船に乗るために
「ワタル、ここ港だけど?」
「ああ、そうだな…………」
潮風が気持ちいいなぁ…………。
「なぁフィオ」
「なに?」
「お前道知らない?」
「知らない」
完全に迷ったぁ! 昨日は運良く出会ったおっさんが道を教えてくれた。帰りの時は暗かったし、リオにしがみ付かれて道なんて気にする余裕がなかった。それにリオの案内で帰ったし、どうしたもんかな?
港に来たついでに盗めそうな船がないかと見て回る。見て回るのはいいけど、どの船もエンジンなんて積んでるはずもなく、これってどうやって動かせばいいんだろ? 小舟ならオールで漕げばいいんだろうけど…………フィオは身体能力が高かった。
「なぁフィオ、お前力、腕力も強いのか?」
「強い」
「どのくらい?」
「ワタルをあの辺りに投げ飛ばせるくらい」
フィオは沖の方を指差す。マジですか、この小さい身体の細腕のどこにそんな力が…………ん? 暴力がこない、さっきの約束のおかげか? 人間をあれ程遠くに投げ飛ばす力があるなら、夜の内に小舟を盗んで沖に出て船長の船が来るのを待てばいいんじゃ? 夜なら目立たないだろうし、多少流されようと船長の船さえ発見出来ればフィオに漕いでもらって近づける気がする。この国の人間はリオと村の人たちしか信用できない、協力者を得るなんて不可能だ。この夜の内に小舟で沖へ作戦でイケるんじゃない? 楽観的だけどフィオの凄さは目にしているから結構イケそうな気がしてる。そうなると適当に盗めそうな小舟を――。
「ひっ!」
今なんかが足元をわしゃわしゃっって通り過ぎていった。動きが、嫌いなアレに似てた気が…………。
「ワタル、いつまで港をウロウロするの?」
「あ、ああ、店探さないと――っ!? ぎぃゃぁあああああああああああ! キモいキモいキモいキモいぃいいい!」
防波堤とかによく居る脚の多いわしゃわしゃした虫が俺の脚を這いあがってきやがった! しかも滅茶苦茶デカいし! ハムスター位の大きさがある、さらに! ナメクジとかカタツムリみたいに目が飛び出ている! なんであっちの世界にいる気持ちの悪い奴に似たのがこっちにも居てその上デカいんだよ!
「フィオ! これ取ってくれ! 取ってくれぇ!」
張り付かれた脚を振り回しながらフィオに助けを求めた。
「私気持ちの悪いの嫌い。自分の雷でどうにかすれば?」
気持ちの悪いの嫌いって、お前人間を細切れにしたりしたじゃん! 今更虫がダメなの!? だがそうだった、自分の能力で――って、使えねぇえ! 大声出したからこっちを見てる人が何人かいる。
「フィオ、人が見てるから使えない、お前のナイフでサクッっとやってぇえええええええええええ! いやぁあああああああああああ! 来んな! 上がって来んなぁあああああ!」
「止まって、狙えない」
「早く! 早くどうにかしてくれ!」
フィオの言葉に足を止めた。もう来てる! 腹まで上がって来てる! 脚や胴体は衣服を着てるからまだマシだが、顔を這われたら気持ち悪くて飯どころじゃなくなる!
「ふっ!」
ナイフを鞘に納めたまま面の部分ではたき落としてくれて、虫はそのまま海に落ちた。
「た、助かったぁ」
緊張が解けてへたり込む。
「ワタルも剣四本も持ってるんだから自分でやればよかったのに」
虫でパニック状態の人間には自分で何とかするって選択肢はない。
「とにかく助かった、ありがとう」
「…………うん」
この世界には人間以外にも天敵がたくさん…………他にもこんなの居るんじゃなかろうか? 帰りたい理由が増えた。
「おい、お前ら」
「ん?」
なんだ、昨日道を教えてくれたおっさんじゃん。
「おお! なんだやっぱり昨日のフード被ったヘタレの兄ちゃんか、なにを大騒ぎしてたんだ?」
「虫を怖がってた」
言うなよ!
「は? …………くっふっ、あっははははははは! なんだお前ゲジメがダメなのか」
ゲジメ…………なんて分かりやすい名前なんだ、絶対ゲジゲジで目が飛び出てるからだ。
「あんな気持ちの悪いの嫌に決まってるじゃないですか」
昨日から笑われっぱなしな気が…………でも丁度いい、また道を聞ける。
「あの、昨日聞いた店の場所もう一度教えてもらえませんか?」
「ああ? もしかして迷子か?」
「そう」
だから言うなよ!
