自分で決める方が良いぞ?」

「ティナもワタルに選んでって言ってた」

 やっぱり姫様の真似か!? 駄目だ……よくない影響を受けてる。あの姫様の奔放さはどうにかならんものか…………。

「選んで」

 覚悟を決めて選ぶしかないようだ。

「なら…………縞々?」

「ワタルは縞々が好きなの?」

 それ聞き返すのか!? 向こうでヒソヒソ何か言われてる。もう完全に変態犯罪者扱いだな…………まさかフィオの方が地雷だったとは。

「好き?」

「好き、かもしれない…………」

 もうどうでもいい。どうせ世間的には俺はロリコンさ、あははははは…………。

「分かった」

 今度は縞々ばっかりを十着位取った。お前はもう少し自分で考えて決めることをした方がいいぞ?

 そしてレジに行き、白い目で見られながらフィオの買い物を終えた。

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