リオのこと
やっぱり一旦帰ればよかった。後悔しても今更動けないわけだが…………。
よくもまぁこんな場所で寝られるものだ。酒臭いから居たくないとか言ってたくせに。
「すぴ~」
フィオは四つ程椅子を並べて横になり頭は俺の膝の上に置いて寝ている。あれだけ寝てたのにまだ寝るのかこいつは、引きこもってた頃は俺もかなり寝てたけど、こんな場所で寝る度胸はなかった。
『…………』
周囲の視線が痛い、店の奥の席だから俺たちの後に入ってきた人間には気付かれにくいが、俺たちが入った時に居たやつらにはこの状態がバレている。酒場なのに子供が寝ているから気を遣って静かにしている客が多い、だが、さっさと出て行けよ、という視線は感じる。入店してこちらに気付いて訝しむ客も居る。子供を(十八だが)酒場に連れて来て寝かせてるフードを被った怪しい奴…………通報されそうだな、マジで。
…………やっぱりフィオを起こして夜に出直す方がいい、そう思って起こす事にした。
「おい、フィオ、起きろ、一旦戻るぞ。この状況耐えられん、起きろ」
揺すったり、頬を突いてみるが起きる気配がない。
「起きてくれ、この変に注目を集めてる状態は――」
「はぐっ」
「っ!?!? い! っぅう~!」
こいつ噛みやがった! これ以上は注目を集めまいと声を抑えたつもりだったけど、店内が静かになってるせいで結局見られる。しかも刺々しい視線で! 周りからしたら俺は寝てる娘に悪戯をしてる変質者か? もうやだ! 早く起きてくれ! 揺すり続けるが起きやしない。
船長はまだか…………? この針の筵状態をどうにかしてくれ。
「おぉ~、可愛い寝顔だねぇ」
「! メア変わってくれ、変に注目が集まって地獄だ」
どうやっても起きないから起こすのは諦めた。誰かに代わってもらって俺だけ帰る方向でどうにか…………。
「可愛い娘だから膝枕してみたいけどねぇ~、私たちは今から短い休憩で昼食だから無理かなぁ~」
私たち? メアの後ろに隠れるようにしているリオが居た。あぁ~、なんか気まずいな。
「まぁせっかくだから、ここでその娘の寝顔を見ながら食べようかな、リオちゃんも座りなよ」
ここで食べるのかよ!? フィオだけでも注目を集めてるのに看板娘が二人も居たらさっきの比じゃない。
「わざわざここじゃなくてもいいだろ、もっと別の席が空いてるんだし」
「駄目ダメ、昨日何があったのか聞きたいもん。ほら、リオちゃんも観念しちゃいなよ~」
本音はそっちか! 四角いテーブルの俺の左隣りにメアがリオを無理やり座らせて自分は俺の正面に座った。
「ではでは、昨日の事をおねーさんに詳しく教えてくださいな」
リオは赤くなって固まっている。せっかくの休憩なのに可哀想に…………。
「おねーさん?」
「そう! おねいさん! ワタルより私の方が一つ上だよ。敬ってくれてもいいんだよ?」
げぇ、俺年上の人を呼び捨てにしてた!? いや~でも、選択肢が呼び捨てか、ちゃん付けだったし、ちゃん付けは無理だ…………自分が誰かをちゃん付けで呼ぶのが気持ち悪すぎる。今更だがさん付けにしよう。
「分かりました、メアさん」
「うぇ!? やめやめ! 落ち着かないから敬語もさん付けもやめて!」
ええー…………敬えって言ったじゃん。
「でもリオはさん付けで呼んでましたし敬語でしたよね?」
「だから敬語をやーめーてー、リオちゃんは仕事上の後輩だからいいの! でもお客さんに敬語とかさん付けされたら落ち着かないの! そんな事より三人の昨日の事教えてよぉ~」
話題変わったと思ったのに…………。
「メアさんが面白がるような事はなにみょ――」
「やめてって言ったよね?」
頬を引っ張って笑顔で威圧してくる。良い笑顔のはずなのに怖い。
「はい」
「よしよし、それじゃあ昨日の事おねーさんに教えてみ、リオちゃんは何にも教えてくれないからワタルから聴かないとね。三人でどんな一夜を過ごしたの?」
楽しんでるなぁ、リオは真っ赤になって俯いて本当に可哀想な状態に。
「いや、メアが期待してるような事は何も」
「何もって事はないでしょ? リオちゃんがこんな風になっちゃう位の凄い事したんじゃないの?」
どう言えば信じてくれるのか、俺はこんな話をする為にここに来たんじゃないのに…………船長早く来てくれ~!
