四章~新天地へ~

船旅

 ドタドタと人の駆け回る足音のうるささに目が覚めた。最初は見つかりでもしたのかと焦ったがそういうわけではなかったらしい。「出港ー!」と大きな声が聞こえる、いつの間にか朝を迎えて船員が乗り込んでいたようだ。

 出港…………本当にこの国を出られるんだな、エルフに敵視されるかもしれないってのは気掛かりだけど、この国に居続けたって何も変わらない、動くしかないんだ。

「ん~、ワタル……無茶は……ダメ、です…………」

「っ!?」

 リオがもたれ掛かってきた。なんで隣にリオが!? 寝る前は少し離れた場所で壁にもたれてたはずなのに、というか、誰も起きとらんな…………結構うるさかったと思ったんだが、部屋の端で紅月と瑞原はお互いが寄り掛かる様にして眠っている、その紅月に優夜がもたれ掛かってるけど……あれ紅月が起きたら怒るんじゃなかろうか、俺たちから距離を取ってるのはやっぱりこの世界の人間が嫌だからなんだろうな…………フィオは俺の脚を枕にして爆睡してるし、リオがもたれ掛かってるから優夜を起こしにも行けんな、紅月が起きた時にびっくりして暴れない事を祈るしかない。


 船が揺れ始めた。港を出たんだろう、みんなは起きる気配がない。でもこのまま寝かせておく方が船酔いの心配がなくていいのかもしれない。

 下を見るとあどけない寝顔がある、やっぱり年相応には見えない。でもこいつのおかげで今船に乗れてるんだよなぁ。

「ありがと、なっ!?」

 涎、涎が! …………あーあ、垂れてジーンズに染み込んだ…………我慢しよう、こいつのおかげで助かったんだから、でも洗濯したい、というか風呂、は無理でも水浴びをしたい、陸に着いたら最初にやるのは川か湖とか水辺探しだな、海に落ちてそのままだったから髪が酷い状態だし服も気持ち悪い、よく触ってみるとフィオの髪も少しキシキシしている、水浴び必須だな。

「んぅ~」

 っ!?!? リオ、当たってる! 胸が当たってる! 男にもたれて眠るとか無防備過ぎるだろ、信用されてるのか、男と認識されてないのか…………どっちにしろこの状態はよろしくない、リオだけでも起こそう。

「リオ、リオ、起きてくれ」

 リオを揺すってみるが起きる気配なし、またこれか…………もういいや、俺も二度寝しよ。


 再び目を覚ますとフィオ以外は起きていて、日本人組の機嫌が悪そう?

「あ、ワタル、皆さん気分が悪いって言ってるんですけど、どうしたらいいんでしょう?」

 あぁ、やっぱり船酔いになったか、どうって言われてもなぁ、船に乗った事があるっていっても子供の頃だし、酔わなかったから一般的な事しか分からない。

「対策としては空気が新鮮で遠くを見られる場所に行くくらいかなぁ」

 酔い止めの薬なんてないだろうし、でも今言った対策は出来ないんだよなぁ、俺たち密航してるわけだから甲板に上がる事なんて出来ない。

「それは、無理ですよね、他にはないんですか?」

「他にって言われてもなぁ…………身体のどこかに痛みを与えてその刺激で酔いを誤魔化す? 後は俺が気分の悪い時にやる方法だと、うなじの髪の生え際の所を揉むとかくらいしか…………あ、船首から離れた位置の方が揺れが少ないから多少マシになるかも」

「なら皆さんとりあえず船尾の方へ、あとはうなじの所を揉むんですよね?」

「来ないで、移動くらい自分で出来るわ」

 具合が悪そうだから移動の為に肩を貸そうと近付いたリオを紅月が撥ね除けた。

「心配してくれてるんだからそんな邪険にしなくていいだろ!」

 リオが紅月たちに何かしたわけじゃないのにあんまりだ。

「ワタル、声。私は大丈夫ですから」

 つい大きくなった声をリオに咎められてしまった。

「静かにしろって言ってた本人が大声を出してたら世話ないわね」

 紅月はそう言って船尾側に移動した。憎まれ口をたたく程度の元気はあるのかとも思ったが結構辛そうだ。優夜と瑞原も完全にダウンしている。


「はぁ、リオ、代わってくれない?」

 フィオを指差しながらリオに頼んでみる。

「あ、はい、いいですよ」

 隣に座ったリオの膝にフィオの頭を乗せて、俺は優夜のうなじをマッサージしに行った。紅月に近付いて噛み付かれても嫌なので、とりあえず優夜からやる。

「お~い、生きてるか?」

「微妙~こんなに気持ち悪くなるとは思わなかったよ」

「うなじ押すぞ、多少変わるかもしれないから」

「うい~」

 左手でこめかみを押さえて頭を支えながらうなじを右の親指と人差し指で揉んでいく、人にこれやるのも久しぶりだな、母さんが生きてる時は仕事の休みの日にダウンしてる母さんによくやってたけど。