「ぷっ、くっくっくくはっははははは! 嬢ちゃんも大変だなぁ! こんな情けない兄貴が居ると、よし! 嬢ちゃんが可哀想だから俺が店まで案内してやるよ」
「アリガトウゴザイマス…………どうした? 行くぞ、フィオ」
「…………兄貴、私とワタルは兄弟に見えるの?」
「さぁな、おっさんにはそう見えたんじゃないか?」
兄弟にしては歳が離れすぎ(見た目的に)な気がするけど。
「兄弟…………家族…………」
「おーい! どうしたー! 置いてっちまうぞ!」
「フィオ行くぞ、置いて行かれたら昼飯抜きになる」
虫事件で食欲は減衰してるけど、リオの様子が気になるから店には一度行っておきたいし、さっきの考えを船長に言ってみないと。
「うん」
やっと辿り着いた…………結局宿からはそんなに離れてない場所じゃないか。
「ほらよ、着いたぜ。嬢ちゃん、情けない兄貴にしっかり食わせてもらえよ。それとお前、兄貴ならもっとしっかりしてやれ! もう迷うなよ! じゃあな!」
もう覚えたから迷うかよ! それに六日後にはここを出るんだ、船長の了解を得られたら人目を避けるために町をうろつく様な事はしないつもりだ。
「ありがとうございました。やっと着いた、さっさと入ろう」
「ん」
「いらっしゃいませ~、ってワタル!」
『あ゛あ゛?』
メアが俺を呼んだのと同時に店の客全員に睨まれた。なんだよこれ? もしかして異界者だってバレたのか!? バレる様な事はしてない、はず…………フードだってしっかり被ってるし前髪だって垂らしてるから瞳の色なんて近づかない限り分からないはずだ、誰かにそれ程の距離まで寄られた事もなかった。なのになんだ? この店中の殺気は…………。
「おい、小僧」
リオのおっぱい揉ませろ発言の厳ついおっさんが近付いてきた。昨日は坊主だったけど今日は小僧か、坊主よりはマシかな?
「てめぇ、リオちゃんとはオ・ト・モ・ダ・チなんだよなぁ? なのにてめぇ酔ったリオちゃんに何しやがった!?」
胸ぐらを掴まれて持ち上げられて爪先立ちになる。何ってなんだよ? 何もしてないぞ?
「あ゛ぁん? なんだ嬢ちゃん、今忙しいんだ。後にしてくれ」
フィオが滅茶苦茶不機嫌な顔でおっさんの腕を掴もうとしてた。
「うわっ! やめろフィオ、ステイ!」
「? ステイってなに?」
おお、思わず犬用の言葉が…………。
「大人しくじっとしてろって事だ」
「でも――」
「でもじゃない、約束したろ」
なにする気かは分からんけど、良い事じゃないのは分かる。船に乗れるかもしれないのに騒ぎを起こしておじゃんになるのは嫌だ!
「てめぇ! リオちゃんだけじゃなくこんな小さい娘にまで手ぇ出してんじゃねぇだろうな?」
なんか変な勘違いしてるし!? フィオが更に不機嫌に…………。
「あの~、そもそもリオにも何もしてませんけど?」
「あ゛あ゛? なら今日のリオちゃんの態度をどう説明するんだ!? いつもは真面目で働き者なのに、今日に限って声を掛けてもぼーっとして上の空だったり、顔を赤らめて身もだえしてたり! 昨日お前が送って行ったんだよなぁ? 原因はてめぇしか考えられないよなぁ?」
あぁ、二日酔いとかにはならなかったみたいだけど、酔ってる時の言動の後遺症があるって感じか? 結構酔ってたから記憶飛んでるかとも思ってたんだけど、リオはちゃんと覚えてるタイプか。
「いや、俺は本当になにも、なぁ? フィオ」
フィオが一緒に居たんだ。フィオに証言してもらえば――。
「三人で一緒に寝ただけ」
『なにぃいいいいいいいいいいいいい』
おい…………悪化したぞ。
「なにが何もしてないだ! 二人もいっぺんに手ぇ出してんじゃないか! なんて羨ま――最低な奴だ! よくも女を酔わせて手ぇ出すなんて卑劣な事を!」
「ぐぅう」
苦しい、何もしてないしそもそもリオに酒を飲ませたのはあんたらだろうが!
