お酒は怖い

 なんとかして船に乗る方法を考えないとこの国から出ることが出来ない。この国を出られないと日本に帰る方法を探すことが叶わなくなる。この国にも異界者や覚醒者は居るだろうけど接触するのはかなり難しそうだし、この国では自由に動き回る事も出来ない、帰る方法を探すなら他の国に行く方がいいだろう。でも、方法が…………もしかして一生この国から出られないのか? このまま即村に帰還か? そんなのダメだ! 絶対に帰る方法を捜さないと! 船員に紛れるとかはやっぱり無理なんだろうか?

「あの、船員や乗客の確認はやっぱり瞳ですか?」

「ああ、異界者は瞳が黒いのが特徴だからな、全員が確認される」

 やっぱり船員になりすますのは無理か。

「船内に隠れられるような場所は?」

「無いな、出港前に船内はすべて確認される。さっきも言ったが、積み荷も細かく調べられるから積み荷に隠れるのも無理だ」

 積み荷に紛れ込むのも無理、あれも駄目、これも駄目、どうすればいいんだよ?

「あ~、例えばなんですけど、小舟とか漁船で海へ出て海の上でそちらの船に移るってのはどうですか?」

「小舟なんかで沖へ出る様な事をしてれば怪しまれてすぐに追われるだろうな、漁船は多少可能性がなくはないが、そんな事に協力する漁師は居ないだろうな」

 これも駄目か、今は他に何も思いつきそうにない。本当にどうすれば…………?

「俺の船の出港は七日後だ。それまでは大抵この店に居ると思う、何か良い方法を思いつくか、上手いこと協力者を得る事が出来たなら船に乗せてやる。異界者がこの国でどういう扱いを受けているのか聞いてはいるから助けてやりたいんだが、俺にも立場がある。悪いがこの位しかしてやれない、すまないな」

 本当に申し訳なさそうな顔をして船長は元の席に戻って行った。

 今は船に乗れないが、何か良い方法を考え出せれば乗れるんだ。それに他の国の人は普通に接してくれる、それが分かっただけでも収穫だ。


「よ~う! 船長との話は終わったんだろ? ちょっとこっちに来い!」

 酔っぱらいのおっさんに手を引かれて酔っぱらい達の輪の中へ連れていかれる。

「一体何の用ですか?」

「酒の全く飲めないおめぇを俺たちが特訓してやって、立派な一人前の男にしてやろうと思ってな!」

 余計な事を…………それに! 飲めないんじゃなくて嫌いなんだってば!

「結構です」

「まぁ待てって、俺たちが酌をするのが嫌なら別の方法も考えてあるから! お~い! リオちゃ~ん、こっちに来て坊主の酌してやってくれ!」

 誰が注ごうが嫌なものは嫌なんだって!

「ワタルお酒飲まないんじゃなかったんですか?」

「飲まな――」

「いやぁ、大人の男が全く飲めないなんて情けないから、俺たちが特訓してやろうと思ったんだけどなぁ、俺たちの酌じゃあ飲めないって言うからリオちゃんに頼もぉってわけだ! おめぇまさかリオちゃんに酌してもらって飲めねぇ、なんて事言わないよなぁ?」

 特訓じゃなくて、それ脅しだろ! 一杯飲めば納得するだろうか? 酒に弱いわけじゃないから我慢すれば飲めない事もない、一杯飲んで解放されるならさっさと飲んでしまおう。後七日の間に何か船に乗り込む方法を考えないといけないんだ、酔っぱらい達に構ってる暇はない!

「んじゃあ、一杯だけ」

「ワタル、どうぞ。頑張ってください」

 リオはにこにこ笑顔だ。リオ、こういう時は気を利かせて少なめに注いでくれればいいのに、ジョッキにはなみなみと酒が注がれている。

「ほれ、一気にグイッっといけ! グイッっと」

 一気飲みって危ないんじゃなかったっけ? 大学生とかが騒いで一気飲みして、死亡とか病院送りとか聞いた覚えがあるんだけど? でもこのなみなみと注がれたのをちびちびと飲んでると途中できつくなりそうだ。一気にいくか? これを飲めば解放されるんだ、一気にいってしまえ! 覚悟を決めてジョッキの中の酒を呷った。


