理性

「さっきから何度も何度も……いい加減にしろよ! なんでこの世界の人間は異世界の人間を苦しめたがるんだよ! 僕たちだって好き好んでこんな世界に来たわけじゃないのに…………そっちが悪いんだ、僕は悪くない……悪くない、お前らが悪いんだぁぁぁあああっ!」

 怒り狂った奴隷商……じゃない、優夜が氷槍を無茶苦茶に撃って来る。

 後ろには封印石、避けずにあれを壊さないといけない、左手に短剣、右手に長剣を持って乱射される氷槍を捌いていく。右手では確実に破壊を、左は利き手じゃない分上手く捌けないから氷槍に当てて、軌道を逸らせて封印石の方へ行かない様にする。

 特殊効果様様だ、これが無かったら絶対に対応出来ていなかった。電気に依る強化はまだ実用的じゃないし、そもそも能力を使えば殺意に身を委ねて行動しかねなかった。

「クソッ、なんであいつは僕の氷が斬れるんだ!? 魔物を貫いて岩だって削る硬さなのに…………もっと硬く、あの剣に斬れない硬さでっ!」

 優夜が先程までのつららの様な物でない、ちゃんとした武器としての槍を生成し始めた。柄が俺の長剣と同じか少し長い位で、穂に当たる部分は柄よりも長く、大剣の刃の様な形状をしている、差し詰め大氷槍ってところか? あんなにデカい得物を本当に高校生が振り回せるのか?

「これで良い。綾乃、あいつを殺してくるから少し待ってて」

「うん、気を付けて」

 そうだった、あの奴隷商に見えてるのが優夜なんだから、あっちの手を繋いでいる相手は瑞原なんだよな…………駄目だ、どうしても目に見えるものの情報を信じようとしまっている。分かっているはずなのに、いつの間にか認識が優夜から奴隷商へ、瑞原からあの少女へと変わっていってしまう。奴隷商への殺意も俺の中に渦巻いていて、すぐに飲み込まれそうになってしまう。俺も優夜たちも質の悪い魔物に目をつけられたもんだ…………でも絶対にあの声の主の思い通りになってやるものか! 優夜たちは殺さない、封印石も壊させない。


「冷気を放っても防がれる、氷槍の乱射も効かない……だから、僕がこの槍で直接お前を殺す事にするよ」

 瑞原から手を離してこちらに大氷槍を構えた。妙に堂に入った構えの様な気がする、構えた槍もブレてない。氷であれだけの大きさならかなりの重さがあるはずなのに、構えた穂先はブレずにこちらを狙っている。実は怪力だったとか? この世界の人間ならそれも…………だから違うって! 優夜だ、あれは優夜なんだ、殺さない、殺さずに捕まえる。魔物も解放しない…………こっちの意識はブレまくってるな……頭がおかしくなりそうだ。

「殺してやる! 貫いた箇所から凍らせて氷像に変えてやるっ!」

「っ!?」

 速い!? 見えなかったり対応出来ない速さじゃないが、あの大きな得物で普通の高校生がする動きじゃない。

 突進に依る突きを躱して、気絶させるべく長剣の柄頭を優夜の腹に打ち込もうとしたら、それを柄で受け流して、そのまま流れるような動きで横薙ぎの一撃を放ってきた。

 咄嗟に左手の短剣で攻撃を受けたけど、横薙ぎの勢いのまま吹っ飛ばされて魔物の氷像に激突した。どうなってるんだ!? 明らかに異常だ、速さも力も。能力は一人ひとつのはず、優夜の能力は氷や冷気なんだから身体能力の強化なんか出来るはずないのに…………。

「あ~あ、まだ硬さが足りないのか、剣の刃が当たった所が少し欠けてる。もっと温度を下げて、もっと硬く、強く」

 槍の穂の欠けた部分が再生していく…………自分で生成できるんだから武器破壊も奪う事も無意味になるな……やり辛い、こっちは能力を使えば歯止めが利かなくなるだろうから、使えても一回か二回程度、それもちゃんと加減出来るのかも怪しいもの…………今更嘆いても遅いが、フィオとナハトにもっと訓練してもらっておけば良かった。

