悪足掻き

 紅い女のおかげで牢から出られた。

 直ぐにでもリオを助けに向かいたいけど、またあのキノコに出くわしたら俺は無力だ。その対策として先ずはフィオを助けないと、フィオが居れば普通の混血者なんて敵じゃない。この地下牢へは連れて来られなかったから、まだ別の場所にも牢があってそこに居るはず。

「ちょっと、どこに行くつもりよ?」

「どこって別の牢を探すんだよ」

 リオは牢じゃないけど、フィオは牢に入れるって言ってたし、こんな所で話してる時間はない。

「そんな物を付けて?」

 あぁ、鉄格子が倒れたのにびっくりして、手枷の事忘れてた。

「手、出して」

 手? 言われた通りに女の前に手を差し出す。

「あっつー! 熱い! 滅茶苦茶熱かった!」

 手枷を燃やしやがった! 木だから脆くなって外れたけど、手首が真っ赤になってる。

「その位男なんだから我慢しなさいよ。ほら行くわよ、付いて来なさい、他の牢の場所も聴き出してあるから」

「あ、ああ! よろしく」

 よろしくとは言ったものの、こいつ大丈夫か? 下手したら大やけどを負うところだったぞ…………俺、自分で腕を帯電させて壊せば良かったんじゃ?


「どうしたのよ? この下が牢よ」

「…………なんでもない」

 本当はなんでもなくない。この女、出くわした兵士が武器をこちらに向けた途端に消し炭にしている。ここへ侵入する為の陽動で起こしたであろう爆発での火事と人の焼ける臭いが充満していて気分が悪い。

 地下牢への階段を下りる。フィオがここに居てくれればいいが――。

「おい、上でなにが起こって――!? なんだ貴様ら! どうやってここに――」

「邪魔!」

 敵意を露わにした看守も一瞬で黒焦げ、俺炎の能力じゃなくてよかった…………毎度人間の丸焼き見てたら気分が悪い。

「あやのー! 居るー? 居たら返事しなさーい!」

 捜し人の名を呼んでいるが反応はない。俺も牢の中を確認していくがフィオは居ない。時間が無いのに…………。

「次行くわよ!」

「了解」


「はぁ」

「なによ。さっきの勢いはどこに行ったのよ? 何がなんでも助けるんじゃなかったの? 一回外れだっただけじゃない」

 今のため息はそういうものじゃない。俺も人殺しだけど、こいつやり過ぎじゃないか? 足だけ焼くとか、行動不能にするだけでもいいと思う。

「なんで毎回消し炭にするんだ? 行動不能にするだけじゃ駄目なのか?」

「あたしを蔑んで酷い扱いをしようとする連中に手加減なんてないわ、それに一瞬で死ぬんだから慈悲のある方でしょ。手足を失って、焼け爛れた身体でこの先も生きろって方が残酷だとあたしは思うんだけど? っと、着いた、次はここ」

 言ってる事は分かるけど、俺もそんな状態で生きて行くのは辛いって思うし、でも一瞬で消し炭になるのもどうかと思う。炎の能力か…………扱い辛そう。

「何してるの、おいてくわよー」

 今は余計な事を考えるな! リオとフィオの救出が最優先! 一気に階段を駆け下りた。

「うっぷっ」

 駆け下りてすぐに焼死体とご対面…………この女怖い。

「あたしの捜してる人は居ないみたい、あんたの捜し人は居る?」

 ここには…………居た!!

「フィオ! 無事か? 怪我はしてないよな?」

「怪我はない、でもこの枷が鬱陶しい、早く外して」

 なんか反応がいつも通りだな、脱獄して助けに来たんだからもっと驚いてもよさそうなもんなのに…………。

「これ壊せるのか?」

「無理、鍵を探して、たぶん看守が持ってる」

 え゛!? 看守って、そこで焼けてる奴なんじゃ…………?

「鍵なんて要らないわ、あたしが焼けばいいだけだし」

「待てマテまて! これはさっきの鉄格子と違って別の金属だ! もし溶かせたとしてもその前にフィオが焼け死ぬ、ここは自分で何とかするからあんたは人捜しを続けてくれ」

 せっかく見つけたのに丸焼きにされたんじゃ堪ったもんじゃない!