「ほほ~、昨日リオちゃんがべったりだったから、もしかしたら~って思ってたけど、まさか二人いっぺんなんてね~。ワタルってば好色漢? 私もそのうち仲間に入っちゃったりして?」
メアが楽しそうに聞いて来る。違う! てかいらん事言っておっさん共を刺激するな!
「ん? お前――」
マズい、これだけ近くて持ち上げられてる状態だと目が見えるかもしれない!?
「っと、苦しかった~」
ガシャン! っと食器の割れる音に全員が気を取られて、俺を締め上げてたおっさんの手も放れた。誰か知らないけど助かった。音のした方を見るとリオが居た。
「あの、ごめんなさ――あ」
俺を見つけると顔を真っ赤にして厨房の方へ逃げて行った。そしてまた俺を睨むおっさん達…………オレガナニヲシタ?
「あ~、俺を問い詰めるよりメアがリオに話を聞いて来た方が早いんじゃ?」
「ん~聞いたんだけどねぇ~、顔を赤くするだけで答えてくれないんだよね。ワタル一体どんな凄い事したの?」
なんもしてない! おっさん達を煽る様な事言うなってば!
『…………詳しく聞かせてもらおうか』
なんの一体感だあんたら!
「ワタル、いつまで待てばいいの? お腹空いた」
「ああ、そうだな。俺たち食事に来たんだけど?」
「おお~まいどあり~! 昨日勝ったからワタルの注文はおじさん達が奢ってくれるよ~。奥の席へどうぞ~」
奢りって昨日の分だけじゃないのか? 俺は昨日の飲み食いだけだと思ってたんだけど。
「ちょ、ま! 待ってくれ、待ってくれよメアちゃん、奢るって言ったのは昨日の分だけだぜ? それにリオちゃんとこんな小さい娘に手ぇ出した変質者に奢るなんて俺たちゃぁ嫌だぜ!」
「でも昨日ワタルが勝った時の条件が『この店での飲み食いを奢ってやる』で、昨日のだけとは言わなかったよね? それにリオちゃんとの事も認めるって言ってたような~? もしかして海の男に二言があるの?」
「いや! それは…………」
メアの言葉で店内が静かに…………扱い慣れてらっしゃる、おかげで助かった。飯も奢りみたいだしラッキーだな。
「まぁワタルは大食漢じゃないみたいだし、みんなで割れば大した額じゃないでしょ?」
「そりゃそうだが…………」
おっさん達が恨めしそうにこっちを睨んで来る。居心地が悪い、船長に話しだけして帰るか? 船長は~…………見当たらん。店内を見回したけど、どこにも居ない。
「なぁメア、船長は来てないの?」
「ワタルが来る少し前まで居たよ。用事があったの?」
入れ違いかよ、迷子のせいだ…………。
「うん、乗船の事でちょっと」
「そっか、また夜には来ると思うからそれまではリオちゃんが働いてるのでも眺めてたら?」
この針の筵に居続けろと? それにリオがあんな調子なら俺がいない方がいいだろ絶対。
「まぁなんにせよ、とりあえずご注文をどうぞ!」
注文って字が読めんのだが…………。
「昨日と同じので、魚は抜き」
「あれ? メデシロ美味しくなかった?」
美味しい、美味しくない以前に見た目でアウトだ。飛び出した目でさっきの虫も連想されて気分が悪くなる、味は覚えてないし。
「あんまりお腹空いてないから…………フィオはどうするんだ?」
「ワタルと同じのでいい」
「エリカバーのステーキを二人分ね。それじゃあ、少々お待ちください」
「はい、お待たせ~、ごゆっくりどうぞ~」
ごゆっくりとか言われてもこの状況じゃゆっくりする気分になれん。
右手が痛いせいで少し手間取ったが、フィオも俺も会話することなくもくもくと食べたから直ぐに食べ終わってしまった。
「帰らないの?」
「他の国に行くために他国の船の船長に話しがあるんだ」
「そう、私は帰る」
「待てマテまて、お前にも居てもらう」
話しをするのにフィオを見てもらった方が話が早そうだし、本人が居た方が信じてもらいやすいだろ。
「なんで? ここは酒臭いからあまり居たくない」
「俺に付いて来るならお前も船に乗る事になるだろうが、それを頼む必要もあるんだからちゃんと居ろ、俺だって酒臭いのは嫌だけど我慢してるんだから」
一旦戻ってもいいかもしれないけど、また入れ違いになるのも面倒だから待つ事にした。メアが、店の人が居ていいって言ったんだから長居しても問題ないだろ。
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