信じてくれる人
「こっちの世界の服を着てもやっぱり見られるわね」
「そっすね…………」
ホテルでもう一泊して朝食を食べた後にチェックアウトしたけど、何故かカメラを持った連中が外に待ち構えててまたも後をつけられてる。凄く不快だ。
「如月さん! 昨日の夜に鈴木真紀さんのお父さんが、如月さんが釈放された事に対して、如月さんの証言は妄言で、それを信じた警察を批判し、あなたと警察を訴えるという事を記者会見で仰っていたんですがご覧になりましたか? また、それについての反論などはありますか?」
鬱陶しい、不起訴になったんだから裁判出来んだろ……たぶん。はぁ、ほっといてほしい、この人たちにあの世界での苦しさの何が分かるんだろう? 話したところで精神患者の妄言と受け取られる可能性だってあるし、ちゃんと聞いたとしても想像するくらいしか出来ない。どうせ理解出来ないんだから構わないでほしい。あんた達は話すのが義務とか言ってるけど、俺はもう話したくもない。
「姫様、お願いがあるんですけど」
「そうねぇ、私を名前で呼ぶなら聞いてあげるわ」
名前…………もう既に失礼な言動しまくりだし、名前で呼ぶくらい今更か?
「ティナ様?」
「怒るわよ?」
駄目らしい。
「はぁ、頼むよティナ」
「ええ! いいわよ」
にっこにこの素敵な笑顔、道行く人も思わず足を止める程の。俺を映そうとしていたカメラも姫様に向いた。フィオと姫様が人目に晒されているのも何か気に入らない。
「あそこに見える大きな建物、分かりますか? あそこに移動したいんですけど」
「撒くのね?」
話が早くて助かる。
「はい、頼めます?」
「今のは駄目、敬語も嫌よ」
「あの! 異世界人だというお二人にもお話を伺いたいのですが――」
「煩いわよ、私は今ワタルと話しているの、邪魔しないで」
今日の人もバッサリ切られた。まぁ鬱陶しいから同情しないけど。
「では、お嬢さん、少しお話を――」
めげずに今度はフィオに向かって行く。しつこいなぁ、家に居る頃はぼんやりとニュースを見てたけど、その裏ってこんな感じなんだな。対人恐怖症が悪化しそうだ。
「煩い、邪魔」
「少しでいいんで、お願い出来ませんか?」
フィオの発している威圧感をものともしていない…………? いや、理解出来てないのか? 殺気の様な、息苦しさすら感じる圧迫感も、そういうのに無縁な日本人には効果がないのか? フィオにマイクを向けて近付いていく。
『ぎゅぃー、ぎゅぃー!』
「! それは異世界の動物ですか? 愛らしいですね。お嬢さんのペットなんですよね? 名前を教えてもらえますか?」
子供に話しかけるように、子供が進んで話しそうな話題を出してるが、フィオにそれは効かないし、殺気に気付け!
「っ! ほら行くぞフィオ! ティナ頼む! あそこまで跳んでくれ!」
もさが威嚇しているのに反応してフィオが動こうとしたのにビビッて、フィオの腕を掴みティナの手を取った。
「良い頼み方ね。これからもそういう感じなら聞いてあげる、わ!」
『え!?』
ティナの作った空間の裂け目に驚いて、野次馬も報道陣も固まった。
「じゃあね~」
「あっ!? ちょっと――」
リポーターが何か言おうとしたが入り口の裂け目が閉じた。
「あぁ~鬱陶しかった」
「そうね、ああも追い回されたら気分が悪いわ」
「蹴ろうと思ったのに」
それやったら捕まるからダメ!
