黒いあいつと次の実験
「ぎゃあああぁぁぁー! 付いてくんな! それを持ってくんなバカ共ぉー!」
獣相手に練習を始めて五日、特に成果は無く仕留めた猪鹿を村の人に提供する猟師のような状態になっていた。村の人たちには喜ばれたけど目的はそれじゃない、能力の加減が難しく猪鹿を見つけても絶命させるか、刺激を与えて逃げられるを繰り返して、そんなことを五日も続けたせいか、猪鹿に警戒されて全く見つけられなくなっていた。
そんな時、イライラして近くの木を蹴りつけた時に『それ』が降ってきた。『それ』を見て俺は驚いた、こっちの世界にも『それ』が居るのだと、あっちでは確実に嫌われ者なのに平太たちは平然と掴んで見せつけてきた。平太たちだけならまだしも、美空と愛衣も『それ』を持って近づいて来ようとしたので、俺は絶叫して逃げ出した。
「えー! なんでー? これのどこがそんなに嫌なのー?」
「どこって、全部じゃぁぁぁー! とにかくそれ捨ててこい! それを俺に近づけるなあああぁぁぁー!」
美空たちが持っているもの、美空たちはクカラチャと呼んでいたけど、あれは間違いなくG。しかも大人の握り拳位も大きい、カサカサと音を立てての移動、黒光りする体、見ているだけで虫唾が走る。なんであんな巨大なゴキブリが存在してるんだよ! そしてなぜあいつらは平気で掴むのか!? カブトムシか!? あっちでいうカブトムシみたいな感じなのか!? 意味が分からん、あんな気色悪い物、見ただけで身体が痒くなる。
「直七、お前あっちから挟み込め!」
「わかった!」
丸聞こえだ! 直七が向かった方向とは違う方に逃げる。平太たちはウンコ塗れにされた復讐なのか、俺が絶叫したのを見て、嬉しそうにそれを持ったまま俺を追いかけてくる。虫だから害がないと思っているのか美空と愛衣も面白がっている気がする。味方が、味方が欲しい! そもそも美空たちの方が足が速いのだ。前の時は美空に引いてもらってどうにか逃げたけど、今回は敵に回ってしまっている。今は僅かな、本当に僅かな威力の電撃を地面に放って脅かしながら距離をどうにか取っている。当たってもちょっとビリッっとする程度だろうけど、逃げる為とはいえ子供に直接向けることは出来ない。
「くっそー! バンバン雷使いやがって! ズルいぞこのやろぉー!」
「うっせぇー! 人が嫌がるものを嬉しそうに持ってくるお前らが悪いんだろ! とにかくそれ捨てろ!」
「捨てるわけないだろ! せっかくこんなに大きいのに!」
だから余計に嫌なんだよ! 普通サイズですら家で見つけた時は大騒ぎなのに、あんなの近づけられたら死ぬ! 死なないけど、精神的にヤバい! このまま付かず離れずを続けていたら俺が先にバテて結局追い付かれてしまう。なんとかあいつらを撒く方法はないか? 今出来るのは電撃を撃つのと纏うことだけ、纏ったところで追い付かれて見せられる、拳サイズのGなんて見たくもない! 電撃を撃ってその閃光で目を眩ませるか? でも目に障害が出たりしたらマズいし、なんも策がない!
ああぁぁ~俺なにやってるんだろう? 村に居ていい期間が約半分過ぎたのに、今やってる事は子供と追いかけっこ…………意味分かんねぇ、こんなことしてる場合じゃないのに。あのGのサイズも意味分かんねぇ! なんであんなにでかいんだよ!
「ほら、航、よく見てよ。結構かわいいよ!」
「ひっ! ぎゃあああぁぁぁ! 気持ち悪い! あっち行け馬鹿野郎! そんなもん持って俺に近付くなあああぁぁぁ! よく見たって気持ち悪いものは気持ち悪いわ!」
俺が電撃を人に当てる気がないのを知っているから、美空が距離を詰めて並走していた。刺し伸ばされた手のひらには巨大なGがカサカサしている。
「来んな、来んな! もうそれを俺に見せんな! 気色悪いんだよ、その黒光りのカサカサ!」
電撃を無茶苦茶に撃って美空を引き離す。大丈夫、美空には当たってないな、うう、まさか並走されて間近で見せられるとは…………。
『いっけぇー!』
は? なんだ? なにをしてるのかと後ろを確認したら、二匹のGが俺目掛けて飛んできていた。
「うぎゃあああぁぁぁ! アホかあああぁぁぁ! そんなもん投げんなあああぁぁぁ!」
Gの気持ち悪い腹部が見える、おえぇぇ、気色悪い。このG飛ぶのかなり速いんだけど! お、追い、追い付かれる!
