柔らかいです

「なんでお前がこんな所に居るだ!?」

 思ってもいなかった人間が部屋に居た事で俺は警戒を露わにした。

「やっと来たんだ。遅すぎる」

「そ~にゃんれすよ! やっと来てくれたんれす!」

 俺の質問に答えろよ。というかなんでリオは普通に会話してるんだよ?

「全然来ないから、もう野垂れ死にしたのか、リオの嘘だと思ってた」

「酷いれすね~、わらし嘘にゃんて吐きましぇんよ!」

 どうなってるんだ? どういう状況だこれは? なんでこうなってる?

「ふぁ~ぁ、なんだか眠いれす、もう寝ましゅ」

 ベットに向かおうとするリオに手を引っ張られる。痛いって!

「リオ寝るんなら手ぇ離して」

 今のリオになにか聴いてもちゃんとした受け答えが出来るとは思えないし、眠って静かにしていてくれた方がいいかもしれない。その間にこいつを問い詰めて、場合によってはここから排除して俺も逃げないと。


「らぁ~め~、わたりゅも一緒に寝るんれすよ~」

「いっだだだだだだだ! 痛い! 痛い! リオ痛いって!」

 痛めた右手をグイグイ引っ張る。酔っぱらいってこんなに力出るの!?

「らって捕まえておかなきゃわたりゅがどこかに行っちゃう…………」

 う!? また泣き始めた。

「行かない、とりあえずしばらくはこの町かその付近に居るから!」

 七日の間に何か方法を考えないといけないし、宿は万が一の事があっちゃいけないから野宿の方がいいだろうな。

「にゃら一緒に寝ましょ~ね~」

「い!?」

 腕を引かれる痛みに耐えられず、踏ん張る事が出来なくてリオに引き寄せられて抱きしめられ、そのままベットに倒れ込んだ。

 なんだこれ!? なんだこれ!? なんだこれ!? 滅茶苦茶柔らかい! 俺の頭はリオに抱きしめられて、リオの胸に顔をうずめて頭を撫でられている。ヤバいくらいに心臓がバクバクいっている。この状態はマズい、リオだって明日起きたらびっくりするし恥ずかしいはず、俺もこの状態でいるのは耐えられない。な、なんとか脱出を…………。


「あん! わたりゅ~動くとくしゅぐったいれすよ~」

「っ!?」

 抜け出そうともぞもぞしていたら、リオの声に身を固くして動けなくなってしまう。さっきよりも抱きしめる力が強くなってるし!? 部屋に居るもう一人はじぃーっとこの状況を見ている。

「女に興味ないって言ってたのに」

 女に興味がないって言った覚えはないぞ、襲って捕まえて無理やりそういう事をするのが嫌だって言ったんだ。俺だって男だから女の人に興味くらいある。でもまぁ今それはどうでもいい。

「そんな事どうでもいいから助けろ」

「なんで? 嬉しいんじゃないの?」

 なんで? なんでってこんな状態じゃマズいだろ!

「なんでもいいから助けろよ!」

「はぁ~」

 溜息吐かれた…………。でも一応助けてはくれるようで近づいて来てリオの手を引き剥がそうとしてくれる。

「やぁ~あ! このまま寝るんれす! 反対側が空いてるんだからフィオちゃんは反対側で寝てくらしゃい!」

「…………わかった」

 なにが!? フィオが反対側に来てリオとフィオに挟まれた状態になった。あ、悪化しとる…………。

「お前助けてくれるんじゃなかったのか?」

「酔っぱらいの相手は面倒だからしたくない、普通の人間は私が殴ったりしたら死んじゃうし、だから私ももう寝る」

 っ!? 背中にフィオが抱き付いて来た。

「なんでお前まで抱き付いとんじゃー」

「なにか抱きしめてるとよく寝れ――すぴ~」

 はやっ! え、ちょっと、冗談だよな?

「おい? フィオ? 起きてるよな?」

「…………」


 二人が起きるまでずっとこのままか? 勘弁してくれ、俺だって男だぞ? こんな状態落ち着かない。このままじゃ駄目だ、どうにかして抜け出さないと、二人の眠りが深くなるのを待って少しずつ腕を解いていく。

 よし、リオの腕からは脱出出来た。あとはフィオを――おおおお!? おいおいおい! 締めるな! 苦しいくるしい! 店で食った物が上がってくる! フィオの腕を解こうとしたら逆に締め上げてきた。

「ん~ん」

 っ!? せっかく解いたのにまたリオに抱きしめられた。もう諦めて寝ればいいんだろうけど、俺はこんな状態で寝られる程女に慣れてない。少し酒臭いけど、酒とは違ういい匂いはするし柔らかいし温かいしで頭が完全に混乱している。



 あぁ~、外が明るくなってきたなぁ。窓から光が差し込んでくる。あれからも脱出を試みたけど、リオの腕は解けてもフィオの腕を解こうとしたら腹を締め上げられるというのを繰り返して、結局抜け出せずに夜明けだ。