「許可してないだろ、こっちじゃちょっとの事でも大問題になるんだから絶対に手を出すなよ? 嫌だったら逃げるんだ。手を出したらもっと鬱陶しくなるぞ」
「…………分かった」
「っと! ここでいいのよね?」
裂け目を抜けた先は駅の目の前、やっぱり便利な能力だよなぁ…………この能力で家まで帰れたりは……無理だな、ここから家までの帰り道なんか知らん。
「うん、ここでいい、ありがとう」
「いいのよ~、ワタルの為だったらこれ位ならいつでもやってあげるわ!」
また抱き付かれた。こんな炎天下で熱くないのかな? 俺汗掻いてベタベタしてるし、不快じゃないのか?
「ねぇ、あれってテレビで見たやつだよね!?」
「そうそう! ニュースでやってた! 瞬間移動出来るエルフと空飛ぶ女の子!」
また野次馬が…………さっさと切符買って新幹線に乗ろ。
「あっちは捕まってたロリコンキチガイだよね? なんで出て来たんだろ?」
「殺された女の子のお父さん可哀想だったよね。泣きながら記者会見してて、もう一回捕まればいいのに」
やっぱり世間では俺はそんな感じなのか……はぁ、辛い。ヴァーンシアに戻りたい、生きるのが楽な場所じゃなかったけど、それでも俺に普通に接してくれる人たちが、優しくしてくれる人たちが居た。苦しい事も多かったけど、嬉しい事も多かった。こっちで見知らぬ人間に誹謗中傷を受けるよりあっちの世界の方が良い、早く戻れよ能力!
「ワタル、行きましょ。気分が悪いわ」
ティナが俺の手を引いて歩き出すが――。
「待てマテ、そっちじゃない、切符売り場は反対方向だから」
どうにか切符を買って乗り場に向かってるけど、やっぱり目立つ。長くて綺麗な金髪と銀髪だ、それにティナの長い耳も目立つ要因かな。俺もニュースで顔が晒されてるし、捕まってから連日報道されてたとしたら三人の顔を知ってる人間は相当な数だろう。
「居心地が悪いわ」
「消したい」
なに怖い事言ってんだ!?
「駄目だぞ、さっき言ったろ?」
「分かってる、でも……むかむかする」
それについては同意だ、そして本当にすまん。俺のせいで嫌な思いさせてるよなぁ、二十日も捕まってたし…………ホント恩人に何やってんの俺。
「あの! 如月さんですよね?」
またか――と思ったら報道陣じゃなくて女子高生っぽい娘、なんだ? 名前が知られてるのは分かるけど、俺なんかに声を掛ける意味が分からん。世間じゃ犯罪者で異常者な扱いなんだろ?
「違います」
とにかく関わりたくない。
「あ~、待ってください、待ってください。私異世界肯定派で如月さんが犯罪者だなんて思ってませんから、ただちょっと握手してもらえないかなぁ~って」
異世界肯定派…………そういえば釈放された時にそんな事を聞いたような気もする。でもなんで握手? 異世界の存在のフィオとティナなら分かるけど、俺なんかと握手してもなんの自慢にもならんぞ…………二人は名前が出てなくて名前を知ってる俺に声を掛けた? これなら納得。
「ティナとフィオ、握手だって」
「え!? お二人とも握手してもらえるんですか!」
え? その反応だと俺と握手する気だったの?
「二人が目的だったんじゃ?」
「それはもちろんお話出来たらなぁ~って思ってましたけど、私は如月さんのファンですから」
ファンー!? 何言っての!? 少女誘拐殺人の被疑者だったんだぞ? それのファンって何? 変な犯罪者にファンが付くとかそんな感じ?
「テレビで弁護士の人が言ってましたよ。奴隷にされた子の遺体を奪い返して遺骨を家族の所へ帰してあげる為に異世界を旅してたって、それで私感動しちゃってファンになったんです。他にも私の友達とかも如月さんの事を信じてる人いっぱい居ますよ」
弁護士……そういえば少し話をしたような? 同じ話の繰り返しだったしうんざりしてたから誰と何を話したか覚えてない。覚えてないけど、こんな事を言ってくれる人が居るって事は弁護してもらってたのか、顔も覚えてないや……ごめんなさい弁護士さん。
「ワタル、ファンってなんなの?」
「えっと――」
「応援者って事ですよ」
「へぇ~? あなたはワタルの事を疑わないの?」
ティナが睨むようにして女子高生に問いかける。
「はい、私は異世界があるって話を信じてますから、それであの……」
握手、ね。信じてくれるって言ってる相手を邪険にするのは良くないか?
