破壊者

 立ち上がって動き始めたら、思考がぼやけていく…………俺は何を躊躇っていたんだっけ? 分からない…………分かるのは前方に居る二人が俺に敵意を向けている事、二人を中心に冷気が渦巻いている。あれでこっちを攻撃する気なんだろう。

 周りの動きがスローモーションの様に遅い、タキサイキア現象だったか? 全てが遅い。ははっ、ぼやけた頭なのにこんな事は思い出せる。

 後ろに嫌な気配を感じて振り返ると巨大な水晶の周りに醜い化け物が纏わり付いている。あの水晶なんだっけ? 靄が掛かった様になって思い出せない、考えるのも億劫だ。なんでこんな場所に居るんだろう? 何かしないといけない事があったような…………。

『壊れたか、目的も見失い惚けているとは、氷の小僧よりも無能だったな。まぁいい、あちらが破壊する気でいる様だ。寸刻でこの忌々しい地から解放される』

 靄が掛かった頭の中で声が響く。煩い、この声が何なのかは分からないが酷い不快感を感じる、こいつの望みが叶うのが腹立たしい? 水晶に纏わり付いている物も不快だ。


 っ!? 拒絶する感情に呼応する様に雷が俺の全身に纏わり付く。なんでこんな事が出来るんだ? …………何でもいいか、この力で不快な物全部を消してしまおう、先ずは水晶に纏わり付く化け物を。

 バチィッと右手がスパークした瞬間、雷が化け物たちを貫いて、周りにある氷像をも巻き込んで消し去っていく。少し不快が減った気がする、次は声の望む事を阻止でもしようか…………。

「化け物め…………これで封印石と一緒に消えて無くなれ!」

 化け物? 俺の事か? 雷が使えるから化け物なのか、それとも俺もさっき消し去った物の様に醜い姿をしているのか? 前者だとするならお前はどうなんだよ? 渦巻く冷気と共に無数の氷の槍がこちらに向かって来る。

「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあああっ!」

 叫んだのと同時に全身から放たれた太い雷が冷気と氷の槍を阻み爆発を引き起こした。確かに、これは人間のする事じゃない、化け物の所業だ…………化け物でもいいか、べつに、この力を使うのは気分が良い。


『――――!』

 さっき消したのにまた化け物が周囲に溢れている。鬱陶しい…………。

 巨大なハンマーを持った豚面の奴が、それを俺に向かって振り下ろしてくる。遅い、なんでこんなに遅いのか、最小限の動きで躱して手元に有った長剣で下から喉を突きさして、そのまま頭部へ貫通させる。豚面は膝から崩れ落ちて座り込んだ状態になった、剣を抜く為に胴体を蹴ったら妙な、声とも言えない様な音を上げて倒れ伏した。

「はは、あはははは」

 面白いほど簡単に死んだ。俺よりも巨体のくせに、血を噴き出してあっさり倒れた。これも中々気分が良い、次を捜そうと周囲を見回すと化け物共が後退る。どっちが化け物か分からんな、でもいい、もっと殺したい。

「ふん、お前らは俺を殺したいんだろう? なんで後退ってるんだよ? 仕掛けたのはそっちだろうが!」

 狼狽している化け物に接近して、豚面の鼻と耳を左手の短剣で削ぎ落す。

『――――!?』

「左手だと上手く出来んな」

 耳はそれなりに上手く削げたけど、鼻が上手くいかず深く顔に刺さって絶命させてしまった。自分より小さい者に仲間が殺されたせいか、化け物共は恐慌状態に陥っているようだ。よく見たら小型な物も居て、それは早々に逃げ出した。

 でも逃がさない、吹っ掛けておいて逃げ出すなんて許されるはずないだろう?