 気疲れとこの町に来るまでは昼夜逆転の生活だったのもあって眠くなってきた。眠気でリオ達の事も気にならなくなり始めて、もう寝てしまえそうだ。

「寝るか…………」

 この状態になったのは俺のせいじゃないし、寝ても怒られたりはしないだろ。



「ふあぁ~あ~、寝た~」

 背中にフィオが抱き付いてるけど、リオはいなくなってる。当然か仕事してるんだし、どの位寝たんだろう? ズボンのポケットからスマホを取り出して時間を見る。時計自体は完全にズレてしまっているから今の正確な時間が分かるわけじゃないけど、経過した時間の計算には使える。六時間くらいか、寝たのが明け方だったから五か六時くらいだとして、昼か昼前くらいになるのか。俺は寝たのが明け方だったからしょうがないけど、昨日の夜からずっと寝てるこいつは寝過ぎじゃないのか? というかそもそもなんでフィオがリオと一緒に居るんだよ? 昨日のうちに確認しておきたかったのにぐだぐだになって今に至ってる。

 身体を捻ってフィオの方を向いた。あ~、やっぱりどう見ても子供、十八には見えない。下手したら美空たちの方が年上に見えるかもしれない。


「お~い、起きろ~、子供は普通早起きだろ~」

 学校が休みな日曜とかは無駄にかなり早くに起きたりする、少なくとも俺は小さい頃はそうだった。

 言いながらフィオの頬を突く。おお! 柔らか~、これ凄いな! しばらく突いてふにふにする。ん~、これは癖になりそうかも?

「う~ん~、ふっ!」

「ぐはっ! いっだだだだだだだ! 背骨! 背骨がぁああああ!」

 突いてたら急に腕に力を入れて締め上げてきた。

「う~、うる、さい!」

「痛いって! 背骨が折れる! 折れる! 背骨が折れて死ぬ!」

 今ボキッって音がした! 死ぬ、寝ぼけたやつに殺される!

「こぉの! 止めろ!」

「っ!?」

 身体に電気を纏ってフィオに軽い刺激を与えたら飛び起きた。うわぁ、ものっすっごい不機嫌な目で睨み付けてくる。

「今のなに? ワタルがやったの?」

 待て、待て、待て! どっから取り出したのかナイフを構えている。マジで殺す気か!?

「ま、まぁ落ち着け、そしてナイフを下ろせ、グミ遣るから」

「グミってなに?」

 あれ? 前に遣った時に菓子の名前教えなかったっけか?

「前に遣った菓子だよ、もう無くなってるんじゃないのか?」

「! もう無い、またくれるの?」

 おお、釣れた。グミパワー凄いな、俺の言葉よりグミが勝るのか…………。

「ああ、まだ残ってるし、だからナイフを下ろせ、怖い」

「ん」

 ナイフを机に置いてとことこと近づいてくる。やっぱり年相応には見えな――。

「待てマテまて! ナイフを取りに行くな! グミ遣らんぞ」

 ほっんと勘が良いなこいつは、そしてまたグミパワーで止まる…………なんか虚しい。


 グミはどこに入れたっけな~、村を出る時に荷物が一気に増えたからごちゃごちゃだ。壺がごろごろして探し辛い、一旦出すか。荷物の中身を散らかしてグミを探す。

「あったぞ! ほれ」

「また箱ごとくれるの?」

「ああ、その代わりに俺の質問に答えろ」

 フィオがなんでリオと一緒に居るのか? その目的を聴いて害あるようなら、排除しないといけない。

「質問って?」

「なんでお前がリオと一緒に居るんだ? 近くにヴァイス達も居るのか? 次はこの町を襲う気なのか?」

 もしこの町を襲うつもりだったとしても、今の俺ならリオを守って逃がす事はそう難しくないはずだけど、人が死ぬ様はあまり見たいものじゃないから、もしそうだとするなら襲う前に盗賊共を排除してやる。

「そんなに警戒しても何もないよ。私は盗賊抜けてきたから、ヴァイス達なら隠れ家に居るはず。次にどこを襲う気でいるのかはしらないけど、ここは大きい町だから難しいと思う」

 抜けてきた? 盗賊のままでいいって言ってたやつが?

「疑うのは自由、でも事実、リオと一緒に居るのは旅の途中で拾って、目的が一緒だったから一緒に居ただけ」

 拾った? 捕まえた、じゃなく? それに目的ってなんだ? リオがフィオと共通の目的を持ってるのか? そもそもリオの町を襲った盗賊だぞ、なんでリオは一緒に居るんだ? そんなに重要な目的なのか?

「目的ってなんだよ? それになんでリオは自分の町を襲ったお前と一緒に居るんだ? 普通そんなの耐えられないだろ?」

「私があの町で誰も殺してないって言ったら信じてくれた。目的は…………ん」

 殺してないからって言っても盗賊の仲間だったんだぞ? リオにとっては家族の仇と同じじゃないのか? それになんで俺に向かって指を差す?

