告げられた願い
「お邪魔しました~」
人にひげ剃りをやってもらうなんて初めてでかなり不安だったがそんなに悪くはなかったな。
「お兄さん顔がすっきりしてますね」
「あれ? お前たち待ってたの?」
廃坑を出た後、愛衣たちに髪結いの所へ案内してもらった。
「航一人じゃ迷子になるかと思って待っててあげたんだよ」
「そりゃどうも」
迷子になんかならんし、一度通れば道なんて大体覚えられる。少し馬鹿にされてる気がして美空たちをおいて歩き出す。さっきの廃坑に戻って少しでも力を使う練習をしないと。
「航さんどこに行くんですか? 家はこっちの道ですよ?」
「廃坑に戻るんだよ、力を使う練習がしたいから」
ひと月しかないんだ、時間を無駄に出来ない。
「でも、もうすぐ日暮れだよ? 今から行ったら帰りは真っ暗だよ」
「うっ」
この世界には街灯なんて無い、桜家、橘家、温泉、墓地、髪結いの場所は覚えたけど、月明かりのみでこの村を歩けるほど慣れたわけじゃない、懐中電灯なんて持ってないし、腕に帯電させれば明かりになるかもしれないけど、まだ安全に扱えるわけじゃないから村の中で使うのは無理だ。
「今日は帰るよ」
こうして今日は大人しく帰ることになった。
「じゃあ美緒、また明日ね~」
「うん、美空ちゃん、愛衣ちゃんまた明日」
「美緒ちゃん、お兄さんもまた明日」
「ああ、また明日……?」
また明日? なんで俺まで?
「美空たちとはいつも一緒に居るのか?」
「はい、小さい頃から仲良しですから」
小さい頃からの友人か、幼馴染ってことだよな。人と関わる事は相変わらず苦手だけど、そういう関係が少し羨ましくもある。そういった相手が俺にもいたら今とは違う自分だっただろうか?
「ただいま~」
「おかえりなさい、美緒、それと航君も」
「えっと、ただいま戻りました?」
他人の家に帰るというのは変な感じだ。それに戻った時の挨拶なんて、一人だったのだからここ数年全くしていない、違和感が半端ないな。
「剣の方はどうじゃった? 上手く話はまとまったかの?」
「あ、はい! ミスリルで作ってもらえる事になりました。それと今日美空の親父さんに廃坑に連れて行ってもらったんですけど、力を使う訓練をするのに廃坑を使わせてもらってもいいですか?」
今日既に入っちゃったけど、一応源さんに確認をしておいた方がいいだろ、村長なんだし。
「ああ、構わんよ。訓練したらどうにかなりそうかの?」
「まだなんとも言えないです」
「そうかぁ、まぁひと月あるんじゃ、なんとかなるじゃろ。ご先祖様も最初は上手く使えておらなんだと儂の爺さんも言っておったしの」
ということは覚醒者の能力には練度があるってことか、少しは希望があるのかもな。
夜には真っ暗になる、活動出来るのは明るいうちだけということで、時間を有意義に使うには早起きをするしかないから夕食を済ませた後はすぐに布団に入った。
夕食おいしかったなぁ、日本食だというのがいい、それに誰かに作ってもらった物を食べるのはやっぱり嬉しい。日本に居た時は母さんが離婚した頃から自分で作ることが多かった。母さんが作ってくれる事もあったが朝晩と働いていたから毎日というわけにはいかなったし、簡単な物が作れるようになると自分で作ることが増えていった。誰かに作ってもらえるってありがたい事だよなぁ。眠りに落ちるまでそんなことを考えていた。
少女が、鈴木真紀がこちらを見ている。あぁ、またこの夢か。酷い状態の遺体を見たせいだろう、前の夢の時より更に痛々しい姿になっている、直視は出来なかった。少女は何も言わずこちらを見続ける、俺に何を望んでいるんだ? 俺にはお前を生き返らせてやれる様な力はない。俺に出来ることなんてない! そう思ってみても、少女は変わらずこちらを見る。当然かこれは俺の罪の意識が見せてるようなものなんだろうから、報復をすればこの夢も見なくなるのだろうか? 報復が贖いになるのか? 自分が罪の意識から逃れる為の自己満足じゃないのか? わからない。
「…………たい」
え?