「俺の手で良ければ」
おっかなびっくり手を差し出した。
「わぁ~、ありがとうございます! あの、写メ撮ってもいいですか? お二人も一緒に!」
握手した手を振り回しながら、スマホを取り出して興奮気味に聞いて来る。
「わ、分かったから少し静かに」
元々目立ってたけど、更に見られ始めた。
「ねぇねぇ、写メってなに?」
分かんない言葉がポンポン飛び出すから困るだろうな。
「あ、異世界の人だから分からないですよね。すいません、写メって言うのはこんな感じに景色とか人の事を絵にして保存出来るものなんですけど、一緒に写ってもらえませんか?」
「この世界には面白い道具があるのね。そういえばワタルも持っていなかった?」
「裂け目が出来た時の戦いのせいで壊れてました…………」
そうだよ、帰って身分証を確保したらスマホも買いに行かないと、こっちではネットが使えないのは不便だ。
「そう、残念ね。私はワタルが一緒なら写ってもいいわ」
「もちろん如月さんも一緒に写って欲しいです。あの…………」
「まぁ、いいか」
どうせ顔は知られてるし、ネットに上げられたとしてもテレビで報道されてるなら今更だし。
適当な見物人に頼んで写してもらってさっさと立ち去るつもりだったのに……。
「それで、ティナさんとフィオちゃんは如月さんと婚約してるんですよね?」
してない、してない、ティナが勝手に言ってるだけだ。
「ええ、とりあえずは共有って事になってるわ」
女子高生の、お似合いですね~、という言葉でノリノリでティナが話し始めた。人間嫌いなんじゃなかったのかよ。
「わぁ~、それでそれで、どんなところを好きになったんですか?」
「切っ掛け珍しい贈り物をされたり、幼馴染が気に入ってたから気になってたんだけど、昨日泣き顔を見ちゃって完全に惚れたわ」
「泣き顔、ですか?」
泣いたのバラされたよ!? 見物人も結構居るのになに言いふらしてんだよ!? それに惚れたって……そんな堂々と公言するなんて…………マジなのか?
「そうよ? あの国じゃ助けられなくても仕方ないのに、それを気にして夜に一人で泣いてたの。それがもう可愛くて、可愛くて」
恥ずかしいからやめて! マジで! 野次馬がヒソヒソやってるよ。
「そうなんですね……私は信じてるので頑張ってください!」
手を握られてブンブンされる。早くここから逃げたい…………。
「あ、ありがと。俺たちもう行くから」
「はい、引き留めてすいません。ありがとうございました! 信じてる人も沢山居ますから、元気出してくださいね!」
漸く乗り場に辿り着いたけど、さっきあんな事があったせいで滅茶苦茶目立ってる。早く新幹線来てくれー!
「良かったわね? 信じてくれる人が居て。私この世界の人間はみんな嫌な感じなんだと思ってたわ」
顔を覗き込んでそう言ってくる。確かに、ああいう人も居るんだと思うといくらか楽になる。にしても……近い! 顔を近づけ過ぎだ!
「ティナ、近い」
「キスしたくなっちゃう?」
「…………ならない」
離れないからとりあえずそっぽを向く。元々引っ付いたりされてたけど、更に酷くなった。惚れた…………ティナの好みって変だ。
「きゃぁぁぁああああああっー!」
大きな音がして悲鳴が響き渡った。
今度はなんだよ…………? もういい加減家に帰りたい。ヴァーンシアに行ってからというもの、矢鱈とトラブルに出くわすようにになってしまった。
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