『――――っ!?』

 剣先から放った雷が逃げた奴を追い仕留めた。小型の断末魔で化け物共の恐慌状態は更に酷くなった。混乱した奴は冷気を放っていた奴の方へ向かって行く。

 お前ら目的が一緒だったんじゃないのか? 近付いた途端に化け物は凍り付き氷像と化す。周囲の氷像はあいつがやったモノだったか、目的は同じでも仲間ではない? …………どうでもいい、今は目に付くモノを壊したい。


 化け物の動きが遅い、そして自分の身体が軽い。一瞬で距離を詰められた事に困惑して動きが止まった化け物の四肢を斬り落とす。それが他の化け物にも困惑を与えて伝播し、動きが止まる。面白いほどあっさりと斬り刻まれていく化け物たち、外見は化け物でも、奴等からすれば紛れもなく俺の方が化け物だろう。

「ワタル! 止めなさい! この子たちを止めるのが先でしょ! 魔物は後でいいから!」

 あぁ、色々思い出せないし抜け落ちているけど、あいつだけは分かる。ずっと殺したいと願っていた相手、昔は毎日毎日殺す方法を考えた。如何に苦しみを持続させて絶命させるか、新しい相手が居るのならそいつを先に目の前で壊してやろうとも考えた。ひたすらにあいつを苦しめて殺してやりたかった。それが何故か目の前に居る、わざわざ殺されに来たのか? 糞親父。

「お前もさっきから煩いっ! 僕たちの邪魔をしようとするなっ!」

 冷気の奴が糞親父に向かって氷の槍を放つのを見て、一切の躊躇なく剣先を糞親父に向けて雷を放つ。

 先に殺されてたまるか! あっ…………加減してない、これじゃ一撃死じゃないか。一瞬で殺したんじゃ積年の殺意が晴れるはずもない。

 剣先を氷の槍に向けて攻撃を相殺した。しっかり苦しんで俺を満足させてからじゃないと死なせない。


「ワタル――」

「なんで邪魔するんだよ! こいつはお前だって殺したい相手なんだろ!」

 何を勘違いしたのか、糞親父の表情が明るくなっていて、冷気の奴は憤慨している。

「こいつは苦しめて殺す。簡単に殺されたら困る、それだけだ」

 言い終わる前に糞親父に向かって突貫する。いきなり四肢を斬り落とすなんて生温い、身体の色んな場所を少しずつ削ぎ落して長く苦しませてやる。

「ワタル! 私よ、テ――」

「今更お前が誰かなんて聞かなくても分かってるよ! 何度その顔を苦しみに歪ませてやろうと思ったとおもう? あんたが身勝手に家族を捨てた日から数え切れないほどに頭の中であんたを殺し続けた。だから簡単には死なせない、苦しめて、苦しめて、殺してくれって哀願するまで刻み続けてやる!」

 んん? 妙だ。化け物でもあっさり刻めたのに、こいつはあっさり俺の斬撃を受け流した。

「全部纏めて凍り付けぇぇぇえええ!」

『っ!』

 俺が糞親父を斬りつけている所へ冷気が吹き付けて来た。俺は咄嗟に雷を纏ったけど、あいつは――っ!? 居ない、どこへ行った? 周囲は化け物の氷像だらけであいつは見当たらない。


「何度も何度も! 消えたり現れたり…………僕たちが家に帰る邪魔をするなぁあああ!」

 っ!? 声に振り返ると巨大な水晶の前に居る糞親父に向かって冷気と氷の槍が放たれていた。

 相殺は間に合いそうにない、ならせめて俺が殺す。他人にやられて堪るか!

 剣先から放った雷が一直線に糞親父に向かう。糞親父は自分に向かって来る雷と冷気と氷の槍を斬りつけるように剣を振った。

「なんだよ? あれ…………」

 剣を振るった空間に裂け目が出来て、そこへ攻撃全てが吸い込まれていく。おかしい、あいつがあんな事出来るはずない――っ!? 裂け目が広がって周囲の氷像をも吸い込み始めた。何がどうなってるんだ? …………いや、そんな事どうでもいい、あいつがまだ生きてるなら殺す為に動く!


