翳り

「はぁ、やる事ないな」

 あの後船長と話をして了解を得る事が出来た。小舟は盗むのは問題があるので、船長が手配してくれた。当然フィオの乗船も受け入れてもらえた。

 今は町の端にあった使われていないボロ小屋に居る。あのままリオ達が泊まっている部屋に居るわけにもいかないし、宿に泊まるのも抵抗があったから人の居ない所を探してふらふらと歩き回ってここを見つけた。使われなくなって大分経つ様でかなり埃塗れだが、人が来ないなら都合がいいからと出発まではここで過ごす事にした。

「はぁ」

 リオにちゃんとお別れを言ってくればよかっただろうか? 出発まではここから出ないつもりでいるからもう会う事はない。店を出る時にも会わなかったからあれから話していない、心配してくれてたんだから別れくらいちゃんと言うべきなんだけど…………変な感じになってしまっているから何を言えばいいか分からない。

「こうやってうじうじ考えてるのが俺のダメなところだな」

 やめよう、考えるの、疲れるし悩んでもいい方向にいかないし俺の場合。寝てしまおう、この世界に来る前は引きこもってずっと寝てばかりだった。そしてあっという間に時間が過ぎていく、そんな感じだった。久々にゆっくり出来るんだ、出港前日まであと五日何も考えずにずっと寝てればいい、それで、いいんだ。


「やっぱ飽きるなぁ」

 リュックの底にあったイヤホンを見つけて音楽を聴いてるけど、元々聴き慣れてたものが入っているんだから飽きてくる。気に入った曲ばかり入れてあるけど繰り返していれば飽きも来る。

「ゲーム、は出来ないしなぁ」

 入れてあるゲームはネットの必要な物ばかり、ネットがないと使い道ってあんまりないな、カメラ、音楽、時計、ライトくらいか。

「カメラ…………」

 リオと写真…………そんなもん撮ってどうするんだよ…………。

「寝れない」

 この世界に来てからは起きて行動するって事をしてたせいかなかなか眠れない。前はあんなに寝てたのに…………。



「んん?」

 人の気配を感じて目が覚めた。というかいつの間にか眠ってたのな。

「誰だ?」

 気配を感じたけど、まだ夜中で小屋の中は暗い。スマホや能力を光源には出来るけど、やったら一発で異界者ってバレる。

「私」

「フィオか?」

「そう、どこに行くか言わなかったから結構捜した」

 そういえば、別の所に行くとしか言ってなかった…………アホだな。

「悪かった。出発まで俺はここで過ごす事にするよ、異界者って怪しまれたりしない為にも外出も控える」

「そう。リオがワタルの事気にしてたけど、もう会わないの?」

 …………会って、なに話すんだよ? 俺もリオもお互いの無事が分かったんだからもういいだろ、本当ならあの森を出た時にお別れだったんだ。

「ああ、異界者の俺とこれ以上関わらない方がリオの為だろ?」

「…………そう」

 フィオが近づいて来て傍に座り込んだ。

「なんだよ? 俺の居る場所の確認は出来たんだから宿に帰れよ、リオが心配するだろ」

「面倒、それに、異界者と関わらない方がいいなら混ざり者とも関わらない方がいい」

 まぁ、そうなのかもな。この国で普通に暮らしていくなら異界者にも混血者にも関わらない方が平穏に暮らしていられる、だからこれでいいのか。

 時間を見ると一応日付が変わる位は寝てたみたいだ。

「船の出港までまだ五日、出港前日までは四日もあるな」

「寝てればすぐ」

 俺と同じ考えかよ! 二人ともこんなだと寝過ごすんじゃないかと少し不安だ。せっかくこの国を出るチャンスを寝坊で棒に振る…………大間抜けだな、気を付けよう。



 俺とフィオはだらだらと過ごし三日が過ぎた。フィオが一度食料の買い出しに行った以外は小屋から出る事もなく二人ともごろごろしていた。完全に引きこもり状態である。

「明日の夜には俺たちは出発かぁ」

「寝てれば直ぐだった」

 確かにそうだが、この状態はよろしくない、また駄目な方向に流されてる気がする。

「お前は本当に寝てばっかりだったな、盗賊だった時もそんな感じだったのか? ぐうたらし過ぎだろ」

 最初の出会いが衝撃的過ぎてヤバい奴ってイメージがあったけど、再会してからのだらけきった状態を見ていると、本当に盗賊をしていたのか怪しく思えてくる。リオの町では殺してないとか言ってたし、食うのに必要な分を盗む程度の事しかしてなかったんじゃなかろうか?

 いや、それにしては仲間を斬った時に全く躊躇がなかった。殺し慣れてないと、ああはならないか…………。

「訓練もしてた」

 怠け者扱いが気に食わなかったようで少々おかんむりだ。

「それ以外は?」

「…………寝てた」

 ダメじゃん…………。

「ワタルは? 逃げ出したあと何してたの? 荷物増えてるから盗みでもやってたの?」

「俺は…………」

 村の事は言うわけにはいかないし、なんて言おう?

