進歩と美味しいお肉

 訓練を開始した日からあっという間に七日が過ぎた。訓練は一応順調だった、最初はかなり力を抑えないと制御が全く出来なかった電撃も、今では殆ど全力で放っても自由に操る事が可能になった。

 電撃を自由に操作出来るようになって、次に始めたのは力の容量の確認だった。使いまくって、いざという時には使えませんなんて事になったら話にならない。そうならないように撃てる電撃の回数を調べる事にした。全力で電撃を撃ち続けて、百を超える辺りから身体全体が重くなったような怠さを感じ始めたが、電撃を撃つ事は可能だったのでそのまま続行して撃ち続けた。百十八発目を撃つと意識が朦朧としてきて、そのあと気絶して倒れてしまったらしい。気絶していた時間は僅かだったそうだが、目を覚ました後で美緒たちにかなり怒られてしまった。

「大人なんだから自己管理くらいしっかりしてください」

 と、中々に情けない状態だった。

 気絶しなければ、まだ電撃を撃つ事は可能だったように思う、ゲームみたいにMP切れで全く撃てなくなるという事はないのかもしれないが、無理な使い方をすると身体に変調をきたすようなので、百発を限度と考える事にした。電撃の威力はそこそこあるようで、電撃を撃っていた廃坑の通路は天井、壁、地面ともに黒焦げになっていた。


 威力を出すには全力でやればいいだけだが毎度全力で撃つわけにもいかない、人に向ける場合は極力殺さずに気絶で止めたい、その力加減を練習する為に今は山狩り中、電圧調整の練習を人で試すわけにもいかないので、適当に獣を見つけて試してみようという事である。

「にしても、全然見つからないな」

「当たりめぇじゃん、そんなに簡単に見つけられるならみんな畑なんかやらずに猟師やってるよ。そんな事も分かんねぇのかよ余所者は、阿保だな!」

「ほんとだよなぁ、この前逃げる時にも美空に引っ張ってもらってたし、阿保で間抜けだよな~」

 口が悪い…………こいつらも思ってるだろうが、なんでこいつらと一緒に行動しないといけないんだよ。山に入って獣を探すと言ったら美空が付いて行くと言い出し、それに引っ張られる感じで愛衣と美緒も付いて来た。少女の亡骸を喰い漁っていたような肉食の獣もいるわけだし、危険だから付いて来るなと言っても聞きゃしない、俺が電撃の操作が出来るようになったのを知っているから、俺にくっ付いている分には安全と考えているんだろう。それだけならよかったんだが途中で平太たちに出くわして、この前の詫びとして手伝えと、美空が言い出し平太が了承しやがった。美空の言う事だからなのか、美空が余所者の俺と居るのが気に食わなかったのか、平太が了承するもんだから一緒に居たもう一人、直七も付いて来て、美空たち三人とクソガキ二人と俺で山狩り中である。ばらけるならこの人数も意味があるだろうが、ばらけて肉食の奴に出くわすと危ないので結局固まって移動している。これなら一人の方が気が楽だ。


「平太たちうっさい、真面目に探さないとお詫びになんないよ~」

「別に詫びのつもりじゃねぇーし、この前だってこの村に入って来たこの余所者が悪い」

 はいはい、全部俺が悪いですよ…………めんどくさい、今日は戻って明日美空たちに見つからないようにして出直すか? この人数で固まっていてその上結構大きな声で話しているから獣は逃げて行く気がする。あぁ~、そう思おうと一気にやる気がなくなるなぁ。

「はぁ~」

「お兄さん疲れちゃいました?」

「ああ、少し」

 体力的にじゃなく精神的に…………やる気がある時はいくらでも集中出来るけどやる気がなくなると全然だ。まだ昼を少し過ぎたくらいなのに、もう温泉に入って寝てしまいたい。

「男で大人のくせに情けねぇ奴!」

「こんな格好悪い大人にはなりたくないよな!」

 クソガキ共は絶賛俺のネガティブキャンペーン中だし、鬱陶しい…………。

 クソガキを見てて思ったことがある、平太じゃない方、さっきから直七が矢鱈と愛衣を見ている。こいつはあれか? 愛衣狙いか? だから平太が同行を了承した時に文句を言わなかったんだな、それで平太と一緒にネガティブキャンペーンに励んでいると。


「そろそろ帰――」

「航さん、航さん居ました。あそこに一匹」

 めんどくさくなったので帰ろうと提案しようとしたら、慌てた様子で美緒がそう言った。美緒の指差した先に珍妙なものが居た。

「なに、あれ…………?」

猪鹿いのしかですよ、知りませんか?」

「知らない…………」

「あ、村の外ではエリカバーでした」

 どっちにしても知らない、というかあんな変な物あっちの世界には存在しないと思う。頭が猪の様で豚鼻で牙があるけど鹿の様な角も生えてる、胴体は鹿の様で前脚、後脚共に細い、なのに尻尾は狸の様な感じだ。