「…………そうね、頼まれたのは牢から出す事だけだったわね。まぁ、こっちの用事が終わったらまた助けてあげるわ」


 行ってくれたか、危うくフィオが丸焼きになるところだった。さて、俺はこれから焼死体を弄らないといけないわけだが…………気持ち悪い! うへぇ、臭いが最悪だ。鍵、カギ、かぎ、漫画とかだと腰に下げてる事が多いけど……あった! 鍵束とフィオの枷と同じ色の鍵が二本、手枷と足枷の物だろう。

「あっつ!」

 最悪、一瞬で人間が焼ける高温だったんだから金属も熱くなるか。何か掴む物、ボロ布でも何でもいい。

 階段を下りてすぐの所にある看守室のような所を漁って、ボロ布をいくつか見つけた。ボロ布を重ねて鍵束を掴む、まだ熱いけど我慢しよう。

「鍵あったぞ、もう少し待ってろ」

 鍵束の色の違うやつを差し込んで牢を開けた。よし! あとは枷だけ。

「ワタルは、なんで来たの? リオを助けに行くと思ってた」

「お前だって俺の恩人だろ、海から引き上げてくれたのもお前だろ? だから助けるよ。それに俺一人じゃリオを助けられそうにない、助けてくれ」

 武器もない状態じゃキノコを殺すのも難しい、その上混血者まで居たんじゃ確実に無理だ。

「…………リオの為に来たの?」

 うっ、そうとるか、でもあの言い方だとそうも聞こえるよな、なんか怒ってる感じがする。なんて返せばいいんだ?

「怒ってるか?」

 なに聴いてんだ!? 見りゃ分かるだろ、不機嫌な顔してるよ。

「別に…………」

 いや、怒ってるだろ、いつもの倍位素っ気無い。

「あ~、別にフィオを蔑ろにするつもりはないんだけど、その、なんだ…………どっちも恩人で大事なんだ! ただ、覚醒者の力を無効化出来る奴が居るから、確実に三人で逃げる為にフィオが必要なんだ! だから先に助けに来たんだ」

 なに言ってんだ俺は…………何を言えばいいか分からなくて捲し立てた。

「そう、なら早く外して」

 機嫌治っとる…………顔が微かに、にやけている。わ、分からん、もう、女の子分からん! というか他人が分からん!

「やっと外れた」

 フィオは伸びをしたりして身体を動かしている。やっぱりずっと拘束されてる状態って辛いよな。


「それで、どうするの?」

「俺はリオを捜す、フィオはキノコ頭を捜して気絶させてくれ」

「キノコ頭?」

 あれ? この世界ってキノコ無いの?

「あ~あ~えーっと、あ、さっき俺を馬車から運ぶ時に呼ばれてたのが居ただろ、丸い感じの頭をした奴、あいつが自分の周囲の覚醒者の能力を使えなくする能力を持ってるんだ、だからあいつを気絶させておいてくれ、護衛に混血者が二人付いてるんだが、頼めるか?」

 正直フィオに協力してもらえなかったらリオを助けられない気がする。俺なんて能力奪われたらただの雑魚だし。

「分かった。ワタルは一人で平気?」

「能力が使える限りはなんとかなるだろ」

 腕を帯電させてみせる。うん、使える、あの女がボンボン、ボンボン火を付けてまわってるからキノコが能力を発動してる可能性があるからこの感覚が無くならないか常に気を付けておかないとな。

「あぁ、あと捜してる途中で荷物を見つけたら回収を頼む、荷物も剣も大事なものだから。それじゃあ、そんな感じで行動開始」

「了解」


 俺はあの赤髪眼鏡の私室を探さないと、隊長って呼ばれてたな、偉いんだから上の階か? でも学校では校長室は一階にあったな…………とりあえず上だ! 偉そうな奴は高い所で踏ん反り返ってるイメージ(偏見)階段を駆け上がり、最上階の四階にある部屋をしらみつぶしに捜していく、外や下での火事の混乱せいか人が居ない。人捜しや探し物には好都合だからいいけど――。