「どうだ? 効果はあるか?」

「ん~どうだろ? でもなんか気持ちいいし少し楽かも」

 多少は効果があったか、この船旅が何日掛かるのか知らないけど、少しでも効く改善方法があれば違うだろ。

「航~、私にも~」

「はいはい、んじゃ優夜は指噛むなりどこか抓るなりして痛みで誤魔化せるかためしてろ」

 他にも効果があるものがないか確認しておきたいしな。

「ええー、もう少しやってくれても――」

「レディーファーストでしょ~」

「だ、そうだ」

 今度は瑞原の傍に来た、のはいいけど女性に触れるのは少し抵抗が…………フィオとかみたいに子供なら気にしないんだけど。

「さ、触るぞ」

「なにその言い方、やらしい事でもするの?」

「ち、ちが、違う、いきなり触ったら嫌がるかと思ったんだ!」

「あ~はいはい、分かったから声、声」

 うぅ~、やり辛い、なんで俺がこんな目に…………何も考えないようにして壁をぼーっと見ながら瑞原にマッサージをする。

「あぁ~確かにこれはなんかいいかも~」

「楽になってるか?」

「なってるなってる、もう少し強めでお願い~」

 言われた通りにさっきまでより力を込める。


「なぁ、そろそろいいか?」

 たぶん三十分位はやっている、流石に指が疲れてきたし、左腕の傷も痛む。それに紅月がさっきより辛そうになっている、嫌がられても多少は紅月にもしておいた方がいいだろう。

「え~もうちょっと~、これ気持ちいいし、まだ気分悪いもん」

「もう大分楽そうだが、それに紅月にもやら――」

「あたしは要らない」

 いや、かなり辛そうなんだが、症状を軽減させて揺れに慣れればかなり楽になると思うのに。

「ほら、麗奈は要らないってさ~」

「要らないなら俺は少し休みたい、傷も痛いし」

「ええー」

 疲れたので瑞原たちから離れて座り、手を握ったり開いたりしてほぐす。久しぶりにやったから手も痛いな。こんな調子でこの船旅は大丈夫なんだろうか?

「ワタル、こっちに来てください」

 リオも気分が悪くなったんだろうか?

「リオも船酔い?」

「いえ、私は平気ですよ。ワタルの包帯を替えて薬を塗っておこうと思ったんです」

「え゛!? い、いや、大丈夫、遠慮しておく」

 薬と聞いて後ずさろうとしたら右手を掴まれてしまった。ヤバい、逃げたい、あの薬は痛いからもう塗りたくない、今のちりちりとした傷の痛みの方がいくらかマシだ。

「ダメですよ。ちゃんとしないと、子供じゃないんですから大人しくしてください」

「いや、なら自分で――」

「ダメです」

 やった振りをして誤魔化そうと思ってたのに…………。

「荷物から包帯と薬を取ってきてください」

 やりたくない事を自分で準備しろと? 嫌々従い包帯と薬を持ってリオの所へ戻る。

「あの、薬は無しってわけには?」

「ダメです。ちゃんと塗っておけばこのくらいなら跡が残らず治るはずですから」

 笑顔で却下された。本当に嫌なら逃げればいいのだが、俺を心配して言ってくれてるんだし、リオの笑顔に逆らえそうにない。


「それじゃあ塗りますよ」

「ぃ! っぅぅ~!?」

 やっぱり逃げればよかったかもしれない、塗った直後も痛いが、これがしばらく続くというのがまた辛い。

「大袈裟ですよ~、はい、終わりです」

 薬を塗り終わると手早く新しい包帯を巻いて終了、やっぱり手際がいい、いいけど!

「いや痛いって、傷に滅茶苦茶染みるんだって」

「ちゃんと治す為です。我慢してください」

「うぅ~」

 まぁいい、もう終わったんだ、リオから離れて部屋の中間辺りに腰を下ろす。優夜たちは船尾側の部屋の端、リオとフィオは船首側、入り口の近くに居る。

 ぼんやりと部屋を眺める、檻、多いな、結構な数が積まれている。一つに一人だとしても十数人位か…………人を攫って奴隷にして、何が楽しいんだろう? 理解出来ない。国からは出たといっても、この船に居る限りはあの国を強く感じる。

 嫌な気分だ。

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