『きぃえぇーん』

 変な鳴き声…………。ま、まぁいいか、実験を始めよう、狙いを定めて電撃を放つ。

『うわっっ』

 美緒たちは訓練中ほとんど付いて来て見てたから慣れているけど、ウンコ塗れ事件以来見ていない平太たちはかなり驚いたようだ。


「やった! 航、命中したよ!」

「結構練習したからな、動いてないなら多分もう外さないと思う」

 美空たちが猪鹿に駆け寄って行く。

「お兄さん、これ仕留めたんですか?」

「さぁ?」

 そもそも、どの程度で気絶させる事が出来て、どの程度まで行くと絶命してしまうのかを試す為の実験だから分かるはずない。猪鹿の口元に手を近づける、呼吸をしていない、脈は…………どうすればいいか分からんな、生きていれば刺激し続ければ起きるかもと、木の枝で突きまくる。

「航さん、なにやってるんですか?」

「いや、生きてるか分からないから突いてみようと、てかなんで美緒はそんなに離れてるの?」

 俺たち、というより猪鹿から距離を取ってる感じか?

「美緒ちゃん猪鹿苦手ですから」

「これたぶん死んでるぜ、父ちゃんが解体するのを手伝いに行った時に俺も死んでるの見た事あるけどそれと同じ感じだから」

 殺っちゃったか、次はもっと力を抑えてみよう。

「美緒ー、これもう死んでるって、動かないなら平気だろ?」

「あ~、お兄さんそうじゃないんです。美緒ちゃんが猪鹿を苦手なのは……解体するところを見ちゃったかららしいです」


 あぁ~なるほど、気持ちは分かる、分かり過ぎるくらいだ。子供の頃の夏休みや冬休みなんかはじいちゃんの家によく行った。ある日家の中にじいちゃんもばあちゃんも居ない事があった、畑や田んぼにも居なかったので、納屋に向かって戸を開けて驚愕し大絶叫したことを今でもはっきり覚えている。皮を剥がれ血の滴った猪が天井からぶら下がっていたのだ。ばあちゃんの弟は猟をする事があって獲れたものをじいちゃんと一緒に解体することが結構あったらしい。でもその現場を見た事なんてなかったし、知りもしなかったから、かなりのトラウマになってしばらく肉は何も食べなかった。美緒も似たような状態なんだろう、かわいそうに…………。

「勿体ないよね~、猪鹿美味しいのに」

 うん、肉は美味しい、でも食べられる状態になるまでの工程を見てしまったら今までのようには食べられなくなってもしょうがない気もする。誰かがそれをやってくれてると知ってはいても、見るのはかなりの衝撃だ。


「美緒」

「なんですか?」

「強く生きろ」

 そう言って頭を撫でる。それしか言えない、解体を見たら嫌になるのも分かるけど、生きてる以上食べないわけにはいかない、誰だって他の命を食べて生きてるんだから。

「? はい」

 美緒は不思議そうにしている。突然こんなこと言われたら当たり前か。

「ねぇー! これどうするの?」

「どうするって、置いとくけど?」

『ええぇぇー!』

 美緒と俺以外の声が重なった。

「勿体ない! さっき美空が言っただろ! 美味しいんだぞ、猪鹿!」

 そんなこと言われても結構大きいし、俺は片腕しか使えないんだし、子供だけで運べるとは思えない。それにまだたった一匹にしか試してない。これを運んだりなんてしてたら今日が潰れてしまいそうだ。

「んじゃあ、誰か大人に伝えに行けよ、俺は運べないし、お前たちだって無理だろう? 俺はまだ獣を探して試さないといけないんだ」

 って戻るにしても一人で帰らせるわけにはいかないから付いて行かないとダメなのか。ああぁぁ~、面倒だ…………。

「はぁ、戻るぞ」

「え? 航これどうするの?」

「大人呼びに行くんだろ、子供だけで帰らせるわけにいかないから付いて行くんだよ」

 一匹毎にこんなことしてたら時間が全く足りない、次からは誰かに付いて来てもらわないとダメだな。報酬は猪鹿肉って事で付いて来てくれる人はいるだろうか?


 美緒たちを村に帰して一人で山に入った。まだ全然試せていない、電撃を向けなきゃいけないような相手なら加減なんてしなくてもいいんじゃないか? とも思うけど、やっぱり無闇に殺したくはない。その為には、練習、練習。

「猪鹿、猪鹿どっかにいないか~」

 ! 居た! 今度はあっさり見つけた。やっぱり大人数で居たのが悪かったんじゃ? 今度はさっきよりかなり抑え目で電撃を放った。

『きぃーえぇえぇーん』

 当たった、当たりはしたけど、今度は抑え過ぎたらしい、鳴き声を上げて逃げて行ってしまった。加減難しい…………せめて捕まえてあって、じっとしてるなら何度も試せるのに、探して試してだと効率悪いなぁ。


 そのあと五匹ほど見つけて試したが、三匹は抑えずぎで逃げられて二匹は強すぎて仕留めてしまった。その二匹も美緒たちが呼んで来た大人たちにお持ち帰りされた。

 この日の夕食は猪鹿肉が振る舞われた。美空たちが騒ぐだけあってたしかにとても美味かったが、美緒はやっぱり箸をつけなかった。まぁ徐々に慣れるしかないよなぁ、俺もあれを思い出すと食欲が一気に落ちるし…………。

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