 疲労して動けなくなったのか、裂け目から少し離れた位置で屈みこんでいる、今なら簡単に殺せ――。

「へぶっ!?」

 飛んできた何かが顔に覆い被さってきた。

「一体何が…………?」

 左手の短剣をしまって、顔に張り付いた物体を剥がす。

「お前、もさ?」

『きゅう~』

 なんでこんな所に? …………というか俺は今まで何をしていた? っ!? 空間に出来た裂け目に姫様が吸い込まれそうになっている!?

「姫様! 手を!」

 もさを懐に入れて、地面に長剣を突き立てて吸い込まれない様にして姫様に左手を伸ばした。

「ワタ、ル? 元に、戻ったの? 私の事が分かるの?」

「分かりますよ! ナハトの幼馴染で、エルフの姫でしょ? 早く掴まってください!」

 裂け目が物を吸い込む力がどんどん大きくなっている。あれは姫様が移動に使っていたモノとは違うモノに感じる、このまま吸い込まれたら大変な事になる。

「まったくもう! 何事もなかったみたいな態度をしてっ! 私がどれだけ苦労したと思ってるの!」

「あぁ~、すいません? あの、記憶が曖昧なんですけど…………もしかして俺がこの事態を引き起こしました?」

「半分くらいはそう、ね! っと、放さないでよ? あれ、ワタルとあっちの子の攻撃を全部受けたせいで普段私が入ってる裂け目と違うモノになってしまったわ。吸い込まれたらたぶんこの世界から消えてしまうと思う」

 げっ!? そんなにヤバいモノなのか…………俺何やってた? 優夜が瑞原の所に戻った辺りから記憶がぼやけてる。能力を使っていた感覚はあるけど、それ以外が分からない。

「それにしてもその子には助けられたわ」

「その子って、もさですか?」

 俺のタンクトップの襟から顔を出してるもさの頭を顎で突く。

「そ! たぶんその子の持ってる宝石の力でワタルが元に戻ったんでしょうから」

 そういえば幸福を得るんだっけか? 自分が異常な状態になってたのは分かるから、そこから今の状態に戻れたのはもさが飛んできてから、だからもさのおかげって事か。


「なんでお前こんな所に居たんだ?」

『きゅぅ~、きゅぅ~』

 もさが顔を向けた先を見るとフィオが居た。そうか、追って来てくれてたのか、だからもさが――っ!?

「げぇ!? ちょっと待て、ちょっと待て! ヤバいヤバい!」

「一体どうし――っ!? な、なんとかして! というかしなさい! ワタルが引き起こした事でもあるんだからなんとかしてぇ~! 絶対に放さないでよ!」

 裂け目が吸い込む力が増してるせいで刺した剣が傾いて抜けかかってる。姫様なんて俺の手に掴まって、裂け目に吸引されてるから浮いてる状態だ。

「フィオー! ロープかなんかないかー!? 剣が抜けそうでヤバい!」

 首横に振ってるよ…………そりゃそうだ、普段ロープ持ち歩いてる奴なんてそうそう居るはず――。

「げっ!?」

 握ってる剣から伝わってくる感覚でなんとなく分かる、もう限界が近い、そろそろ抜ける…………。


「姫様、残念なお知らせが――」

「聞きたくない! 聞きたくない! そんなの聞きたくないぃ~、ワタルなんとかしなさい! 姫の命令なのよ? ちゃんと聞きなさいよー!」

 姫様って呼ぶと怒るくせに……なんとか出来るんなら俺もそうしたいけど、これはもう――。

「あ、うわぁぁぁあああ」

「え、きゃぁぁぁあああ」

 抜けた、抜けてしまった。俺と姫様はあっという間に周囲の氷像と同じ様に裂け目へ――。

「って、なにやっとんじゃお前はー!?」

 裂け目に吸い込まれゆく俺たち目掛けてフィオが裂け目の吸引の勢いに乗って飛んできて、俺の腹に激突した。

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