逃走方法は……?

 はぁ~、疲れた…………自分の命を賭ける事に躊躇はないけど、誰かの身の安全とかが懸かっていると思うと精神的な疲れが半端ない。

 どうにか机を背もたれにして起き上がって左腕の傷を押さえる。うへぇ、血でべっとりして気持ちわりぃ、それにまた左だよ、利き手も嫌だけどなんでこっちばっかり。

「ワタル! 大丈夫ですか? 早く手当しないと――」

 リオが駆け寄ってきた。

「あ~まぁ、なんとか生きてるからだいじょう、ぶっ!?」

「何が大丈夫なんですか! さっきのはフィオちゃんが来てくれなかったらワタル死んでたんですよ! 助けに来てくれたのは嬉しいですけど、ワタルが死んじゃったら私は凄く辛いです。だから――ちょっと! ちゃんと聴いてるんですか?」

「り、リオ、その…………見えてる」

 さっきまではあの状況をどうにかするのに必死で、気にも留めてなかったけど、リオは服を破かれていてあられもない姿だ。胸も、その、見えてるし…………大きいし。

「見えてるって……きゃあぁぁぁあああ! わ、ワタル、見ないでください!」

「うぇえ!? な、なんで抱き付く!?」

「こ、こうすれば見えなくなるじゃないですか!?」

 そりゃ見えなくはなるけども、こっちの方が俺としてはヤバいんだが、押し付けられてるし、柔らかい…………。


「そういえばフィオ、俺の荷物見つかったか?」

 荷物が見つかってたなら荷物の中にリオから返されたジャージが入ってるから、とりあえずまたジャージを着てもらって早くここから離れないと。

「見つけた、もうすぐ来る」

 来る? どういう意味だ?

「あの~、もう終わりましたか? さっき物凄い悲鳴が聞こえたんですけど」

 茶髪の少年(高校生くらいか?)が俺の荷物をもって扉から顔を覗かせた。誰だよ? よく見ると瞳が黒い、って事は異界者なのか。

「誰? あいつ」

「知らない」

 知らないやつを荷物持ちとして使ってるのかよ! まぁ、もうなんでもいいや…………疲れたし、さっさとここを出たい。

「その荷物にジャージが入ってるからこっちに投げてくれ! リオ、またジャージで悪いけど我慢してくれ」

「は、はぃ」

 んん? 抱き付く腕の力が増したような? 後ろを気にしてる…………って、ああ!

「それと、こっちを見ないように! 凄いものがあるから」

 凄いもの、の部分でリオがビクリと反応した。

「凄いもの? …………うわぁぁぁあああ!? て、手が、人の手がぁ!?」

 うむ、そっちを先に見ちゃったか、御愁傷さま、グロいよなぁ、壁に刺さった剣を掴んだまま切り口から血を滴らせている腕…………腕が千切れ飛ぶ瞬間を二度も見ている俺のショックはもっと酷いが…………。


「何騒いで――っ!? うわっ、グロっ! というかこんな状況であんたなに抱き合ってるのよ」

「うわぁ~、キモっ! グッロ~」

 紅い女が茶髪の娘を連れて現れた。あっちもどうにか捜してた相手を見つけられたみたいだな。てか、抱き合ってないよ! 左腕痛くて腕を回すどころじゃない。

「この部屋の惨状についての感想はいいから、早くジャージくれ、身動きとれん」

「あ、す、すいません。えっと、この白と黒のやつでいいですか?」

「あー、それそれ、投げてくれ。っと、ありがとう。俺たち部屋の外に居るから着替えてくれ」

 リオにジャージを渡して部屋から出て行こうとしたら右手を掴まれた。

「なに? そいつなら気絶してるし、起きても片腕ないしで大した事出来ないから大丈夫――」

「ワタルはここに居てください」

「えーっと、え?」

「居てください!」

 そんなうるうるした目でじっと見られても…………本人がいいって言ってるし、いいのか、この場合?

「分かった、居るから早く着替えて」

 フィオが扉を閉めてからリオが着替え始める。俺は見ないようにリオに背を向けた、ら自然にぶら下がった腕に目がいく…………剣回収しないとだな。そう思って近付くが、気持ち悪くて触れねぇ! これどうすればいいんだよ! なんで胴体から離れてるのにまだ剣を掴んでるんだよ。

「何してるの?」

「何って、剣を取りたいんだけど腕が気持ち悪くて触れないんだよ!」

 なんでお前は平然としてるんだよ! 女の子だろ、もっと怖がろう? 平然と腕斬り飛ばしたりしてたら駄目だって!