「ん、ってなんだよ? なんで俺を指差す?」

「目的はワタルに会う事、だからもう達成された」

 俺に会う事? リオはまぁ分かる、優しいから心配してくれたんだろう。でもフィオはなんだ? 盗賊を辞めたのなら俺を、異界者を捜す必要なんてないじゃないか。

「って、ちょっと待て、お前に初めて会った時にお前が持ってた剣が血で汚れてたぞ、殺してないなんて嘘じゃないのか? それになんでお前が俺に会いたかったんだよ? 盗賊抜けたなら異界者も覚醒者も必要ないだろ? まさかグミ欲しさに捜してたのか?」

 まさか菓子の為に盗賊抜けて、俺を捜すなんて馬鹿な理由のはずもないだろうけど一応確認してみる。


「剣は適当に落ちてるの拾ってきただけ、私は普段ナイフしか使わない」

 本当だろうか? でも確かにあの時剣は持ってたけど、鞘は持ってなかったな、普段ナイフしか使わないってのは本当なんだろう。それに疑ったところで確かめる術なんてないから無駄か…………。

「それで、捜してた理由は?」

「面白いから」

 はあ?

「面白いって何が?」

「ワタルが、だから興味が湧いた、一緒に居てみたいって思った。リオが、ワタルは帰る方法を探すかもって言ってたのもワタルを捜してた理由の一つ、ワタルと一緒に居たら別の世界を見られるかもしれない、私の目的はこんな感じ。もう食べてもいい?」

「あぁ、どうぞ」


 捕まってた時に話をしたフィオはこの世界に何も期待してない感じだった。だから別の世界の人間に、別の世界に興味が湧いた? いや、異界者ならツチヤが居ただろ、それに今までにも何人かに会って処分してたんじゃないのか? なんで俺?

「なんで俺なんだ? 異界者ならわざわざ俺を捜さなくてもツチヤが居ただろ? それに他のやつだって見た事あるんだろ?」

「ツチヤも他の異界者もみんなヴァイス達と大して変わらない、ワタルだけが違った。誰かの為に死ぬ様な事をして、誰かの無事が嬉しくて泣いてた。ワタルの世界はそんな人が多いんでしょ? だから見てみたい」

 見てみたい、か。日本を見たらびっくりするだろうな。

「それは俺の旅に付いて来るって事か?」

「そう、付いて行く。私は役に立つと思う」

 確かに、あの身体能力だもんなぁ。

「あ~、でも付いて来るなら無闇な暴力とか人殺しは無しにしてくれよ。じゃないと同行は拒否だ」

「拒否しても勝手に付いて行く」

「…………俺は捕まってた時と違って少しは強くなってるからフィオの動きを一時的に止めてその間に逃げる事も出来るんだぞ?」

 本当に出来るかは怪しいけど、ホイホイ暴力振るわれたり殺人起こされたら堪ったものじゃない。腕を帯電させて見せた。

「覚醒者になったんだ? さっきビリッってしたのはそれ? あれくらいなら全然我慢出来る」

「そんなわけないだろ、起こす為だけに全力を使うはずないだろ。落雷は見た事あるか? それと同程度かそれ以上の事が出来る。それに、日本が見たいんだろ? 帰る方法を見つけても物騒なやつは連れて行けないぞ?」

 盗賊やってた時の感覚のままで日本に行って無茶苦茶されたら絶対に大騒ぎだろうな…………。


「どういう時ならいいの?」

「どういうってそんなの――」

 どういう場合ならいいんだろう? 基本暴力も殺人も駄目だろ。身を守る時? 普通の人間だとまずフィオに触れる事も出来ないんじゃないか? そもそも暴力と人殺し俺もやっちゃってる…………偉そうに言える立場じゃないじゃん。これはどう説明すれば?

「あ~…………」

「…………もう面倒だから、いい時はいいって言って」

 俺が悩んでるとそう言ってきた。

「俺が許可しなかったら暴力も殺人もしないって事か?」

「うん、それならいいでしょ?」

 本当だろうか? 今までやってきた事をいきなり止めるとか出来るか?

「本当に俺が許可しなかったらやらないんだろうな?」

「うん、心配なら武器はワタルが持っててもいい」

 これ以上荷物が増えるのは嫌だなぁ、武器渡すとまで言うんだから信じてみようか?

「わかった。武器は自分で持ってていい、ただし! 約束破ったらその時点で一緒に旅はしない」

「それでいい」

 あっさりだな、そんなに日本が気になるんだろうか?

 くきゅぅるる~。

「腹減ったな、食事ってどうしてるんだ?」

「リオが買って来てくれた物を食べてた、今は無いけど」

 無いのかよ…………。

「外で食べたりしないのか?」

「面倒だから出ない」

 それ引きこもりじゃん! 俺はどうこう言える立場じゃないけど。

 飯どうしようかな、干し肉とかはあるけど保存食だから出来るだけとっておきたいし、リオ昨日かなり酔ってたから気になるし昨日の店に食べに行くか。

「リオの様子見を兼ねて食べに出るけどフィオはどうする?」

「行く」

 こうしてフィオと一緒に昨日の酒場へ行く事になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る