「来んなぁ! 気持ち悪い!」
咄嗟に全身に電気を纏った。咄嗟だったから加減なんて全くしていない、近づいて来たGはバチィッという音共に弾けた。うえええぇぇぇ、接触は避けたけど気持ち悪い。
「おえぇ、気色悪いもん見た…………」
「ああー! なんてことするんだよ! あんなに大きいの珍しかったんだぞ! せっかく捕ったのにどうしてくれるんだよ!」
平太が駆け寄ってきて文句を言う。
どうも、こうもお前ら俺に向けて投げた時点で捨てたようなもんだろ…………。でも、やったどうにか巨大Gの脅威から逃れられた。
「お兄さん必死でしたねぇ、そんなに怖かったんですか?」
愛衣と美空も駆け寄ってきた。
「怖いに決まってるだろ、あんな気色の悪い物、あれはあっちの世界では――」
「これ」
「っっ!?」
愛衣の両手のひらに乗ってカサカサ動いてるのを見たところで意識が途切れた。
暗闇の中に居る。どこだここは? 巨大Gを持って追い回されてたはずだけど? 妙な音がする、あれの動く時の音に似ている。電撃を撃って明かりにして周囲を確認すると一面にGが犇めいていた。
「ぎゃああああああぁぁぁぁぁぁ!」
「おい、大丈夫か?」
はっ! ここ、桜家? 一面Gな空間は夢か…………今まで見た夢の中でダントツに気持ち悪かった。
「大丈夫かの? 子供らが虫を見せたら航が気絶したと大慌てで家にかけ込んで来たんじゃぞ?」
「あっはははははは! 虫を見て気絶するなんて男のくせに情けねぇやつだな! 村中この話題でもちきりだぞ、覚醒者が虫に大絶叫して村中走り回った挙句に気絶したってな」
声のした方を見ると美空の親父さんが居た。なんでここに居るんだろう? というかもう村中に広まってるのかよ…………。
「俺もまさか虫を見て気絶する日が来るとは思ってなかったですよ。でもあの虫あっちの世界ではもっと小さいし、害虫なんですよ! みんなが気持ち悪がるような奴なんですよ! それの巨大な奴を持って追い回されたらああなりますって!」
「でも気絶はねぇなぁ、流石に情けなさ過ぎる」
たしかに気絶は自分でもびっくりだが、苦手なんだからしょうがない。誰だって苦手なものがあるはず、俺は虫系全般がダメだ。小さい頃に室内の害虫を一斉駆除する殺虫剤を焚くのを忘れた年の秋、大量のGが家の中を飛び交って顔を這われた事が大きな原因…………。それにしても村中の笑いものか、出て行くとはいえ辛いな、美空の親父さんまだ笑ってるし。
「達彦さんはなんでここに居るんですか? まさか俺をわざわざ笑いに来たんですか?」
少しぶすっとしながら聞いてみる。
「はっははははは、それもあるがなぁ、頼まれてた物が完成したから持って来たんだよ」
「! もう出来たんですか!?」
刀剣一本を作るのに普通はどの位の期間が必要なのかは分からないけど、二本頼んでいたことを考えるとかなり早い気がする、美空の親父さんの鍛冶の腕が凄いのか、はたまた手抜き仕事なのか。
「ああ、二本ともきっちり仕上げたぜ、確認してくれ」
そう言って二叉の短剣と長剣を渡してくる。確認もなにも、俺に刀剣の良し悪しは分からないんだけど…………とりあえず短剣を鞘から抜いてみる。
「うわぁ、ミスリルって凄く綺麗ですね」
青みがかった銀色の刃には曇りは一切なく、光沢のある刃に自分が写っている。二叉の部分もしっかり平行になってるように思う。
「達彦、相変わらず良い仕事じゃな。それにしてもなんじゃこれは、随分と変わった形の剣じゃのぅ」
源さんが良い仕事と褒めているなら剣としての出来も良いんだろう。
「変わった注文だったのに、良い物に仕上げてもらってありがとうございます」
「なに、娘の友人の頼みだ、大したことない。それとこれもな、こっちの品質は適当でよかったんだろ?」
獣の革で出来たウエストポーチの様なものを投げて渡された。
「っと! 重っ!」
思っていたよりもかなり重く、一度掴んだが放してしまった。床に落ちてゴンっと鈍い音がする。
「片手じゃ受け取れなかったか、中身は頼まれてた鉄の玉だ。くず鉄でいいって言ったからそっちは適当に作ったぞ」
開けてみると中いっぱいに鉄の玉が入っていた。これであれが試せるか。
「こんなにいっぱい、ありがとうございます」
「またなにかあれば言ってくるといい、出来そうなことならやってやる。品も渡せたし俺ぁそろそろ帰るぜ、今晩はお前の話を肴に美味い酒が飲めそうだ! はっははははは」
俺が気絶したことを思い出したのか、大笑いしながら帰って行った。村中に広まってるんだよな、明日から誰に会っても笑われるのか…………。
「こんなに大量の鉄の玉をどうするんじゃ?」
「この剣と雷の力で飛ばせないかなと」
「雷と剣でそんなことが出来るのか!?」
「ああ~、出来るかもって感じです。仕組みはよく覚えてないんで」
完全にうろ覚えである、俺が覚えているのは電気を通すレールを二本平行に並べて、間に電流が流れる弾になる物を置いて電流を流すって事と電力で威力が増し、レールの長さで射程が伸びるっての位だ。だから二本の剣の長さは違う物にしてもらった。長い方さえあればいい気もしたけど、剣なんて扱ったことがないから長いせいで扱い辛かったら困るので短い物も頼んだ。
興味本位でちょろっと調べただけだったし、勉強なんてしてないから細かい事なんかは分からないし成功するかも分からない。ダメだった場合は剣を振る練習をしよう、せっかく作ってもらったんだから使わないと勿体ない。
明日からはレールガンの実験もしないとだな、そろそろ気絶させる力加減を習得したいなぁ、猪鹿が見つけにくくなってるしあんまり狩り続けるのも心が痛む。仕留めたやつは美味しくいただいてるし村の人たちも喜んでるけど…………。
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