「はぁ、さっきフィオが言った通り一緒に寝ただけで、他には何もしてない」
「ならなんでリオちゃんこんなに赤くなってるの?」
「酔ってた間の自分の行動が恥ずかしいんじゃ?」
俺には他に思いつかない。
「そうなの? リオちゃん」
「えっと…………それも、あります。ワタルが生きてたのが嬉しくて、お酒のせいもあって、わ、ワタルに抱き、付いたり、しちゃったので…………」
それも? 他にも何かあるのか? 何もなかったよな?
「う~ん、抱き付いてたのは飲んでなくてもやってたから今更って感じねぇ~。それで? 他の理由は?」
まだ続けるのかこの話題、いい加減勘弁してあげればいいのに。
「あ、あの、あ、あ、朝にワタルが…………」
朝? 俺寝てたよな? 別に何もしていない、それとも寝ぼけて何かしたのか?
「ほほ~、なるほどぉ~、リオちゃんは初めて見ちゃったわけだ」
メアは何か分かったらしいけど、んん? 見た? 朝に見た? え゛!? もしかして…………? リオを見ると顔を赤くして俺から顔を背けている。あぁ、なるほど…………朝の生理現象を目撃されてしまったという事か、俺は恩人になんてものを見せてんだよ、死にたい。
「おっきかった?」
聴くな! というかこの話題もう終わりでいいだろ! リオはゆでだこの様に真っ赤だ。
「休憩短いなら早く食べた方がいいんじゃない?」
「えー、これは確認したいでしょ、ねね、どうだったの? 大きかった?」
なんで!? 凄くどうでもいいよ! なぜそこまで追求したがる?
リオがコクリと頷いた。
「へぇ~、ワタルのは大きいんだぁ?」
ニヤニヤとこっちを見てくる。なんでリオ頷いた!? 今のは答えなくてもよかっただろ。
「んふ~ワタ――」
「船長! よかった! 夜まで待たなくてすんだ」
「あ、ちょっと!」
メアが話を続けようとするのをぶった切って入店してきた船長に駆け寄った。
「おぉ、昨日の、もしかして何か思いついたか?」
「はい! それで船長に聞いてもらいたくて待ってたんです」
よかった、いいタイミングで来てくれた。あれ以上あの話題が続いたらきつかった。
「なら奥で聞こう」
「はい!」
これで船長に了解を得られればようやくこの国におさらば出来る! 船長と一緒に席に戻るとフィオが起きていて物凄い不機嫌な顔で俺を睨んでいる。
「あ゛!?」
しまった、フィオの頭を膝に乗せてたの忘れてた…………。
「ワタル、一発」
一発ってなに!? パンチ? ビンタ? どっちもお前がやったら大変な事になるよ!?
「お、お、落ち着けフィオ、帰ったらグミ一箱追加するから」
「二箱」
「わ、分かった、二箱追加だ」
数が減って来てるから二箱は惜しいが今騒ぎを起こして他国に行けない方が問題だ。
「お嬢さん方には席を外してもらいたいのだがかまわないかね?」
「あ、こいつは同席で、話に関係あるので」
言いながらフィオの頭をぐりぐり撫でまわす。
「…………ワタルはこの国を出るんですよね?」
「ああ、そのつもり。他の国でやりたいことがあるし…………」
この国じゃ俺は、異界者はまともに暮らせない。出る以外の選択肢は今の俺にはない。
「そう、ですよね…………メアさん、私先に仕事に戻りますね」
「ワタルサイテ~、せっかく会えたんだからそんなに焦って出て行かなくても、次に船長の船が来た時まで出発を延ばすか、一緒に行こう! とか言えないの?」
出発を延ばしたってリスクが増えるだけでメリットは無い、それにせっかく会えたって言っても俺がリオにしてあげられる事なんて無い。況して一緒に行こうなんて言えるわけもない、盗賊に捕らわれていた様な酷い状況に居るのならもちろん連れ出す。でもそうじゃない、リオはここで上手くやれてる。だから一緒に行く意味なんてない。
「人それぞれ自分の生活があるだろ? リオはここで新しい生活をしてるのに、なんでわざわざそれを壊す様な事を言わないといけないんだよ」
「リオちゃんがこの町に来たのは、ワタルが他の国に行くために港町に行きたがってたからここで待ってれば会えるかも、ってこの町に来たんだよ? ワタルに会う為だけにここに居たんだよ? それでも――」
「会えたんだからもういいだろ、船長と話があるんだ、外してくれ」
連れて行ってどうするんだよ? フィオと違ってリオが行きたいって言ってるわけでもなし、自分の事すらままならない俺に誰かの生活や人生をどうこうするなんて出来ない。
「ヘタレぇ!」
メアは怒って厨房の方へ行ってしまった。また店中から見られてるし…………それにこれはヘタレとは違うだろ、責任を負えない事はしない、当然だと思うんだけど…………俺は自分の目的だけで手一杯だ。
「いいかね?」
「すいません。お待たせしました。それで――」
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