源さん…………

 気分がどんなに鬱々として沈み込んでいようと、釈放されたからには留置所に戻って引きこもるという訳にもいかない。

 だが家に帰る為の金も無い、という事でフィオが持ってきてくれた荷物の中に入っていた、源さんに貰った金貨を頼る事にした。

 警察の人に金買取をしてる店の場所を聞いて警察署を出たらテレビカメラに囲まれていた。

「出てきました。たった今容疑者だった青年が釈放された様です。異世界人であるという少女と女性も一緒です。あの、容疑を掛けられていた事と異世界についてお話を聞かせて頂けませんか? 今世間では異世界否定派と異世界肯定派で論争になっているんです」

 リポーター? レポーター? どっちでもいいけど、マイクを持った女の人が駆け寄ってきた。話す? 冗談じゃない、なんで好き好んで全国の晒し者にならないといけないんだよ。二十日間の留置所暮らしと刑事たちの扱いの悪さで疲れ切ってる、それに巻き込んでしまったフィオと姫様だって疲れてるだろうから、一刻も早く換金してどこかでゆっくり休みたい。それにどうせ実は犯人なんじゃないか、とか精神科に通ってた異常者の妄想だ、とかニュース番組のスタジオで言い合うのに使うんだろう? わざわざこの人たちの飯のタネになってやる気はない。


「急いでるんで」

 それだけ言ってさっさと歩き出す。教えてもらった買取所は警察署の近くだからさっさと店に入ってしまおう、店の中までは店の迷惑になるから入って来ないだろうし。

「待ってください! 少しだけ! 少しだけでいいんでお願いします。全国、いいえ! 世界中の人が異世界について注目していて知りたがってるんですよ。これだけの騒ぎの中心に居るあなたには話す義務があると思いませんか?」

 付いて来る…………俺は芸能人じゃないんだから勝手に映すな、って文句言ってもいいんだろうか? 大体、話す義務? そんなの知ったこっちゃない。紅月や優夜たちの家族からそう言われるなら、確かに話すべきだと思う。でも世の中の、一時の娯楽程度の為に晒し者になるのは御免だ。

「ワタル、なんなのあの人たち? みんなして変な物持ってるし、この世界の文化か何かなの?」

「あぁ~、あの人たちは珍しいものを人に広めて飯のタネにしてるんですよ。俺たち、というか姫様とフィオを晒し者にして飯のタネにしたいんでしょ」

 疲れていて説明するのも億劫で、偏見に満ちた情報を姫様に吹き込んだ。

「ムカつくわね」

「ちょ、ま! 駄目ですって、無闇に抜いたら駄目って警察で言われたでしょう? ほっといてさっさとお金を手に入れて休める所に行きますよ」

 剣に手をかけた姫様を必死に止めて引っ張っていく。

 そのまま家に帰ってしまいたいが、今日一日休みたい。とにかく心も身体も疲れている。姫様だって留置所暮らしで相当嫌な思いをしただろうし、早く休ませてあげたい。

「むぅ~」

 不満そうだが大人しくついて来てくれている。

 …………よく考えたら俺って姫様に色々言い過ぎじゃないか? 言葉遣いもグダグダだったりするし、今だって手を引いてる…………ヴァーンシアに戻った後大丈夫だろうか? 無礼者は処刑…………?

「えっと、そちらのお嬢さん! 少しお話を――」

「煩い、しつこい」

『きゅぃー、きゅぃー!』

「か、可愛い動物ですね~、異世界の動物ですよね? 少しでいいからその子について教えてくれない?」

「…………」

 フィオは完全無視。知らない人間は嫌とか言ってたからなぁ。

「あ、あの、じゃあ! そちらの、エルフ? の女性の方、お話を――」

「私人間は嫌いなの、その上不躾に押しかけてくる人間なんて最悪よ」

 姫様に挑むもバッサリ切って捨てられてる女性リポーター…………憐れな。

「あの、でもそちらの男性、如月さんと女の子は人間ですよね? 如月さんはこの世界の人ですし、それはいいんですか?」

 あ~、そうか。捕まったら名前出されるんだな…………最悪、引きこもってたから通ってた小学校までしか知り合いなんて居ないけど、ニュース見て思うんだろうなぁ。あいつやらかしちゃったな、って。同級生として恥ずかしいな、とか。

「ワタルとフィオは特別よ、ワタルは私の婿にするんだもの。それにフィオはワタルを共有する娘だからいいの」

 ほっといて、って言ったのに…………姫様、爆弾投下しやがった。

「む、婿!? お二人は婚約なさってるんですか? それにこんな小さい女の子までなんて…………異世界では重婚が許されているんですか? それにしても子供と結婚なんて…………あなた方が現れた現場に居た方から、お二人が妻だという発言を聞いたという証言があったので、事件の事と合わせて如月さんは小女性虐待者なのでは? という疑いを持ってる方も多く居るようですが、その事についてはどう思われますか?」

 要らん事口走るな! フィオの機嫌が悪くなってる! それに…………こっちに帰ってきてもそんな扱いは続くのか……全国的に俺はロリコンという認識になっていると……もういいよ! ロリでも少女好きでも勝手に呼べ!