「おお! なかなか良い飲みっぷりじゃねぇか!」

「なんだ、普通に飲めるんじゃないか」

「やるじゃねぇか! リオちゃん次を注いでやってくれ」

 な!? 飲み終わったジョッキにまたなみなみと注がれてしまった。また飲まないとダメなのか? 苦いから嫌なんだけど…………。

「そら! どうした? あれだけ良い飲みっぷりだったんだ、どんどん飲め! どうせ俺たちの奢りなんだ。もう一度男を見せてみろよ!」

 飲めないんじゃなくてアルコールが嫌いなんだってば! 人の話なんて聞きゃしない、やっぱり酔っぱらいは苦手だ。これで、これで最後だ。そう思ってジョッキの中身を飲み干した。うへぇ~、やっぱり苦い、あんたらよくこんな苦いもん平気で飲めるな。

「よし、つ――」

「次はリオが飲むといいよ、おっさん達の奢りなんだし」

 おっさんが次を注げと言う前に注意をリオに向けさせた。ごめんリオ、でももう飲みたくない!

「おー、そうだそうだ! リオちゃんも飲むと良い! 今日はおじさん達の奢りだからな ジャンジャンやってくれ!」

 おっさん達はリオにも飲ませる気満々だ。

「じゃあ、次はワタルが注いでください」

 そう言ってジョッキを渡された。俺のせいだけどリオは酒大丈夫なんだろうか?

「はい、これ」

 苦手だったらいけないので少な目に注いで渡した。

「おいおいおい! なんだこの量は! しっかり注がないとリオちゃんが飲めねぇだろうが!」

 せっかく少な目で渡したのにおっさん達が注ぎ足してなみなみにしていく、なんて余計な事を…………。

「さぁっ、リオちゃんやってくれ!」

「それじゃあ、いただきますね」

 リオは一気に飲み干してしまった。一気飲みするって事は本当に大丈夫なのか?

「おおお! リオちゃんも良い飲みっぷりだ! よし! 楽しくなってきた! 今日はとことん飲み明かすぞ!」

『おおー!』

 あぁ、面倒くさそうな事になってきた。今のうちに退散しよう。

「わ~た~るぅ~、どこに行くんでしゅか~! もうどこにも行かないって言ったでしょ~、居なくなったら嫌ですぅ~。早く次を注いでくだしゃいよ~」

 一杯だけで酔っとるぅー! リオが腕に抱き付いてくる。これ、もう飲ませたらダメなやつだ。

「いや、リオはもう止めといた方がい――」

「なぁ~に言ってるんでしゅか~! せっかくおじしゃん達の奢りで楽しくなってきてるのに! なんで飲まないなんて事するんでしゅ! どんどん飲みましょうよぉ~」

 一杯で酔っ払った人が何か言ってる。

 …………でも、酔っ払ったリオちょっと可愛――じゃなくて! これ止めないとマズいだろ。っておっさん達にどんどん注がれてるし、完全などんちゃん騒ぎ、もうこれ収集がつかんな…………せめて俺は飲まないで冷静なままでいよう。


「う~わぁ~、騒いでると思ったら凄い事になってるね」

 メアならこれを止められないだろうか? さっきもおっさん達を黙らせて引き下がらせてたし。

「ねぇ、メアはこれ止められない?」

「ん~、これは無理かなぁ~、漁が大漁だった時もこんな感じで大騒ぎになって酔い潰れないと静かにならないから」

 メアでもダメなのか、こりゃもう、どうしようもないな…………。

「にしてもリオちゃんがこの騒ぎに混じってるなんて意外だなぁ~、誰かさんに会えたのがよっぽど嬉しかったのかなぁ?」

 こっちにニヤニヤと視線を向けてくる。

「そこが分からないんだよなぁ、リオが優しいのは知ってるから心配しててくれてたのは分かるんだけど、あんなに抱き付いて離れなくなる程親しかったわけじゃないのに」

 本当に分からない、メアは何か知ってるだろうか?

「リオちゃんの住んでた町は盗賊に襲われて、リオちゃんとワタル以外は皆殺しにされちゃったんでしょう? 幼馴染なんて目の前で殺されたっていってたし、そんなリオちゃんにとってワタルは唯一残った知ってる人、なんだよ?」

 でも家族ってわけでもないし、友達って言ってくれてはいるけど正直そこまで親しくなれてたとは思えない、本当にただ知ってる人だ。それに。

「でも、今はメアとか店の人、お客とか知り合いがいっぱい居るんだろ?」

「ワタルは分かってないなぁ~、自分の事を助けるために命を張ってくれた人と私たちとじゃ全然違うと思うよ? 少なくとも私ならそんな相手の事は特別に思うかなぁ~、混ざり者に立ち向かうなんて、そんなカッコイイところ見せられたら惚れちゃうかも?」