「貴様何をやっている! っ!?」

 居ないから好都合とか思った矢先に発見されるのかよ。

「俺忙しいからそこで寝ててよ。あ、剣借りま~す」

 電撃で気絶させて、剣を奪って放置する。

「ちょっと重い」

 ミスリルの剣って本当に良い物だったんだな、ミスリル自体も高価らしいし、そんな物だったら偉い奴が管理してそう。

「さっさと捜そう」


 部屋を確認していく作業に戻って、通路を奥へ進むと一つだけ装飾してあるドアがあった。あれが当たりっぽいな、如何にも地位のある奴が居そう。

「やめてください!」

「君はもう奴隷だ、拒否権などないのだよ」

 当たりだ! リオに何かしてたらぶっ殺す!

 ドアを蹴破り中に入ると服を破かれ、肌を晒しているリオに赤髪眼鏡が迫っていた。襲撃を受けて部下は混乱して、焼き殺されてる奴だって居るのに、いい気なもんだ。

「ワタル!」

「何故君がここに居るのかな? 中からの力では決して壊せない牢に入れさせたはずなんだが、下での騒ぎも君の仕業ですか?」

 こいつはなに余裕ぶってるんだよ、能力が使える状態なら俺の方が圧倒的に有利な――っ!? 使えない…………なんで!? さっきまでなんともなかったのに。

「また困惑顔だね、対策はしていると散々言ったじゃないか」

 対策するならこの施設そのものにするべきじゃないのか? そしたらこんな襲撃も無かったろうに、クソッ、近くにキノコが居るのか? だとしてもここにはこいつ一人、こいつ一人くらい能力が無くても。

「ここを襲撃されるような間抜けだから、何も無いと思ってた、よ!」

 躊躇なく赤髪眼鏡に斬りかかる。

「それはそれは、期待させて悪かったね」

「なっ!?」

 振り下ろした剣はあっさり受け止められて、俺の持っていた剣は、奴の持つ剣と交差したところから真っ二つに折れた。

「いやいや、実に見事な剣だ。形は変わっているが良い剣だ、ミスリル製でとても扱い易い。こんな物を四本も異界者が手に入れる事が出来るとは、なんとも不思議だな? 丁度いい、このまま君への尋問を済ませてしまおう。僕は忙しいので手短にね」

 チラリとリオを見遣ってそう言った。イライラする、この世界の人間はこんなのばっかりか? 色魔かよ、他にする事ねぇの? 娯楽が少ないと人間って色魔になるの?


「そんな剣でまだやるのかね? 君は無駄な事が好きなんだな、僕には理解出来ないよ」

 俺にもお前らが理解出来ないよ! こいつが俺の剣を持ってたのなら残りもこの部屋にあるはず――。

「そんなに視線を泳がせて、探しているのはこれかな? おっと、お嬢さん無駄な事はしないように、これを渡したところで彼では僕に勝てない」

 奴の後ろにある机の上に無雑作に残りの剣が置かれていた。剣を取ろうとしたリオに気付きリオに剣を向け部屋の隅へ追い遣る。

 今しかない! 注意をリオに向けてこちらに剣を向けてない今しか。

「っ!」

 折れた剣を奴に投げ付けて突っ込む。剣さえ、剣さえ取れればまだチャンスがあるんだ。

「考えが甘いね。そもそも実力に差が有る、それに君の世界の人間はこの世界の人間より身体能力が劣っている、その上僕はしっかりとした訓練を受け、日々の鍛錬も欠かしていない、そんな相手に恐らく一般人であろう君が勝てる道理はない」

 投げた剣はあっさり弾き落とされ、柄頭での突きを腹に食らった。

「がはっ、げほっげほっ」

「いい加減実力の程が理解出来たかね?」

 まだだ、まだ、簡単に諦められるかよ。恩人を酷い目に遭わされるのにじっとしてられるか!