「まぁそんな感じだな、能力の訓練とか色々」

 盗みをやってたと思われるのは不名誉だが村の事を他言しない方がいいし、しょうがないか。

「ふ~ん」

 反応それだけか! まぁいいけど。



 朝が来た。出発の日の朝が。船の出港は明日だが、俺とフィオは今夜小舟で沖に出て待機、潮流で流され過ぎないかが心配だけどフィオが居れば何とかなるだろ、だぶん。

「おい、フィオ起きろ、朝だぞ」

 こいつは本当に寝過ぎだ。小屋に来てから四日だがほぼ寝て過ごしやがった。

「出発は夜…………」

 そりゃそうだけど、こいつ夜まで寝る気か? 

「お前は寝過ぎだ。今日で町を出るんだから少し食料とか買っておくぞ」

 まだ貰ったものがありはするけど、運悪く合流出来ずに漂流とかしてしまったらヤバいし、多めに持っておいた方がいいだろ。

「ワタル一人で行けばいい、子供でも買い物は出来る…………」

「俺じゃあどれが保存の利く食べ物か分からんだろうが」

 分かるのは干し肉くらいしかない。やっぱり保存食ってなると干物系になるんだろうか?

「う~」

「ほれ、起きろおきろ」

 頬をふにふにしてやる。やっぱ柔らか~、こいつの頬を弄るのは楽しいかもしれん。

「ふっ!」

「がっ!?」

 い! ってぇー! 頭突きしやがった。フィオの頭突きが顎にヒットして舌を噛んだ。うへぇ、めちゃくちゃ痛い、ちょろっと弄っただけでこの仕打ち…………。

「ほまへ、暴力きんひだったろうが」

「起きろって言うから起きただけ」

 いや、絶対故意だろ今の! すげー不機嫌な顔してるじゃん!

「買い物、行くんでしょ?」

 フィオはさっさと小屋を出て行った。こいつは…………次は気を付けよう、気を付けてふにふにしてやる。

 荷物を持って外に出た。五日ぶりか、この小屋に来てから完全に引きこもってたもんぁ、日の光が眩しい。

「荷物持っていくの?」

「ああ、泥棒とかに入られたら困るだろ」

 俺の貴重な財産だ、不注意で無くなるのは困る。持ってる物の殆どが二度と手に入らない様な物ばっかりだし。


「やっぱり干物が多いんだな」

「うん」

 食料と水筒幾つかに水を調達した。こんなもんかな? 船にはもっとちゃんと積んであるんだろうし、数日ならこれだけあればいいだろ。

「にしても、お金出してもらってよかったのか?」

 乗船料金は必要なかったから源さんに貰った金貨は使ってないままだ、だからお金はあったんだけど。

「平気、抜ける時にいっぱい持ってきたから」

 あぁ…………そういう事ね。う~ん、盗んだ金を使ってると思うと少し微妙な気分に――。

「大変だぁあああああ! お、沖に、クラーケンが出た! 漁船が襲われてる!」

 買い物を終えてフィオと二人でぶらぶらしてたら港の方から血相を変えた男が走ってきた。クラーケン? クラーケンってイカだかタコだかの滅茶苦茶デカい怪物じゃなかったっけ?

「なぁフィオ、魔物って封印されてるんじゃなかったのか?」

 リオは全く存在してないとは言ってなかったから、封印から漏れた数少ないやつってことなのか?

「魔物は封印されてる。でもクラーケンは魔物じゃなくて幻獣」

「幻獣?」

「魔物は元々はこの世界に存在してなかった生き物、幻獣はこの世界に元から存在している珍しい生き物」

 この世界に存在してなかったって事は魔物は俺たち異界者と同じ? 世界ってそんなに数があるのか?


「うわっ」

 怪物が出たという事で周囲は大騒ぎで走って行く人に弾かれて膝を突いた。こんなに大騒ぎする程の怪物なのか? ゲームなんかでは見るけど大きさなんて想像がつかない。

「大丈夫?」

「ああ。なぁフィオ、こんなに大騒ぎする程の怪物なのか?」

「知らない、この町に来るまで海だって見た事なかったから」

 さいで。

 怖がって港から離れようとする者と港へ向かう者がいる。珍しいって事は知らない人の方が多いって事か…………沖に出たんだよな? 俺たち今夜出発なんですけど? そんなの居たら出発できないじゃんか!

「フィオ、見に行くぞ」

 そう言って港に向かって走り出した。

 見に行ってたいした大きさじゃなきゃ俺の能力でどうにか出来るだろうから出発の予定は変えない。ならヤバい大きさだったら? そもそも、そんなのが居たら船長は出港しないんじゃないのか? だとしたらこのままこの国に居続けないといけないのか?

「ああ! くそ! タコだかイカだか知らんけどふざけんな!」

 やっとだぞ? やっとこの国から出られるはずだったのに! 気持ちの悪い軟体生物にじゃまされてたまるか!

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