「ええ! わた――」

「行きますよ! ほっとくって言ったでしょ!」

 自慢げに話しだそうとする姫様を引っ張って店に急ぐ。


「着いた」

 本当に警察署から直ぐだった。

「姫様もフィオも大人しくしてるように」

「ん」

「分かってるわよ」

 店に入ると流石に付いて入っては来なかったけど、外で待機してやがる。

「い、いらっしゃいませ、本日はどのような御用件でしょうか?」

 ニュースで俺の顔が知れてるからか、フィオと姫様の恰好のせいか、店員の顔が少し引き攣っている。そりゃ関わりたくないよな、釈放されたとはいえ少女誘拐殺人の被疑者なんかと……それに小女性虐待者なんてレッテルまで張られてる。さっさと用を済ませて直ぐに出よう。

「これの買取をお願いしたいんですけど」

 源さんに貰った金貨袋を渡した。

「こちらは……金貨、ですね。刻印がありませんから調べるのに少々お時間を頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」

「あ~、はい。異世界の物なんで刻印はないんです」

 刻印ってたぶん何々金とか言う時の数字の事だよな? 異世界と言った途端に店の中が静まり返って他の客もこちらを見ている。

「出来れば急いでください、居心地悪いんで…………」

「か、かしこまりました」

 店員が走って奥に引っ込んだ。


「お客様、お待たせして申し訳ありません。少し想定外の事が起こったので奥の部屋に来ていただいてもよろしいでしょうか?」

 なんだ? さっきの店員じゃなくて偉そうなおっさんが出て来た。店長?

「はぁ」

 なんだろう? 実は金じゃありませんでした、ってオチじゃなかろうな? そうなったら金がない俺はどうやって帰ればいいんだ!?

「あの、それで、何かマズい事があったんですか? 偽物だったとか、買い取り出来ない物だったとか」

「いえいえ、滅相もない。お客様がお持ちになった金貨は全て純金で出来ていましたよ。ちゃんと買い取りする事の可能な物です」

 よ、良かった~、これで金が入る…………なら何が問題だったんだ?

「ただですねぇ、今の純金の価値が一グラム四千七百三十三円でして、お客様がお持ちになった金貨が一枚四十五グラムで百枚ありまして、合計でこの金額になってしまいまして……現金での全額支払いは難しいので銀行口座への振り込みでの支払いにさせて頂きたいのですが、如何でしょう?」

「に、二千百二十九万八千五百!? こ、こんなになるんですか!?」

「ええ、ですがこれは純金を単純にグラムにした価値でして、お客様の事はニュースで日本全国の方の殆どが知っているでしょう。そして異世界の事も、そして異世界、異世界の物に興味がある方も多いでしょう。ですのでこの異世界で作られた金貨には付加価値が付くでしょうから、恐らくこの位にはなるかと思われます」


 操作した電卓を見せられた。

「…………ご、五千五百万……」

 分からん、もう訳が分からん! なん、じゃこの金額は!? 俺はこんなもん受け取って旅立ったのか? こんなぶっ飛んだ金額を貰うような貢献をあの村にしてないぞ!? 源さんもなにこんなもんを、ほいと渡してるんだよ! 

「この金額ですので、現金でのお支払いが難しいので、銀行口座への振り込みでお願いいたしたいのですが」

 そんな事言われても通帳なんて今持ってないし、口座番号だって覚えてない。何より現金が必要なんだ。

「あの、じゃあ十枚だけ買い取ってもらえませんか? 俺今通帳なんて持ってないですし、口座番号も覚えてない。それどころか現金が全くないんで現金が必要なんです」

「でしたら異世界の金貨十枚を買い取りという事で、こちらの金額になりますが、こちらでよろしいでしょうか?」

 五百五十万……これでも持ち歩くのが怖くなる金額だな。まぁ、剣に依る強化があるから盗まれたりしてもすぐに捕まえられるだろうし、フィオも姫様も居るから大丈夫かな?

「はい、それでお願いします」

「かしこまりました」

 凄い金額になっちゃったなぁ、ヴァーンシアに戻れたらあの村にお礼に行きたいくらいだ。そして残りは返したい…………まてよ? ミスリル鉱床の礼だ、って渡されたのがあの金貨……ならミスリルは更に高額!? おいおいおい! そんなもんで作った剣を四本と玉五百個って…………考えたら眩暈がしてきた。俺最初の二本をグミ五箱で作らせちゃったぞ? ぼったくりどころの話じゃない、あっちでは珍しい物だったとしても完全に詐欺だ…………。

「では、こちらになります。ご確認ください」

 機械で札が数えられていくのを呆然と眺めた。

「お間違えないですか? なければこちらにサインをお願いします」

「はい…………」

 もう何を言われてんのか入って来ない。


「ご利用ありがとうございました~」

 金額ショックが抜けないままに店を出た。

「あ! 用事終わられましたよね? でしたら少しお話を――」

 まだ居たのかよ…………食い下がるなぁ、まぁ別の世界が存在しているなんて特ダネだろうからな。だが! 断る。小女性虐待者とか言ってるからニュース番組で批判するのにはうってつけのネタだろうなぁ、スタジオ内が一致団結して俺を批判しまくってるのが目に浮かぶ。こんなスキャンダルはこいつらにとって又と無い最高の飯のタネだろう。

「まだまだ用事があるんで」

 相手なんてしてらんない。逃げる様に先を急ぐ。

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