「お前を殺して、封印石を壊して僕たちは帰るんだ、自分の家に! だからこれ以上邪魔するなよ! 大人しく死ねぇぇぇえええ!」

 速いし力も異常だけど速さだけなら俺の方が速い、既の所で躱して距離を取る。俺の激突した氷像が貫かれてガラガラと音を立てて崩れていく。

 優夜の腕力が強いのか、あの槍が相当な業物に仕上がったのか、どちらにしても武器と身体能力はこちらが上というアドバンテージは殆ど無いのと同じだな。


「逃げるなっ!」

「っ! くっそ、めんどくせぇ」

 優夜の槍が頬を掠めて傷を作る。ちりちりとした痛みがして頬から血が流れる。

 殺意を抑えて、優夜と瑞原だという認識を保つ様に意識して考えながらだから、どうしても反応が遅くなる。

 一方優夜は殺意全開で動きに迷いがない。迷いが無いのは完全に俺を別の誰かだと思っているからか、それとも誰が相手だったとしても排除して日本へ帰るという強い意志からか…………だとしても、この動きの速さと力はどういう事だ? 長大な槍を軽々と振り回して向かって来る。

「優夜止まれ! 殺意に流される――っ!?」

「黙れっ! お前たちが、この世界の人間が悪いんだ。お前たちみたいな奴らだからこんなに殺意が溢れてくるんだ。お前たちが悪い、そっちが悪なんだ……僕は悪くない」

 優夜の放った刺突を躱して、一時的にでも武器を使えない状態にしようと穂を斬り落とす為に氷槍目掛けて長剣を振り下ろした。

「なっ!?」

 振り下ろした剣は氷槍の穂に少しの切れ目を入れただけで弾かれた。さっきまで乱射していた物は斬り裂けた、かまくらも問題なかった。でもあの槍は破壊出来ない…………ホントにどうすればいいんだよ。

「また壊れた、まだ硬さが足りない…………」

 ? おかしい、優夜が槍を修復し始めたけど直りが遅い、あの程度の傷なのに? あの槍そのものの生成だって大した時間は必要なかったのに…………瑞原と離れているからだ! そうだ、瑞原と離れて能力が強化されていないから、今はさっきまでの様にはいかないんだ。自分の能力が防がれた事に焦って接近戦に切り替えたのが裏目に出たんだ。

 今しかない、瑞原と離れて能力の強化が無くなってる今がチャンスだ。優夜も気付いていないようだし、合流される前にどうにか取り押さえる!


 距離を詰めて槍に向かって斬りつける、一撃で壊せなくてもいい。優夜が修復に意識を向けてればこちらが動き易い、優夜が何かする隙を与えない様に連撃で槍を削っていく。

「こいつ、なんで急にっ! さっきまで逃げてばっかりだったくせに、鬱陶しんだよ! 近付くな!」

 大振りな横薙ぎを上に跳んで躱して、落下しながら槍へ長剣を振り下ろした。急げ、急げ、これ以上時間を掛けていられない、理性が殺意で塗りつぶされていく、相手が優夜と瑞原だという認識が翳んでいく。完全に消えてしまったら自分が何を仕出かすか分からない、人に向けてレールガンすら撃ちかねない。そうなれば声の主にとってはさぞ使い勝手のいい手駒になるだろう。そうならない為に、急げ、急げ、誰も殺さない為に!

「来るなって言ってるだろ!」

「っ!」

 放たれた冷気を電撃を放って防いだ。

 しまった…………反射的に使ってしまった。能力を使う事への躊躇が無くなっていく、相手が本当にあの時の奴隷商に思えてくる…………。

「優夜っ!」

 っ!? 止まれ!

「がぁあああ!」

 瑞原の叫び声で気付いた時には優夜の頭へ長剣を振り下ろし始めていた。左手の短剣を振り上げて長剣を弾いてどうにかずらした。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 俺は膝から崩れ落ちた。

 殺すところだった、同じ日本人を、一緒に旅した相手を…………。


「クソッ、クソッ! 殺される前に殺さないと……僕が、僕たちが殺されるんだ。やってやる、お前ごと封印石を壊してやる」

 優夜が瑞原の所へ戻っていく…………止めないといけないのに、動き始めると自分が何を仕出かすか分からない事が怖くて動けなかった。

「なにやってるのワタル! 立ちなさい! そのまま死ぬ気なの?」

 糞親父の姿の姫様に叱咤されるが、動き出せば確実に理性が消し飛ぶ気がする。

「綾乃、僕にもう一度力を貸して、次で全部終わらせるから、そうしたら僕たちは帰れるから」

「うん、これくらいしか出来なくてごめんね……早く一緒に帰ろ?」

「うん! これで終わらせる」

 躊躇って動けないでいる間に優夜は瑞原の元へ行き、手を繋いで強化を受けている。止めないと…………魔物が出てきてしまう。

「ワタル! ワタ――」

 姫様の声が遠くから聞こえて、遠ざかっていくみたいに聞こえなくなっていく。俺が優夜を止めたとして、殺意と憎しみに飲み込まれた俺は誰が止めてくれるんだろう?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る