「こんなのこうすればいい、ふっ」

「うぎゃぁああああああ! 散った! なんか飛び散った! やるならやるって言えよ!」

 こうすればいい、とか言って腕を蹴り飛ばしやがった。なんか肉的なものと血が飛び散った。ギリ避けたけど、かなり危なかった。あんなもん浴びたくない。

「取ってあげたのに…………」

 それに関してはありがとう、でも荒々し過ぎだお前は。蹴り上げられた腕は天井にぶつかって、赤髪眼鏡の顔に、顔を掴むような形で乗っかっている、シュールだな…………。


 剣も引き抜いてもらって鞘に戻して、腰に下げる。剣も荷物も戻ってきてよかった、村で貰った大事な物だからな。

「着替え終わりました。フィオちゃん、他の部屋に薬とか包帯、傷の手当が出来るような物がありませんでしたか?」

「見てない」

「そうですか、なら探――」

「そんな悠長な事してる暇ないって、早くここから離れないと」

 暢気に探し物してる時間なんてない、目的は達成したんだからさっさと逃げるべきだ。

「なら、止血だけはさせてください」

 破れた自分の服の綺麗な部分で傷口を押さえて、包帯代わりに巻いてくれた。

「本当に応急処置なのでどこかでちゃんと手当しないと」

「あ~、まぁそれは追々――」

「もっと自分を大事にしてください! 分かってるんですか? さっき死ぬかもしれなかったんですよ! 私がどれだけ心配したと思ってるんですか!」

 こんなに真面目に怒られるのって何年ぶりだ? 母さんは、言えばいう程俺が追い詰められて、悪化すると判断したのか最終的には何も言わなくなってた。じいちゃんとばあちゃんは会うと何か言いたそうにしてたけど、母さんが何も言わないように釘を刺してたんだろう、引きこもり始めの頃は色々と説教されてたけど、それ以降は何も言われなかったし、こんな真剣に怒られると妙な感じだな。


「き、い、て、る、ん、で、す、か!」

「聴いてまひゅ」

 両頬をグイグイ引っ張られる。痛くはないけど、なんだか不思議な気分。

「逃げないの?」

「逃げるにげる、リオ、話なら後で聴くから、今はさっさとここを出よう」

「…………分かりました」

 渋々って感じだな、後が大変そうだ。

「にしても、どこに逃げればいいんだ? こいつらこの国の組織だろ? そんなのを滅茶苦茶にしたんだから確実に追手がかかったり、手配書とかが出回るんじゃないか?」

 こんな状態じゃあどこの町にも入れないし、他国へ行くなんて不可能になる。このままこの国に隠れ住むのか? 村に戻れば、それは一応可能だけど…………受け入れてもらえるか微妙だな。

「国を出ればいい」

「出るって、その出る為の船に乗れないだろ」

 いや、通信手段も交通手段もあっちの世界とは違うんだから上手くすれば、俺は無理でもリオ達は国を出る事が出来るか?


「にゃに?」

 リオにまた頬を引っ張られた。気に入ってんのかな…………?

「また私たちだけ逃がすとか考えてませんか?」

 なぜバレた……? 俺も乗る方法を~、とかやってたら追手に追い付かれたり、手配が厳しくなるだろうから逃げれる人だけで逃げた方が良いに決まってる。

「出るだけならたぶん潜り込める」

「いや無理だろ、他国に行く船は乗員も積み荷も細かく調べるって言われただろ」

 だから面倒な手順で船に乗る方法を考えないといけなかったんだ。潜り込めるんなら、あの時船長が教えてくれてたろ。

「この近くの港にはそんな事せずに他の大陸に行く船がある、それにならたぶん乗れる」

 は!? そんな都合のいいものがあるのか? いや、あるはずない、美味い話は信用できない…………。

「ただし、行けるのは北の大陸、人間が居ない土地」

 北の大陸って、エルフと獣人だけの土地だったか? なんでそんな場所へ船が出るんだ?

「その船は何をしに行くんだ?」

「人攫い、エルフとか獣人を奴隷にしたがる王族とか貴族が居る」

 あ~、うん、知ってた、知ってたけど改めて思った。この国最悪、呆れ果てるクズっぷりだ。

「でもそんな船でも積み荷の確認くらいはするだろ? 本当に潜り込めるのか?」

「船底にある檻を積んだ部屋なんて出発前に確認しない、獲物が入ってないんだから」

 檻に入って密航するのか…………この国を出られりゃなんでもいいか。

「なら問題は俺たちがその港に着いた時にその船が居るかどうかだな、居なかったら、いくら潜り込める船だっていっても意味がない」

「それは運任せ」

 そこが一番大事なのに…………最悪船を盗んで海へ出るか? 無茶だな、エンジン付きの船なら小さい頃に父方の祖父のクルーザーを運転させてもらった事が何度かあるからなんとかなるかもだけど、帆船なんて乗った事ないし、航海術も持ってない。