「帰りたい……」
「お家に、お父さんとお母さんの所に帰りたい」
帰りたい、か。ただ無言で少女に責め続けられる夢かと思ってたのに、少女が望みを伝えてきた。自分の頭が見せているものなのか、少女の霊が見せてるものなのか、どちらにしてもやる事が増えた。日本に帰る方法を探す、当てはない、そんなことが出来るのかも分からない、それでも俺がしないといけない事なんだろう。
「分かった。帰る方法を探してみる」
「…………」
少女は消えてしまった。闇の中で一人になってしまった。さっきの言葉で少女は少しは安心出来たんだろうか? あの言葉で消えたということは俺を信用してくれたのか? 一度逃げてしまった俺を…………。
気が付くと朝だった。夢の中で意識がある状態だったからかあまり眠った気がしない。
「起きないと……」
日本にいたころなら、そんなこと思うことなく確実に二度寝へゴーだな……。
「ふあぁ~、ねむ……」
起きろ、起きろ、今日から訓練開始だ! 時間は大してないんだ、さっさと動き出せ! そう思って動き始めて居間に向かう。
「おはようございます」
「航さん、おはよう」
居間には美緒だけが居た。
「あれ、源さんたちは?」
「畑に行ってます。今ご飯よそうね」
結構早く起きれたつもりだったけど、桜家はみんな起きてるし大人はもう仕事を始めている。美緒は俺にご飯をつぐために残っていたのかもしれない。改めて自分の弛んだ生活リズムを思い知る。これも直さないとダメだよなぁ、それに訓練の事ばかり考えてたけど、桜家にお世話になってるんだから何か手伝わないとただの恩知らずだ。
「はい、ご飯とお味噌汁。漬物もいる?」
「いや、これだけでいいよ。ありがとう、いただきます」
日本にいた頃は朝食を全く食べなかったせいか、朝はあまり食欲が湧かない。
俺が食べるのを美緒がじっと見ている。なんだろう? 美緒も欲しいとか? なら自分でついで食べるだろ、落ち着かない…………。
「俺の顔なんか変?」
「ふぇ!? な、なんでですか?」
「いや、じっと見てたから」
変だと言われたら言われたで辛いな、顔なんて変えようがないぞ。
「見てたのは、お、お味噌汁の味変じゃないかな? って」
味噌汁?
「普通に美味しいと思うけど?」
「そ、そうですか?」
「うん」
なんだろ? 美緒が作ったとかなんかな?
「そうなんだぁ」
まぁいいか。何か手伝うって言っても何が出来るだろうか? 片手しか使えないから大したことは出来そうにない。畑の雑草取りとか? 思いつかんな…………。
「ごちそうさまでした」
美緒が器を片付けてくれる。それくらいはしたいけど、片手じゃ洗い物も出来ない。これいつ治るんだろう? 結構ストレス溜まるな。
とりあえず源さんたちの所へ行って何か手伝えないか聞いてみるか。
「航さんもう廃坑に行くの?」
「いや、源さんたちの所に行ってくる」
「? 訓練はしないんですか?」
「するけど少しあとかな、お世話になってばっかりだから何か手伝わないと」
このまま何もせずお世話になるのはよろしくない。片手だから却って邪魔になると言われたら引き下がるしかないけど、聴くだけきいてみないとな。
「おじいちゃん達は気にしないと思いますよ?」
俺が気にするんだよ…………。
結果、必要ないと断られてしまったので廃坑に来た。さあ、いざ練習とか思ってたのに。
「なんで今日も居るんだよ」
「あたし達がなにしてようと別にいいでしょ」
人が居る所で力を使うのが怖いんだよ! 昨日は頼み事するために仕方なく我慢したけど、怪我をさせてしまうんじゃないかと不安で仕方ない。
「昨日みたいに角に居るから平気ですよ、お兄さん」
「絶対だぞ! 絶対にそこからこっちに来るなよ! 危ないんだから!」
「分かったから早く練習始めなよ」
美空は絶対に危ないって事をわかってない気がする…………。
「美緒、二人を絶対にこっちに来させるなよ。本当に危ないんだから」
「は、はい、捕まえておきます」
「美空ちゃんはともかくなんで私までぇ?」
愛衣が不満そうだが、平気、平気と付いて来たんだから、俺にとっては美空と大差ない。
とりあえず昨日やった事をもう一度試してみる。右腕への帯電、うん、上手くいった、留めるのは出来るのに放ったものは制御出来ないってのはどうなんだ?
腕に電気を纏ってるけど、腕に異常はない。これもっと電力上げられるか? 右腕に意識を集中すると纏っていた電気がバチバチいってなんか凄い事になった。電力は上げる事は可能、と、それから身体にも異常はなし、今度は身体全体に纏ってみるか、緊急バリアみたいな感じに、敵に触れられた時に感電させられるし。
全体に纏うイメージで…………。これも問題なく出来るな、う~ん問題は放った電撃の方か。
「おーい! そっちにちゃんと居るかー?」
「居るよー、航は疑り深いなぁ~」
悪かったな、安全第一だ。三人が後ろから移動してない事を確認して、三人の居ない方向に電撃を放つが、やっぱり制御は出来ない。この力が元々こういうものって事は? だとしたら不便だな、電力を抑えてやってみるか。少し電力を抑えて電撃を放ってみた。おお! 今少し曲がったような? もっと力を抑えてみよう、ひょろひょろの滅茶苦茶細い電撃…………動かせた、自分の思ったような軌道で曲がらせて壁に当たった。
動かせたけどこれって絶対に攻撃としては有用じゃないよな? だって本当にひょろひょろなんだもの、なにこれ? ミミズ電撃? ショボ過ぎる。まぁいい、制御出来るのが分かっただけでも成果だ。次はどの位まで電力を引き出せるのか、これは計測出来るわけじゃないから目安程度にって感じかな。閃電岩という物があるらしい、砂地に雷が落ちると砂の粒が落雷の熱で溶かされてくっ付き、雷の通った部分が空洞になった木の根の様な石になるそうだ、だから雷管石とも呼ぶらしい。これの出来る条件がたしかおよそ六億ボルト、だから地面に放電してこれが作れれば、その位はあるだろうという目安。
地面に手を向けて電撃を放つ、そして確認、何もなし…………。そんな簡単に出来るわけないかぁ、これも訓練で高める事が出来るだろうか? でも対人で使うなら感電で気絶させられる程度の力さえあれば高圧電流なんて必要ないか。
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