「まだやるのかね、君は物分かりが悪いね、他の異界者はそれなりの待遇を提示したら素直に従ってくれたんだが…………ふむ、このお嬢さんを君の奴隷にしてやろう、と言ったら大人しくなるのかな?」

「っ! リオは奴隷じゃない!!」

 血が沸騰したかのように身体が熱くなり、我を忘れて突っ込んだ。

「学習能力のない…………」

「ワタル!」

「おっと、危うく腕を斬り落とすところだった。だがまぁ、それで頭に上った血が少しは抜けただろう、どういう選択をするのが利口か少し考えるといい」

 俺が突っ込んで来たのに合わせて奴が剣を振り上げてきた。

 くっそいてぇ! 馬鹿か俺は、剣持ってる奴に闇雲に突っ込むとか、間抜け過ぎる。気付いて咄嗟に後ろへ跳んだけど、左腕を掠って血がダラダラと流れている。これマズいよなぁ、結構な出血だ。

 利口な選択ねぇ、リオを見捨てるってのは論外だ、助ける為に今の俺でも出来る事…………斬られても奴に組み付いて押さえ込んでリオの逃げる時間を稼ぐ、やっぱりこれ位かなぁ、盗賊の時と違ってフィオが居るから合流出来れば確実に逃げられるはず。痛い思いをしないといけないけど、これはしょうがないか。弱い俺には選べる程の選択肢なんてない、今一番の目的はリオとフィオが無事に逃げる事、俺も入ってればよかったけど、この状況じゃあ諦めないとな。


「自分の取るべき行動は決まったかね?」

 立ち上がった俺に赤髪眼鏡が問いかけてきた。

 決まった、違うか、最初から決まってた。リオを逃がす。

「どうやら期待したものとは違うみたいだ。せっかくの戦力だ、無傷で懐柔したかったのだが、その頭の悪さではしかたないのかな? 手足の一、二本は覚悟しておきたまえ」

 手足どころか命賭けてるわ! 性懲りもなく奴に向かって姿勢を低くして突っ込む。

 振り下ろされる剣を横に跳んで躱して、そのまま続けて前に跳び、奴の右足に組み付いた。強いと言っても混血者じゃないんだ、冷静なら動きだって見える、身体が反応してくれるかが心配だったが上手くいった。

「リオ! 今のうちに早く逃げろ! 下の階にフィオが居る! フィオが見つからなかったら紅い髪と瞳の女に事情を話して逃がしてもらえ!」

「でもワタルは――」

「あの時と一緒だ、なんとかする! 気にせず行け!」

「悪足掻きだな。足を掴んだだけで随分な大口を叩くじゃないか、なら、どういう風になんとかするのか見せてもらおうか」

 左足でガンガン頭を踏み付けられ、顔を蹴られる、っとに容赦ないな。あぁ~痛い、リオまだ逃げてないし。

「はや――がっ!?」

「この程度では放さないか、どうする? お嬢さん、君が逃げれば彼はもっと酷い目に遭うかもしれないが、こんな風に!」

「止めて!」

 リオの制止を無視して振り上げた剣を振り下ろしてくる。腕を斬り落とすつもりなんだろう、俺の腕目掛けて剣が振り下ろされる光景がスローモーションの様に見える。生きてたとしても腕無しの人生か…………結構辛いな。



「ぎぃゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ! 腕、腕が! 僕の腕がぁぁぁああああああああああ」

 斬られるのを覚悟していたら奴の腕が剣と一緒に飛んでいって、壁に刺さり、それに腕がぶら下がってぶらぶらと揺れている。前にも見たな、こんなの。

 気持ちわりぃ~、それをやった本人は転げ回っている赤髪眼鏡に平然と剣を向けている。

「ワタルは私の……勝手に壊されたら困る」

 今一部分聞き取れなかったんだが、何言った?

「こぉの、クソガキぃいいいいいいいい」

 あ、それ言ったら…………あれ? 振り下ろさない。

「ワタル、許可」

 ああ、約束ちゃんと守るのな。

「許可はしない、気絶させとけ、そんなのわざわざお前が殺さなくていい」

「…………分かった」

 すげぇー不服そうな顔をされたけど従ってくれた。普通の環境で育ってたらもっと普通に、幸せに暮らしてただろうに…………。

 それにしても、助かったぁ~。

 一気に身体から力が抜けて、その場で仰向けに寝転がった。

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