「フィオって操船が出来たりは?」

「しない」

 ですよね~。船居なかったら詰むな…………そしたらあの村しか俺には行く場所が思いつかない、あれだけ世話になったのに更に迷惑を掛けに行くのはかなり心苦しいんだが。


「そろそろいい? 早くここを出ないと囲まれて面倒になるわよ」

「あ、ああ、うん。そういえばそっちは逃げる場所は決まってるのか?」

「決まってないわ、これだけの騒ぎを起こしたし、しばらくは山奥にでも行って野宿――」

「ええー! 私野宿なんてもう絶対にしたくないんですけど、食べ物だってろくな物ないし――」

 茶髪の娘が紅い女に抗議し始めた。そうだよなぁ、現代人には辛いよなぁ。

「元はと言えばあやのが捕まるからこんな面倒になったんでしょー、が!」

「いふぁい! いふぁい! ほっへひぎれる!」

「このくらいじゃあ千切れないわよ」

 グイグイ引っ張ってるな、リオが俺にやったのと違って指に力が入っていて白くなってる。相当力を入れてるな…………リオが乱暴じゃなくてよかった。

「フィオ、船ってデカいのか?」

「たぶんそれなりに」

 ならここに居る全員で潜り込めたりも出来るか?

「なぁ、俺たちは港に行って国外に出るつもりなんだけど、行く当てがないなら一緒に来ないか?」

「行きますいきます! 荷物持ちでもなんでもするんで僕も連れてってください。この国での日本人の扱い最悪なんで」

 少年がすぐに反応した。だよな、酷いよな…………。

「国外へって、あんた知らないの? 船に乗るには許可証が必要だし、チェックだって厳しいのよ?」

「それは知ってるけど、フィオがいうには、チェックが杜撰な船があるんだと、それなら潜り込める可能性がある」

「フィオってその銀髪の娘でしょ? さっきは助けられたけど、この世界の人間なんて信用できるの?」


 んん? 今変な言い方じゃなかったか? 自分はこの世界の人間じゃないみたいな。

「お前だってこの世界の人間だろ? この国は酷い人間が多いけど、良い人もちゃんと居――」

「あたしはこの世界の人間じゃないわよ! 人を蔑んで奴隷扱いする様な奴らと一緒にしないで! あたしは日本人よ!」

 はぁ!? 日本人? 髪は染めれば変えられるだろうけど、瞳だって燃える様な紅だぞ? こんな日本人なんて…………もしかしてカラーコンタクト? あんなにはっきり変わるもんなのか?

「ならその瞳の色はカラコン?」

「違うわ、これは触れたものの色を変えられる人に変えてもらったの」

 なんかどっかで聞いた事のある能力だな、あれからひと月ちょっとのはずなのに随分昔のような…………。

「ならなんでそっちの娘は変えてもらってないんだ? 瞳の色が黒じゃなかったらこんな目に遭ってないだろ?」

 変えてもらってれば、生き辛くはあるだろうけど、こんな騒ぎを起こさずに普通に暮らしたり他国に行く機会を得る事も出来ただろうに。

「その人に会った時はまだあやのと出会ってなかったのよ」

「それでも――」

「それにあたしがあの人に出会った時にはあの人は死にかけてて、話なんかろくに出来なくて名前すら聞けないまま亡くなったわ、だからあの人に会って色を変えてもらうなんてのも無理よ」

 無理なのか、色を変えてもらえるなら普通に船に乗る事も出来るかと思ったんだけど。


「あの、話が逸れてます。一先ずここを出た方が良いんじゃないですか? ワタルの手当だってちゃんとしたいし」

「あなたもこの世界の人よね? そんな人が指図しないで!」

 今のはムカついた。この国の人間は異界者への当たりがキツイけど、リオがこいつらに何かしたわけじゃない、それなのに――。

「私も早くここから出た方がいいと思う、その人たちは関係ないんだから放っておけばいい」

 そう言ってフィオはさっさと部屋を出てしまった。

「ちょ、待て、って聞いてない、お前は来るんだよな?」

「あ、えっと、はい、行きます」

 少し迷ったようだったが返事をした。この世界の人間と行動するってのが気掛かりなんだろうけど来る事にしたようだ。

「そっちは…………まぁ無理強いするつもりはないから好きにすればいいよ。牢から出してくれて助かった。ありがとう!」

「…………」

 礼を言って、頭を下げた。こいつが襲撃して来なかったらリオもフィオも助けられなかったんだ、感謝しないと。

「よし、さっさと行こうリオ、と…………」

「僕は相良優夜です。相性が良いでさがら、優しい夜でゆうやです。よろしくお願いします」

「俺は如月航、古い暦の二月のやつできさらぎ、船で航海するの航の字でわたる。え~っと、よろしく、優夜」

 どっちで呼べばいいか迷ったけど、名前で呼ぶ事にした。しばらくは一緒に旅をする事になりそうだし、あんまり他人行儀だと息苦しいと思うし。

「よろしくお願いします、航さん」

 ん~、さん付けは慣れないなぁ、かと言って年下に呼び捨てにされるのも……今更か、美空に散々呼び捨てにされてたし。

「敬語もさん付けも無しでいいよ。当分旅仲間って事になるんだし」

「了解、これからよろしく」

 返事がなかったので紅い女と茶髪の娘をおいて部屋を出た。

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