 じぃっと見られる。美人さんにそんな事言われて見つめられるとかなり照れる、それにそんなカッコイイものじゃなかったしな、なんとか逃がせた後はボコボコにされて生き残ったのもあいつらの気まぐれだ。

 惚れるねぇ、俺は恩を返しただけだ。そんな風に思ってもらう価値はない、リオが拾ってくれた命をリオの為に使いたかっただけだ。

「ねぇねぇ、本当にリオちゃんとは恋人じゃないの?」

 しつこいな、他人のこういう話題が好きな人って居るよなぁ。そもそもリオに俺なんかじゃ釣り合い取れないだろ、リオが可哀想だ。

「恋人でもなんでもないよ、リオは俺にとって恩人なんだ」

「ふ~ん、じゃあ私が立候補したら恋人にしてくれる?」

 …………今なんて言った? コイビトニシテクレル?

「からかうのは勘弁してくれ、それに人気者のメアに俺は似合わんだろ」

 それに俺異界者だし、ってなに真面目に考えてるんだか、メアだってただの冗談で言ったんだろ。


「そんな――」

「わたるぅ~、私をほったらかしてメアしゃんと仲良くお喋りでしゅか~! せっかくまた会えたのにわたるは嬉しくないんでしゅね!」

 グイグイ頬を引っ張られる。

「いふぁい! いふぁいって!」

「私はあんなに心配してたのに…………うっ、うぅ…………」

 今度は泣くのか!? ちょ、どうすれば?

「あ~、な~かした! 女の子泣かせる最低なワタルにはリオちゃんの送迎を命じます。っというわけで、送って行ってあげてね。その状態じゃあ一人で帰らせるの危ないから」

「でも、まだ閉店じゃないんだろ?」

 帰ってもいいんだろうか?

「そんな酔っ払った娘が戦力になるとでも? むしろ酔っぱらいを減らしてくれた方がいいよ!」

 確かにその通りだ。この状態のリオは戦力になりそうにないし、帰りに変なのに引っかかったら危ない。

「分かった。送って行くよ、って言ってもどこに送ればいいか俺知らないぞ?」

「その状態でも帰り道くらい分かるでしょ。リオちゃん、今日はもういいからワタルと一緒に帰りなよ。道案内は出来るよね?」

「できましゅ! でも良いんでしゅか?」

 呂律回ってない娘がなにを心配してるんだ。

「うん、良いよいいよ。リオちゃんいつもいっぱい働いてくれるし、久しぶりに会えたんだから今日くらい早めにあがっちゃっても問題なし!」

「メアしゃん、ありがとうございまひゅ」

 本当に呂律回っとらんな、こんなリオはかなりレアなんじゃないか?

「じゃあワタル! ちゃんと送ってあげてね」

「ああ、分かった。メアは仕事がんばって」

「うん! ありがと! おじさん達からきっちり搾り取るから!」

 うわぁ、とってもいい笑顔、おっさん達騒いで椅子とか少し壊してるし弁償代とかも取られるんだろうなぁ。

 俺はこの日絶対に酒を飲んでも酔いたくないと思った。


「リオ、大丈夫か? 道はこっちで合ってるのか?」

「らいじょうぶれすよ~、わたりゅぅ~」

 ッ!? リオが右腕に抱き付いた。無茶苦茶痛い! 

「り、リオ、自分でしっかり歩いてくれ」

 正直自分の大荷物で精一杯だし、右腕は使ってなくてもこの状態だと歩き辛い、何より腕が痛い! 恋人って腕組んだりしてるのをドラマとかで見るけどよく普通に歩けるな。

「や~でしゅ! このままがいいんれす!」

 痛い! 痛い! 痛い! 腕を引っ張られる度に激痛が!

「分かった! 分かったから、さっさと帰ろう。こっちで合ってるんだよな?」

「合ってましよ~、あの建物です」

 え!? 結構デカい建物なんだけど、あんなデカい家に住んでるのか?

「この町は仮り暮らしでしゅから宿屋しゃんにしゅんでるんでしゅよ~」

 な、なんだ宿屋なのか、ウェイトレスがかなり儲かるのかと思った…………。

「ここの二階の奥の部屋を借りてましゅ」

 二階ね、少し俺の腕にぶら下がる様な状態だから、これまた腕が痛い。頑張れ俺の腕! 階段を上がったら到着だ!

「ここでいいんだよな?」

「はい、ここでしゅよ~、たら~いま~」

 ただいまって誰か居るのか?

「おかえり~」

 な!?

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